2014/01/25 - 2014/01/25
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ドクターキムルさん
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慶長6年(1601年)、徳川家康は「五街道整備」にしたがって、5つの街道と「宿(しゅく)」を制定し、街道として「東海道」が誕生する。日本橋(江戸)から三条大橋(京都)に至る宿駅は、53箇所でいわゆる東海道五十三次と呼ばれた。その後、慶長8年(1603年)には、東海道松並木や一里塚を整備した。程ヶ谷宿は江戸・日本橋から4番目の宿場であった。隣の神奈川宿・台町からは南軽井沢と浅間町を挟んでいるだけで近い。
横浜市内には神奈川宿、程ヶ谷宿、戸塚宿と3つの宿場があったが、ここ程ヶ谷宿が(地名が保土ヶ谷に変わったように、)一番その当時の面影が失せてしまっている。また、これ以前の古東海道は走水から房総に渡る元の古東海道以外にも相模国から武蔵国をぬける街道もあったとあり、JR保土ヶ谷駅西口側にも「古東海道」の道標があった。それは真直ぐな宿場町の山側を曲がりながら通り、両側には寺社が建ち並んでいた。したがって、旧東海道の程ヶ谷宿では街道沿いから少し離れて寺社があり、雰囲気がない。また、それらしい建物も旅籠屋(本金子屋)跡ぐらいのもので、苅部本陣跡は洋館が建っている。
金沢横町の辻には4基の道標が残っている。その奥には震災復興で建てられた2階建ての店の一階部分に「程ヶ谷宿番所」の表札が掛かる休憩所か案内所があるが、下げられた提灯には「帷子番所」と書かれ、立て看板には「保土ヶ谷宿」とあり、全くのところちぐはぐだ。それならいっそ「保土ヶ谷宿番所」の方が分かりやすいだろうか。中にはおばさんたちが詰めており、寄る気さえも起こらなかった。
元々、大学卒業後の何年間はここから程近い保土ヶ谷駅を最寄駅にしていた。しかし、定期券があるために、買い物は横浜駅で済ませていた。そのため、踏切を渡る狭い道路の帷子町の商店街には足を伸ばさなかった。程ヶ谷宿では苅部本陣跡までは行ったことがあったが、軽部家は確か大谷石の塀で何も見えなかった。30数年経って程ヶ谷宿を歩いてみると、程ヶ谷宿番所(帷子番所)のような建替え寿命となっている2階建てのトタン屋根の商店とトタン屋根で平屋の小さな住宅の震災復興住宅が多く残る寂れた町で見るべきものは殆どなかった。
(表紙写真は東海道程ヶ谷宿苅部本陣跡)
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程ヶ谷宿上方見附跡。
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「歴史の道 一里塚跡 上方見附跡」史跡看板。
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「東海道保土ヶ谷宿の松並木と一里塚」看板。
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外川神社。
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今井川に架かる仙人橋。
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「歴史の道 茶屋本陣跡」史跡標柱。
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「歴史の道 茶屋本陣跡」史跡標柱。
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旅籠屋(本金子屋)跡。
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「歴史の道 旅籠屋(本金子屋)跡」史跡標柱。
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「まちかど博物館 旅籠 本金子屋跡 旅籠の面影を残す建築物」看板。
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旅籠屋(本金子屋)跡。
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踏切の向こうに大仙寺。
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「歴史の道 脇本陣(本金子屋)跡」史跡標柱。脇本陣は道路の(本陣の)向かい側にあったのか?
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店舗に掛かる「宿場通り」ののれん。
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史跡看板と史跡標柱。
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「歴史の道 脇本陣(水屋)跡」史跡標柱。
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「歴史の道 保土ヶ谷宿の宿泊・休憩施設」史跡看板。
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国道1号線旧東海道苅部本陣跡向かいにある「歴史の道 旧東海道」道標看板。
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東海道程ヶ谷宿苅部本陣跡に建つ土蔵。
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東海道程ヶ谷宿苅部本陣跡。洋館が建っている。
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東海道程ヶ谷宿苅部本陣跡に残る門。
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東海道程ヶ谷宿苅部本陣跡。
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保土ヶ谷橋の三叉路。
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線路踏切脇のお屋敷。
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「歴史の道 金沢横丁」史跡標柱。
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「帷子番所 お休み処」の案内看板。
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「横浜市地域有形民族文化財 金沢横町道標四基」標柱。
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金沢横町道標四基。
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「横浜市地域有形民族文化財 金沢横町道標四基」史跡看板。
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金沢横丁(線路側)。震災復興で建てられたトタン屋根の2階建ての店舗ばかりだ。
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その店舗跡のボロ屋の一階部分に「程ヶ谷宿番所」の表札が掛かる休憩所か案内所。先程の辻にあった「帷子番所 お休み処」の案内看板にあったのがこれだろう。提灯には「帷子番所」、立て看板には「保土ヶ谷宿」とあり、ちぐはぐだ。このボロ屋におばさんたちが詰めており、トイレは保土ヶ谷税務署で借りた。
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「歴史の道 かなざわ・かまくら道」道標。
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商店街のシャッターには「東海道五十三次」程ヶ谷の浮世絵。絵には「程ヶ谷」とあるが、「程が谷」はどこから出てきたものか?
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店舗シャッターに描かれた「東海道五十三次内 程か谷 新町入口(初代広重)」の浮世絵。
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「歴史の道 高札場跡」史跡標柱。
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「歴史の道 助郷会所跡」。史跡看板になっている清涼飲料の自動販売機の空缶入。
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「歴史の道 助郷会所跡」史跡標柱。
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旧東海道にある帷子商店街。
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帷子町商店街の小路の入口にある「歴史の道 旧東海道」道標看板。
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「歴史の道 問屋場跡」史跡看板。
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JR保土ヶ谷駅西口入口。ここからは通りが広くなる。
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JR保土ヶ谷駅西口にある「歴史の道 東海道保土ヶ谷宿周辺散策案内図」。
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「歴史の道 東海道保土ヶ谷宿周辺散策案内図」。
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帷子町1の商店。
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帷子会館。
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帷子会館。洋館だ。
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「歴史の道 旧中橋跡」史跡看板。
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通りの奥に遍照寺。
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ポイ捨て禁止・歩行喫煙禁止看板。大蓮寺近くにあった看板。
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大蓮寺前にある「古東海道 保土ヶ谷宿」道標。
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大蓮寺。
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天徳寺の白塀。この道路が古街道であるという。この古街道(古東海道とも)の両側に寺社が並ぶ。
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天徳寺。
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旧東海道沿いの家。2階建てで母屋は瓦屋根だ。
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宿場町風の建物。
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見光寺参道。旧東海道から古街道の間を繋ぐ。
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見光寺。
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香象院本堂。
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香象院。
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旧東海道の歩道には「歴史散歩道」の絵が。
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大門通にある「歴史の道 旧東海道」道標看板。
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庚申堂。相州道と古街道(古東海道)の辻にある。
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「相州道・古東海道」道標。相州道と古街道(古東海道)の辻にある。
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「耕地整理竣工記念碑」(大正7年(1918年)銘)。
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神明社。
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神戸町(ごうどちょう)。神明社に由来する町名であろう。
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電力量計に「保土ヶ谷 保土ヶ谷宿歴史の道」の表札が。
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旧東海道の歩道には「歴史散歩道」の大名行列の絵が。
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「旧東海道保土ヶ谷宿」標石。
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「旧帷子橋跡の記念碑」。
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天王町駅前にある「歴史の道 東海道保土ヶ谷宿周辺散策案内図」看板。
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「東海道五十三次 保土ヶ谷宿」碑。
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旧帷子橋跡。
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天王町駅前にある「歴史の道 旧東海道」道標看板。
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天王町駅前にある「歴史の道 旧東海道」道標看板。
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「横浜市地域史跡 旧帷子橋跡」史跡看板。
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「歴史の道 江戸方見附跡」史跡看板。
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松原商店街入口。
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追分手前にある「歴史の道 東海道保土ヶ谷宿周辺散策案内図」。
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「歴史の道 追分」史跡標柱。
東海道と八王子道との分岐点。 -
「歴史の道 追分」史跡標柱。
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三界萬霊。
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「旧東海道」プレート。
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