2013年ロシア旅行~13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現【第16日目:サンクトペテルブルグ】(1)巨大で豪華で黄金づくしでマラカイトの飾り柱が鮮やかなイサク聖堂再訪&デカブリスト広場
2013/07/21 - 2013/07/21
703位(同エリア1811件中)
まみさん
2013/07/21日 サンクトペテルブルグ観光3日目
・イサク聖堂
・デカブリスト広場とピョートル大帝の像
・宗教歴史博物館(約2時間)
・ユスーポフ宮殿(約1時間)
・マリンスキー劇場(新館)でバレエ「放蕩息子/ほか」観劇
【サンクトペテルブルグ泊:ゴーゴリ・ホテル】
13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた計画で実現することができた今回のロシア旅行も、残すところついに1日半となりました。
最終日であり出国日でもある明日はロシア美術館を再訪することに決めています。
その前日であり終日サンクトペテルブルグで過ごす本日は、19時からマリンスキー劇場でバレエ観劇予定を入れ、ロシアに出発する前に日本でネットでチケットを購入済みです。
なので、夜のバレエ観劇のためにあまり遠出をしたくないし、昼間、精力的にあちこち観光してまわって疲れすぎても困るので、観光ルートはあまりあちこちと離れていない方がよいです。
また、3日前に見つけた宗教博物館はぜひ行きたいです。
それから、再訪のサンクトペテルブルグで行きたいところをランク付けでリストアップした見どころのうち、新たにぜひ行きたいところでは、まだユスーポフ宮殿が残っています。
※出発前に再訪のモスクワとサンクトペテルブルグで行きたいところのランク付けをした準備編のブログ記事はこちら。
「やっぱりエルミタージュ美術館へ行こう!───モスクワとサンクトペテルブルグで行きたいところが絞れた@」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2013/07/post-46be.html
本日のルートはそういった条件から形になってきましたが、結果的にコンパクトで実に好都合なルートとなりました。
すなわち、ホテル(サドーヴァ駅近く)から地下鉄に1駅だけ乗って、まずはイサク聖堂を再訪。
その後は、宗教博物館、ユスーポフ宮殿、マリンスキー劇場と徒歩でつなげることができました。
地図上では時計反対回りでだいたい円を描くことになります。
マリンスキー劇場はどうあっても地下鉄駅から遠く、徒歩だとかなり歩きそうなので、観劇前にたくさん歩くのは避けたいから、サンクトペテルブルグで使ったことのないバスを利用するか、ホテルからタクシーかな、と思っていたのですが、ユスーポフ宮殿からなら、徒歩でもさほど遠くありません。
というわけで、まずはイサク大聖堂再訪です。
ついでに、プーシキンが「青銅の騎士」と詠ったピョートル大帝の像があるデカブリスト広場から、ネフスキー川と美しい対岸の街並みも、もう1度見てきました。
イサク聖堂は、13年前はドームの展望台に上がり、街並みを眺望したのですが、そのときさほど感動しなかった覚えがあるので、今回はそれは割愛することにしました。
もっとも、13年前の私と今の私とでは、ものの見方考え方や趣味嗜好もずいぶん変化したので、改めてイサク聖堂からサンクトペテルブルグの街並みを眺めたら、今は違う感想を抱いたかもしれません。
でも、その分で追加料金と体力と時間を消費するよりは、見ごたえのあるイサク聖堂内を満喫し、そして少しでも早く次の見どころに行くことを優先させました。
記憶にうっすらと残る13年前のイサク聖堂は、血の上の救世主教会同様、現役でなくて博物館と化した教会であったことと、マラカイト(孔雀石)によるグリーンの飾り柱が非常に美しく鮮やかであったことぐらいでした。
それから、入場するためのチケット売り場が混んでいて、入るのにものものしかったこと、かな。
イサク聖堂の巨大さについては記憶が薄れ、先日、建物の前を通りかかったとき、改めて圧倒されました。
13年後の2013年に訪れたイサク聖堂は、広い建物内の一角の礼拝堂が現役の教会として機能していて、そこは撮影禁止でした。
せっかくイサク聖堂に来たからには礼拝もしたい信者が多いのでしょう、そこが1番混雑していました。
中に入って入口の方でちょっと見学しましたが、祈りの席で祈っていた一般人にしか見えなかった女性たちが、おもむろにアカペラで歌い始めました。
アカペラは、歌というより祈りなのでしょう。正教会のミサではよく聴くことができますが、このときのアカペラも、とても美しくて心に染み渡る音色でした。
広い聖堂ですし、見上げて見るものがたくさんあるので、観光客がたくさんいても、窮屈なかんじはしませんでした。
そのあたりは、もう20年以上昔に訪れたバチカン市国のピエトロ大聖堂を思い出させました。
切符売り場や入口のものものしさは、モスクワのクレムリンをはじめ、これまでの東欧旅行での官憲がうるさいところに比べると、全然序の口でした。というか、だいぶ慣らされました。
鮮やかなマラカイト・グリーンの飾り柱は確かにありました。それはイコンの壁のイコノスタシスにありました。
13年前はそれがイコノスタシスだったことをあまり意識していなかったか、イコノスタシスであったことまで覚えていなかったようです。
記憶から薄れていて改めて感動したのは、天井の高さと、全体の壮大さと豪華さと巨大さ。特に入って見ても外から見てもド迫力なのと威厳さは記憶以上でした。
<2013年ロシア旅行:簡易旅程>
7/06土 出国&モスクワ到着
7/07日 モスクワ1日目(国立歴史博物館と民芸品博物館)
7/08月 モスクワ2日目(クレムリン)
7/09火 モスクワ3日目(トレチャコフ美術館)
7/10水 ズズダリ
7/11木 ウラジーミル
7/12金 モスクワ4日目(コローメンスコエ)
7/13土 ペトロザヴォーツク経由でキジ島へ
7/14日 ソロヴェツキー島1日目
7/15月 ソロヴェツキー島2日目(ザヤツキー島エクスカーション)
7/16火 サンクトペテルブルグ1日目(ロシア民族学博物館ほか)
7/17水 サンクトペテルブルグ2日目(エルミタージュ美術館)
7/18木 パヴロフスク宮殿&庭園
7/19金 ノヴゴロド1日目
7/20土 ノヴゴロド2日目
7/21日 サンクトペテルブルグ3日目(宗教博物館・ユスポフ宮殿ほか)★
7/22月 サンクトペテルブルグ4日目(ロシア美術館)&出国
7/23火 成田空港着
※この旅行記の対象の日に★印をつけました。
詳細旅程はこちら。
「2013年ロシア旅行~13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現させた旅行【旅程一覧】」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10797557
準備編や帰国後の全体の感想は、ブログ「まみ's Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/)に掲載しました。
「規模にかけては世界でも指折り イサク聖堂
帝政ロシアのシンボルとして、1858年に建設された大聖堂。世界でも最も大きな教会建築のひとつである。高さ101.5cm、左右の幅が97.6m、奥行きが111.3m。収容人数は1万4000人を誇る。エルミタージュ美術館や血の上の救世主教会とともに、サンクトペテルブルグ最大の観光スポットとなっている。
イサク聖堂の名前は、ビザンチンの修道士であった聖イサクに由来する。1710年、初代の木造教会がピョートル大帝によって建てられるが、大帝自身の誕生日である5月30日がこの聖人の日であったことから、イサク教会と呼ばれるようになった。その後、1717年には2代目が、1790年には3代目が建てられ、現在の建物は4代目になる。
現在の聖堂の建設は1819年に始まり、完成まで40年の歳月が費やされた。設計者はフランス人建築家、オーギュスト・モンフェラン(1786~1858年。30歳でサンクトペテルブルグにやってきて生涯をイサク聖堂建設に注ぎ、完成の1カ月後に亡くなった)。建設開始時の皇帝がアレクサンドル1世、建設中の約30年間がニコライ1世、そして完成時の皇帝はアレクサンドル2世と、3人もの皇帝が携わったことからも、完成にいたるまでの年月の長さがうかがえる。
軟弱な地盤の上に、これだけ巨大な建造物を建てるということは、並大抵の苦労ではない。もともとあった3代目の教会の下の1万3000本の杭に加え、さらに1万本以上の杭を打ち込み、その上に花崗岩や石灰岩を敷き詰めている。この土台作りだけで5年が費やされている。
(中略)
聖堂は煉瓦造りで、外壁には花崗岩が、内壁には大理石が施されている。頭上には、金色に輝く直径25.8mのドームを頂く。また随所に彫刻が配されている。
内部はモザイクによって壁面が描かれ、装飾には大理石や孔雀石がふんだんに使われていて豪華そのもの。フレスコ画に覆われた一般的なロシア正教会の聖堂とは違うため、一見するとカトリック教会の内部のような印象を受けるが、もちろんロシア正教会であるから十字架はなく、中央にはイコノスタスが掲げられている。(後略)」
(「地球の歩き方 ロシア(2012~2013年版)」より)
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
道路を渡って反対側の公園から撮ったイサク聖堂
うっすら青空と、黄金ドームと赤い柱のコントラストが美しいです。 -
黄金ドームとペディメント(切り妻屋根の破風にあたる三角形の部分)に注目
イサクと思われる聖人と傍らに天使がいるむつましい彫刻と、たくさんの人々にかしづかれる聖母子のレリーフがあります。 -
どどーんと高い入口前の列柱
聖堂の入口前には48本の円柱があります。
高さ17m、直径1.8m、重さ114トン。
柱を全部建て終わるまでに2年もかかったそうです。 -
青銅のゲートの1つ1つの枠の中の聖人像すら、等身大以上の大きさ!
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扉のレリーフの1つ〜学者たちと議論していた少年イエス
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ポルティコ(列柱のある入口前)の天井もすばらしい
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空いていたこちらは出口の方
入場料は250ルーブルでした。
(2013年7月現在、1ルーブル=約3.5円で換算) -
入ってすぐに、圧倒される
まず天井を見上げてしまいます。 -
右を見ると
側廊が美しいアーチと共に続いています。 -
アーチ下の装飾の美しさと天井のフレスコの鮮やかさ
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側廊側から中央ドームの方を見上げる
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アーチ天井と豪華な柱頭と開かずの奥の扉
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奥の開かずの扉の前にあった、等身大以上の巨大な聖イサクのイコン(1847年)
キャンバスに油絵でした。
ちょっと珍しいと思いました。
ラフェエロ前派のようなやさしい顔つきでした。
画家はT. ネフ。残念ながら知らない人。 -
少し日が翳った別の場所にて
露出を低く撮影して、厳かな雰囲気を出してみました。 -
上を見ながら中央に戻るとその先には
記憶にある緑のマラカイト(孔雀石)の飾り柱が見えます。
でも、こんなに豪華な金きらづくしの中にあったことまでは、覚えていませんでした。 -
イチオシ
天井まで覆い尽くした豪華なイコノスタシス(イコンの壁)
-
イコノスタシスと、その上の礼拝堂まで続くアーチ天井
-
イチオシ
中央のドーム屋根と天井画「聖母マリアの栄誉」
カルロフ・ブリュロフ作
吹き抜けとなっているドームすぐ下はギャラリーと呼ばれるところで、追加料金を払えば、展望台とあわせてあそこに行けるはずです。
でも、見下ろすのも気持ちがよいでしょうが、こうやって見上げて見たアングルもすばらしかったです。
天井画を描いた画家カルロフ・ブリュロフは、ロシアの代表的な画家で、彼の有名な絵画には巨大な「ポンペイ最後の日」(ロシア美術館蔵)があります。
モスクワのトレチャコフ美術館でも彼の作品を見てきました。
関連の旅行記
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現【第4日目:モスクワ】(2)トレチャコフ美術館(中編)ロシア史とロシアの古き時代にどっぷり浸りながら」
http://4travel.jp/travelogue/10835845 -
ドームとアーチが描く天井の美しい曲線を堪能
-
イチオシ
横向きでドーンと撮ったイコノスタシス
少し斜めのアングルから撮ったので、写真もちょっと斜めってしまい、あしからず。
私の記憶の中にあったイサク聖堂の緑の飾り柱のあるシーンは、こんなに豪華ではなかったです。
記憶のあやふやさの恐ろしさ。 -
イコノスタシスの王門のすぐ上のイエスと聖人たちの図
西欧教会の三位一体ではなく、精霊を除いた神と子だけの二位を唱える正教会では、教会内の聖人たちの像に三次元の彫刻は使われず、二次元絵画です。
それを知らなかった頃には、絵画パネルを彫刻の代わりにしてコストカット? とか思ったこともありました(笑)。 -
側郎の礼拝所の聖母子のイコン
-
古めかしさがいいかんじの聖母子のイコン
-
聖母子のイコンの前のロウソク立て
真ん中の大きくて真っ赤なロウソクは火元だったかもしれませんが、火はついていませんでした。 -
一転してとても現代的なモザイクによる「マリアの誕生」(1900年)
画家はさきほどの聖イサクを描いたのと同じT.ネフ。
イエスの誕生ではなく、マリアの誕生です。
馬小屋ではなく、周りにいるのがふつうに出産の手伝いをしていた女性たちであることからも、明らかです。
ただし、マリアの実家がこんなお嬢さまな家柄だったかどうかは分からないですが。 -
女性たちの手に注目
ここまで近づくと、モザイクであることがよく分かります。 -
イコノスタシスのすぐ上の天井画に注目
下の方、最後の晩餐のイコンが見えている部分はイコノスタシスの上部です。 -
イコノスタシスの王門とその周囲
王門が開いていました。
現役の教会ではないがゆえに、見学者のために開放されたものと思われます。
奥の礼拝堂のステンドグラスのキリスト像がよく見えます。
王門のすぐ両脇にある青い柱は、素材はきっとラピスラズリ。
とても美しいです。 -
王門の向こうの礼拝所
ステンドグラスのテーマは「キリストの復活」。
ミュンヘンの王立工房で制作されたものだそうです。 -
王門の奥の礼拝所の祭壇に注目
ふつうはミサのとき以外、俗人がおいそれとは見られず、足を踏みいれることはなおさら叶わない聖なる場所です。
王門の豪華な扉にも注目。 -
豪華な王門の黄金の扉
奥の礼拝所の壁には、マラカイトではない大理石の飾り柱がありました。
人工大理石かな。 -
中央ドームと礼拝所まで続くアーチ
建物は、正教会というよりは、ロンドンの聖ポール寺院あたりを思い出させる西欧的な構造ですが、実に美しいです。 -
イコノスタシスの王門に向かってすぐ左にある聖母子のイコン
とてもやわらかな雰囲気の聖母子像です。
ラフェエロが描くような聖母にかんじが似ていました。 -
イコノスタシスの聖母子のイコンもモザイク
-
聖母子の左隣のイコンと吊りタイプのロウソク立て
描かれているのはユリの葉をもった天使ガブリエルかな、と思ったのですが、断言できません。
天使の翼がはっきり描かれていないですし、この葉っぱがユリであるとも断言できなくて。 -
イコノスタシスの左の扉に奥の礼拝所だけは現役の礼拝所として機能
ぜひここで祈りを捧げたいと思う人が多いのでしょう。
それに信者であれば、見学したついでに、礼拝所で祈りたいと思うでしょう。
ここが一番混雑していました。
少しだけ中に入り、美しいアカペラに聞き惚れました。 -
13年前の2000年に訪れたときの記憶に残ったのはこれらのマラカイト(孔雀石)の柱@
イコノスタシスをサイドから見たところです。
いまでは教会や宮殿の内装に緑のマラカイトが使われているところをいくつも見学しましたが(ほとんどがロシアで、だったかも)、13年前の2000年当時は非常に珍しかったせいもあると思います。 -
イコノスタシスのすぐ上の天井画にもう一度注目
キリストの復活シーンのように思えますが、キリストは天使が支える雲の上に乗って浮いていますし、キリストの下には、埋葬用の袋からあばかれた白骨があります。
残念ながらなんの場面か分かりません。 -
現役の礼拝所の前の賑わい
右手の机の人たちは、祈りのための蜜ロウソクを売ったり、特別なミサの申込を受けたりしているようでした。 -
マラカイトの列柱にさらに近づく
手前のイコンは聖イサクでしょう。 -
イコノスタシスの王門周りからすぐ右手のイエスのイコンまで
いろんなアングルで見ごたえがあります。 -
やさしそうなイエス
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ドーム天井の下の聖人像にも注目
-
ドーム天井下の聖人像と黄金の天使像
-
ドーム屋根とアーチの間に描かれた福音書記者マルコ
書物を書くしぐさと、シンボルの鷲の存在から、福音書記者マルコと判断しました。 -
イチオシ
差し込む光が神秘的な雰囲気を醸し出す
-
大勢の見学者がうっとり
上ばかり見ていないで、少し周りを見回してみました。 -
疲れたネ、ボクちゃん
今年2013年に小学6年生となった甥っ子を思い出しました@
顔が似ているというより、子どもらしいしぐさから。 -
ドーム天井を中心に美しい構造をもう1度堪能する
-
開かずの間の南扉に注目
42平方メートルで20トン以上の重さ
1848〜1850年制作
オーク材、ブロンズ -
南扉のレリーフの中で気になった場面
このときは、ピョートル大帝がサンクトペテルブルグにやってきた場面と思いましたが、実はアレクサンドル・ネフスキーの聖遺物をサンクトベルブルグに運んだエピソードの図像らしいです。
次に行った世界宗教博物館に同じ図像があって、併記されていた英語から分かりました。 -
いまにも飛び出しそうなくらい精巧な大司教
これも南扉のレリーフです。
ピョートル大帝に招聘され、さきほどのレリーフの船に乗っていた大司教かもしれません。 -
ねそべって書物を読む天使
書物はやはり聖書かな。 -
あら、こんにちは
-
聖堂内部には売店もいくつかあり
イコンやイースターエッグの置物やマトリョーシュカ、絵はがき、アクセサリー(特に琥珀を使ったロシア土産らしいもの)などいろいろ売っていました。 -
イサク聖堂の平面図
構造はシンプルでしたので、気のむくままに歩き回りました。
星印が私のいるところで、さきほどの写真の売店の近くです。 -
入口前の48本の円柱を建てるために使われた装置の模型
実物の16分の1のサイズ
うーん、どうやって使ったんでしょう。
写真を撮ったときは、説明をちゃんと読まずに説明の写真だけ撮ったので、てっきりイサク聖堂を建てるために埋め込まれた杭の模型かと勘違いしていました(苦笑)。 -
現在のイサク聖堂の模型
こういうアングルではなかなか見られないので新鮮でした。
実物の166分の1の模型です。 -
現在のイサク聖堂に至るまでの全部で4代分のイサク聖堂の模型
166分の1サイズ
最初の木造教会は、ふつうの村の教会というかんじでした。
2代目は、鐘楼が加えられて大きさが一回り大きくなりましたが、外観からして町の正教会というかんじでした。
3代目からドーム屋根が採り入れたようです。 -
豪華なシャンデリアから天井に至る内部の見納め
見学時間はだいたい12時から13時でした。
イサク聖堂は滞在ホテルから地下鉄でたった1駅のところにあるのですが(多少歩きますが)、ホテルを出たのは10時50分という、またしてもスロースタートだったので@ -
デカブリスト広場のピョートル大帝の騎馬像
次の見どころに行く前に、イサク聖堂のすぐ目の前のデカブリスト広場に寄り道しました。
まずは対岸の建物を見るアングルで撮りました。
「若き革命家たちの闘志が燃え上がったデカブリスト広場
広場の中央に、プーシキンの詩で有名なピョートル大帝像『青銅の騎士』が建つことで知られる。この像は、1782年に大帝の後継者であることを自認するエカテリーナ2世によって建てられ、花崗岩の台座にはロシア語とラテン後で「エカテリーナ2世からピョートル大帝へ」という文字が刻まれている。
広場もともと、西側に建つ元老院にちなみ「元老院広場」と呼ばれていた。しかし、1825年12月に起きた「デカブリストの乱」(専制政治や農奴制に反発して、青年貴族たちが起こした反乱。反乱は鎮圧され、5名の死刑者と多くの流刑者を出した)にちなみ、革命後は「デカブリスト広場」と呼ばれるようになる。現在、正式には「元老院広場」の旧称に戻っているそうだが、基本的には今も「デカブリスト広場」の名で親しまれている。」
(「地球の歩き方 ロシア(2012〜2013年版)」より) -
台座の「エカテリーナ2世からピョートル大帝へ」が見えるアングルで
こちらはロシア語で書かれた方です。 -
対岸の美しいクンストカメラの建物
この色合いといい、優美な姿といい、13年前からお気に入りの建物の筆頭です。
中は、人類学・民族学博物館です。
クンストカメラは、美術や骨董品の陳列室という意味だそうです。
人類学博物館じゃ、興味ないので、中身には残念ながら用なし───と13年前の2000年当時は一蹴しましたが、13年後の私は違いました。面白そうだと思いました。
でも、サンクトペテルブルグは見どころが多くて、他にもっとたくさん見たいところがあったので、行くところの候補から外しました。 -
13年前の2000年の初ロシア旅行時は市内観光ツアーで見学した青銅の騎士のピョートル大帝
でも、ここに来たという事実は記憶にあるのですが、青銅の騎士のまわりなど、記憶と一致しなくて、デジャビュ感はあまりありませんでした。 -
ヘビを馬で足蹴にしながら、たちこめる暗雲に向かって駆け出すピョートル大帝像
ヘビは、ピョートル大帝にとっての敵、たとえばライバル国のスウェーデンとか、そういったものの象徴らしいです。
しかし、このアングルから見る限り、このヘビが前脚を上げた体勢の馬の重要な支えになっているのが分かります。
デカブリスト広場は花壇がきれいに整備されていました。
その写真はこちらのハイライト旅行記に収めました。
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現〜ハイライトその12【花や樹木で美しく飾られたロシアの夏】」
http://4travel.jp/travelogue/10809102/ -
外壁がほんのりバラ色のイサク聖堂
次の見どころである世界宗教博物館に向かう途中。
デカブリスト広場からもう1度イサク聖堂前に戻って来ることになりました。 -
人間がありんこほどに見える巨大なイサク聖堂
午後から空はすっかりどんよりしてしまいましたが、白っぽい空を背景にしたイサク聖堂の外観は、天気が良かった午前中とは違う味わいがありました。 -
外灯とペディメントと黄金ドーム
-
少しななめ横から見たイサク聖堂
-
宗教博物館のある通りから眺めたイサク聖堂の黄金ドーム
イサク聖堂はこの通りの向こうにあって、ドーム下の黄色っぽい建物は別の建物ですので、念のため。
イサク聖堂&デカブリスト広場編は以上です。
ガイドブックに載っていない世界宗教歴史博物館編へとつづく。
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