2013/12/22 - 2013/12/22
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ドクターキムルさん
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逗子市山の根2に鎮座する熊野神社は、明治2年(1869年)社殿炎上のため古記録は無いが、源頼朝の勧請と伝えられている。当時、荘厳な社殿と松並木が続く参道があったとされる。明治2年(1869年)廃仏稀釈で廃寺となった松本寺(しょうほんじ)の本堂を石段下から移築して神社の社殿とした。境内の手水鉢は天保4年(1833年)の銘があり、旧松本寺の遺物である。
明治10年(1877年)山の根の鎮守である白山社、稲荷社、十二天社、神明社、吾妻社、諏訪社、第六天社が合祀されている。
昭和12年(1937年)の焼失後、氏子の総力で現社殿を再建した。
平成10年(1998年)本殿屋根の葺替え等の大修理と境内の改修・整備を行った。
祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の2柱である。例祭は7月最終土・日曜日に行っている。神主は鎌倉御霊神社神主が兼務し祭事を行っている。
鳥居の後ろに聳える「タブノキ」は2本が根元で癒着しており、「かまくらと三浦半島の古木・名木50選」に選ばれている。
本殿の裏山には横穴古墳(横穴墓)群があり、3基は見ることができる。
明治2年(1869年)には炭俵の余熱で発火し社殿を焼失し、松本寺本堂を移築して社殿としたが、それも関東大震災(大正12年(1923年))を経て昭和12年(1937年)に焼失している。関東大震災(大正12年(1923年))での社殿の被害状況が伝えられていないが、移築物であったために被害が大きかった可能性がある。おそらくは修繕して使用していたのであろう。石鳥居は翌年の大正13年(1924年)に建立されているのは関東大震災で倒壊したからであろう。
横穴古墳(横穴墓)群に上る途中から裏山山頂に上がる緊急避難路が整備されている。毎年、地域住民が避難訓練をし、この山頂まで上がるのだという。しかし、手前に倒木があり、速やかな非難は難しい感じがした。
(表紙写真は熊野神社拝殿)
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「津波非難」標識。
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熊野神社石鳥居。
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大正13年(1924年)銘。関東大震災後、直ぐに建立された。
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「熊野神社」の社号標石。
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山の根自治会掲示板。
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逗子市広報板。
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ニの鳥居(昭和28年(1953年)銘)。
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参道石段と根元で癒着した2本のタブノキ。
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根元で癒着した2本のタブノキ。
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「保存樹木」プレート。
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「かまくらと三浦半島の古木・名木50選 タブノキ」
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「ビン・缶・ペットボトル・塵等はお持ち孵り下さい」看板。
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手水鉢(天保4年(1833年)銘)。
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二股の蛇口。
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石段(大正14年(1925年)銘)。
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熊野神社参道石段。
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熊野神社々務所。
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「熊野神社横穴古墳群」看板。
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マナー看板。
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熊野神社掲示板。
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「山の根」の説明と地図。
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「熊野神社由来」張り紙。
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「熊野神社」張り紙。
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「定」張り紙。
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御神木。
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熊野神社拝殿。
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熊野神社拝殿。
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熊野神社拝殿屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。
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熊野神社拝殿屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。
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熊野神社拝殿の龍の彫刻。
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熊野神社拝殿の木鼻。
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熊野神社拝殿の木鼻。
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熊野神社拝殿の注連縄。
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熊野神社拝殿の三手先。
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熊野神社拝殿の向拝。
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熊野神社拝殿の向拝。
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熊野神社拝殿屋根の鬼瓦。
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熊野神社拝殿。
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熊野神社社殿。
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熊野神社拝殿と本殿。
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熊野神社本殿。棟持柱がある。
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熊野神社本殿。棟持柱がある。
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熊野神社本殿。
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山の神。
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「すべります」看板。
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裏山への上り口。
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「風致保安林」標柱。
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熊野神社本殿の千木。
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熊野神社本殿と拝殿の屋根。
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熊野神社本殿。
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「神域」看板。
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熊野神社本殿と拝殿の屋根。
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山道。
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途中に「緊急避難路」道標。
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緊急避難路。
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