2014/03/16 - 2014/03/16
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鎌倉大仏は元来は大仏殿のなかに安置されており『太平記』には1335年の大風で大仏殿が倒壊した旨の記載があり『鎌倉大日記』によれば大仏殿は1369年にも倒壊している。2000年から2001年の境内発掘調査の結果1369年の倒壊以後に大仏殿が再建された形跡は見出されなかったそうだ。
銅造阿弥陀如来坐像(国宝)は像高約11.39m(台座を含め高さ13.35m)。重量約121トン。
角張った平面的な面相、猫背気味の姿勢、体部に比して頭部のプロポーションが大きい点など鎌倉期に流行した「宋風」の仏像の特色を示しており鎌倉時代を代表する仏教彫刻として国宝に指定されている。後世の補修が甚大な奈良・東大寺の大仏と比べ、ほぼ造像当初の姿を保っている点も貴重で像は衣を通肩(両肩を覆う着装法)にまとう。浄土教信仰に基づく阿弥陀像が多く来迎印(右手を挙げ、左手を下げる)を結ぶのに対し膝上で両手を組む定印(じょういん)を結んでおり真言ないし天台系の信仰に基づく阿弥陀像。
鋳造には河内の鋳物師・丹治久友がかかわっており1264年に鋳造した大和吉野山蔵王堂の鐘銘(鐘自体は現存せず)において「新大仏鋳物師丹治久友」と名乗っており同年鋳造の東大寺真言院鐘の銘にも「鋳物師新大仏寺大工」とあるとのこと。
鋳造は体部が7段、頭部は前面が5段、背面が6段に分けて行われていることが像の内外に残る痕跡からわかり青銅(銅、錫、鉛等の合金)製で本像の鋳造に際しては宋から輸入された中国銭が使用されたと推定されている。造像当初は表面に金箔を貼っていたとされ現在でも右頬に金箔の跡が確認できる。
像内は空洞で人が入ることができ一般拝観者も大仏内部を見学することができる。内部から見ると首のくびれに相当する場所が変色しているが補強を行ったさいに塗布された繊維強化プラスチックによるものとのこと。
観月堂の 建屋はソウルの朝鮮王宮にあったものを1924年に山一合資会社(後の山一證券)社長だった杉野喜精が寄贈したそうで江戸幕府2代将軍の徳川秀忠が所持していたとされる聖観音像を安置している。
与謝野晶子歌碑には 鎌倉や みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな の歌が刻まれている。
鎌倉大仏は鎌倉幕府の有力者・北条氏の安泰を願って北条氏の資金援助のもとに鋳造されたと想像しているが、これだけ雄大な仏像や寺に関する資料が少ないとは不思議だ。
(写真は高徳院境内)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院(こうとくいん)大仏周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院境内の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏内部。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)大仏周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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高徳院(こうとくいん)周辺の光景。
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