2014/05/09 - 2014/05/09
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belleduneさん
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イタリア山庭園の中に、外交官の家(旧内田家住宅)とブラフ18番館(旧カトリック山手教会司祭館)があります。外交官の家を出てから、坂を下って行くとブラフ18番館が右手に見えてきます。この敷地は良く手入れされていて、薔薇が綺麗に咲いていました。
関東大震災後、山手町45番地に建てられたものを平成5年にここへ移築復原されました。戦後は、天守公教横浜地区(現在のカトリック横浜市教区)の所有となり、平成3年まで司教館として使用されていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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木造2階建て、1、2階とも中廊下の平面構造となっています。フランス瓦の屋根がここからだと良く分かります。暖炉の煙突、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーやサンルームなどに、外国人住宅の特徴が見られます。外壁は、震災の経験から防火のために、モルタル吹き付け仕上げになっているそうです。
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こちらは玄関です。
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解体時の調査で、震災前に建設された山手45番地住宅の一部が倒壊と火災を免れて、部材として利用されていたことが、分かりました。平成3年に横浜市が部材の寄付をうけて、5年、ここに移築復原となりました。
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ベイウィンドウがたくさんありますね。
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ぐるっと廻ってみました。
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ここからだと煙突が良く見えます。
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八角形のダイニングルームです。
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上げ下げ窓になっています。
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ダイニングチェア
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廊下の上にこんなものが付いていました。
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応接間の奥にサンルームがあります。
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サンルームです。
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このカウチでうたた寝をしたいですね。
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応接間とサンルームの扉上のガラス戸も中央のレバーで上下が回転して少し開くようになっています。
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応接間から上部の窓を見たところです。
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応接間の隣の小客間
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椅子も洒落ています。お猿の手のような肘掛けです。座り心地が良さそうですね。
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テーブルも素敵です。
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そこに置いてあった同じ肘掛けの付いた二人用椅子
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このピアノは、松本楽器製造の百年前のもので、村上邸で使用されたものを寄贈されたという。明治21年に日本橋で創業された松本合資会社は東洋一の洋楽器会社だったそうです。
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2階へ上がってみます。
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2階の廊下です。
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カトリック山手教会
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山手公園は、日本最初の洋式公園です。慶応2年(1866)に外国公使団との間で結ばれた「横浜居留地改造及び競馬場墓地等約書」(慶応約書)によって、その要求が幕府に認められました。しかし、公園計画は具体化せずに終わりました。明治2年(1869)に居留地代表から改めて要求が出され、日本政府は山手妙光寺付近の土地約6千坪を慶応約書で約束したとちの代替え地として貸与しました。
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公園の造成は、居留民が行い、明治3年5月6日(1870)、遂に山手公園が開園しました。明治11年(1878)からは、横浜レディズ・ローンテニス アンド クロッケー・クラブが管理することになりました。
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正面奥に山手68番館が見えています。
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山手68番館(現在山手公園管理事務所)昭和9年に建てられた平屋建て、下見板張り、開放ベランダのバンガロースタイルの外国人向け賃貸住宅の一つだったそうです。昭和61年にここへ移築され、再生、利用されています。
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お昼休みなのか、窓は開いているのですが、誰もいなかったので、入れませんでした。
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テニス発祥記念館は、日本で最初のテニスクラブ誕生を記念して、平成10に建てられました。木造2階建てのバンガロースタイルです。震災で、この辺りの建物は全壊しました。
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テニス発祥の頃のBuchanan 社製のテニスセット一式です。1874年にウィングフィールドが売り出した「スファイリスティクス」の後、1875年~76年にイギリスで発売された木箱入りの「ローンテニス」道具です。初期の傾いた形のラケット2本、トップは川でガードされています。1本のラケットがガットは1882年に張り替えられているそうです。ネットのバールは、2本を繋ぎ合わせて使い、トップにはタマネギ状の飾りがついています。ボールは3本の紐が木製の止め木に繋がれて支えられます。止め木を打つ木製の槌も付いています。
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1870年代、子供達は羽根つき用の小さなラケットで遊んでいたそうです。
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五百年前のラケットは、アラビア語で「手のひら」という意味だそうです。テニスが発明されていない五百年前は、こんな手袋を手に嵌めて固いボールを打っていたらしい。初期の竹製ラケットは珍しく、イギリスでローンテニスが始まった1870年代初期に作られました。竹で編んだ両面は、傾いていて、ローンテニス以前のリアルテニスのラケット形を残しています。
1860年代に中空のボムボールが発明されましたが、空気圧が低く、柔らかかったのですが、これでも十分遊べたらしい。 -
ローンテニス以前のボール
ローンテニスが普及する前、コートテニスやリアルテニスと呼ばれていた球技が室内で行なわれていました。右の二つのボールは羊の皮や布に石を芯にして布屑や毛髪を詰めて糸で縛って作っていました。左の二つのボールは、現在リアルテニスで実際に使っている硬いボールです。 -
テニス発祥記念館に陳列してあった当時のテニスの風景です。昔はもっとゆっくり打って遊んでいたので、こんな長いスカートで優雅に動いていたのかな?
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こんな風刺漫画もありました。
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昔からのテニスコートの変遷です。
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日本の一部の女子高生もテニスをしていたんですね。
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