2014/01/25 - 2014/01/25
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ドクターキムルさん
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横浜市保土ヶ谷区神戸町にある天徳院は曹洞宗のお寺で神戸山天徳禅院という。小田原北条家の家臣で土地の豪族、小野筑後守が華林栄公和尚に帰依して正元年(1573年)に臨済宗のお寺を建立したと伝えられている。文久年間(1861年〜1864年)に満願寺と薬師堂を併合した。満願寺は神明社の傍らにあって、開山永舟により慶長5年(1600年)に創建され、本尊は閻魔とし、閻王山江月院満願寺と号していた。天徳院の本尊は地蔵菩薩坐像で運慶作といわれる。
その後、小机雲松院九世明山宗鑑和尚が再興して、現在の曹洞宗に改宗した。なお、明治維新前は神明社の別当を兼務していた。
新編武蔵風土記稿(文化・文政期(1804年〜1830年)に編纂)には「神戸町の内往還坤の方へ50間許を隔ててあり、曹洞宗小机村雲松院末、神戸山と號す、天正元年の起立にして明玉宗艦と云を開山とす、然るに宗艦は寛文元年4月22日寂すと云ときは時代たがへり、恐は中興開山なるべし、客殿7間に5間、前に石階あり、すべて東南にむかへり。本尊地藏長1尺5寸の坐像なり、此腹内に1寸8分の地藏の像あり、是は運慶の作なりと云傳ふ。」とある。
タウンマップ「街の達人」(昭文社)には「天徳寺」と誤記載されている。それが中々訂正されないといったお寺である。17世紀中頃に東海道が付替えられてから、このように静寂さを保っている境内なのであろう。伝運慶作の小仏像は京都・一乗寺にある円光寺で千手観音座像を参拝・拝観したことがあるが、それと同じ程度の大きさであろうか?伝運慶作の仏像は江戸中期頃から増えるというが、新編武蔵風土記稿が編纂される以前のことである。どんな作風なのか一度は参拝・拝観したいものだ。
(表紙写真は天徳寺本堂)
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