2014/09/07 - 2014/09/07
5297位(同エリア10183件中)
Kさん
前日に引き続き、少しでも応援できればと思い申し込んだバスツアー。宮城の被災地を巡ってきました。震災から3年半後の街並みをご紹介いたします。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- びゅうトラベルサービス
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9:08
長閑な風景に癒されること約1時間半。仙台駅に到着しました。仙台駅 (JR) 駅
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JRのびゅーばす「南三陸・気仙沼復興応援号」に乗って宮城の“いま”を見てきます。11名でこのバスだって♪ゆったり過ごせそうです。
9:40 出発です。 -
復興応援号ということもあって、先ほど利用した仙台駅の惨状だったり、「まるで洗濯機の中にいたかのよう」と添乗員さんの震災発生時のご様子だったりと、乗車直後から震災関連の生々しいお話がたくさん伺えました。ライフラインが寸断されてご自身も不便で不安な生活を強いられたのに、「海沿いの方々のことを思えばなんともない」というお言葉には頭が下がりました。
そうでした...仙台駅は新幹線ホームの天井版が落下して大変だったんでしたね。東日本大震災というと、東電の原発事故があったせいか福島の被害にばかり目が行っていたというか、報道もそればかり扱っていたようにも思い起こされますが、震源地に近い宮城が最大の被災地だったことを思い出しました。震度7が観測されたのも宮城県の栗原市でしたね。
上手く撮れませんでしたが、楽天イーグルスの「コボスタ」が見えてきました。2013年の優勝には多くの方々が励まされたことでしょう。たしか流行語にもなってましたよね?「日本一をありがとう」って。楽天モバイルパーク宮城 名所・史跡
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10:00
【南三陸町】を目指します。
遠くに松林が見えました。所どころ隙間があるのですが...そう、津波でなぎ倒されてしまったそうです。震災の爪痕が痛々しく残っていました。 -
真新しい橋をいくつも目にしました。
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それは、ここまで津波が押し寄せてきたということを表しています。海からはだいぶ離れているのに...自然の脅威を改めて実感。
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奥に見えるのが津波に飲み込まれた日本製紙の石巻工場。日本の出版用紙の4割を製造していた工場は、機能全面停止という絶体絶命な状況から、従業員の方々の必死の復興作業によって5ヶ月あまりで再稼働を果たされたそうです。いま紙の本が読めるのは、この工場が元気になってくれたおかげかもしれませんね!ありがたいです^^
近くには航空自衛隊松島基地があるそうで、隊員の方々は当時目と鼻の先にいる被災した市民の方々の支援に一刻も早く駆けつけたかったのに、全国の基地からの受け入れ体勢を整えることが最優先課題で悔しがっていたというお話も伺いました。隊員さんたちも被災者なのにね。頭が下がるばかりです。日本製紙石巻工場 名所・史跡
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宮城も米どころなので、辺り一面に田んぼが広がっていました。品種はひとめぼれが多いんだったかな?
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至る所で空き地を目にします。がれきこそ撤去されたものの、手つかずの土地がまだまだたくさんあるようです。
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津波はこんなところまでやってくるのか...。恐ろしい。
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柳津(やないづ)駅−気仙沼駅間が不通となったJR気仙沼線の同区間を、BRT(Bus Rapid Transit)と呼ばれるバス代行サービスが2012年の12月から開スタートしたそうです。駅が津波で跡形もなく流される...そんなことがあったなんて全く知りませんでしたよ。お恥ずかしい。
陸前戸倉“駅”にて。陸前戸倉駅 駅
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震災前はこの辺りにも民家があったそうです。
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添乗員さんが繰り返し言っていた。「書いてあるわけではないけれど、線がある」と。家があるところは、高台にあって津波から逃れたところ。なるほど、見えない線が見えてしまいました。
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当時はあんな建物だらけだったのでしょうか。一棟だけ取り残されていて(?)、余計に痛々しかったです。
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南三陸町の海沿いにやってきました。竹島と椿島だったかな?
リアス式海岸で入り江の多い志津川湾(しづがわわん)は養殖設備が多くカキ、ホヤ、ワカメやギンザケが採れるそうです。こんなに穏やかな湾が大暴れしたなんて信じられないよね。志津川湾夏まつり 花火
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秋っぽい空と荒島。
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工事は順調でしょうか?
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重機がたくさん見えました。
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結婚式場「高野会館」です。震災当時は高齢者芸能発表会が開催されていて、地元のお年寄り327名が被災したものの、屋上に避難し犠牲者ゼロ。海岸にも近く、津波は最上階の4階まで押し寄せたそうです。
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この敷地には、多数の入院患者さんらが犠牲となった志津川病院があったそうです。高台に建っていれば...少なくとも津波の被害は免れたのに。悔しいです。
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文字読めますかね(^_^;)あの震災を機に堤防が高くなるそうです。
T.P.とはTokyo Peilの略で、東京湾平均海面である24.3900mらしい。それにしてもこれはいつ設置されたんだろ?かさ上げ工事が進んでいる気配が微塵も感じられないのですが。宮城県民の安全・安心のために、一日も早く完成させてほしいものです。 -
11:20
最初の下車ポイント【南三陸さんさん商店街】に到着しました。なんだろあのオブジェ?南三陸さんさん商店街 市場・商店街
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モアイ像がお出迎え♪でもなんで?
1960年5月4日未明に、チリ地震津波が地球の反対側から南三陸町に押し寄せた。41名の命が奪われ、家屋も甚大な被害を受けたそうです。30年後の1990年には、津波の記憶を未来に残そうとチリから国鳥コンドルの碑が贈られ友好関係が結ばれることに。南三陸町もふるさと創生事業の一環として、チリ人彫刻家にモアイ像を創ってもらい、志津川地区の松原公園に設置されたが、今回の大震災で破損。がれきの中から頭部だけ発見され、モアイをキャラクターに用いて町おこしに取り組んでいた志津川高校の敷地内に移設されることに。
2011年11月に被災地支援委員会の方々がチリから南三陸町を訪れ、モアイ像が町民から大切にされていることを知り、新しいモアイ像の寄贈を申し出てくれたそうな(;_;)嬉しいですね。
一筋縄ではいかなかったようですが、門外不出のイースター島の石を用いた、島の人々の手による“本物”のモアイ像が日本とチリの友好の証、そして震災復興のシンボルとして2013年5月25日に、遠ーいチリから贈られたそうです。世界初の寄贈プロジェクトだって!!南三陸さんさん商店街 市場・商店街
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あれ、モアイに目ってあったっけ?!
モアイに目を入れると霊力が宿るそうです。南三陸の悲しみを取り払って、復興を見守ってくれるようにとの思いから製作者によって白珊瑚と黒曜石製の目が入れられました。チリの方々の思いやりが嬉しいですね(;_;)世界に2体しかないという、非常に珍しいモアイ像に出会えました☆
“モ アイ”とはイースター島のラパニュイ語で“未来に生きる”という意味だそうです。このモアイ像が前を向いて歩いていく南三陸の人々をいつまでも見守ってくれますように。 -
さんさん商店街は、2012年2月25日に宮城県南三陸町の志津川地区にオープンした仮設商店街。
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地元のお店が30店舗並んでいるそうです。美味しい海の幸をふんだんに使った「南三陸キラキラ丼」を頂くつもりです(^O^)どのお店にしようかな〜♪
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テンション上がっちゃいます!
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狙ってたお店がなんと定休日(-.-)
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こちらのお店でキラキラ丼を頂くよ(^_-)-☆
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どれも美味しそうだけどこれにしまーす!
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見てみて、このイクラちゃん\(◎o◎)/!こんなに大きなイクラ生まれて初めてですよ。ホントにキラキラしててお味の方も絶品♪ゴージャスなお昼に感激です。ごちそうさまでした〜
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食後はお買いものタイム^^モアイグッズ、可愛くていっぱい買っちゃった(笑)これも立派な復興応援よね☆
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モアイ像がいっぱい並んでます(^O^)かわいい。
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やっぱりいたか、ゆるキャラさん♪津波で流された南三陸町志津川出身の「オクトパス君」だそうです。「西の明石、東の志津川」と言われる程有名な志津川のタコがモチーフ。荒波で引き締まった身に加え、アワビを食べているらしく味も別格なんだって。さっきキラキラ丼でいただきましたわ(^_-)-☆美味でした〜
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“SAN SAN”じゃなくて“SUN SUN”なんだ〜
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床屋さんや整骨院もあるんだ〜。そっか、観光客だけでなくて地元の方々も利用する商店街でしたね、ここは!
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before & afterの写真。自然の成せる業は恐ろしいと改めて思いました。
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一日も早く元の姿に戻ってくれることを願っております。
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さっきから色々なお店の軒先で見かけたけど、この手の込んだ美しいデザインは一体なに?
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「きりこ」という元々は南三陸の宮司が氏子たちのために半紙で作った神棚飾りのことらしいです。それを真似て白いボードにメッセージを刻んだアートのようです。
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被災者の方々の前向きな言葉が心に染みました。
12:40
語り部ガイドの方を乗せて出発です。被災地をご案内いただきます。 -
今は空き地になっていますが、震災前は何だったでしょう?
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正解は駅です。
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ここをくぐってホームへ向かったそうです。線路も残ってるじゃん(;O;)震災以降時が止まってしまったかのようでした。
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ガイドさんも津波の被害に遭われてお家をなくされたそうです。15mの津波って...想像を絶するお話をたくさん紹介してくださいました。印象的だったのは、「家はなくしても命が助かったから今日こうしてみなさんにお会いできた」と笑顔を見せてくださったこと。耳を塞ぎたくなるようなお話もあったけど、確と受け止めましたよ。共有いただきありがとうございました。どうぞお元気で!
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あ、あれが防災対策庁舎ですか。鉄筋の骨組みだけが残っています。
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「高台に避難してください」「逃げてください」と防災無線で避難を呼びかけてくれた町職員の遠藤未希さん。津波到達の直前まで何度も何度も。そして御自身は10mを越す津波の犠牲になられました。
南三陸町の住民約1万7700人のうち、半数がこの無線のおかげで命拾いされたそうです。未希さんに助けられた命、どうか大切になさっていただきたいものです。 -
また空き地が。震災発生から3年半が経とうとしているのに。もっと復興工事が進んでいてほしかったです。
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今度はガイドさんと一緒に高野会館にやってきました。
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「震災遺構」を残すか否かというのは賛否両論だと思う。被災者からすれば、そこにある限り、辛い出来事を思い出してしまうことになる。その一方で、この高野会館の所有者は保存することを決められたそうだ。
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「千年に一度の災害は、千年に一度の学びの場。生き残った者として震災を風化させたら亡くなった人に申し訳ない」と語られている。
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津波を体験したことがない身としては、ただお話を伺うだけよりも、実物がそこにあった方が、被災者の体験談がぐっと身近に感じられるという一面もあるので、保存には賛成なのですが。
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でも、もし自分が被災していたら一刻も早く撤去してほしいのかもしれない。こんな恐ろしいもの何度も見たくないし。
うーん、難しい。 -
あのかさ上げした場所には公営住宅が建つんだったかな?
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こちらのガソリンスタンドも、
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津波に襲われたようです。この写真とかさっきの高野会館を見ると、避難命令が出たら絶対に避難しようと思いますよね。「家族が帰ってくるから」とお家で待っていた方や、避難所からお家に忘れ物を取りに戻られた際に津波に飲まれてしまった方が大勢いらっしゃったと伺いました。自分の安全を第一に、素直に逃げることが何よりも大事だと教わった気がしました。
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普段はこんなに穏やかなのにね。
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大きな爪痕を残してくれました。まったく、憎らしいよ。
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このツアーで初めて瓦礫の山を目にしました。ガイドさんによると、やっとここまで来たという感じらしいです。そんなに時間がかかるんですか。全然知らなくてごめんなさい(T_T)
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津波対策、しっかりお願いしますね。
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仮設の食堂を発見。普段は漁師さんたちで賑わうのでしょうかね^^
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向かいの「南三陸ホテル観洋」は震災当時は3階部分まで津波に浸かったそうです。
でもいい場所にあるよね〜美味しい海の幸が食べられて、こんなに美しい海を見渡せたら。また遊びに来たいな♪南三陸 ホテル観洋 宿・ホテル
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この向かい側には、「がんばろう!日本」もありました。全国規模で引き続き応援したいね。
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魚市場だそうです。美味しそうなお魚がたくさん水揚げされるんでしょうね〜
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イチオシ
志津川湾。ほんとに綺麗なんですよ!
皮肉にも、あの津波が海を若返らせてくれたとも言われているそうです。震災前後でホタテや牡蠣の成長速度が見違えるほど変わったんだって。あの津波も完全に悪者ではなかったってこと??志津川湾 自然・景勝地
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あれ、モアイの横顔に似た岩が浮かんでません?!お天気にも恵まれ、絶景に出会えました♪
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内陸に入ってきました。
ここで自衛隊員がお風呂を提供してくださったそうです。被災者の皆さん、さぞかしお喜びだったでしょうね〜 -
仮設住宅だそうです。まだ住んでいる方々が何名もいらっしゃるそうです。どうにかならないのかなぁ...?
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あれがBRTのバスだって!カワイイですね。
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総合体育館「ベイサイドアリーナ」だそうです。かつてはご遺体安置所だったそうです。なかなかご家族と再会できなかった方々は各安置所に足を運び、最終的にこちらでご対面された方も多かったと伺ったときは胸が詰まりました。
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かさ上げ工事中。役所もどんどん高台に移設中だそうです。
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あの橋の下を津波が流れて行ったんだって。想像できますか?
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歌津(うたつ)地区の「伊里前(いさとまえ)福幸商店街」みたいです。あんまり車が停まっていないのは気のせい?
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歌津駅です。標高15.1mで海岸線からは350mに位置しています。一見何ともなさそうですが、下りホームは途中から流されてしまっているそうです。あんなに高いところまで津波がやってくるって...。耳を疑いましたが、これが現実なんですよね。
歌津駅 駅
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駅は使えないので、近隣の方々はBRTを利用されています。
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いつごろ復旧するのでしょうか。
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「ウタちゃん橋」だそうです。歌津町の伊里前川に2002年に現れたワモンアザラシを記念して改名されたんだって(笑)関東にもいましたね、タマちゃんが^^
伊里前川 自然・景勝地
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まだ至る所に仮設住宅があるんですね。最近は震災関連のニュースも減ってきてしまったから、現実がわかってよかった。
13:30
ここでガイドさんとお別れです。貴重なお話をありがとうございました。この旅行記に伺ったことを綴ってみますね。隣の、無神経極まりないおっさんがいびきをかいていて申し訳ございませんでした<(_ _)> -
また海沿いにやってきました。
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総合スポーツ・宿泊施設。ここも避難所として使われたそうです。
平成の森キャンプ場 キャンプ場
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長閑な光景です^^
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道路を走っていると、やたらと目にするこの標識。過去の教訓が活かされている気がしました。
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ん?あの建物はなに?なんであんなところにポツンと...??
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と思ったら\(◎o◎)/!
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うわー、完全に流されちゃってます。
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線路だったのでしょうか?
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自然の威力、恐るべし。
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先ほどちらっと見えた建物ですね。
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元は旅館だったらしいのですが、見るも無残な姿と化してました。
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水浸しじゃん!この辺は地盤沈下が激しいそうです。
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工事中。
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あっ、水に浸かっている人がいますね♪暑いもんね(>_<)
サンオーレそではま海水浴場 ビーチ
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袖浜海岸(そではまかいがん)です。ここは古くから安全で快適な人工海水浴場「サンオーレ袖浜」として大人気だったそうですが、今は地盤沈下や砂の流出、そして港湾工事の関係で閉鎖されています。ちびっ子たちは残念がっているんでしょうね(>_<)
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隣には水産物直売所がありました☆
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気仙沼を目指す途中に発見。「三陸復興国立公園」そっか、名前が変わったんでしたね。
岩井崎 自然・景勝地
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国道45号線気仙沼バイパスは「花の道」と呼ばれていて、美しい花々が出迎えてくれました。
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14:15
【リアス・アーク美術館】に到着です。語り部ガイドさんと合流いたしました。リアス アーク美術館 美術館・博物館
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中に入ると地形を表した模型がありました。さっき案内板で見たお伊勢浜と岩井崎を発見!
被害の大きかった場所を教えてもらったあとは、「東日本大震災の記録と津波の災害史」と題された展示を見て回りました。数々の写真と被災資料、見ていてつらかったです。持ち主を失ったぬいぐるみとかゲーム機とか。一瞬にして日常生活を一変させてしまった地震&津波。 -
わかりますかね?車にでっかい耳が付いてるんですが。「耳カー」って言うんだって^^マギー審司さんのご実家だそうですよ。気仙沼のご出身だったんですね。
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忘れないために?
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あの日のままか...。
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奥に住宅がたくさん見えるからかな?
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この辺りは空き地の多さが際立っていた気がします。
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「大島」へ渡るフェリー。20分で行けるみたいです。出航が近かったのか、結構観光客が乗船されてました。
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ここも普段は穏やかです。
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いい眺め♪日差しがだいぶキツイけどね(^_^;)
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森進一の『港町ブルース』の歌碑も被災してました。土台がちょっと傾いてました。
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「さわさわと わが釣りあげし 小鱸の しろきあぎとに 秋の風ふく」国文学者、落合直文のゆかりの地らしいです。門人に与謝野鉄幹がいたとか。不勉強ですみません!
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酒蔵らしいです。
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わかります?建物の3階部分だけ残ったようです(*_*)元の姿に戻るといいですね!
この後またバスに乗って移動。 -
気仙沼の復興屋台みたいです。ごめんなさい、バス乗っちゃったからまた来るね〜(^^)/~~~
復興屋台村気仙沼横丁 グルメ・レストラン
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気仙沼の魚市場。気仙沼はかつおの水揚げ量が日本一なんだって〜そして、中華料理に使われるフカヒレの原料のサメの水揚げも全国の7割を占めているそうです。すごいじゃん、気仙沼!
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気仙沼合同庁舎。左上のマーク。2005年に消防庁がデザインした防災マークらしいです。ご存知でした??
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痛々しい車を発見。
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この子は「海の子ホヤぼーや」っていうんだって〜気仙沼の魅力を全身で表しているそうです。頭がホヤで、サンマの剣を持ち、ホタテのベルトを締めてるの(笑)なかなかカワイイ。
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16:15
最後の下車スポット「気仙沼復興商店街 南町紫市場」です。南町紫市場の「紫」という名前は、商店街に近く店主たちの避難所となっていた「紫神社」にちなんで名づけられているそうです。気仙沼復興商店街 南町紫市場 市場・商店街
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今まで見てきた復興商店街の中で一番静かでした。というか、人が全然いませんでした。
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飲食店が多かったのですが、定休日だったのでしょうか?ほとんど閉まっていて...。何も買えませんでした。
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こちらの商店街の方には前を向いて歩んでほしいけど、車で少し行くと大型スーパーがあるらしくて、どうやらお客さんはみんなそちらへ出向いてしまうそうです。これまた悩ましい問題ですよね。わたしもこちらの商店街は存在を知りませんでした(^_^;)全然応援できなくてごめんなさい。
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少々後味が悪いまま気仙沼を後にします。灯台横のオブジェはサメとカジキでしょうか?
気仙沼駅 駅
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線路の横に道路があるのわかりますか?これがBRTの専用路だそうです。元々は線路だったところをバスが走る。不思議な光景ではありましたが、無くてはならない交通手段ですよね。
BRT気仙沼線 (バス高速輸送システム) 乗り物
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17:47
渋滞に巻き込まれることもなく、長閑な田園風景の中を進みながら【一ノ関駅】に到着いたしました。すごいよね、昨日から福島・宮城そして岩手にも上陸した大忙しな週末でしたw
美しい日本語で流暢にお話し下さった添乗員さんと、安全運転でここまで連れてきてくれた運転手さんに感謝しながらお別れしました。お世話になり、ありがとうございました。次回は東北温泉巡りツアーでも企画してみようかな(^O^)また遊びに来ますね(^^)/~~~一ノ関駅 駅
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18:37発のやまびこ54号で帰ります。お土産が重いんですけどー(~_~;)
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慌てて買った駅弁♪やっぱりイクラがデカい!!!
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いや〜荷物が重いわけだわ。行く先々でお土産買っちゃったもんね(^_^)v
震災復興応援で「わたしにできること」は限られているかもしれない。ちょっとしたボランティアに参加することだったり、お土産を買ったり、美味しいものをたらふく頂いたり。でも今回実際に現地に足を運んでみて、被災者の方々の生の声を伺えたことはとても有意義だったと思います。全部は書ききれなかったけど、忘れないためにもここに綴りました。
何年後かわからないけど、また同じルートを辿って復興の進捗を確認してみたいな。被災地が一日も早く元の姿に、いや今まで以上に活気づいた東北になりますように☆
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