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 逗子市池子2にある東昌寺は高野山真言宗のお寺で青龍山東昌寺という。寺の縁起によると、元弘3年(1333年)、新田義貞の鎌倉攻めで鎌倉幕府が滅亡したとき、北条氏一族は鎌倉葛西ヶ谷の東勝寺で自害し、寺は焼け落ちたが、住職の信海和尚は火の中から本尊の大日如来を運び出し、池子の郷に逃れ、東勝寺を再建し、北条氏一族の霊を弔ったのが起こりであると伝えられている。逗子市域の面積の約1/5を占める池子地区に唯一ある寺である。また、この大日如来像は、源頼朝が平家亡霊の成仏祈願のために造立させたものと伝えられている。<br /> 寛永14年(1637年)に、池子村が鎌倉扇ヶ谷英勝寺の寺領となると、水戸徳川家への配慮から「勝」の字を「昌」に改めた。<br /> 承久2年(1221年)、北条政子は、3代将軍源実朝の菩提を弔うために運慶に丈六阿弥陀如来像を造らせ、池子の大上阿弥陀ヶ谷に建立した阿弥陀堂に祀ったと伝えられている。その後、池子が英勝寺の寺領になると、命令によって阿弥陀堂が東昌寺に移された。享保12年(1727年)に火災に遇い、本堂と共に阿弥陀堂も焼失した。現在、境内の阿弥陀堂に安置されている丈六の阿弥陀如来座像は宝暦5年(1755年)に建立されたものである。<br /> また、境内には、葉山堀内の慶増院にあった鎌倉時代の五輪塔がある。廃寺となって浪子不動(高養寺)に移され、さらに昭和51年(1976年)に浪子不動(高養寺)の境内から東昌寺に移されたものである。地輪には「乾元二年癸卯七月八日」(「乾元二年癸卯」は1303 年)と刻まれており、製作年代(寛元二年甲辰(1244年))と型式が明確な五輪塔とされ、国指定重要文化財である。9代執権北条貞時(8代執権北条時宗の嫡男、文永8年12月12日(1272年1月14日)〜応長元年10月26日(1311年12月6日))(在職:弘安7年(1284年)〜正安3年(1301年))の御家人・二階堂信濃守行心入道の墓と伝えられている。あるいは、10代執権北条師時(建治元年(1275年)〜応長元年9月22日(1311年11月3日))(在職:正安3年(1301年)〜応長元年(1311年))にも使えていただろう。時慶増院の開基は、鎌倉幕府政所の執事を勤めた二階堂行盛(藤原行盛(行然))(養和元年(1181年)〜建長5年12月9日(1253年12月30日))といわれる。<br /> 池子辺りに丈六仏があったので驚いたが、縁起からすると池子は鎌倉の南外れと認識されていたのであろう。また、近くの神明社は源頼朝の創建と伝えられており、鎌倉中の南端であった小坪の西側にあり、六浦(横浜市金沢区)に接した池子村は鎌倉中の扱いであったのであろうか。<br /> なお、逗子市・自然の回廊プロジェクトが立てた「東昌寺」の看板には「妙弥(二階堂)行心帰寂乾元二年(一三○三)」となっているが、国指定文化財等データベース(http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp)とWikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%97%E5%AD%90%E5%B8%82)では「乾元二年」を「寛元2年、1244年」としている。「乾元二年癸卯」は1303 年であり、「寛元二年甲辰」は1244年である。干支まで無視して「寛元2年(1244年)」としている国指定文化財等データベースやWikipediaの記載は不自然である。国指定文化財等データベースには「乾元二年癸卯七月八日の刻銘がある」と記載しながら「寛元2」、「西暦:1244」と記載され、解説文も示されていない。墓石に過去の年号を刻むことはできても、69年後の未来の年号を刻むことなどできようか。全く馬鹿げたことに、製作年代(乾元二年癸卯(1303年))が明確に確定している五輪塔とは言えなくしている。<br />(表紙写真は東昌寺本堂)

東昌寺(逗子市池子2)

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2013/12/14 - 2013/12/14

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 逗子市池子2にある東昌寺は高野山真言宗のお寺で青龍山東昌寺という。寺の縁起によると、元弘3年(1333年)、新田義貞の鎌倉攻めで鎌倉幕府が滅亡したとき、北条氏一族は鎌倉葛西ヶ谷の東勝寺で自害し、寺は焼け落ちたが、住職の信海和尚は火の中から本尊の大日如来を運び出し、池子の郷に逃れ、東勝寺を再建し、北条氏一族の霊を弔ったのが起こりであると伝えられている。逗子市域の面積の約1/5を占める池子地区に唯一ある寺である。また、この大日如来像は、源頼朝が平家亡霊の成仏祈願のために造立させたものと伝えられている。
 寛永14年(1637年)に、池子村が鎌倉扇ヶ谷英勝寺の寺領となると、水戸徳川家への配慮から「勝」の字を「昌」に改めた。
 承久2年(1221年)、北条政子は、3代将軍源実朝の菩提を弔うために運慶に丈六阿弥陀如来像を造らせ、池子の大上阿弥陀ヶ谷に建立した阿弥陀堂に祀ったと伝えられている。その後、池子が英勝寺の寺領になると、命令によって阿弥陀堂が東昌寺に移された。享保12年(1727年)に火災に遇い、本堂と共に阿弥陀堂も焼失した。現在、境内の阿弥陀堂に安置されている丈六の阿弥陀如来座像は宝暦5年(1755年)に建立されたものである。
 また、境内には、葉山堀内の慶増院にあった鎌倉時代の五輪塔がある。廃寺となって浪子不動(高養寺)に移され、さらに昭和51年(1976年)に浪子不動(高養寺)の境内から東昌寺に移されたものである。地輪には「乾元二年癸卯七月八日」(「乾元二年癸卯」は1303 年)と刻まれており、製作年代(寛元二年甲辰(1244年))と型式が明確な五輪塔とされ、国指定重要文化財である。9代執権北条貞時(8代執権北条時宗の嫡男、文永8年12月12日(1272年1月14日)〜応長元年10月26日(1311年12月6日))(在職:弘安7年(1284年)〜正安3年(1301年))の御家人・二階堂信濃守行心入道の墓と伝えられている。あるいは、10代執権北条師時(建治元年(1275年)〜応長元年9月22日(1311年11月3日))(在職:正安3年(1301年)〜応長元年(1311年))にも使えていただろう。時慶増院の開基は、鎌倉幕府政所の執事を勤めた二階堂行盛(藤原行盛(行然))(養和元年(1181年)〜建長5年12月9日(1253年12月30日))といわれる。
 池子辺りに丈六仏があったので驚いたが、縁起からすると池子は鎌倉の南外れと認識されていたのであろう。また、近くの神明社は源頼朝の創建と伝えられており、鎌倉中の南端であった小坪の西側にあり、六浦(横浜市金沢区)に接した池子村は鎌倉中の扱いであったのであろうか。
 なお、逗子市・自然の回廊プロジェクトが立てた「東昌寺」の看板には「妙弥(二階堂)行心帰寂乾元二年(一三○三)」となっているが、国指定文化財等データベース(http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp)とWikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%97%E5%AD%90%E5%B8%82)では「乾元二年」を「寛元2年、1244年」としている。「乾元二年癸卯」は1303 年であり、「寛元二年甲辰」は1244年である。干支まで無視して「寛元2年(1244年)」としている国指定文化財等データベースやWikipediaの記載は不自然である。国指定文化財等データベースには「乾元二年癸卯七月八日の刻銘がある」と記載しながら「寛元2」、「西暦:1244」と記載され、解説文も示されていない。墓石に過去の年号を刻むことはできても、69年後の未来の年号を刻むことなどできようか。全く馬鹿げたことに、製作年代(乾元二年癸卯(1303年))が明確に確定している五輪塔とは言えなくしている。
(表紙写真は東昌寺本堂)

  • 東昌寺阿弥陀堂。

    東昌寺阿弥陀堂。

  • 東昌寺本堂。

    東昌寺本堂。

  • 「新四国 東国八十八ヶ所 第七十九番霊場 東昌寺」標石。

    「新四国 東国八十八ヶ所 第七十九番霊場 東昌寺」標石。

  • 「高野山真言宗 青龍山 東昌寺」の寺号標石。

    「高野山真言宗 青龍山 東昌寺」の寺号標石。

  • 「東昌寺(真言宗)」看板。逗子市・自然の回廊プロジェクトが立てた。

    「東昌寺(真言宗)」看板。逗子市・自然の回廊プロジェクトが立てた。

  • 東昌寺掲示板。

    東昌寺掲示板。

  • 東昌寺山門。

    東昌寺山門。

  • 東昌寺山門。

    東昌寺山門。

  • 六地蔵堂。

    六地蔵堂。

  • 六地蔵。

    六地蔵。

  • 境内の池。

    境内の池。

  • 寺務所玄関。

    寺務所玄関。

  • 寺務所。

    寺務所。

  • 東昌寺阿弥陀堂。

    東昌寺阿弥陀堂。

  • 東昌寺阿弥陀堂。重要文化財看板は国指定文化財等データベースにはないためにニセ看板か?ニセ重文看板なら鶴岡八幡宮以外にも逗子市内にも存在することになる。

    東昌寺阿弥陀堂。重要文化財看板は国指定文化財等データベースにはないためにニセ看板か?ニセ重文看板なら鶴岡八幡宮以外にも逗子市内にも存在することになる。

  • 「東昌寺阿弥陀如来坐像」の文化財看板。逗子市指定重要文化財。

    「東昌寺阿弥陀如来坐像」の文化財看板。逗子市指定重要文化財。

  • 東昌寺阿弥陀如来坐像(逗子市指定重要文化財)。丈六仏。

    東昌寺阿弥陀如来坐像(逗子市指定重要文化財)。丈六仏。

  • 東昌寺阿弥陀如来坐像(逗子市指定重要文化財)。

    東昌寺阿弥陀如来坐像(逗子市指定重要文化財)。

  • 東昌寺阿弥陀堂。

    東昌寺阿弥陀堂。

  • 三界萬霊。

    三界萬霊。

  • 水子地蔵、「南無大師遍照金剛」石塔、「三界萬霊」石塔。

    水子地蔵、「南無大師遍照金剛」石塔、「三界萬霊」石塔。

  • 「三界萬霊 水子精霊 供養壇」標石と「歴代住職寺族 供養壇」標石。

    「三界萬霊 水子精霊 供養壇」標石と「歴代住職寺族 供養壇」標石。

  • 歴代住職墓地。

    歴代住職墓地。

  • 「ペット供養壇」標石。

    「ペット供養壇」標石。

  • 「動物供養塔」。

    「動物供養塔」。

  • 石仏(寛延2年(1749年)銘)。

    石仏(寛延2年(1749年)銘)。

  • 旧慶増院五輪塔(国指定重要文化財)。「東昌寺(とうしょうじ)五輪塔(高養寺・旧 慶増院)」(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/7460/kanagawa-tousyouji.htm)に細部の写真が掲載されている。

    旧慶増院五輪塔(国指定重要文化財)。「東昌寺(とうしょうじ)五輪塔(高養寺・旧 慶増院)」(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/7460/kanagawa-tousyouji.htm)に細部の写真が掲載されている。

  • 「旧慶増院五輪塔(国重要文化財)」看板。

    「旧慶増院五輪塔(国重要文化財)」看板。

  • 弘法大師の修行像。

    弘法大師の修行像。

  • 弘法大師の修行像。

    弘法大師の修行像。

  • 東昌寺本堂。

    東昌寺本堂。

  • 東昌寺本堂の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

    東昌寺本堂の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

  • 東昌寺本堂の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

    東昌寺本堂の屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

  • 東昌寺本堂の屋根に上がる蕾付き牡丹の飾り瓦。

    東昌寺本堂の屋根に上がる蕾付き牡丹の飾り瓦。

  • 東昌寺本堂の屋根に上がる蕾付き牡丹の飾り瓦。

    東昌寺本堂の屋根に上がる蕾付き牡丹の飾り瓦。

  • 東昌寺本堂に架かる鈴。

    東昌寺本堂に架かる鈴。

  • 東昌寺本堂の龍の彫刻。

    東昌寺本堂の龍の彫刻。

  • 東昌寺本堂に架かる鐘。

    東昌寺本堂に架かる鐘。

  • 庫裡。

    庫裡。

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