2013/11/16 - 2013/11/17
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nao520さん
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2013年11月17日、上海から北京へ高速鉄道で移動する途中立ち寄りました。南京と北京のちょうど中間2時間にある駅で週末の移動で1泊するにはちょうどいい場所です。
曲阜は山東省にある孔子の生まれ故郷として世界的に有名な町です。大昔は魯の国ですね。
孔子のゆかりの地として孔廟、孔府、孔林がありなんと世界文化遺産に登録されています。世界遺産とは知りませんでした。
孔子没(BC478年)後、魯国の哀帝がすぐさま祭ったそうですので約2500年前にはじまり、その後の王、皇帝から敬われたため古くからの建造物が多く残っています。ある程度戦乱も避けたようです。
本殿である太和殿は、紫禁城、泰安の岱廟とともに三大宮殿建築として有名です。
孔廟と孔府は隣りあわせになっていますが、孔林は墓地なので少し離れています。見るなら三つセットで約半日で十分でしょう。私の場合は8時から11時過ぎまででした。
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宿泊した闕里賓舎ですが部屋も落ち着いていて気に入りました。
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なかなかよい雰囲気で気に入りました。
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ホテルの外観です
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闕里街と鐘楼
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朝8時前の闕里街です。土産物屋もまだあいていません。
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闕里の文字があります
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城門向かって右にチケット売り場があります。
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三ヶ所セット券は120元です。バラで買う安いので勧められました。世界遺産とはいえ相変わらず中国の門票は高いと感じます。
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アトラクションが始まっていました。
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ちょうど始まるところで、城門が開きそこから一向が参堂を歩いていきます。
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開門のアトラクションを見に来ている観光客たち
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さっきの一団が10分ぐらいで戻ってきます。
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これから城門がまた開きます。
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城壁の上には兵士が並びます
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さて城主が出てきます。
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表演が始まります
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兵士は演武をやります
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最後はこの文字を持ってみなさんを歓迎するという趣向。悪くはなかったです。
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入り口です。券を入れるとき一人一人自動撮影されます。孔府など他で入る際に自動的にこの撮影された姿がでてきて券と照合されるようになっています。
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AAAAA国家級旅遊景区でもあります
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「金声玉振」明代の建築
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帰ってきて辞書で調べました。
※「金」は鐘、「玉」は磬(けい)。昔、中国で合奏のとき、初めに鐘を鳴らし最後に磬を打ったことから〕知徳の総合大成されたたとえ。特に、孔子の大成をたたえる語。
孟子「孔子は之を週第せいという。集大成なるものは、金声して之を玉振するなり」に由来するようです。
なるほど。 -
りょう星門。明代永楽帝時代の創建。清代に建て直され、乾隆帝の直筆の文字。
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りょう星とは天で最も端にある星のことだとガイドさんが説明してくれましたが、今ひとつわからなかったので帰ってきて調べてみました。
「古代の伝説では、天上にある文星で、古代の帝王は祭祀の際は先ずこの星に対し儀式を行った。孔子もこれら帝王と同格の扱いということを表している。」
なるほど
文字は乾隆帝の直筆。 -
りょう星門から入り口をみてみる
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「太和元気」
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「至聖廟」と書いてあります。至聖とは孔子のこと。
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聖時門。明代の建築
門としては入り口から2番目 -
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門がいくつもあります。古代よりだんだん建造されていったので中に進むほど古くなっていきます。
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明代、洪武の創建。
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大中門。金の時代。
当時の第一番目の門 -
焼失したとは書かれていないので、金の時代のものでしょうか。1200年ぐらいなのかもしれません。
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「ひいき」という想像上の動物です。重いものを持つことができるという。
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もともと、碑亭の中に設置されていたもの。
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このあたりは十三碑亭といいます。唐、宋以降の53の石碑を保護してあります。それぞれ公事業として孔廟の維持、修復した経緯が刻まれていて歴代王朝が孔子を重んじてきたかがよくわかります。
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ここにもまた「ひいき」がいます。
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この石は北京から持ってきたそうです。大変な労力です。
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ケイ文閣。宋代の建築。だんだん古くなってきます。
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杏壇。孔子様はここで学問を教えたそうです。この庭には、杏が植えられており、そのため「杏壇」と名づけたそうです。日本の「教壇」と同じです。
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この文字は、清の高宗つまり乾隆帝の直筆。
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孔子様自ら植えた檜。
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これが杏の木です。
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太成殿。もともとは、宋の時代1018年の建築でしたが清の時代に改築されたそうです。紫禁城の太和殿に似ているのは、清朝より特別に許された宮廷建築だからでなかなか立派です。
古代三代宮廷建築のひとつと言われています。 -
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走獣も紫禁城なみに多くいます
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この全部で四つの扁額はすべて清代乾隆帝の手書きです。
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本殿内部は恐れ多いのであまり写真はとりませんでした。
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「生民未有」孔子様のような方は未だ現れない。
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この柱は紫禁城のものよりも素晴らしいという評判だったので、皇帝が訪れる際には、嫉妬されないように見えないように布で目隠しをしたそうです。
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確かに凝っています。
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大和殿の柱を仔細に見たことはなかったので、今度行ったときに見てこようと思います。
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本殿裏側の柱
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天井の装飾
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紫禁城と同じですね。
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さて、孔廟が終わり孔府へ移動します。
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一旦、脇からでて朝来た道を数分戻ります。
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