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鰊漁で栄えた小樽の町には、北のウォール街と呼ばれるほど多くの都市銀行、商社が設立されました。小樽の穀物相場は、ロンドンの相場に影響を与える程の力を持つようになったそうです。色内1丁目から歩いて3丁目の旧日本郵船(株)小樽支店まで来ました。ここからタクシーで祝津の鰊御殿まで行って見学した後、メルヘン交差点へ行き、その辺りの建物を見て来ました。鰊御殿は別の旅行記にアップします。建物の記録写真ばかりで、すみません。

初めて観る小樽の歴史的建造物 ー 2

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2014/10/29 - 2014/10/29

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belledune

belleduneさん

鰊漁で栄えた小樽の町には、北のウォール街と呼ばれるほど多くの都市銀行、商社が設立されました。小樽の穀物相場は、ロンドンの相場に影響を与える程の力を持つようになったそうです。色内1丁目から歩いて3丁目の旧日本郵船(株)小樽支店まで来ました。ここからタクシーで祝津の鰊御殿まで行って見学した後、メルヘン交差点へ行き、その辺りの建物を見て来ました。鰊御殿は別の旅行記にアップします。建物の記録写真ばかりで、すみません。

旅行の満足度
4.5
  • 旧塚本商店は、大正9年(1920)築。これを改築して、現在はフレンチレストラン・小樽マルイチ後藤商店となっています。1階25坪は、ウエディングスペースで、2階33坪は、40席のレストランです。ちょっと面白い店舗かもしれません。設計は札幌のTAO建築設計によるものです。住所:色内1−6−27

    旧塚本商店は、大正9年(1920)築。これを改築して、現在はフレンチレストラン・小樽マルイチ後藤商店となっています。1階25坪は、ウエディングスペースで、2階33坪は、40席のレストランです。ちょっと面白い店舗かもしれません。設計は札幌のTAO建築設計によるものです。住所:色内1−6−27

  • びーどろ工房小樽AVANCE倶楽部のビルも、大正時代の臭いがします。住所:色内−5−10

    びーどろ工房小樽AVANCE倶楽部のビルも、大正時代の臭いがします。住所:色内−5−10

  • 小樽硝子屋本舗 和蔵は、旧梅や商店を利用しています。住所:色内1−6−26

    小樽硝子屋本舗 和蔵は、旧梅や商店を利用しています。住所:色内1−6−26

  • 北海道紙障子(旧第四十七銀行)は、昭和初期築。2階建ての小規模な行舎で、竣工当時は内部が吹き抜けになっていて、周囲に回廊が設けられていました。正面に4本の円柱を立て、壁面をタイル張りという昭和初期の典型的な銀行スタイルとなっています。住所:色内1−6−25

    北海道紙障子(旧第四十七銀行)は、昭和初期築。2階建ての小規模な行舎で、竣工当時は内部が吹き抜けになっていて、周囲に回廊が設けられていました。正面に4本の円柱を立て、壁面をタイル張りという昭和初期の典型的な銀行スタイルとなっています。住所:色内1−6−25

  • 通りの向こうに見えるのが、旧安田銀行小樽支店です。

    通りの向こうに見えるのが、旧安田銀行小樽支店です。

  • 現・日刊北海経済新聞社(旧安田銀行小樽支店)は、昭和5年築。第2次世界大戦後、富士銀行がこの建物を継承しましたが、昭和45年から新聞社の社屋となりました。ギリシャの建築様式の昭和初期の典型的な銀行建築。正面のオーダーが特徴となっています。中央通りの道路拡張に伴って、平成13年に建物が斜め後方に曳き家され、その際に外観が修復されました。住所:色内1−6−25

    現・日刊北海経済新聞社(旧安田銀行小樽支店)は、昭和5年築。第2次世界大戦後、富士銀行がこの建物を継承しましたが、昭和45年から新聞社の社屋となりました。ギリシャの建築様式の昭和初期の典型的な銀行建築。正面のオーダーが特徴となっています。中央通りの道路拡張に伴って、平成13年に建物が斜め後方に曳き家され、その際に外観が修復されました。住所:色内1−6−25

  • 旧早川商店は新潟出身の川又健一郎が、お茶、紙、文房具を扱う早川商店から暖簾分けを受けて、現在の場所に店舗を構えました。後に、川又商店と名称を変えています。現在の建物は、明治37年の稲穂町の大火で全焼したため、翌年に再建されたものです。厚い土塗りの防火戸、隣との境界に設けられた袖壁などが、防火に対する配慮を見ることが出来ます。

    旧早川商店は新潟出身の川又健一郎が、お茶、紙、文房具を扱う早川商店から暖簾分けを受けて、現在の場所に店舗を構えました。後に、川又商店と名称を変えています。現在の建物は、明治37年の稲穂町の大火で全焼したため、翌年に再建されたものです。厚い土塗りの防火戸、隣との境界に設けられた袖壁などが、防火に対する配慮を見ることが出来ます。

  • その袖壁に、朝日や鶴亀の彫刻が施されて、繊細な和風意匠となっています。

    その袖壁に、朝日や鶴亀の彫刻が施されて、繊細な和風意匠となっています。

  • 袖壁上部

    袖壁上部

  • 防火戸

    防火戸

  • 一筋下ったところにある旧大家倉庫が見えます。石川県出身の海産商・大家七平によって明治24年に建てられました。妻壁に七の上に山印のある「やましち」の印があるのが分かります。外壁には札幌軟石を使用し、越屋根と入り口部分の二重アーチが特徴となっているそうです。その雄大さと独特の外観は、運河地区の石造倉庫を代表するものとなっています。平成4年におもちゃ博物館として再利用されたこともあるそうです。平成13〜14年、外壁や屋根瓦部分などが修復されています。住所:色内2−3−12<br />

    一筋下ったところにある旧大家倉庫が見えます。石川県出身の海産商・大家七平によって明治24年に建てられました。妻壁に七の上に山印のある「やましち」の印があるのが分かります。外壁には札幌軟石を使用し、越屋根と入り口部分の二重アーチが特徴となっているそうです。その雄大さと独特の外観は、運河地区の石造倉庫を代表するものとなっています。平成4年におもちゃ博物館として再利用されたこともあるそうです。平成13〜14年、外壁や屋根瓦部分などが修復されています。住所:色内2−3−12

  • この交差点の手前側は色内2丁目、道路を渡ると色内3丁目になります。

    この交差点の手前側は色内2丁目、道路を渡ると色内3丁目になります。

  • 渡ったところにあるのが、田中酒造店で、昭和2年築です。

    渡ったところにあるのが、田中酒造店で、昭和2年築です。

  • 今もここで営業を続けています。嘗ての酒造店の店構えを残した数少ない建築となっています。正面の軒下は、腕木を手前に迫り出す「せがい造り」となっています。住所:色内3−2−5

    今もここで営業を続けています。嘗ての酒造店の店構えを残した数少ない建築となっています。正面の軒下は、腕木を手前に迫り出す「せがい造り」となっています。住所:色内3−2−5

  • 大正、昭和初期に掛けて、この形の屋根が小樽の木造商店に多く見られたという。昭和初期の和風店舗を商品の販売、展示を兼ねながら、修復、活用した良い例となっています。

    大正、昭和初期に掛けて、この形の屋根が小樽の木造商店に多く見られたという。昭和初期の和風店舗を商品の販売、展示を兼ねながら、修復、活用した良い例となっています。

  • 店内で「小樽美人」の店員さんに入って貰って一枚。

    店内で「小樽美人」の店員さんに入って貰って一枚。

  • 売り物件となっている丸本水産(株)の建物も良い雰囲気を出していますね。

    売り物件となっている丸本水産(株)の建物も良い雰囲気を出していますね。

  • 旧日本郵船(株)小樽支店残荷倉庫が見えて来ました。

    旧日本郵船(株)小樽支店残荷倉庫が見えて来ました。

  • 明治39年築で、隣の日本郵船小樽支店と同じ佐立七次郎の設計です。平成14年に、屋根全体と正面外壁部分が改修されています。住所:色内3−7−6

    明治39年築で、隣の日本郵船小樽支店と同じ佐立七次郎の設計です。平成14年に、屋根全体と正面外壁部分が改修されています。住所:色内3−7−6

  • マンサード屋根の小屋組、壁は石積みとなっています。

    マンサード屋根の小屋組、壁は石積みとなっています。

  • 隣の旧日本郵船(株)小樽支店は、倉庫と同じく明治39年に、工部大学校造家学科の第一期生、佐立七次郎の設計です。住所:色内3−7−8<br />残念ながら、27年3月末まで、保存調査のため、閉館となっています。内部はその後で、また来ることにしましょう。

    隣の旧日本郵船(株)小樽支店は、倉庫と同じく明治39年に、工部大学校造家学科の第一期生、佐立七次郎の設計です。住所:色内3−7−8
    残念ながら、27年3月末まで、保存調査のため、閉館となっています。内部はその後で、また来ることにしましょう。

  • ヨーロッパ復興様式の純石造建築となっています。建物は、表玄関を中心に左右対称で、北面には貴賓用横玄関があります。背面両翼に張り出したコの字型平面になっています。

    ヨーロッパ復興様式の純石造建築となっています。建物は、表玄関を中心に左右対称で、北面には貴賓用横玄関があります。背面両翼に張り出したコの字型平面になっています。

  • ここが表玄関です。外壁は、厚さ約75cmの小樽天狗山産軟石、腰、胴蛇腹、軒部分は、登別産中軟石を使用しています。

    ここが表玄関です。外壁は、厚さ約75cmの小樽天狗山産軟石、腰、胴蛇腹、軒部分は、登別産中軟石を使用しています。

  • 内部は、27年3月末まで見学は出来ませんが、1階の事務所は、機能性を重視し、大理石を敷いた横玄関、繊細な規模路の大階段手摺り、精緻で格調高い装飾、華麗な貴賓室を備えた商業建築となっているそうです。

    内部は、27年3月末まで見学は出来ませんが、1階の事務所は、機能性を重視し、大理石を敷いた横玄関、繊細な規模路の大階段手摺り、精緻で格調高い装飾、華麗な貴賓室を備えた商業建築となっているそうです。

  • 内装には、アメリカ製のスチールシャッター、建具金物を使用し、暖房は、地下にボイラー室を設けて、蒸気暖房となっていました。窓は、冬の寒さを考慮して、全て二重ガラスにするなど、当時の最新設備を備えていました。

    内装には、アメリカ製のスチールシャッター、建具金物を使用し、暖房は、地下にボイラー室を設けて、蒸気暖房となっていました。窓は、冬の寒さを考慮して、全て二重ガラスにするなど、当時の最新設備を備えていました。

  • 完全復元された2階の貴賓室は、寄木造りの床、空色漆喰の天井、菊紋内摺セードシャンデリア、菊模様の金唐革紙(江戸時代、オランダ貿易で、ヨーロッパから輸入した革製品をヒントにして作った紙)の壁、絨毯、鏡付き大理石暖房、家具調度品など贅を尽くした華麗な空間となっています。

    完全復元された2階の貴賓室は、寄木造りの床、空色漆喰の天井、菊紋内摺セードシャンデリア、菊模様の金唐革紙(江戸時代、オランダ貿易で、ヨーロッパから輸入した革製品をヒントにして作った紙)の壁、絨毯、鏡付き大理石暖房、家具調度品など贅を尽くした華麗な空間となっています。

  • 貴賓室隣の会議室は、約198平方mで、広さを強調した吊り天井の大胆な弧を描く装飾彫刻や中央のシャンデリア、アカンサス模様の金唐革紙の壁、床の大絨毯、大テーブルには36脚の椅子が配置されています。

    貴賓室隣の会議室は、約198平方mで、広さを強調した吊り天井の大胆な弧を描く装飾彫刻や中央のシャンデリア、アカンサス模様の金唐革紙の壁、床の大絨毯、大テーブルには36脚の椅子が配置されています。

  • 1階の客溜まりと営業室は、高いカウンターで仕切られていて、格天井と色鮮やかな天井紙が当時、絶頂期の海運業を象徴しています。細部仕様など復元された照明器具、机・椅子などの配置、豪壮な造りの金庫室、支店長室、応接間など機能的に、調和の取れた構成になっているそうです。今回内部を見学出来なかったので、次回は是非見たいと思います。

    1階の客溜まりと営業室は、高いカウンターで仕切られていて、格天井と色鮮やかな天井紙が当時、絶頂期の海運業を象徴しています。細部仕様など復元された照明器具、机・椅子などの配置、豪壮な造りの金庫室、支店長室、応接間など機能的に、調和の取れた構成になっているそうです。今回内部を見学出来なかったので、次回は是非見たいと思います。

  • 渡り廊下で繋がった瓦葺き附属舎には、球技室、倶楽部、看貫場(計量室)などがあり、当時の特徴的な仕様が見られるという。

    渡り廊下で繋がった瓦葺き附属舎には、球技室、倶楽部、看貫場(計量室)などがあり、当時の特徴的な仕様が見られるという。

  • 建物前面の外観をじっくりと観察してきました。

    建物前面の外観をじっくりと観察してきました。

  • 銀杏の黄色が青空に映えています。

    銀杏の黄色が青空に映えています。

  • 小樽運河周辺には、明治から大正期に掛けて木骨石造の倉庫が軒を連ねていたそうです。この倉庫は典型的なもので、小屋組はクイーンポストトラス構造で、2本の束が陸梁の中央付近で左右対称に建てられています。平成10年のこの運河公園建設に先立って、このチに新しい石を使用して、建て直されたものです。

    小樽運河周辺には、明治から大正期に掛けて木骨石造の倉庫が軒を連ねていたそうです。この倉庫は典型的なもので、小屋組はクイーンポストトラス構造で、2本の束が陸梁の中央付近で左右対称に建てられています。平成10年のこの運河公園建設に先立って、このチに新しい石を使用して、建て直されたものです。

  • 倉庫内部

    倉庫内部

  • 小屋組・クイーンポストトラス構造が良く分かります。

    小屋組・クイーンポストトラス構造が良く分かります。

  • 先程の日本郵船小樽支店前面に広がる運河公園

    先程の日本郵船小樽支店前面に広がる運河公園

  • 小樽の北運河の端になります。奥に見えるのが、北運河発電所?だと思われます。

    小樽の北運河の端になります。奥に見えるのが、北運河発電所?だと思われます。

  • で、こちらが北海製缶。これから運河沿いに戻ろうかな、と思っていたら、右手にハイヤー営業所があったので、運転手さんとお話しして、鰊御殿へ行くことにしました。途中、旧青山別邸にも寄ってくれました。

    で、こちらが北海製缶。これから運河沿いに戻ろうかな、と思っていたら、右手にハイヤー営業所があったので、運転手さんとお話しして、鰊御殿へ行くことにしました。途中、旧青山別邸にも寄ってくれました。

  • 鰊御殿から戻って来て、メルヘン交差点という可愛らしい名前のついたエリアへ。<br />正面に見えるのが、小樽オルゴール堂 [旧共成(株)] で、明治45年築。共成は、北海道有数の精米、米穀商でした。この交差点辺りは、嘗て有幌倉庫群の入り口に当たる角地になっています。石造りの多いなかでは、珍しく煉瓦造りの建築です。内部に木骨構造を組んであります。壁の褐色煉瓦やアーチ窓のキーストーン、開口部と隅部に積んだコーナーストーンなどが特徴となっているそうです。米穀店後、家具店舗を経て、現在の店舗になっています。住所:住吉4−1

    鰊御殿から戻って来て、メルヘン交差点という可愛らしい名前のついたエリアへ。
    正面に見えるのが、小樽オルゴール堂 [旧共成(株)] で、明治45年築。共成は、北海道有数の精米、米穀商でした。この交差点辺りは、嘗て有幌倉庫群の入り口に当たる角地になっています。石造りの多いなかでは、珍しく煉瓦造りの建築です。内部に木骨構造を組んであります。壁の褐色煉瓦やアーチ窓のキーストーン、開口部と隅部に積んだコーナーストーンなどが特徴となっているそうです。米穀店後、家具店舗を経て、現在の店舗になっています。住所:住吉4−1

  • メルヘン交差点に建つのが、銀の鐘1号館(旧中越銀行小樽支店)で、大正13年築。創建時、この辺りは入船川の河口(現在は暗渠となっている)で、海側に船入間が開け、複数の道路が交わっていて、交通の要となっていたそうです。昭和18年に旧中越銀行が合併して、北陸銀行となり、昭和38年に南小樽支店と改称されています。住所:入船1−1−2

    メルヘン交差点に建つのが、銀の鐘1号館(旧中越銀行小樽支店)で、大正13年築。創建時、この辺りは入船川の河口(現在は暗渠となっている)で、海側に船入間が開け、複数の道路が交わっていて、交通の要となっていたそうです。昭和18年に旧中越銀行が合併して、北陸銀行となり、昭和38年に南小樽支店と改称されています。住所:入船1−1−2

  • 外壁はモルタル仕上げで、2階の窓列の壁に褐色タイルを張り、その上に雷文の模様を一列に並べています。

    外壁はモルタル仕上げで、2階の窓列の壁に褐色タイルを張り、その上に雷文の模様を一列に並べています。

  • 旧上勢友吉商店は、現在、小樽オルゴール堂手作り体験遊工房となっています。<br />大正10年築で、この商店は小樽に現存する数少ない本石造3階建ての店舗建築となっています。寄せ棟の瓦葺き屋根にドーマ(屋根窓)を設け、正面壁にキーストーンを強調した窓を並べた意匠が特徴となっています。屋根が見えなかったのですが、向かい側から撮るのを忘れました。

    旧上勢友吉商店は、現在、小樽オルゴール堂手作り体験遊工房となっています。
    大正10年築で、この商店は小樽に現存する数少ない本石造3階建ての店舗建築となっています。寄せ棟の瓦葺き屋根にドーマ(屋根窓)を設け、正面壁にキーストーンを強調した窓を並べた意匠が特徴となっています。屋根が見えなかったのですが、向かい側から撮るのを忘れました。

  • 昭和55年に正面1階左端の出入り口が窓に改修されているそうです。住所:入船1−1−5

    昭和55年に正面1階左端の出入り口が窓に改修されているそうです。住所:入船1−1−5

  • ちょっと裏通りへ廻ると、蔦の絡まる古いビルがありましたが、閉鎖されていて、取り壊されるようでした。入り口には日本基督教会館とかありました。

    ちょっと裏通りへ廻ると、蔦の絡まる古いビルがありましたが、閉鎖されていて、取り壊されるようでした。入り口には日本基督教会館とかありました。

  • その先にスーベニール・オタルカンがありました。

    その先にスーベニール・オタルカンがありました。

  • 旧木村倉庫は、硝子店舗になっています。明治24年築で、小樽港の繁栄を象徴するような大規模な石造倉庫で、当初は、鰊漁場の中継倉庫だったそうです。内部は、中央廊下を挟んで、2つの倉庫に分けられ、その廊下には港から引き込まれたトロッコのレールが残されています。昭和58年に内部を生かした店舗に再利用されたのを切っ掛けに、他の石造倉庫の転用を促進させたとのことです。住所:堺町7−26

    旧木村倉庫は、硝子店舗になっています。明治24年築で、小樽港の繁栄を象徴するような大規模な石造倉庫で、当初は、鰊漁場の中継倉庫だったそうです。内部は、中央廊下を挟んで、2つの倉庫に分けられ、その廊下には港から引き込まれたトロッコのレールが残されています。昭和58年に内部を生かした店舗に再利用されたのを切っ掛けに、他の石造倉庫の転用を促進させたとのことです。住所:堺町7−26

  • 「おたる瑠璃工房」住所:堺町5−33 おたる瑠璃工房 運河店はこの堺町商店街をずっと歩いて行くとあります。

    「おたる瑠璃工房」住所:堺町5−33 おたる瑠璃工房 運河店はこの堺町商店街をずっと歩いて行くとあります。

  • さかい家(旧久保商店)は、明治40年築。小間物雑貨卸を営んでいた久保商店の店舗として建てられ、現在は和風商店の外観を残して、喫茶店に再利用されています。この堺町通り商店街の歴史的景観を形成する主要な建物となっています。

    さかい家(旧久保商店)は、明治40年築。小間物雑貨卸を営んでいた久保商店の店舗として建てられ、現在は和風商店の外観を残して、喫茶店に再利用されています。この堺町通り商店街の歴史的景観を形成する主要な建物となっています。

  • 道路側の下屋は、母屋から蔵まで一体に続き、蔵は前後に2棟並んでいて、母屋の1階は、店先として開放出来る引き戸が入っていたそうです。住所:堺町4−5

    道路側の下屋は、母屋から蔵まで一体に続き、蔵は前後に2棟並んでいて、母屋の1階は、店先として開放出来る引き戸が入っていたそうです。住所:堺町4−5

  • 向こうに見えるのが、旧中山倉庫宅跡です。この手前を左に登って行くと外国人通りがあります。

    向こうに見えるのが、旧中山倉庫宅跡です。この手前を左に登って行くと外国人通りがあります。

  • 大正初期に建てられた中山倉庫跡に現在、2店舗が入っています。<br />左が「たけの寿司」店です、2階の窓格子が建造当時のまま残っているそうです。

    大正初期に建てられた中山倉庫跡に現在、2店舗が入っています。
    左が「たけの寿司」店です、2階の窓格子が建造当時のまま残っているそうです。

  • 右が昨年オープンした「おたる蝦夷屋」です。

    右が昨年オープンした「おたる蝦夷屋」です。

  • 明治40年に建てられた北海雑穀倉庫を再利用して、現在は「小樽硝子の灯・彩や」となっています。

    明治40年に建てられた北海雑穀倉庫を再利用して、現在は「小樽硝子の灯・彩や」となっています。

  • 北海雑穀株式会社が倉庫として建てたものですが、火災を考慮して卯建が建てられています。

    北海雑穀株式会社が倉庫として建てたものですが、火災を考慮して卯建が建てられています。

  • 堺町商店街を歩いていて、ちょっと面白い建物だなぁ、と思っていたら、昆布専門店不老館でした。屋根の上の時計には針がなく、つまり年を取らない、不老という意味でした。

    堺町商店街を歩いていて、ちょっと面白い建物だなぁ、と思っていたら、昆布専門店不老館でした。屋根の上の時計には針がなく、つまり年を取らない、不老という意味でした。

  • その隣が、明治29年築の岩永時計店。時計卸商の初代岩永新太郎が構えた店舗です。店員で編成された楽団を持った当時としてはとてもハイカラな商店だったそうです。平成3年の改修で、正面2階のバルコニー、半円アーチ扉、手摺りなどが修復され、ほぼ創建時の姿になったそうです。屋根の装飾、軒の繰り型など細部にデザインが施されて、特に瓦葺き屋根を飾る一対の鯱は商店には珍しい装飾でした。住所:堺町1−21

    その隣が、明治29年築の岩永時計店。時計卸商の初代岩永新太郎が構えた店舗です。店員で編成された楽団を持った当時としてはとてもハイカラな商店だったそうです。平成3年の改修で、正面2階のバルコニー、半円アーチ扉、手摺りなどが修復され、ほぼ創建時の姿になったそうです。屋根の装飾、軒の繰り型など細部にデザインが施されて、特に瓦葺き屋根を飾る一対の鯱は商店には珍しい装飾でした。住所:堺町1−21

  • 小樽瑠璃工房(旧金子元三郎商店)は、明治20年築。金子元三郎商店は、明治、大正期に海陸産物、肥料販売及び海運業を営んでいました。店主金子元三郎は、明治32年に初代小樽区長に就任し、その後、主議院議員に数回選出されるという政財界人でした。

    小樽瑠璃工房(旧金子元三郎商店)は、明治20年築。金子元三郎商店は、明治、大正期に海陸産物、肥料販売及び海運業を営んでいました。店主金子元三郎は、明治32年に初代小樽区長に就任し、その後、主議院議員に数回選出されるという政財界人でした。

  • 両袖に卯建を建て、2階正面の窓は、漆喰塗りの開き窓を備えて、創建当時の形態をよく留めているという。小樽の典型的な明治期商店の遺構となっています。住所:堺町1−22

    両袖に卯建を建て、2階正面の窓は、漆喰塗りの開き窓を備えて、創建当時の形態をよく留めているという。小樽の典型的な明治期商店の遺構となっています。住所:堺町1−22

  • 小樽浪漫館(旧百十三銀行小樽支店)は、明治41年築。設計は、池田増次郎。小樽支店の設置は、明治26年で、店舗はこの通りの少し南寄りにありました。業務拡張に応じて、建設されたのがこの建物です。寄せ棟、瓦屋根で、角地に玄関を設け、上部にギリシャ建築のような装飾が特徴となっています。外壁は石張りでしたが、その後、煉瓦タイルに張り替えています。住所:堺町1−25

    小樽浪漫館(旧百十三銀行小樽支店)は、明治41年築。設計は、池田増次郎。小樽支店の設置は、明治26年で、店舗はこの通りの少し南寄りにありました。業務拡張に応じて、建設されたのがこの建物です。寄せ棟、瓦屋根で、角地に玄関を設け、上部にギリシャ建築のような装飾が特徴となっています。外壁は石張りでしたが、その後、煉瓦タイルに張り替えています。住所:堺町1−25

  • 大正硝子館本店(旧名取高三郎商店)は、明治39年築。山梨出身の銅鉄金物商・名取高三郎が明治37年の稲穂町の大火後に建てた店舗です。裏手に住宅や倉庫があります。

    大正硝子館本店(旧名取高三郎商店)は、明治39年築。山梨出身の銅鉄金物商・名取高三郎が明治37年の稲穂町の大火後に建てた店舗です。裏手に住宅や倉庫があります。

  • 角地にあり、西側と南側に開いた形で、防火のために袖壁(卯建)があります。

    角地にあり、西側と南側に開いた形で、防火のために袖壁(卯建)があります。

  • 外壁には札幌軟石が使用されていて、上部壁体を鉄柱で支える構造となっています。小樽の明治後期の代表的な商家建築の遺構となっています。

    外壁には札幌軟石が使用されていて、上部壁体を鉄柱で支える構造となっています。小樽の明治後期の代表的な商家建築の遺構となっています。

  • 現在、大正硝子館本店として営業しています。

    現在、大正硝子館本店として営業しています。

  • 店舗の裏手に住宅と倉庫が連なっています。

    店舗の裏手に住宅と倉庫が連なっています。

  • 於古発川(おこばち)に架かる高島橋の飾りが可愛い。

    於古発川(おこばち)に架かる高島橋の飾りが可愛い。

  • 川沿いにある小樽大正ガラス館とんぼ玉館もすっかり晩秋の景色ですね。

    川沿いにある小樽大正ガラス館とんぼ玉館もすっかり晩秋の景色ですね。

  • 隣の小樽大正ガラス館びーどろ館も紅葉が綺麗です。次回は雪景色の小樽に泊まって、ゆっくり観光したいです。本当に良い街ですね。

    隣の小樽大正ガラス館びーどろ館も紅葉が綺麗です。次回は雪景色の小樽に泊まって、ゆっくり観光したいです。本当に良い街ですね。

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