2014/06/10 - 2014/06/10
26位(同エリア265件中)
こあひるさん
「卯子酉様」「愛宕神社」「五百羅漢」を訪ねた後、タクシーで「南部曲り家千葉家」へ。
予想していたよりも順調にこなせているので、今回行けないだろうと思って予定から外していた「続石」にも寄ってみることにした。
遠野マップで見ると、「南部曲り家千葉家」と「続石」とは1kmも離れていないように見える。どちらから先に行こうかな・・・。
タクシーの運転手さんに、「続石」から「南部曲り家千葉家」へは、歩いてどのくらいなのかと尋ねたら、距離は近いが、ず~っと上り坂になっているので、「南部曲り家千葉家」から「続石」に行くのが、下り坂なのでいいと教えてくれた。
そこで、タクシーでまず「南部曲り家千葉家」へと向かう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 新幹線 JRローカル
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「卯子酉様」わきの駐車場から、呼んだタクシーに乗り、上り坂になった国道396号(遠野と盛岡を結んでいた遠野街道)をぐんぐん上っていきます。
国道沿いに、駐車場とチケット売り場、売店などがあり、そこから見ると「南部曲り家千葉家」は、小高い丘の中腹にあります。
石垣が築かれ、小さな城のように見えるため、領主の往来時には、石垣を莚(むしろ)で覆い隠したとか、ヒノキを植えて屋敷を隠したなど、その豪壮さを物語る逸話が伝えられています。
また、日本十大民家の一つでもあります。南部曲り家(千葉家) 美術館・博物館
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曲り家というのは、L字型の家のことで、人間の住む母屋と馬小屋を直角に連結した農家をいいます。
岩手県中部から青森県八戸市にかけての旧南部藩領にみられることから、南部曲り家と呼ばれます。特に、盛岡周辺と遠野郷にかけて多く分布しています。
外から見てみると、屋根は茅葺き、まわりを土壁で塗りつぶし、柱や貫だけを露出させています。これを遠くから眺めると、自然の風景に溶け込んで、小さな山や丘に見えました。 -
母屋まで上る途中に「ハセ小屋」があります。
収穫した稲束を干すための横木(ハセ)および杭を収納する建物で、おそらく母屋と同じ頃に建てられたのではないかと考えられています。
かつてはこの場所に、千葉家の屋敷があったといわれます。 -
さらに丘の斜面を上り、母屋のある方へ向かいます。
約800坪の敷地に、曲り家を中心に、土蔵・納屋など江戸時代末期〜大正期に建てられた建物が残っており、豪農の屋敷構えをよく保っているものとして、国の重要文化財に指定されています。
千葉家は、江戸時代に肝煎り(庄屋、集落の長)を務め、武士の身分を持つ家柄でした。代々山林業等で財をなし、庭から眺めるほとんどが千葉家の土地で(農地解放以前)、鉄道が敷設されてからも、岩手二日町駅から自宅まで、自分の所有地だけを通って行き来できたと言われています。かつては、作男15人、馬20頭を有していました。 -
まるで山城のような・・・いい見晴らしです。
遠野は盆地と言っても、隙あらば山が入り込んでいるようなギザギザの複雑な形の盆地で、隣の村や集落に行くにも、峠を越えていかなければならないようなところも多いです。
「南部曲り家千葉家」のあるこのあたりも、盆地から山へ入り込みつつあるエリアです。 -
建物の配置はこんな風になっています。
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中庭へと通ずる、母屋脇のアーケードのような廊下を通って・・・
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中庭へと出ました。
L字型の曲り家の立派な母屋です。 -
お庭には、牡丹の花がちょうど見頃・・・。
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千葉家の家紋。
表紋が丸に三つ星、裏紋が月星です。以前は月星紋でしたが、丸に三つ星紋を遠野南部氏から拝領して以来、表紋としています。
千葉氏は、源頼朝に協力して奥州藤原氏討伐に武功をあげたことから、奥州各地に領地を与えられ、奥州仕置や葛西大崎一揆などを経て土着していきました。
千葉氏一族の代表的な定紋である月星紋は、妙見菩薩を表しているとされます。妙見信仰は、北極星や北斗七星に対する信仰から起こったものであり、国土を守護し、人民の苦悩を除くものとされています。 -
L字型の中央・・・曲がり角のあたりから母屋に入ることができるようです。
母屋は、4代目当主喜右衛門が、天保の飢饉で困窮した農民救済のために、約10年かけて普請したといいます。
母屋は、天保年間(1830〜1844)築となっています。 -
母屋に吊り下げられた鐘。
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L字型の曲がり角から入ると、「庭(ニワ)」と呼ばれる室内の土間になっています。ニワは、仕事場であり、接客場であり、外と内を、あるいは住家と馬屋をつなぐ大事な空間でした。
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ニワを中心に、正面に向かって右は母屋、左は馬屋というように分けられています。こちらは馬屋部分。
遠野では、このように正面に向かって左側に馬屋を突き出すタイプの曲り家が多いそうです。 -
今は、展示室として使われています。
遠野は、古くから南部駒の産地として知られてきました。南部駒は、粗食で耐久力が強いことから、軍馬として評判が高いものでした。
農家にとっても馬は、農耕や駄賃付け、山仕事などの労働力になったばかりでなく、馬市での貴重な現金収入源として、人々の暮らしを支えてきました。
そのため、人々は馬を大切にし、馬の繁殖と健やかな成長を願って、各地域の駒形神社にお参りし、数多くの絵馬が奉納されました。
深雪を避け、馬と寝食をともにする曲り家から、馬に対する家族同様の愛情が感じられます。 -
馬屋であった部分だけ公開され、様々な生活用品が展示されています。
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建築当初は、曲り部が現在よりも3間ほど短く、2階もなかったようです。
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明治から昭和初期にかけては、屋根裏部屋を2階部屋に改造し、屋根などを造り替え、馬屋の一部もこの頃に改造されたと考えられます。
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昭和33年から44年にかけては、納戸半分が裏座敷に改造され、ハシリ(流し)の裏に風呂場が新設されました。
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昭和49年の改築により、現在の間取りとなりました。
民宿を営むために、2階を居室化し、階段や洗面所、中廊下、風呂場などを新設し、馬屋を展示室に大きく改造しました。 -
母屋では、かつての馬屋3つが展示室とされていますが、後の部分は非公開なんですね〜。見学できるのかと思っていたのでちょっとガッカリ。
ついこないだまでは、この曲り家には人が生活していましたが、今はもう住んではいないそうです。 -
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平成28年度から大修理工事が予定されており、約10年間は通常の公開ができなくなる見込みです。
千葉家では、最近、映画「蜩ノ記」の撮影が行われたそうです。 -
母屋と中庭をはさんで建てられているのが「納屋」。こちらは昭和42年築。とても横に長〜い建物となっています。
以前あった納屋を解体し、材料を再利用して建てられました。建設当初は、中央の部屋で牛を飼育していました。 -
「納屋」は、農具を保管する建物でした。
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現在、農機具などが展示されています。
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家具や調度品も展示されています。
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母屋の裏手・・・さらに小高いところへ上っていく小路を進むと、「大工小屋」があります。母屋と同じ築年代と考えられています。
千葉家出入りの職人の作業小屋として使われていました。かつて京都からの染物職人も使用していたことから、「京都屋敷」とも呼ばれていたといいます。 -
そのまま小路を進むと・・・ちょうど母屋の裏手で、母屋の屋根が見えますが・・・屋根の後ろ側・・・茅葺きじゃないのね〜〜(笑)。本来は、こちら側も茅葺きだったんでしょうね〜、たぶん。
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裏手から母屋を・・・こちらは、母屋の正面出入り口と反対の裏側になります。
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「稲荷社」。
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五穀豊穣、商売繁盛を願い、京都の伏見神社を分霊し、千葉家の氏神としてまつりました。
現在の堂宇は、1849年に建てられたもの。 -
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細い板のような木を積み重ねて造られているようです。
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堂宇の周りに、よくわからない石碑がいくつもあります。
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稲荷社が、建物の中では一番高いところにあるようです。
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稲荷社から下りて、母屋のほうへ戻ってきました。母屋の裏手になります。
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「川戸(カド)」という、千葉家の生活用水として使われてきたお水です。
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母屋の裏手には、「石蔵」と「土蔵」が並んでいます。
こちらが「石蔵」。大正14年築。味噌蔵として使われていました。石材は凝灰岩で、塩竈から運んできたと伝えられています。 -
「土蔵」。明治45年築。一部3階建ての平入土蔵です。結構大きな蔵です。
かつて敷地内に散在していた蔵をまとめて建て替えたもので、家財道具と穀物を収納していました。 -
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母屋と蔵の間も、中庭のようになっており、お花がキレイに咲いていました。
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母屋と土蔵の間を通って出ると、最初に上ってきた辺りに戻ります。
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母屋もよく見ると、地味ながらも凝ったデザインが見られます。
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一部3階建ての「土蔵」、崖に面した側だけの板張りが奇妙な感じです。蔵だということを目立たせないような工夫なのでしょうか・・・?
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だんだん空模様が梅雨らしさを取り戻しつつあります。ぽつっと感じるときもありますが・・・何とか半日もってほしい・・・。
先ほどのタクシーの運転手さんは、山に雲がかかっていないから、今日はしばらくは大丈夫だよと言ってくれたのですが・・・。
ただ今11時半過ぎ・・・。ここから国道を数百メートル下ったところにある「続石」へと歩きます。
⑮へ続きま~す。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ムロろ~んさん 2014/10/12 17:01:00
- 茅葺きの家
- こあひるさん
こんにちは、ムロろ〜んです。
岩手遠野の旅行記を拝見しました。
フォルクローロとおのの宿、うちの地元の駅のポスターに張っていたので興味があったんです。
洒落ていて良いなぁと思いましたし、朝食も美味しそうだなと思いました。
でも駅前が何とも静かで淋しい気がしましたf^_^;。
南部曲り家を実際に見たことがないので興味津々拝見しました。
岐阜の白川郷の家々にも感じたのですが、瓦葺きですから維持が大変そう!
きちんときれいに手入れされているのが驚きです。
風通しもよさそうだなと思いましたよ。
雪も降るから屋根の傾斜も急なのかなと思いました。
今は人が住んでいないとのことですが、いつまでも残してほしいと思いましたよ。
風景に溶け込んでいるのが何となく良くって、日本らしいなぁと感じたんです。
ムロろ〜ん(-人-)
- こあひるさん からの返信 2014/10/16 11:34:15
- RE: 茅葺きの家
- ムロたん、こんにちは。
> フォルクローロとおのの宿、うちの地元の駅のポスターに張っていたので興味があったんです。
> 洒落ていて良いなぁと思いましたし、朝食も美味しそうだなと思いました。
> でも駅前が何とも静かで淋しい気がしましたf^_^;。
へ〜ェ、何のポスターだったのでしょう?駅と一体化したホテルで、利便性は抜群ですが、ポスターになるようなホテルかなぁ(笑)。駅前も・・・寂れた感じですよね〜。まだ通ったことはないのですが、駅の近くに、横丁のような飲み屋街があるらしいので、そこにはもうちょっと人がいるのかな〜。
> 南部曲り家を実際に見たことがないので興味津々拝見しました。
> 岐阜の白川郷の家々にも感じたのですが、瓦葺きですから維持が大変そう!
> きちんときれいに手入れされているのが驚きです。
> 風通しもよさそうだなと思いましたよ。
古民家は、手入れが大変でしょうね〜。維持管理も生活するのも実際のところは苦労のほうが多いかもしれませんね。ああいうお家って・・・東北では、冬は寒すぎる・・・と思います。白川郷も寒そうですね。
> 今は人が住んでいないとのことですが、いつまでも残してほしいと思いましたよ。
> 風景に溶け込んでいるのが何となく良くって、日本らしいなぁと感じたんです。
きっと維持管理が大変なので、この間まで住んでらしたけれど、今は市に寄贈か委託したのでしょうかね。でも28年度から、10年がかりで大修復を行うそうなので、当分はキレイに保存していけそうですね。
千葉家は、背には山々が迫り、眼下には田んぼが広がるステキな眺めの場所にあるので、絵になりますね〜。
こあひる
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- aoitomoさん 2014/10/10 21:23:55
- 大きな曲り家にビックリ!
- こあひるさん
『南部曲り家千葉家』
曲り家は学校の教科書で見たぐらいで、何となく理解していただけですが、
こあひるさんの解説でよく理解できました。
馬は賢いので人と共存できて、労働力にもなり現金収入源にもなるしで人々の暮らしを支えてきたのですね。
『過去の間取』
昔の間取もしっかり記録され残されているのも凄いですね。
それにしても大きい家です。
『大修理工事が予定』
最近の修復技術は凄いですからね。
恐らく基礎からしっかり修復されて、元に綺麗に復元されるのでしょうね。
修復には10年以上時間がかかるのですね。
修復前に見れてラッキーですね。
10年は待ちたくないし〜(笑)
『映画「蜩ノ記」』
これも見てみたいですね〜
現在、上映中です。(笑)
『下駄スケート』
初めてみました。
さすが雪国です。
でも、足が冷たそうです。(笑)
『3階建ての「土蔵」』
裏の板張りがないのが奇妙です。
雪の影響も受けそうですし。
東北の内蔵造りですかね〜
楽しませていただきました〜
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2014/10/15 10:48:57
- RE: 大きな曲り家にビックリ!
- aoitomoさん、こんにちは!
遠野は東北の中でも寒冷地で、米作りにはあまり向いていなかったので、ほんとうに凶作が多く、農家は飢饉に怯え、かなり貧しかったようです。なので、時代に合わせて馬の品種改良を重ね、馬を生活の糧にしなければ死と隣り合わせのような生活から抜け出せなかったようで、馬への思いは命がけだったようです。
千葉家はかなりの豪農らしいので、お家もホントに立派ですね。時代に合わせて改造をしてきたのがなかなか面白いです。民宿にしようと改造したというのにも驚きました。
約10年間、おそらく見学はできるのでしょうが、遠くから全容を眺めることはできなくなりそうですね〜。たまたまとは言え、見ておいてよかったです。丘の中腹に、石垣を造り、お城のようにそびえる姿は圧巻でした。
「蜩ノ記」は、遠野にある「遠野ふるさと村」の曲り家もロケに使われたようです。前に、山形で武家屋敷を見た時、やはり映画のロケで使われたそうですが、塀の向こうには現代の住宅が見えてしまうので、見えないように覆って隠して撮影したと言っていました。遠野なら、そんな心配もなさそうです。
土蔵を囲む(?)あの木製壁は何なんでしょうね〜?ふるさと村の土蔵でも見かけました。ふるさと村の蔵は、表と裏と両方覆われていましたが・・・。
こあひる
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