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現在の大分県佐伯市に在する佐伯城跡への登山口から「歴史と文学のみち」(山際通り)に入りますと歴史的景観が今だに色濃く残る散歩道となっており、今にも屋敷から登城する家臣が裃姿で出てきそうで、更に東進すると佐伯鶴城高校が右手に見え、その向かいの寺院が龍鼎山・養賢寺(ようけんじ、大分県佐伯市城下東町)であり佐伯藩主毛利氏の菩提所となっています。<br /><br />当寺院は慶長10年(1605)佐伯藩初代毛利高政(もうり・たかまさ、1559~1628)が鶴屋城(佐伯城)の創築並びに城下町造りと同時期に毛利家の菩提寺として開基したもので、京都妙心寺から大観慈光禅師を招いて開山とします。<br /><br />本堂には本尊釈迦牟尼仏が拝されその隣には藩祖である高政をはじめ、歴代12藩主の位牌が並んで大名の菩提寺としての威厳の高さを示しています。<br /><br />この寺も文政8年(1825)に本堂、庫理とともに火災により全焼、建立後昭和2年に再度出火し本堂を焼失するという事態を経て再建されるに至ります。<br /><br />養賢寺裏手の高い場所には毛利家墓所が外壁に囲まれて配置されており、傍らの立札によれば、慶長6年(1601)初代高政が日田から転封になり、以来明治4年まで12代269年にわたって佐伯2万石の藩政を行います。<br /><br />尚 高政の出自は尾張国で元々の姓は「森」で、父親高次(たかつぐ、1528~1597)が秀吉の馬廻衆(親衛隊)であったことから高政は早くから羽柴氏に出仕します。<br /><br />天祥10年(1582)6月、毛利方城主清水宗治(しみず・むねはる)の備中高松城攻略中に本能寺の変が起り、秀吉は信長の敵を討つべくかの有名な「中国返し」を企て、互いに人質の交換をすることになります。<br /><br />その際秀吉方から毛利方陣へ人質として送り出されたのが兄重政と高政で、高政が毛利氏当主である毛利輝元(もうり・てるもと)に気に入られ「毛利」姓を贈られ以降名乗ることになります。<br /><br /><br />2023年9月27日追記<br /><br />現地にて建てられた説明板には次の通り説明がなされています。<br /><br />『 龍鼎山養賢寺専門道場<br /><br />この寺は、慶長10年(1605年)佐伯藩初代毛利高政公が鶴屋城の創築及び城下町づくりと時を同じくして、毛利家の香華院(菩提寺)として創建したもので、開山第一祖は京都妙心寺から大観慈光禅師を招き、臨済宗妙心寺派に属する。<br /><br />虚空高々と銅瓦葺きの大屋根がそびえる本堂、その須弥檀には本尊釈迦牟尼仏が拝され、その隣には藩祖高政公をはじめ、歴代藩主の位牌が並び、大名の香華院としての森厳さを示している。<br /><br />本堂につづく閑静な大書院、大屋根そそり建つ古風な庫理、方桁造りの位牌堂、江湖専門道場としての禅堂、白亜塗込めの経堂など伽藍のうち並ぼ。400年近い歴史のたたずまいを深々と示している。<br /><br />本堂の裏手一段高いところに、藩祖高政公の霊廟をはじめ、歴代藩主の墓塔立ち並ぶ毛利家の墓所がある。<br /><br />なお、この山際通りの一帯は「歴史と文学のみち」として整備し、歴史的環境保全地区に指定されています。<br />                 佐伯市教育委員会 』<br />

豊後佐伯 秀吉の子飼いが関ヶ原合戦中途で家康方に寝返り佐伯藩に移封の毛利高政の開基で歴代藩主が眠る菩提寺である『養賢寺』散歩

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2014/10/10 - 2014/10/10

123位(同エリア166件中)

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滝山氏照

滝山氏照さん

現在の大分県佐伯市に在する佐伯城跡への登山口から「歴史と文学のみち」(山際通り)に入りますと歴史的景観が今だに色濃く残る散歩道となっており、今にも屋敷から登城する家臣が裃姿で出てきそうで、更に東進すると佐伯鶴城高校が右手に見え、その向かいの寺院が龍鼎山・養賢寺(ようけんじ、大分県佐伯市城下東町)であり佐伯藩主毛利氏の菩提所となっています。

当寺院は慶長10年(1605)佐伯藩初代毛利高政(もうり・たかまさ、1559~1628)が鶴屋城(佐伯城)の創築並びに城下町造りと同時期に毛利家の菩提寺として開基したもので、京都妙心寺から大観慈光禅師を招いて開山とします。

本堂には本尊釈迦牟尼仏が拝されその隣には藩祖である高政をはじめ、歴代12藩主の位牌が並んで大名の菩提寺としての威厳の高さを示しています。

この寺も文政8年(1825)に本堂、庫理とともに火災により全焼、建立後昭和2年に再度出火し本堂を焼失するという事態を経て再建されるに至ります。

養賢寺裏手の高い場所には毛利家墓所が外壁に囲まれて配置されており、傍らの立札によれば、慶長6年(1601)初代高政が日田から転封になり、以来明治4年まで12代269年にわたって佐伯2万石の藩政を行います。

尚 高政の出自は尾張国で元々の姓は「森」で、父親高次(たかつぐ、1528~1597)が秀吉の馬廻衆(親衛隊)であったことから高政は早くから羽柴氏に出仕します。

天祥10年(1582)6月、毛利方城主清水宗治(しみず・むねはる)の備中高松城攻略中に本能寺の変が起り、秀吉は信長の敵を討つべくかの有名な「中国返し」を企て、互いに人質の交換をすることになります。

その際秀吉方から毛利方陣へ人質として送り出されたのが兄重政と高政で、高政が毛利氏当主である毛利輝元(もうり・てるもと)に気に入られ「毛利」姓を贈られ以降名乗ることになります。


2023年9月27日追記

現地にて建てられた説明板には次の通り説明がなされています。

『 龍鼎山養賢寺専門道場

この寺は、慶長10年(1605年)佐伯藩初代毛利高政公が鶴屋城の創築及び城下町づくりと時を同じくして、毛利家の香華院(菩提寺)として創建したもので、開山第一祖は京都妙心寺から大観慈光禅師を招き、臨済宗妙心寺派に属する。

虚空高々と銅瓦葺きの大屋根がそびえる本堂、その須弥檀には本尊釈迦牟尼仏が拝され、その隣には藩祖高政公をはじめ、歴代藩主の位牌が並び、大名の香華院としての森厳さを示している。

本堂につづく閑静な大書院、大屋根そそり建つ古風な庫理、方桁造りの位牌堂、江湖専門道場としての禅堂、白亜塗込めの経堂など伽藍のうち並ぼ。400年近い歴史のたたずまいを深々と示している。

本堂の裏手一段高いところに、藩祖高政公の霊廟をはじめ、歴代藩主の墓塔立ち並ぶ毛利家の墓所がある。

なお、この山際通りの一帯は「歴史と文学のみち」として整備し、歴史的環境保全地区に指定されています。
                 佐伯市教育委員会 』

旅行の満足度
3.5
交通手段
JRローカル 徒歩
  • 武家屋敷(土屋家)<br /><br />城山登山口に最も近い武家屋敷として土屋家には薬医門が設置されています。<br /><br />

    武家屋敷(土屋家)

    城山登山口に最も近い武家屋敷として土屋家には薬医門が設置されています。

  • 薬医門石標

    薬医門石標

  • 「佐伯藩三泉の一 唖泉」石標<br /><br />佐伯藩8代藩主毛利高標(もうり・たかすえ)に仕えていた藩医の今泉元甫が私財を投じて井戸を掘り、甘泉・安井・某泉の三つの井戸を「今泉元甫の三義井」と呼ばれています。

    「佐伯藩三泉の一 唖泉」石標

    佐伯藩8代藩主毛利高標(もうり・たかすえ)に仕えていた藩医の今泉元甫が私財を投じて井戸を掘り、甘泉・安井・某泉の三つの井戸を「今泉元甫の三義井」と呼ばれています。

  • 「歴史と文学の道」<br /><br />当該街路には佐伯藩上級家臣が居住していた屋敷が並んでいたようです。尚山際通り<br />の向かい側は前田と呼ばれ防御のため「沼田」になっていました。

    「歴史と文学の道」

    当該街路には佐伯藩上級家臣が居住していた屋敷が並んでいたようです。尚山際通り
    の向かい側は前田と呼ばれ防御のため「沼田」になっていました。

  • 歴史的環境保存地区<br /><br />この山際通り一帯は「歴史と文学のみち」として整備し歴史的環境保存地区に指定されています。

    歴史的環境保存地区

    この山際通り一帯は「歴史と文学のみち」として整備し歴史的環境保存地区に指定されています。

  • 汲心邸正門<br /><br />「お月見茶会」開催中になっていますが、

    汲心邸正門

    「お月見茶会」開催中になっていますが、

  • 「佐伯藩三泉の一 安井(あんせい)」石標

    「佐伯藩三泉の一 安井(あんせい)」石標

  • 安井の井戸<br /><br />城下町は元々干潟だったので飲料水の不足により生活に苦しんでいました。そこで城下の人々を救うため、藩医である今泉元甫が掘った三つの井戸の一つが安井だったそうです。

    安井の井戸

    城下町は元々干潟だったので飲料水の不足により生活に苦しんでいました。そこで城下の人々を救うため、藩医である今泉元甫が掘った三つの井戸の一つが安井だったそうです。

  • 山際史跡広場<br /><br />「歴史と文学のみち」として整備された山際通りにはかつての武家屋敷跡が「山際史跡広場」の名前となって誰でも入場できるよう開放されています。

    山際史跡広場

    「歴史と文学のみち」として整備された山際通りにはかつての武家屋敷跡が「山際史跡広場」の名前となって誰でも入場できるよう開放されています。

  • 武家屋敷(山中家)建物跡

    武家屋敷(山中家)建物跡

  • 武家屋敷(山中家)建物跡

    武家屋敷(山中家)建物跡

  • 武家屋敷の説明<br /><br />正門をくぐりますと建物の礎石が周辺に配置されており、手前には屋敷を説明したものが絵図として掲示されています。

    武家屋敷の説明

    正門をくぐりますと建物の礎石が周辺に配置されており、手前には屋敷を説明したものが絵図として掲示されています。

  • 山中家屋敷跡説明板<br /><br />文政9年(1826)の絵図によれば「山中加左衛門」の名前が出ており、平成8年までは屋敷が残されていたそうです。<br /><br />

    山中家屋敷跡説明板

    文政9年(1826)の絵図によれば「山中加左衛門」の名前が出ており、平成8年までは屋敷が残されていたそうです。

  • 国木田独歩館<br /><br />旧坂本家屋敷を使って国木田独歩館があります。独歩は明治時代の小説家で、明治26年から27年にかけて佐伯で過ごした際、下宿していた坂本家が博物館となっていました。

    国木田独歩館

    旧坂本家屋敷を使って国木田独歩館があります。独歩は明治時代の小説家で、明治26年から27年にかけて佐伯で過ごした際、下宿していた坂本家が博物館となっていました。

  • 「国木田独歩館」石碑

    「国木田独歩館」石碑

  • 「武家屋敷街」石碑

    「武家屋敷街」石碑

  • 養賢寺正門<br /><br />脇には「養賢禅堂」と書かれた表札が見えます。<br /><br />

    養賢寺正門

    脇には「養賢禅堂」と書かれた表札が見えます。

  • 「佐伯五山 養賢寺」柱標

    「佐伯五山 養賢寺」柱標

  • 龍鼎山(りゅうていさん)養賢寺説明

    龍鼎山(りゅうていさん)養賢寺説明

  • 鐘楼<br /><br />道路側から社壁を隔てて鐘楼を捉えます。

    鐘楼

    道路側から社壁を隔てて鐘楼を捉えます。

  • 養賢寺本堂<br /><br />正式には龍鼎山養賢寺といい宗派は臨済宗妙心寺派となっています。

    養賢寺本堂

    正式には龍鼎山養賢寺といい宗派は臨済宗妙心寺派となっています。

  • 本堂扁額<br /><br />「養賢禅寺」と刻された扁額が掲示されています。

    本堂扁額

    「養賢禅寺」と刻された扁額が掲示されています。

  • 本堂

    本堂

  • 御廟御門<br /><br />墓地の社塀に沿って特別に作られた小路の先には瓦葺の簡単な門が造られています。

    御廟御門

    墓地の社塀に沿って特別に作られた小路の先には瓦葺の簡単な門が造られています。

  • 御廟石段<br /><br />御門を過ぎると急な石段が控え、これを一気に登り切ります。

    御廟石段

    御門を過ぎると急な石段が控え、これを一気に登り切ります。

  • 毛利氏菩所<br /><br />壁で囲まれた中央部に門がしつらえてますが、扉は施錠されて入場できません。

    イチオシ

    毛利氏菩所

    壁で囲まれた中央部に門がしつらえてますが、扉は施錠されて入場できません。

  • 毛利家墓所説明板

    毛利家墓所説明板

  • 墓所内部<br /><br />門扉隙間から廟の内部を捉えます。撮影が制約されていますが五輪塔形式の墓碑が並んでおり、初代の高政から12代の高謙(たかあき)まで歴代藩主の墓が配置されているそうです。

    イチオシ

    墓所内部

    門扉隙間から廟の内部を捉えます。撮影が制約されていますが五輪塔形式の墓碑が並んでおり、初代の高政から12代の高謙(たかあき)まで歴代藩主の墓が配置されているそうです。

  • 墓所内部

    墓所内部

  • 墓所の壁<br /><br />石垣の上に壁が施され豪壮で格式の高い墓所となっています。

    墓所の壁

    石垣の上に壁が施され豪壮で格式の高い墓所となっています。

  • 宝物殿

    宝物殿

  • 鐘楼堂

    鐘楼堂

  • 佐伯鶴城高校体育館

    佐伯鶴城高校体育館

  • 日坪菖蒲園方面<br /><br />帰路は徒歩で菖蒲園を横に見ながら本町通りに合流して佐伯駅に向かいます。

    日坪菖蒲園方面

    帰路は徒歩で菖蒲園を横に見ながら本町通りに合流して佐伯駅に向かいます。

  • 日坪菖蒲園と太鼓橋<br /><br />

    日坪菖蒲園と太鼓橋

  • 日坪菖蒲園全景<br /><br />「歴史と文学のとおり」に並行する日坪川河岸には菖蒲園があります。

    日坪菖蒲園全景

    「歴史と文学のとおり」に並行する日坪川河岸には菖蒲園があります。

  • 昼間の各駅停ゼロ区間<br /><br />何度も触れてますが日豊線佐伯駅から延岡駅方面は運行本数が激減、なおかつ特急主体となっています。特に日中における臼杵駅からは各駅逓停はゼロにつき、やむなく<br />佐伯−延岡の乗車券+自由席特急券を購入することになりました。

    昼間の各駅停ゼロ区間

    何度も触れてますが日豊線佐伯駅から延岡駅方面は運行本数が激減、なおかつ特急主体となっています。特に日中における臼杵駅からは各駅逓停はゼロにつき、やむなく
    佐伯−延岡の乗車券+自由席特急券を購入することになりました。

  • JR九州キャンぺ−ン幟<br /><br />女優壇密をキャンぺ−ンとする幟が登場、臼杵駅のみならず小倉駅、大分駅でも同様の幟が見られました。

    JR九州キャンぺ−ン幟

    女優壇密をキャンぺ−ンとする幟が登場、臼杵駅のみならず小倉駅、大分駅でも同様の幟が見られました。

  • 国木田独歩「城山」<br /><br />1番線ホ−ムに掲示されている佐伯市を模った独歩の詩が掲載されています。

    国木田独歩「城山」

    1番線ホ−ムに掲示されている佐伯市を模った独歩の詩が掲載されています。

  • 佐伯駅3番ホ−ム<br /><br />3番線ホ−ムには大分方面に向かう特急電車が出発を待っている所です。

    佐伯駅3番ホ−ム

    3番線ホ−ムには大分方面に向かう特急電車が出発を待っている所です。

  • 佐伯市海産物看板<br /><br />佐伯駅ホ−ムには佐伯市特産品として鮮魚が描かれています。<br />確かに佐伯藩の頃から地形は起伏に富み耕地が狭く農業収入は少なくリアス式海岸を有する地形から浦が多く漁業と海上輸送基地の港として活用され、「佐伯の殿様浦でもつ」と言われるほど藩財政の柱でありました。同時に漁業の他林業も重要な産業とされていました。

    佐伯市海産物看板

    佐伯駅ホ−ムには佐伯市特産品として鮮魚が描かれています。
    確かに佐伯藩の頃から地形は起伏に富み耕地が狭く農業収入は少なくリアス式海岸を有する地形から浦が多く漁業と海上輸送基地の港として活用され、「佐伯の殿様浦でもつ」と言われるほど藩財政の柱でありました。同時に漁業の他林業も重要な産業とされていました。

  • 日豊線を走る特急電車<br /><br />宮崎空港行「特急にちりん11号」が佐伯駅に到着します。佐伯駅(13:07)−延岡(14:08)はノンストップ運転です。

    日豊線を走る特急電車

    宮崎空港行「特急にちりん11号」が佐伯駅に到着します。佐伯駅(13:07)−延岡(14:08)はノンストップ運転です。

  • 特急「にちりん」11号車輌<br /><br />かつて九州新幹線一部開通(新八代駅−鹿児島中央駅)時代に投入された連絡用特急が、この日豊線に転用されています。

    特急「にちりん」11号車輌

    かつて九州新幹線一部開通(新八代駅−鹿児島中央駅)時代に投入された連絡用特急が、この日豊線に転用されています。

  • 特急「にちりん」11号自由席内部<br /><br />平日でもありかなりの空席となっています。このまま延岡駅まで1時間をノンストップにて走ります。

    特急「にちりん」11号自由席内部

    平日でもありかなりの空席となっています。このまま延岡駅まで1時間をノンストップにて走ります。

  • 特急「にちりん」11号自由席内部<br /><br />空席座席が目立ち、大分−宮崎の県境を走る区間のためか実車率がかなり低いようです。<br /><br />

    特急「にちりん」11号自由席内部

    空席座席が目立ち、大分−宮崎の県境を走る区間のためか実車率がかなり低いようです。

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