2014/04/08 - 2014/04/08
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ドクターキムルさん
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鎌倉市山ノ内にある東慶寺は臨済宗円覚寺派のお寺で松岡山東慶総持禅寺という。弘安8年(1285年)に創建され、開基は北条貞時、開山は北条時宗の夫人の覚山尼(かくさんに)である。本尊は釈迦如来である。
東慶寺は、明治36年(1903年)までは代々尼寺であり、尼五山の第二位の寺であった。また、近世を通じて「縁切寺(駆け込み寺)」として知られていた。
後醍醐天皇の皇女用堂尼が5世住持として入寺してから当寺は地名をとって「松ヶ岡御所」と称せられ、格式の高さを誇った。江戸時代には、豊臣秀頼の娘で、徳川家康の養外孫にあたる天秀尼が20世住持として入寺している。裏の墓地に開山・覚山尼、用堂尼(5世住持)、天秀尼の歴代住持の墓が並んでいる。開山・覚山尼と5世住持・用堂尼はやぐらの中に墓があるが、天秀尼墓はやぐらの中にはない。
本堂裏の崖にもやぐらが造られた。これらは全て東慶寺の尼さんのお墓であろう。鎌倉で女性墓とされるやぐらは鎌倉では知られていない中、ここ東慶寺だけにはそれがある。北条政子墓は勝長壽院に営まれたから、鎌倉・壽福寺にある北条政子墓は供養塔か後世のものであろう。唯一、開山・覚山尼と5世住持・用堂尼の墓はやぐら内に営まれた女性の墓である。しかし、ここ東慶寺では開山墓のやぐらが本堂裏にある他のやぐらよりも小さいものであるのは不思議な気もする。
(表紙写真は北鎌倉東慶寺本堂裏のやぐら)
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