2014/12/07 - 2014/12/07
1179位(同エリア4667件中)
愛吉さん
紅葉を求めて京都に来ています。
しかし今年の紅葉は例年より10日も早く散ってしまい、枯葉落葉の状態でした。
しかしこれも風流、予定通りの行動を続けています。
今回は嵯峨野歩きの後半部、化野から嵐山迄です。
表紙の写真は妓王寺
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
化野念仏寺を出て愛宕街道を南下します。
道路は綺麗になり、お土産屋が軒を連ねます。 -
道がT字になり左が愛宕街道、右が檀林寺、祇王寺方向です、道標が並びます。
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右に曲がり、檀林寺の前を通過します。
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中々立派な寺院です。
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祇王寺に到着。
拝観入口は別の様です。 -
ここが拝観入口
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楓に囲まれた小さな草庵。
紅葉の頃はさぞや素晴らしかった事でしょう。 -
祇王寺は、清盛の寵愛を受けた白拍子祇王が出家隠棲した尼寺と言われます。
一時荒廃しましたが明治28年に再興されました。 -
寺内の佇まい。
世を偲ぶ隠棲の寺に相応しい造りです。 -
参詣者も女性が多い様です。
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庭には尼寺らしい心配りです。
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境内にある清盛供養塔と祇王、祇女、母刀自の墓。
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五十年の夢とりどりの落葉かな 智照尼
祇王寺と書けばなまめく牡丹雪 同 -
祇王寺を出て二尊院に向います。
道脇にあった茶店。 -
二尊院に到着しました。
この門は伏見城の薬医門を移築したと言われます。
ここは小倉山の麓、百人一首の”小倉山 峰のもみじ葉心あらば 今一度の御幸またなん”の地です。 -
西行法師はここに住んでいたのですね。
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紅葉の馬場。
参道の両側から迫る楓、きっと素晴らしかった事でしょう。 -
本堂築地塀。
紅葉に映える白壁として有名。 -
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唐門
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身を寄せ合う仏達。
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二尊院を出て去来の墓に向います。
今は墓地の一角にありますが、昔は確か落柿舎の裏の藪に1ッだけでした。
”藪中の 去来の墓や 秋の声” 秋双 -
柿の木が植わって居ます。
落柿舎の邸内には40本在ったそうです。 -
落柿舎 ”柿主や梢はちかき嵐山”
芭蕉十哲の一人、向井去来が1651年から1704年迄住んだ処。
その間芭蕉も3度来訪しています。
落柿舎を代表する玄関の蓑と笠が、衝立により見えなくなっています。
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本庵、小さな建物で客人とは雑魚寝でした。
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本当に小さな住まいです。畳数13畳半です。
前回訪問より庭が広く成った様で、多くの句碑が立ちます。 -
落柿舎を出て右を見た処、愛宕街道が通ります。
愛宕神社への参詣道、人通りが多かったと思います。 -
近くには西行井戸が在ります。
西行が使った井戸です。二尊院の境内に西行庵がありましたね。
これから厭離庵に行くのですが、道を間違え一度戻ります。 -
厭離庵に到着しました。
普段は閉鎖中で紅葉の時期だけ解放されます。 -
時雨亭
藤原定家が住み、小倉百人一首を編纂した処。 -
後方に建つ五輪の塔は、定家を偲ぶ定家塚。
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境内の一部です。
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散り残る紅葉葉
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しばし境内を彷徨い、定家に想いをはせます。
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定家が時雨亭で詠んだ歌一首
小倉山時雨の頃の
朝な朝な
昨日はうすき
四方の紅葉葉 -
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こんな像も在りました。
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厭離庵の先は釈迦堂です。
予定には在りませんが立寄ります。 -
聖徳太子殿
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こんな塚も在ります。
豊臣秀頼公首塚、大坂の陣諸霊供養碑。 -
境内の紅葉、
日が陰り寒くなって来ました、近道を通り最後の訪問地、野宮神社に向います。 -
野宮神社に到着。
4時を過ぎましたがまだ多くの人が訪れています。 -
お参りするのに並んで居ます。
確かここは縁結びと進学祈願の社。やはり若い人が多いですね。 -
雪洞に灯が入り空気も冷たくなりました、ぼつぼつホテルに引き上げましょう。
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竹藪の道を通り駅に向います。
今日一日よく歩き疲れました。
第一日目終了です。
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