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 逗子市逗子5に鎮座する亀岡八幡宮の境内には庚申塚がある。<br /> 傍らに立つ「亀岡八幡宮の石塔群」には寛文11年(1671年)の建立年で青面金剛像が彫られた庚申塔があり、鎌倉の御霊神社(鎌倉権五郎神社)にある青面金剛像が彫られた庚申塔(延宝元年(1673年)銘)よりも2年古いとある。逗子市内に残る庚申塔では山之根3にある庚申塚には青面金剛像が彫られてはいないが寛文7年(1667年)銘の庚申塔があり、これより6年も古い。<br /> 逗子市内には非常に多くの庚申塔が残り、中には古いものもあるようだ。逗子市内は庚申塔が分布する密度が一番高いのではないかと思われる。それも小坪地区では古くからお堂を掛けて大切に守られて来ている庚申塔もある。江戸町民が物見遊山に出駆けるようになって街道の往来も増え、街道筋に道祖神や庚申塔が建てられるようになったのであろう。<br /> 江戸町民が物見遊山では大山詣での後に、江ノ島、鎌倉、金沢八景などを巡ったとされるが、鎌倉とは鎌倉時代の鎌倉中ということであろう。逗子市の多くは鎌倉在ではあるが、小坪地区は源頼朝以来、鎌倉中であり、逗子市域がそうした鎌倉中とそれに隣接する鎌倉在という認識があって、この「亀岡八幡宮の石塔群」の看板が書かれたのかは疑問である。<br />(表紙写真は亀岡八幡宮境内の庚申塚)

亀岡八幡宮境内の庚申塚(逗子市逗子5)

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2013/12/14 - 2013/12/14

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 逗子市逗子5に鎮座する亀岡八幡宮の境内には庚申塚がある。
 傍らに立つ「亀岡八幡宮の石塔群」には寛文11年(1671年)の建立年で青面金剛像が彫られた庚申塔があり、鎌倉の御霊神社(鎌倉権五郎神社)にある青面金剛像が彫られた庚申塔(延宝元年(1673年)銘)よりも2年古いとある。逗子市内に残る庚申塔では山之根3にある庚申塚には青面金剛像が彫られてはいないが寛文7年(1667年)銘の庚申塔があり、これより6年も古い。
 逗子市内には非常に多くの庚申塔が残り、中には古いものもあるようだ。逗子市内は庚申塔が分布する密度が一番高いのではないかと思われる。それも小坪地区では古くからお堂を掛けて大切に守られて来ている庚申塔もある。江戸町民が物見遊山に出駆けるようになって街道の往来も増え、街道筋に道祖神や庚申塔が建てられるようになったのであろう。
 江戸町民が物見遊山では大山詣での後に、江ノ島、鎌倉、金沢八景などを巡ったとされるが、鎌倉とは鎌倉時代の鎌倉中ということであろう。逗子市の多くは鎌倉在ではあるが、小坪地区は源頼朝以来、鎌倉中であり、逗子市域がそうした鎌倉中とそれに隣接する鎌倉在という認識があって、この「亀岡八幡宮の石塔群」の看板が書かれたのかは疑問である。
(表紙写真は亀岡八幡宮境内の庚申塚)

  • 「亀岡八幡宮の石塔群」看板。

    「亀岡八幡宮の石塔群」看板。

  • 亀岡八幡宮境内の庚申塚。

    亀岡八幡宮境内の庚申塚。

  • 「堅牢地神塔」(天保3年(1832年)銘)。

    「堅牢地神塔」(天保3年(1832年)銘)。

  • 庚申塔(天保3年(1832年)銘)。

    庚申塔(天保3年(1832年)銘)。

  • 庚申塔(寛文11年(1671年)銘)。

    庚申塔(寛文11年(1671年)銘)。

  • 「馬頭観音」(大正2年(1913年)銘)。

    「馬頭観音」(大正2年(1913年)銘)。

  • 石層。

    石層。

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