2014/04/28 - 2014/05/05
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asaja87さん
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ポーランド旅行の3日目午後の旅行記です。
クラクフでの昼食からアウシュビッツ強制収容所に行き、クラクフに戻りました。
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広場に戻ると織物会館のおみやげ屋さんが開いていて、まだ時間もあるということでお買いものタイムに。
でもおみやげ屋さん自体見ていても声をかけてくるわけでもなく、お土産もずっと置いてそうな感じ(^^;
お皿や置物、アクセサリー、琥珀、ポーランドの国旗やタオルマフラーみたいなものが売られていました。
お皿はかわいかったですけど重さを考えるとここで購入はいいやーって思い、とくに何も買わずに終了。
レストランに向かいます。
レストランに向かう途中、ガイドさんが教えている日本語学科の大学生の子と遭遇しました。
日本から来た方だよ。と紹介されましたが、とても恥ずかしがり屋の子らしく挨拶だけで別れました。
お父さんがピアノ、学生さんがヴァイオリンをやっているらしく演奏でいろんなところに行っているそうです。すげー!
日本語学科の学生さんは今インターネットがあるのでローマ字はほとんどの人ができるそうです。
ただひらがな、カタカナ、漢字が混ざってくると難しいとか。
あと、ワルシャワは金髪美人ばかりだけど、クラクフは黒髪の人が結構いるらしいです。
レストランにつくと貸し切り状態。
金髪で顔にピアスしてるけどかわいくてとても愛想の良いウェイトレスのお姉さんが迎えてくれました。
はじめはスープ。
バルシチです。
ロシアのボルシチとは違っていて、赤カブのスープになります。
中に入っているのはゆで卵。
掬うとすっかり赤く染められたゆで卵になっています。
とにかく色が強烈で、味は酸味があるもののそんなおかしな味ではないのですが、全部飲むのは無理でした(^^;
とにかく量も多いしね。ナイフと見比べてもらうと皿のサイズが分かると思います。
どこのレストランもなんですが、女性から配られるのですよね。
つい奥の人に回そうと思ってしまいます。 -
メインの肉料理。
これはどれもおいしかったです!!
海外でお肉食べると日本のと違って硬かったりするんですけど、このお肉はすごく柔らかい!ひき肉から作っているのかなー?とガイドさんに聞いてもらうと、蒸してほぐして焼いているそうです。
蒸すとこんな柔らかくなるのかーーー!
まぁポテトは安定のポテトですけど、コールスローも普通のマヨネーズの味で馴染み易くておいしかったです。
ただし、肉が2枚なんですねー。やっぱり多いw -
肉が食べられない母のために毎度交渉してくれる添乗員さんに感謝。
こちらはチーズのフライです。
すっごく伸びるチーズでしたw
母に少しもらったのですが、おいしいぃぃぃぃ!!!
これも食べたかったーーwなんでおなかいっぱいなのか。 -
とどめのデザートですw
リンゴケーキだったかな。これはすっごい甘かった!そしてでかい!甘党だけど海外だと食べれないくらい甘いものによく遭遇します。
結局食べれなくてでもおいしかったことを伝えたくて、ガイドさんにウェイトレスさんにおいしいけどおなかがいっぱいで食べられないということを伝えてもらったら、ウェイトレスさんも笑顔に。
このお店で気になったのは、ドアを開けっ放しにしていたので、オレンジ色の小さい虫が入ってくるのと、トラムが目の前を通るのでゴーゴーと時々大きな音がするんですよね。
あとトイレが男女に別れたドアの外側に電気のスイッチがあるようで、添乗員さんが入ってる間におばちゃんに消されたとか言ってましたw
外に出ると雨!
結構降っていたので傘をさして移動。
この旅行結構降るなぁ。 -
バスにのってオシフィエンチムに移動です。
オシフィエンチムだと聞きなれない方も多いと思いますが、ドイツ語読みではアウシュビッツです。
負の遺産であり、世界遺産です。
私は事前にいろいろ調べて、気分が沈みそうだったので、行きたくなかったのですが(ツアーでも行きたくない方はクラクフで自由行動可という行程でした)母が行くというので、一人で街歩きもなぁと思い・・・・。
まずは第一収容所へ。
つくと学生が大量にいます。
最初にトイレへ。
ここは有料でしたが、掃除も行き届いていますし綺麗でした。
トイレ後に集合場所に一旦戻ります。
お花買えるるということで売店へ。
二人で行ったので1つか2つか?と聞かれましたが、母が一本購入。
6zwotyくらいだったと思います。安い!
大きな花輪を作ったりもできるようで、前の人がそれを購入してました。
同じツアーの方も買おうとしたけどその花輪を注文してる人がいたのであきらめたそうです。タイミングですね・・・(^^; -
イヤホンガイドを借りてついに中へ。
ところどころ高いのは見張り台ですね。
アウシュビッツは囚人が囚人を監督するという体制をとったそうです。
また、大きな木がありますが、当時は植えられたばかりだったそうです。 -
ドイツ語で「働けば自由になれる。」
有名な文字ですね。アルバイトのBの字がさかさまになっています。 -
線路です。この線路を使ってたくさんの囚人がここへやってきました。
囚人は医師によって、すぐに健康なものとそうでないものに分けられ、年をとったもの、子供、病気や障害を抱えた人、あるいは定員オーバーという理由で、70%はすぐにガス室送りになったそうです。
当時もこんな綺麗な空の下、そんな残酷なことが行われていたのでしょうか・・・。 -
当時行われた演奏会の様子です。
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建物はさすがドイツ軍ということで立派なんです。
いくつかの棟の中に入って行ったんですが、中は暗い廊下の両脇に扉がある感じで、スタイル的には学校と同じですが、雰囲気は暗く、刑務所みたいです。
当時の写真がたくさん飾られています。
絵ではなく写真であることが現実味を感じさせるのですが、展示物はそれだけではなく、収容者が持ってきた鞄、靴、義足、杖等・・・。
それが10メートルほどの展示棚に山のように積み上げられています。
鞄にはチョークで持ち主の名前と出身地が書いてあります。
自分のものとわかるようにと書かされたものらしいですが、持ち主の元に帰ることはなかったそうです。
靴も女性のサンダルや小さい子供の靴までありました。
本当に現代の靴と変わらない靴でそう遠くない過去のことなんだなと実感しました。
チクロンBの空き缶等を見た後、次の部屋では訪れたご遺族が不快に思うこともあるので写真を撮らないでくださいと言われました。
次の部屋にあったのは、収容者の髪の毛でした。
結ったまま切り取られたような髪の毛が、鞄と同じように10メートルの間に山積みされていました。
この髪の毛で絨毯等の織物を作ってドイツは販売していたそうです。
人毛の絨毯を知らずに買ってる人がいるわけですね・・・・。
髪の毛だけではなく金歯や銀歯も材料になるためにとられたそうです。
途中階段を上る際に、学生(高校生くらいかな)のカップルが階段に座り込んでいました。 男の子が静かに泣いていて、女の子が何もいわず慰めていました。
ガイドさんの話では、自分たちの先祖が受けた屈辱的な扱いにショックで、悔しくて泣いている人を見かけることは珍しいことではないそうです。
そう考えると私は訪れていながらも、どこか遠いことのように受け止めているのだなと思いました。
ヨーロッパでは授業で教えるよりも実際に見て感じてもらうことを目的にして、学生がここを訪れるそうです。
しかし、この出来事はとんでもない悪人が行ったというわけではなく、人間が普通に持っている残虐性なのだと言われました。
ヒトラーは独裁者とは言われていますが、選挙に選ばれた政治家だったそうです。
ドイツは第一次世界大戦で敗戦し、多額の賠償金を払うことになりました。
生活が苦しくなったドイツはユダヤ人からお金を没収することで立て直そうとしたそうです。
そう考えてみると世界がこの悲劇に関わったとも見れますね。
日本で身近な問題で例えるなら、女性の社会進出で男性の労働の機会が奪われたから女性をどうにかしようといった、そんなちょっとした感情からもこういったことが起こることがあり得るのだと言います。
この施設では囚人が囚人を監視するシステムを採用していました。
その為、リーダーがいて、他の囚人よりも少しよい待遇を与えられたそうです。
このシステムは反乱を起こさせないということでもうまく機能していたそうです。
リーダーは個室を与えられており、部屋を見学しましたが、ベッドもあり普通の部屋でした。
壁に収容者の写真、名前、収容された期間が記載されたパネルがかなりの枚数並べてはってあったのですが、その写真をみてみても女性でも髪を刈り取られてる人が多い中、髪が長い人もいました。
こういった人はリーダーだったそうです。
子供の写真もはってあり、双子の女の子の写真があったのですが、2人とも収容されて数カ月で相次いで亡くなっていました。
あとは、トイレもありました。
1940年代に水洗トイレを設置しているのは流石です。
これをみて、スイスから派遣された調査団も衛生管理もきちんとされている施設だと納得して帰ったそうです。 -
次に向かったのは有名な死の壁です。
銃殺刑が行われた場所です。
母はここで花を捧げて来たのですが、ガイドさんがこうやってアウシュビッツと関わりのない人種の人が花を捧げることを見た同じ場所にいる人たちがまた、それぞれに思うところがあるはずです。と言ってました。
日本とポーランドを語る上で欠かせない人物として、杉原千畝さんがいます。
杉原さんは日本の外交官で、外務省の命令に反してビザを発給したそうです。
そのおかげでたくさんの難民が救われたとのことで、ポーランドが親日である理由の一つと言われています。
東日本大震災でもユダヤ人はこの恩に報いる為に支援をしてくれたと言われています。
他人を庇って殺されたコルベ神父の話や、脱走をした囚人と連帯責任として絞首刑になった人たちを吊るした場所等を見ました。(吊るした木の枠があります。)
この時雨が降っていたのですが、過去に雨が降ったと言うのでガス室に雨宿りに入った人がいたという話を聞きました。
当事者でなければ人間はそんなもんだという話でしたが、たぶん私も雨宿りしちゃうだろうな・・と思ってしまいました。
端まで歩くと奥に邸が見えました。
所長のヘスの家だったそうです。
家庭では普通のよい父であったそうです。
家族が住んでいる邸のすぐ隣でこのおぞましい行為が行われていた施設を管理していたということにギャップを感じてしまいます。
そしてヘスの絞首台。
先程の何人も吊るせるものとは違って、人一人が吊るせる大きさです。
収容所が解放された時、助かった囚人たちはヘスだけは許せないということで処刑が行われたそうです。
しかし、ドイツ兵のうち、罪を認めた人というのはいないそうです。
働いていた兵士にとっては、皆命令で使命を負ってしたことだという認識だからだそうです。
この後ガス室に入りました。
ガス室は上に穴が開けられていて、そこからチクロンBが投下されたそうです。
チクロンBといのは殺虫剤なので、即死することはなく、長い間苦しむことになったそうです。
ガス室にも花が供えられていました。
隣にいくと焼却炉が並んでいます。
焼却炉は煉瓦造りで鉄の扉が人一人入れる程の大きさでした。
形からしてCTのように入れられたと思われます。
ここで一旦ガイドさんとは別れて、ビルケナウへ移動です。
ビルケナウはとにかく広かったですね。 -
こちらも学生で溢れかえっていました。
この線路で収容者は運ばれました。
線路は中で途切れています。
中は広大な敷地でほとんどはドイツ軍により破壊されたそうですが、それでもいくつか残っているバラックを見学しました。 -
収容者の部屋です。
ベッドは広いように見えますが、1つに5〜6人が寝せられたとのことです。
布団はなく、藁が敷き詰められていたとのこと。
柱には落書きがありますね。
どこの観光地に行ってもみかけますけど、こういうところで落書きをするってどんな気持ちなんだろう。
たまにJAPANと書いてあったりもするそうです。
日本人が書いたとは思いたくないですけど・・・・。 -
トイレのバラックです。
トイレは午前と午後1回ずつしか使えなかったそうです。
男女は別れていましたが、時間も決められて集団で使うものだったとか。
ほんとただの穴でした。
ローマ人の遺跡だったら「すごいねー。トイレあったんだー」って思いますけど、1940年代のことですからね。
如何に人間的な扱いをされていなかったのかが解ります。
この後、自由時間になったのでトイレに寄って、お土産屋さんに寄りました。 トイレは結構混んでましたが無料でした。 -
お土産屋さんではアウシュビッツに関する本がほとんどでした。
日本語のものもここではちゃんとありました。
私はこの絵ハガキを3枚買いました。
展示室ではなんとなくカメラを向ける気になれなかったので、チクロンBの写真と破壊された建物の跡と入口の写真です。
絵ハガキ3枚なのにここのお土産屋さんはちゃんと袋に入れてくれました。
ポーランド語でジンクイエ!というと笑顔でジンクイエと返されました。
門のところの建物に登れるとのことでしたが、ガイドさんが見てきたら登れなそうとのことで(混んでいたから?)そのままバスに戻ることにしました。
途中前の人が変わった丸い小さい帽子をかぶっていたのですが、あれはユダヤ人が被る帽子なんだそうです。知らなかった。
そして何やら派手な格好(民族衣装・・?)をした人たちが・・・。すれ違う時にガイドさんが聞いてみるとどうやらフランス人らしいです。
何か行事があるのかな? -
帰りに窓側にオシフィエンチム駅が見えたので撮影。
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やっぱり早めにクラクフについたので中央広場で自由時間〜。
母がずっと食べたい食べたいいっていたオブヴァジャネックの露天があったのでゴマのついたものを購入。
食べたいと言う割に言葉通じるかなーとなかなか行かない母に代わっておばあちゃんの店番に指さしで伝えると普通に解って売ってくれた。
1.8ズウォチだったかな。70円くらいですね。
ベーグルの元になったともいわれる茹でたパンです。
これがあちこちの露天で売っています。
いい匂いに確かに試したくなるw
しかしお腹がいっぱいなのでほとんど食べれなくて残念。
お土産はもう見たので近くのスーパーへ。小さいスーパーですがお惣菜屋さんにもなってて、そちらにしか店員がいなくて大丈夫か?と思っていたらレジに来てくれた。
冷たいものが飲みたくてアイスティーを買ったんですが、これは甘くて外れー・・・。ウェットティッシュが足りないかも?と思ったので購入したらこれが一番高かったwポーランド製ではなNIVEAだからか!結局使わなくてお土産的に持ち帰りw
その後スカートを購入しようと見て回ったんですけど、ベネトンくらいしかなかった上、パンツしかない!パンツは長さ調整とかやってる暇ないしなーってことで断念。
時間無駄にするならお土産屋でも見てくれば良かった。
そういえば母がクラクフでしか買えないといっていた竜グッズでぬいぐるみが欲しいといっていたのを思い出し、ぬいぐるみが置いてある露天へ。
値段が解らずに英語通じるかなー?と聞いてみると店員の女性が親切に大、中、小の値段を教えてくれた。母が聞き取れないので日本語で説明。
結局14ズウォチ(約550円)でこちらを購入。
ポーランド語でお礼を言うとやっぱり喜んでくれた -
待ち合わせ後レストランへ〜。やっぱり貸し切り。
ほんと少人数なのに申し訳ない。壁にはクラクフの地図のタペストリーが。またまたバス会社さんがソフトドリンク1杯無料というので黒スグリを注文。 -
これ麩みたいなのが入ったスープでした。
これなんなんだろうなー。
豆がはじけたみたいな感じもするし。固いんですよね。 -
母は毎度添乗員さんが交渉してくれるので魚料理ー。
これはこれでちゃんとソースに味があっておいしかった! -
私のは鶏肉。鶏肉はあまり得意ではないのですが、柔らかくて、私の苦手な筋とか血管とか見えなくておいしく食べれました。
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紅茶を飲んだ後にデザート来て甘くて困ったけど紅茶二杯もつらいので我慢我慢。でもこれは甘すぎるってほどじゃなかった気がする。
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紅茶はこんなポットで来ました。
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なんか紅茶のパッケージがステキ。
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これが甘くて変な味がした紅茶ですw後ろにちらっと写っているのがオブヴァジャネックです。
この日も夕食後はホテルへ〜。部屋でネットしていたというwww出歩こうにも母は疲れたいってるし。いつもと変わらないです。
明日はついに楽しみにしていた世界遺産!ヴィエリチカ岩塩坑です。
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