2013/12/14 - 2013/12/14
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ドクターキムルさん
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逗子市桜山(旧桜山村)には上(かみ)・中(なか)・下(しも)の神明社が鎮座している。逗子市桜山6に鎮座する神明社は中に当たり、桜山大神宮とも呼ばれている。古くより、桜山の総鎮守として、崇敬を集めていた古社で、祭神は天照皇大神である。例祭は7月16日に行われる。
神武寺縁起には、元暦元年(1184)正月九日、田越浦に源頼朝が山王権現を建てて神武寺山王社の御旅所とし数千貫社地を寄進した、とあり、一説に神武寺の山王社とも言われている。祭礼日が7月16日なのはその名残であろう。新編相模国風土記稿(天保12年(1841年)成立)の桜山村には、「太神宮 村の鎮守、例祭正月九日、沼間村神武寺持ち」と神武寺縁起の内容を記載している。タウンマップ「街の達人」には神武寺薬師堂の近くに「山王神社」と記載されているが、2度ほど訪れたが確認できなかった。しかし、神武寺には古くから山王社が祀られている。
逗子町誌(昭和3年(1928年)刊)には、「神明社 桜山の総鎮守なり、字才戸山中の中腹にあり、大正十一年九月十七日社殿改築せられて森厳なる二段の境内に相俟っていと神々し、されど松杉の密林中にあるを以って遠方よりは其の甍をさえ認むるに苦しむ。東郷吉太郎中将の書になる「?・明社」の額を掲ぐ、例年七月十六日。」とある。社殿を改築した大正11年(1922年)9月は関東大震災が起こるちょうど1年前である。狛犬の台座に刻まれた建立年からも確認できる。狛犬が今も残っているように、建てたばかりの社殿も無事であったのであろう。
また、「第六天社 大神宮宮下の杉林中に小祠あり、中に石の宮を存す。」とある。七曲の参道石段の最初に石垣があり、末社があったところと思った。第六天社が元はこの石垣の上に祀られていたとしてもおかしくはない。もしそうだとしたら、社殿が改築される以前になろう。
七曲の参道石段の最後に近いなだらかになった場所には石鳥居が建っていた。寛政4年(1792年)銘があるが、関東大震災で上が倒壊し、2本の柱だけが残されている。90年経っても倒壊した鳥居の柱が残されているのも珍しい。上と下の神明社の石鳥居はそれぞれ天明9年(1789年)と元禄16年((1703 年)に建てられているが、これよりも後に建てられた中神明社の石鳥居が倒壊してしまっているのは石工が違うからか、鳥居が他の上と下の神明社のものよりも大きかったためであろう。倒壊しても未練がましく残して置きたいほどの石鳥居であったのなら、上と下の神明社の石鳥居と同じ石工に同じ工法で建ててもらうべきだったようにも思う。
(表紙写真は桜山神明社)
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桜山神明社鳥居。
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「櫻山神明社」の社号標石。
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七曲になった参道石段角に石垣。
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七曲になった参道石段角の石垣。末社があったような感じだ。
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「神明社参道改修記念」(平成20年(2008年)銘)碑。
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第六天社。横道にそれた杉林の中にある。
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改修された参道石段。
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参道石段の最後に近い場所。ここからなだらかになる。銀杏の木があり、落葉している。
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寛政4年(1792年)銘の石鳥居の柱。
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なだらかな参道は急な石段になる。石燈籠が建つ。
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石燈籠が建つ急な参道石段。
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急な石段の上に社殿が建つ。
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急な石段の両側に聳える2本の大木。
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狛犬。
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台座には大正11年(1922年)銘。
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狛犬。
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こちらの台座には大正11年(1922年)銘。
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手水鉢。
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石祠。
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狛犬と2本の古木。
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桜山神明社拝殿。
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桜山神明社拝殿の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。
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桜山神明社拝殿の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。
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桜山神明社拝殿の龍の彫刻。
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桜山神明社拝殿の鈴。
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桜山神明社拝殿に掛かる「神明社」の扁額。
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桜山神明社拝殿側面の奉納額。
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桜山神明社拝殿。
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桜山神明社の拝殿と本殿。
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桜山神明社本殿。
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