2014/05/19 - 2014/06/02
3403位(同エリア10397件中)
belleduneさん
- belleduneさんTOP
- 旅行記839冊
- クチコミ134件
- Q&A回答177件
- 1,501,612アクセス
- フォロワー63人
横浜3塔と呼ばれているのが、県庁のキングの塔、開港記念会館のジャックの塔、これから行く横浜税関のクイーンの塔です。外国船の船員達がトランプのカードから連想して、3塔をこう呼んだのが始まりらしいです…
3月10日は、横浜3塔の日だそうですよ。さんとう、つまり3と10。塔に上れるのは、6月2日の横浜市開港記念会館だけです。
明治維新直後に、横浜裁判所が置かれた初代の県庁舎から4代目の建物となります。この建物は、2、3代目の庁舎と同じ場所に、関東大震災後の昭和3年(1928)に竣工しました。公募コンペで選ばれた小尾喜朗の案を元にして本県の建築技師・成富又三らが実施設計を行い、耐震構造専門の佐野利器を顧問に迎え、大林組が施工しました。鉄筋コンクリート造地上5階、地下1階建てで、中央部に塔があります。スクラッチタイルと大谷石を用いた幾何学模様の装飾の外観は、昭和初期に流行していたアールデコ様式の影響を強く受けています。入れませんでしたが、内部の貴賓室や議場など創建当時の面影が残されているそうです。
- 旅行の満足度
- 4.5
-
県庁舎本館は、4面とも大きな通りに面していますが、通りの向かいには、新庁舎、分庁舎、第二分庁舎と4つの建物があります。関東大震災後の建築工事費は、約275万円で、昭和3年(1928)に完成しました。
神奈川県庁本庁舎 名所・史跡
-
国道133号線に面した玄関で、斜め向かいには、横浜市開港記念会館があるます。
-
右手に正面玄関が見えます。
-
日本大通りに面した正面玄関です。
-
極楽に咲く幻の花、「宝相華」のある装飾灯が1階正面階段にあります。
-
屋上に上がると、向こうに先程上った横浜税関のクィーンの塔が見えます。竣工時は、テラコッタ装飾が軒にありましたが、現在写真のように銅板で覆われています。
-
粗い縦溝でデザインされた軒の外装テラコッタを、昭和38年に取り外して、復元したものを展示してあります。現在も塔屋の一部に使用されているそうです。
-
キングの塔は、高さ48,6m、軒高22,64mです。
-
-
-
-
塔屋6階から9階への鉄筋階段は、昭和3年竣工当時のままだそうです。木製手摺りは改修してあります。でも、上ってはいけません。
-
6階から階段で下へ降りて行きます。この写真は、第3応接間の球型シャンデリアで、中央に「宝相華」の装飾が施されています。
-
この第3応接間には至る所に「宝相華」があります。私が来る前日に公開されていたようです。
-
第3応接間の扉には銅板で造った大きな「宝相華」が付いています。
-
室内のオリジナル家具にも「宝相華」が見られます。
-
階段の部分にも「宝相華」の装飾があります。
-
4階の旧正庁前廊下平面に大きな陶製装飾タイルがあり、その中央上下にも「宝相華」があります。
-
設計時の柱装飾の拡大
-
4階の階段ホールから廊下への入り口がちょっと変わった形になっています。
-
大理石の階段手摺りの柱も角が丸くなっています。
-
3階の副知事室の扉
-
その隣の部屋の扉
-
階段の大理石の柱の上に近年接着剤で付けたと思われる鴎のマークが何だか安っぽくて、どうして付けたのだろう?
-
2階の階段裏手の廊下の漆喰天井も凝っています。
-
1階の正面玄関ホールに下りてきました。色んな照明器具に神奈川県の木「いちょう」のマークがあります。東京都の木も、大阪府の木も「いちょう」なので、ちょっと紛らわしいですね。
-
-
良く見ると銀杏です。
-
玄関ホールから左右に廊下が伸びています。
-
正面玄関
-
正面玄関入り口の天井
-
正面玄関の天井
-
こちら側は、海岸通りに面した正面玄関と反対側になります。県本庁舎は4面とも大通りに面しています。
-
この横浜税関庁舎は、3代目で、昭和9年(1934)に竣工しました。大蔵省営繕管財局の吉武東里が中心となって設計し、内装は下元連が担当し、施工は戸田組。SRC造、地上5階建て、ベージュの磁器タイルの外壁で、塔の高さは51m。
横浜税関本関庁舎 名所・史跡
-
5階隅の窓は一つだけ変わった形をしています。
-
正面玄関へのアプローチ
-
連続アーチのロマネスク様式が見られます。
-
-
車寄せの上部も凝った装飾が施されています。
-
-
-
外壁の上部には、パルメット(棕櫚)、ハニーサックル(忍冬)をモチーフにした棟飾りが見えます。棟飾りは大小全部で461個あるそうです。6階のデラスの棟飾りは下のものより少し大きくなっているのは、下から見上げた時、同じ大きさに見えるためだと思いますが。
-
隅に見えている端柱は、塔と同じような形になっていて、上部に9本、2階に7本あります。
-
安政6年(1859)横浜開港と共に「神奈川運行所」が設置され、明治4年(1871)に「横浜運行所」と改称されました。
-
明治6年(1873)に初代横浜税関本庁舎が竣工しました。この初代税関庁舎は、明治16年に神奈川県庁へ8万円で譲渡されました。
-
明治18年(1885)第2代目税関庁舎が竣工。煉瓦造りの明治らしい建物ですが、大正12年の関東大震災で焼失してしまいます。財政貧窮だったため、税関業務はバラックの平屋で行なわれていたそうです。昭和7年に第22代税関長となった金子隆二は、当時の大蔵大臣高橋是清の「失業者救済のために土木事業を起こすべき」という発言を受けて、第3代目税関庁舎の建設に取り掛かったと言われています。
-
昭和9年竣工の第3代目の税関庁舎です。当時、県庁が高さ49m、横浜開港記念会館が高さ36mだったので、当初の設計に塔はなかったが、「横浜港の玄関口である税関は一番高い建物であるべきだ」ということから、イスラム式ドームを付けた高さ51mの建物となりました。昭和20年(1945)8月、GHQ 総司令部に接収され、9月から米第8軍司令部として使用されました。税関長室は、マッカーサー元帥が使っていたようです。
-
1、2、3代目の税関庁舎の位置は図の通りです。
-
港側から見た税関庁舎の増築部分 平成15年(2003)に増築・改修工事が行なわれました。設計は香山・アプル設計JV で、増築部は S 造(一部SRC造)、地上7階建てです。
-
第8代(明治15年〜24)横浜税関長だった有島武は、2代目税関庁舎建設に携わり、計画から施工まで全てを主導しました。退任後、実業家に転身し、第15銀行、日本鉄道、日本郵船などの重役を歴任しました。作家の有島三兄弟(武郎、生馬、里見弴)の父でもありました。
-
昭和ビル(旧カスタム・ブローカービル)は元2棟のビルが対になっていたそうですが、1棟取り壊されてしまいました。このビルも取り壊されるのかと思う程老朽化が進んでいます。昭和4〜6年頃に竣工したこのビルは、海岸通りと日本大通りが交差する角にあります。スクラッチタイルの外壁で、設計は川崎鉄三らしい。
裏手には、象の鼻の防波堤があります。 -
海岸通りの少し先にいあるのが、横浜海洋会館(旧大倉商事横浜出張所)で、日本大通りの海への終点に位置しています。設計・施工は大倉土木。鉄筋コンクリート造3階建て、スクラッチタイル仕上げ。
横浜海洋会館 (旧大倉商事横浜出張所) 名所・史跡
-
大倉は、戦前の財閥会社の一つで、東京のホテルオークラ内にある大倉集古館、京都の祇園閣などが残っています。
-
現在もこのビルの2階に横浜マリンクラブ、3階に横浜パイロットクラブが入居しています。
-
向かい側からビルの正面を見たところです。
-
その隣にあるのが、東京貿易会館です。昭和4年(1929)に竣工した鉄筋コンクリート造3階建てです。右端に見える赤い庇がレストランScandia です。
スカンディヤ グルメ・レストラン
-
向かいの横浜開港資料館の2階からビル正面を見たところです。
-
-
旧横浜商工奨励館は、昭和4年(1929)に竣工したRC造4階建て、地下1階でした。設計は横浜建築課の木村龍雄、施工は岩崎金太郎でした。もとアメリカ領事館があったところでしたが、大震災で全焼し、その跡地に復興事業として建てられました。
1階にはレストラン Lunchan Avenue、Alte Liebe、2階には Cafe de la Presse が入っています。カフェドゥラプレス グルメ・レストラン
-
当時、1、2階には国内外の商工業製品を紹介する陳列所、3、4階には横浜商工会議所、各種商工団体の事務所として利用されていました。昭和50年、商工会議所移転に伴って、このビルも46年の歴史を閉じることになりました。その後、20年程取り壊す方向で、検討されていましたが、地下鉄みなとみらい線が近くと通ることになり、保存・改修されることになりました。低層階は出来る限り保存され、平成12年にSRC造12階、地下3階の高層ビルに組み込まれました。改築・増築に当たっては、日建設計が当たり、施工は鹿島・和同 JV です。
-
現在は、日本新聞博物館、放送ライブラリーや多目的ホールを持つ複合施設・横浜情報文化センターになっています。
横浜情報文化センター(旧横浜商工奨励館) 美術館・博物館
-
1階は昭和初期に流行していたアールデコ様式の意匠が見られます。1階の外壁は、中国福建省の小松石が使用され、突起の付いたハンマーで表面を叩いて、凸凹にする工法「びしゃん仕上げ」となっているそうです。
-
低層部の改修・保全に際して、竣工から長い年月を経て中性化したコンクリートを再生する工法や外壁洗い出し工事が行なわれました。駆体コンクリートの再アルカリ化工法とは、中性化したコンクリートを電気化学的に正常な状態に戻す技術で、中性化とは、コンクリート内の鉄筋の錆を誘発することだそうです。
-
洗い出し工法は、2階から4階で採用され、左官工事で特別な行程を経て仕上げる技術だそうです。擬石ですが、表面は本物の石材のようなザラザラした仕上がりになります。コンクリート駆体にモルタルを下塗り、中塗り、上塗りと3回行いますが、最後の上塗りの際に、モルタルの中に種石を混ぜて押さえ込みます。その後、噴霧器から出る水の勢いで、仕上げモルタルの中に混入されていたセメントを洗い流します。すると、モルタルの中に埋まっていた種石が次第に浮かび上がり、石の質感が出て来るというもの。約2週間の行程作業だそうです。
-
竣工当時のバルコニーそのまま保存されています。新館の1階から5階までが吹き抜けの巨大なアトリウムとなっていますが、ジャッキアップ工法が採用されたそうです。この建物の改修・増築に関しては、様々な新しい工法技術が採用され、日建設計、鹿島建設の努力が実った素晴らしい建築物となりました。今回は時間がなくて、内部のアトリウムなど見ることが出来ませんでしたが、次回は新聞博物館、放送ライブラリー、レストランなど覗いてみようと思います。
-
-
こちらはレストラン Alte Liebe です。
-
-
日本大通りの向かい側から全体を見ていますが、街路樹が茂っていて、低層部があまり見えませんね。
-
その向かいあるのが、旧横浜地方裁判所(現・横浜地方簡易裁判所)です。県庁と並ぶ戦前の横浜官庁建築の代表作となっています。左右対称の日の字型で、平面のスクラッチタイルの外壁など昭和初期の公共建築の典型的なものとなっています。正面玄関や車寄せに花崗岩が使用されています。
横浜地方 簡易裁判所(旧横浜地方裁判所) 名所・史跡
-
昭和5年(1930)竣工の本庁舎を低層部に保存、復元して、平成13年(2001)に高層の新庁舎が完成しました。
-
旧横浜地方裁判所は、大蔵省営繕管財局の小野武雄、保岡豊が設計、施工は大倉土木で、RC造3階建て(一部4階)です。戦後、米軍に接収され、B、C級戦犯を裁く軍事法廷として使用されました。
-
保存・改築は、梓設計、施工は大成、間、東亜 JV で、RC、SRC、S造地上13階、地下2階となっています。
-
向かい側に見えるのが、KN日本大通ビル(旧横浜三井物産横浜支店)です。明治44年(1911)に遠藤於菟、酒井裕之助の設計で建てられた日本で最初の全鉄筋コンクリート造構造で、地上4階、地下1階。屋根は緩勾配、寄棟亜鉛引き鉄板瓦棒葺き、陸屋根。アスファルト防水コンクリート押えです。モダン建築の初期建築物となっています。
KN日本大通ビル 名所・史跡
-
外壁は、化粧煉瓦タイル張り、腰部は花崗岩張りです。この左側奥が三井物産倉庫でした。
-
現在は日東倉庫日本大通倉庫となっています。明治43年(1910)に遠藤於菟の設計で建てられたもので、煉瓦造地上3階、地下1階ですが、開口部リンテル、室内柱、屋根スラブに鉄筋コンクリートを使用。そのため、関東大震災でも被害がありませんでした。
-
倉庫と右の旧三井物産横浜支店上部です。
-
-
新緑の頃なので、ビル全体が見えませんが、正面玄関から右手が昭和2年(1927)に遠藤於菟が設計した2号館です。関東大震災でこのビルは被害がありませんでしたが、周囲からの火災で一部損傷しました。その改修工事で増築されました。
-
-
庇窓周りは、人造石の洗い上げ仕上げになっています。白いタイル張りの外壁、フラットルーフなど当時には見られなかった新しいデザインでした。
-
KN日本大通ビル玄関です。
-
横浜公園に面した角にある旧日本綿花横浜支店は、昭和2年に建てられたもので、現在、取り壊し工事か、改修保存工事か分かりませんが、工事中です。戦後、関東財務局横浜財務事務所として使用されていたので、ZAIMU という名称で文化芸術創造の場所として利用されていました。建物の老朽化のため、平成22年(2010)3月末で閉鎖されました。
旧関東財務局 名所・史跡
-
設計は渡辺節、施工は佐伯組で、鉄筋コンクリート造4階建です。玄関周りに植物をモチーフにしたレリーフが見られます。
-
ペガサスの柱飾りも施されているオフィスビルでした。
-
何とか保存・復元して、低層部だけでも残されれば良いのですが...
-
屋根の軒下の波形飾りが古典主義様式を思わせます。
-
-
-
解体されるようです。その後、低層階だけでも、復元して欲しいですね。来年何が建設されるか見に来ます。
-
横浜公園沿いに中華街方向へ少し行くと、昭和12年(1937)竣工のストロングビルがあります。明治4年、イギリスのストラウス商会が横浜、神戸に支店を開設しました。大正時代に Strong & Co. と改称し、昭和22年には Strong & Company ( Far East ) Ltd. として独立しました。旧ビルは、平成19年(2007)に解体されましたが、翌年から改修・復元工事が始まり、平成21年に低層階3面の改修・保存工事が終わり、ビジネスホテルとして完成しました。1、2階は店舗があり、3階〜12階はダイワロイネットホテル、13階は、結婚施設として利用されています。
-
設計は川崎財閥の顧問建築家・矢部又吉で、多くの川崎銀行の建築を手掛けました。中区の馬車道にある旧川崎銀行横浜支店や旧第百銀行横浜支店などがあります。
-
正面玄関は、竣工当時を復元してあります。2007年に取り壊される前には、1階に「アポロプレイス〜クレイジーケンズシンジケート」や「Peace Cafe」などが入っていたそうです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
belleduneさんの関連旅行記
この旅行で行ったスポット
もっと見る
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
93