2013/12/13 - 2013/12/15
57位(同エリア148件中)
ばねおさん
ナンシーの旅2日目。
初日はナンシー美術館。
2日目はナンシー派美術館、そしてミュゼ・ロレーヌ(ロレーヌ博物館)へ。
この街には18世紀のロココの様式が、1世紀を経てアールヌーヴォーの装飾美術に開花した姿を随所に見ることができる。
ナンシー派美術館ではガレをはじめとするアールヌーヴォーの作品を満喫。
ミュゼ・ロレーヌでは先史時代からのロレーヌ地方の変遷を学び、ナンシー美術館と同様にジャック・カロの版画にも接することができたが、やはり何と言ってもジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールとの出会いが大きい。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ナンシー2日目の朝。
スタニスラス広場のホテルからナンシー派美術館へ向かう
途中にある駅前のエクセルシオーレ・フロで朝食 -
入り口の表示にはカフェ エクセルシオーレとあるが、食事も提供する有名ブラッスリー。
-
何が有名かというと
店内がアール・ヌーヴォーの装飾で満ちている。 -
見渡せば、ガレあるいはドームの照明、マジョレルの調度品、グリュベールのステンドグラス...という具合
ひとつひとつ確認して回る訳にはいかないので
自席から目の届く範囲を観察 -
観光客らしき姿は少なく
土曜日ということもあってか
地元の人びとが朝のひと時を思い思いに過ごしている
少しもせわしさがなく
皆のんびりと新聞を広げたり、おしゃべりをしている
19世紀末のアール・ヌーヴォーが
現代の生活の中にそのまま生きている店内 -
エクセルシオーレの面する駅前は大規模な工事中
旧い駅舎の横にはすでに高層ビルが建っている。
次に訪れる時にはすっかり変わっているのだろう -
駅のホームを見下せる跨線橋(フォシェ通り)を渡る
-
昨日の「聖ヨハネ騎士団」の塔の地点からしばらく進んだ小さなロータリーに
ナンシー派美術館 (Musee de l'Ecole de Nancy) の行先表示が出ていた。 -
ナンシー派美術館に到着。
スタニスラス広場からは20分くらいの距離になる。
建物はナンシー派のパトロンであったウジェーヌ・コルバンの私邸を改装したもの。 -
入り口のプレートには Musee de l'Ecole de Nancyと
ウジェーヌ・コルバンの名前が記されている。 -
もともとガラス工芸が盛んであったこの地に、かってはロココ装飾があり、やがて1世紀を経てアール・ヌーヴォーが開花した。
ここは、エミール・ガレやその仲間たちの作品、すなわちナンシー派を総体的に見ることができるアール・ヌーヴォー美術館といってもよい。
約2時間半の見学を終えて、再びスタニスラス広場へ引き返す -
道筋の建築物にもさまざまな形でアールヌーヴォー様式の装飾が散見される
内部を見学させてもらえるところもあるのだが
今回は通りすがりの外観のみを拝見
もっと丹念に歩けば
いろいろと面白い発見があるに違いない -
途中のドンバール広場
どこの街でも見かけるようになったレンタルサイクルが並んでいる
後方の銅像の人物は自転車を監視している訳ではない
マチュー・ドゥ・ドンバールという名の農業改革者で、この広場の名前主。
ナポレオンの大陸封鎖により砂糖がヨーロッパに供給されなくなったため
甜菜糖の生産が奨励され、その普及に尽力した人物らしい。
ヨーロッパで砂糖と言えば甜菜糖であるが、おいしい料理やスイーツもこうした人のおかげなのかもしれない。
後ろの建物は歴史あるリセ ポワンカレ -
昼食はスタニスラス広場に面するCaffe COMERCEで
観光地にありながら、丁寧な接客と落ち着いた雰囲気が気に入った -
この一品にはエエッと驚いたので記録
料理は牛肉、野菜入り東洋風の汁なし麺のようなものだが
このように器に箸を立てて出てきた
しかも立てた箸の角度を損なわずに提供せんとするギャルソンの努力が見てとれた
味はまずまずといったところ
問題の箸を立てる理由は聞きそびれてしまった -
昼食を終え、スタニスラス広場から凱旋門をくぐりカリエール広場へ
-
こちらはカリエール広場側から見た凱旋門
-
この長方形のカリエール広場の先にあるのが
ド・ゴール円形広場とロレーヌ公宮殿 -
広場で何か催しがあるのか
設営作業がおこなわれていた
これはどうみても
アールヌーヴォーでもロココでもない
そもそも何かの様式に当てはめてみようとすることがよくないのだ -
感じるままに見るのが一番
というのが自分の信条
うーんそうなると、これは金目の干物 -
ド・ゴール円形広場のド・ゴール門
右手にはド・ゴール将軍の記念碑
左手には1940年6月18日宣言(対独レジスタンス宣言)が掲げられている -
ド・ゴール門の向こうにはサンテーブル教会の尖塔が見える
-
19世紀に建て替えられたサン・テーブル教会
白い石を用いているせいか18世紀の建物群と比べると新しい印象を受ける -
かってのロレーヌ公宮殿はミュゼ・ロレーヌ(ロレーヌ博物館)となっている
先史時代からのロレーヌ地方の変遷を学べる場所である。
ジャック・カロの版画もある。
そしてジョルジェ・ラ・トウールの作品が5点展示公開されている。
但しこの時は、1点が他の美術館に貸し出し中であった。 -
こちらがミュゼの入り口
-
頭上にはガーゴイル
-
ルネ2世の長男でロレーヌ公を継承したアントワーヌ(在位1508−1544)の像
大革命時に破壊され、その後復元されたもの
ロレーヌ公宮殿は、ロワールのブロワ城を模した形であるという。
ブロワ城は20年以上前に訪れたことがあるが、それほど似ているとは思えない -
ミュゼ・ロレーヌ(ロレーヌ公宮殿)の中庭
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中庭にはいろいろな造形物が朽ちていくまま置かれているようで
見ているこちらがやきもきしてしまう
これは古代ギリシアのスピンクスという理解でいいのかな -
向こうの正面に見えるのはコルドリエ教会
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ミュゼ・ロレーヌに隣接するコルドリエ教会
シャルル突進公との戦いに勝利した直後の1487年からルネ2世によって建てられ
歴代ロレーヌ公の墓所となっている -
コンドリエ教会の先に見えるのがクラッフ門
市街を守る北門である -
14世紀の終わりに町を囲む城壁の一部として建てられた
後付けの左右の塔は牢獄として利用されていたこともある -
中央にあるのはマリア像
マリア様の頭上には有名なロレーヌ十字(一本の縦棒に2本の横棒がある複十字)
ロレーヌ十字はもともとはフランスの十字軍指導者が旗印として掲げたのが始まりで、ナンシー近郊出身のジャンヌ・ダルクが使用したとの説もあるようだ。
アルザス・ロレーヌがドイツに併合された際に、領土を取り戻そうとする希望の象徴として用いられたことから、ド・ゴールの自由フランス軍の公式表徴ともなり、
フランスの愛国心のシンボル的な存在 -
クラッフ門の反対側
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町の防備を強化する目的で17世紀に建造されたシタデル門
-
夕闇が迫るサンテーブル教会
外壁の白さが際立って見える -
往路で準備中だったカリエール広場のイベントは活動を開始していた
これはハンドルを回すと歯車がかみ合って人形が動く仕掛け
こうした単純な手作りの用具の感触や温もりは
子供たちの思い出となって記憶に残るに違いない -
こちらは金目鯛の干物のお仲間らしい
-
広場の両脇にはヨーヨーのような灯りが点され
凱旋門まで続いている -
スタニスラス広場と周辺の建造物はライトアップされ
昼間にはないいい雰囲気を醸し出している
いつの間にか人も増え、三々五々集まってきている -
ポーランド国王の座を追われ
娘婿のルイ15世からロレーヌ公国を与えられた
スタニスラス・レスチンスキーの像が広場中央に立つ。
彼の指さす方角は凱旋門
もっともこれは後からのこと
大革命以前はルイ15世の像であった -
凱旋門も照明で浮かび上がっている
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ナンシー歌劇場
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グランドホテル
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市庁舎
いずれも18世紀の重厚な建物だけに
照明によるコントラストの効果がよく出ている -
くっきりと浮かび上がった市庁舎の細やかな装飾細工が
昼間よりもよく見て取れる -
大聖堂も
-
明日はナンシーに別れを告げて
ストラスブールへ向けて出発
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