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ユーラシア大陸旅行記 小さな世界地図(1)

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1996/08/01 - 1996/10/12

801位(同エリア827件中)

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

 僕は旅行用の空気枕を膨らませ、シートをいっぱいまでリクライニングさせた。池袋を出発した高速バスは関越自動車道に入ったようで、順調に飛ばしている。腕時計を見ると夜の11時をまわっていた。窓にはカーテンが降ろされ、乗客の雑談がだんだんと規則正しい寝息に変わっていった。これから先どんな事が待ち構えているかわからない。僕はなにがなんでも眠っておきたかったが、こういう時に限ってなかなか眠られないものである。僕はついに出発したのだ・・・。

 「チョウショクノジカンデス。オネガイシマス」という船内のアナウンスに起こされて、僕は半分寝ぼけたままレストランの決められた席に着いた。アナウンスの度に「オネガイシマス」で締め括るのがこの船の習慣らしい。それともこの声の主が日本語を話す時のクセなのだろうか。昨晩のパーティーで声の主を確認することができた。通訳として乗り込んでいる学生だったのだ。

 「オネガイシマス」という言葉には、日本人独特のニュアンスが含まれていると思う。相手に具体的な要求をせずに、自分の期待どおりの行動を相手にとらせるのである。もしかしたら彼は日本人のそういった部分まで学習したのかもしれない。「よろしくたのむ」という言葉も同じようなニュアンスを持っていると思うのだ。

      ◆   ◆

 それにしても昨晩のパーティーはエネルギッシュだった。まず、船長を初めとして機関士、客室長、コック長など船内の様々な分野を取り仕切る人たちが挨拶した。白のパリッとしたユニフォームを着て、袖の金色の刺繍でそれぞれの身分がわかるようになっていた。やはりこれは本格的な船旅なのだと実感した。

 挨拶が終わると、続いてダンサーが登場した。男女それぞれ2人のダンサーが音楽に合わせて激しくジャンプし回転する。おなじみのロシア民謡だけでなく、ビートの速い曲でアクロバティックなダンスを披露するのだ。僕は、伏木の街を大胆に歩いていたロシア人女性がダンサーだったことに気づいた。船が多少揺れ始めたのは、この人達のせいではと思うくらいに激しいダンスであった。

 ダンスが終わると、今度はマイクを持った「歌のおばさん」がさっそうと登場し、「カーリン、力力リン、力力リン、カマヤ・・・」と段々テンポの速くなる、その名も「カリンカ」というロシア民謡を歌った。

 僕は彼女がロシア民謡を歌っている時、ノリが良いはずのロシア人達が全くシラケていることに気が付いた。彼らは僕達があえて、「さくら、さくら」などを聞かされる時と同じような心境になっているのかもしれない。つまり、いかにも教科書的なのである。普段は聴かなくても、その国の代表的な曲として根付いている類のものである。そして、文化交流的な場面では定番となって登場するのだ。僕は彼女に同情的な気分になってしまい、ちゃんと拍手した。

     ◆   ◆

 客船としてのアントニーナ号の風景とは別に、デッキではもう一つの光景が繰り広げられている。それは、日本で積み込んだ中古の原チャリの修理補修にいそしむ船員達の姿だ。

 アントニーナ号は貨客混合船なのだが、貨物のスペースに入りきれない様々な中古品がデッキにまで置かれているのだ。原チャリ、そして冷蔵庫や洗濯機までが潮風にさらされている。何とも言えぬ生活感の漂う船だ。きっと他の船から見たら格好悪いに違いない。「オネガイシマス」の通訳も、こっちの部品、あっちの部品とマジな顔になっている。僕は内心、「あんたの本業は大丈夫なの?」と言いたくなってしまった。とりあえず何台かの原チャリを日本で賜入し、まともな状態の物に他から部品を移植して、ウラジオストックで「完成品」として売る魂胆だろう。

 船自身の修繕も航海中に行われる。ドックで行うような大げさな修理ではないが、船員がノミを取り出して、汚れた手摺の木の表面を削り、ニスを塗りなおしていた。削りクズが鰹節のように波間に消えていった。もっとも潮風のおかげでニスが速く乾くという利点はあるが・・・。

      ◆   ◆

 今日のランチは前日にオーダーしたメインディッシュが出されることになっている。僕は「キエフ風力ツレツ」を頼んだ。これは鳥の胸肉の間にバターを挟み、パン粉で包んで揚げたものである。ロシアのレストランの評判は概して良くないけれど、このランチは最高に美味しかった。しかもデザートまであるのだ。昨晩、挨拶したコック長が腕によりをかけただけはある。食器もアントニーナ号専用だ。また、今回の旅で初の「ボルシチ」を飲んだ。ロシアの代表的なスープである。

     ◆   ◆

 ランチのあと、午後にはまたティータイムがあった。なんだか朝から晩まで飲んだり食べたりしている。旅行は始まったばかりなのに、こんなに幸せでいいのだろうか。僕は、船の旅を選んで良かったと感じた。そんな気分に浸っているのも束の間、午前中はあんなに良かった天候が急変した。いつの間にか一面の濃霧である。アントニーナ号は定期的に霧笛を鳴らすようになった。僕はサーシャ(注:夜行バスで知り合った男の子)を連れてデッキに行ってみることにした。

     ◆   ◆

 船はまるで綿アメの中を進んでいるようだった。同室のヤクザ風のロシア通ビジネスマンから聴いた「冬の日本海」さながらである。15メートル先は見えない。視界が恐ろしく悪いのだ。こんな霧は生まれて初めて見た。甲板は濡れて滑りやすくなっている。

 サーシャが震えている。気温が急降下しているのだ。午前中のあの青空はどこに行ってしまったのだろうか。僕は日本海の厳しい顔を見たような気がした。海の表情はこうも変わるものなのだ。揺れも段々と大きくなってきた。僕は一目散にキャビンに戻り、じっとしていることにした。デッキには出られないからだ。

 僕の186号室では、皆、暇を持て余していた。一番船底に近いキャビンなのに、霧笛の響きが伝わってくる。すると、ロシア語で早ロのアナウンスが流れた。ヤクザ風のビジネスマンによれば、「デッキに置いている冷蔵庫を固定しろ」という事を言っているらしい。僕にも「冷蔵庫」という単語だけは聞き取ることができた。今回は「オネガイシマス」の日本語はなかった。あくまで業務連絡なのだ。

 ペットに横になると、船の揺れをもろに体感できた。なんとも言えない揺れだ。周期というものがなく、次の揺れを予測できない。僕は経験豊富な海上保安大学の学生に聴いた方法で、何としてでも酔わないように気を張ることにした。このままさらに海が荒れなければよいのだが。

 8月3日午後5時現在、アントニーナ号は衝突防止の霧笛を鳴らし、船底のキャビンで息を殺してペットにうずくまる僕を乗せて、ウラジオストックへ向けて航海中である。

(続)

■アントニーナ・ネジダノワ号

船籍:ロシア連邦 ウラジオストック港
建造:1978年
総屯数:4,254トン
全長:100.02m
全幅:16.02m
主機関・出力:4,000馬力
速力:航海速度最高16.5ノット

船客定員:188名
 カテゴリー1(2人部屋)… 2室 大人:79,900円
 カテゴリー2(4人部屋)…28室 大人:41,100円
 カテゴリー3(4人部屋)…18室 大人:38,900円

※往復割引、学生割引あり。料金は1996年のものです。

収容施設:レストラン.バー.ビデオ室.談話室.理・美容室.カードプレイルーム.スーベニアショップ.ミュージックサロン.プール(上部デッキ)

航路:
 新潟、伏木(富山) - ウラジオストック間を2泊3日で航行.約週1便、夏季期間運行

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