2013/10/14 - 2013/10/14
1838位(同エリア5538件中)
たびたびさん
- たびたびさんTOP
- 旅行記841冊
- クチコミ41163件
- Q&A回答431件
- 6,773,127アクセス
- フォロワー687人
昨日までで、実質的な旅は終了。今日は、疲れを癒しに有馬温泉でゆっくりすることにしました。前回の印象が割とよかったし、汗を出して、疲れも出し切りたいと思います。
ただ、その前に三宮周辺を散策。生田神社の境内もいろいろ探索をしています。
-
京都から、朝一で三宮に移動。
これは阪急三宮駅の北側にある広場。待ち合わせの場所などで使われる定番の場所です。新谷さんという彫刻家の作品「アモーレ(愛)」があるので、こうした名前になったようですが、石を表面に敷き詰めた小山のようなモニュメントがあるのが特徴でしょう。 -
そして、サンチカ。名前は、三宮の地下商店街の愛称で、JR三宮駅の方から降りていきます。阪急の三宮駅ではありませんので、ご注意。商店街は、8つに分けられていて、けっこう奥のあるエリア。一番東には飲食店の集まる「味の街」があります。なるほど。
-
再び表に出て、生田ロード。生田神社の実質的に参道です。400mのロードはかつての西国街道になるよう。いずれにしても、三宮駅から東急ハンズを目印にして生田ロードに出ると、北側の奥に生田神社の赤い鳥居が見えていて、とても分かりやすいです。
-
生田新道は、「いくたしんみち」と読みます。生田ロードとクロスして、東西に延びていますが、東急ハンズの先からは、海岸から離れるような感じで右にカーブしていて、居留地や元町の方に抜けるには遠回りになってしまいますので、ご注意。ただ、この辺りは、ほかの通りと違って、すっきりとした景観です。
-
生田神社は、日本書紀にもある神功皇后に係る起源を持つ神社。三韓外征の帰途、この辺りで船が進まなくなり、占いをしたところ、天照大神の妹とも言われる稚日女尊が現れ、生田の地に祭ってほしいと神託があったというのです。
ところで、神戸市中央区は、この神社の社領で、神地神戸(かんべ)が神戸の地名になったとされます。 -
ここから生田神社の境内に。
灘五郷(なだごごう)は、灘産のまじりけのない上等の清酒を言う「灘の生一本」の生産地。神戸市の東灘区・灘区と西宮市に跨る地域です。上質の酒米である「山田錦」と上質のミネラル水「宮水」に育まれるとともに、輸送に便利な港を控えていたこともあって、早くから栄えました。この碑は、それを記念するものです。 -
灘五郷の後ろが松尾神社。鳥居を入ってすぐの右側です。ここの杉の木に向かい、恋愛成就の願いごとをすると願いが叶うと言い伝えられているようです。そういう意味では、もっと何かそれらしいことがしてあるのかと思っていたのですが、いたって普通。そういう意味では、静かに願いがかけられるのかもしれません。
-
生田の森の説明板もあります。
-
大海神社は、赤い小さな造りで、松尾神社と左右に並んでいます。この神社は、海運守護、道開き、交通安全の神、猿田彦命を祀ります。大海神社祭というお祭りもあって、ジャズ、サンバなど世界各国の音楽やダンスライブも行われ、国際都市神戸を象徴する祭のようです。
-
イチオシ
立派な楼門を入って、
-
これが本殿です。
-
さらに進んだ奥に、震災復興記念碑。1995年の阪神・淡路大震災の復興を願い、2000年に建てられたものです。ずいぶんと横長の形で特徴的です。碑には、被害を受けた時と再建された時、それぞれに宮司さんが詠まれた歌が刻んであります。
-
その少し先には戸隠神社。生田の森のすぐ南側にあります。名前の通り、天の岩戸が飛んできたという長野の戸隠にある戸隠神社の分霊を祀った神社。さざれ石が傍らにあるのですが、他には特に変わったところはありません。
-
戸隠神社の前にあるのがさざれ石。小石が集まったような状態から、長い年月をかけて一つの石になっていくというもの。君が代にもうたわれてとてもおめでたい石です。あちこちの神社で見かけますが、この生田神社の境内にもありました。
-
少し回って、これは包丁塚。包丁塚は、包丁に感謝するもので、筆塚とか何塚とかの類でしょうから、そんなに珍しくはないのでしょう。ちなみに、この塚は、皇太子殿下御成婚に、第61回神宮式年遷宮の記念事業として神戸市内の料理食品関係者によって建立されたものです。
-
同じような場所ですが、これは「楠の神木」。説明には、「約五百年の年輪をもつ楠の神木は昭和廿年(20年)六月五日の神戸大空襲で焼けただれましたが、力強く蘇り、再生・再起合格・復活・復興の象徴として信仰されています。」とのこと。生命力に勇気を与えられる神木です。
-
そして、そこが生田の森の入口です。
-
今では小さな一角ですが、かつては広大な森で、いくつかの合戦の場となったようです。
-
源平の合戦では、源範頼と平知盛。南北朝争乱では、楠木正成・新田義貞軍と足利尊氏軍。時代が下って、荒木村重が織田信長に反旗を翻し、この地で戦っています。
-
イチオシ
そして、また本殿に帰ってきました。朱塗りの赤がきれいです。
-
生田神社を出て、サンセット通り。この通りは、三宮と元町をつなぐ、高架下の北側に沿った通りです。
辺りは、商店街の通りがいっぱいあって、この通りが特に目立つような感じではないのですが、高架の南側にはこうした賑わいはないので、三宮から元町へはこの通りが歩きやすいかもしれません。 -
元町の方に出てきました。メリケンロードです。
-
イチオシ
メリケンロードを進むと南京町 長安門。観光客は、だいたいここで記念写真を撮ってますね。
-
この門からまっすぐ南京町広場を抜けて、反対側の西安門に至る通りが南京町のメインストリートです。
ただ、東西は約200m。横浜と比べるとかなり狭いと感じるかもしれません。 -
神戸の中華街、南京町では、それぞれのお店が店先で肉まんやら中華ちまきやら、食べ歩きのちょっとした食べ物を賑やかに売っています。
-
長城飯店では、
-
長崎の角煮まんじゅうと同じ饅頭をいただきました。
-
こうして、ちょこちょこ買い食いするか、ちゃんとお店に入るのかは迷うところなのですが、私的には南京町は当たり外れが多いような。
-
買い食いにはそのリスクが少ないので、それが利点のように思います。
-
中華粽専門店 龍鳳は、南京町の真ん中。朝早くから、大きなちまきの塊りを蒸かしていて、とても活気があります。3個千円か1個350円か。微妙な値段設定で逆にちょっと値段が高いような感覚にもなってしまうのですが、量もあるし、やっぱり看板商品だけに味わい深い。迷わず、このちまきを買って食べましょう。
-
老祥記です。南京町の元祖豚饅頭で知られる人気店。いつでも行列が出来ていると聞いていたのですが、この日も、道路を挟んで長い行列。交通整理のおじさんが列を捌いていました。
-
豚饅頭はちょっと小さめ。中国は天津地方の、天津包子(ケンチンパオツー)と呼ばれる饅頭を日本人に合わせてアレンジしたものだそう。
-
この人気ですから、ふかふかの皮やジューシーな肉汁とかを勝手に想像していたのですが、出来立てをいただいても、少し違う感じ。。
-
あれっと思うほど固めの皮に、ジューシーさもあまりなし。ただ、中身は豚バラ肉のミンチとにおい消しのネギを醤油で味付けしたものだそうですが、これは、何か香辛料のような香りが癖になりそうな。じわじわとうまさが分かってくるような豚饅頭です。
-
イチオシ
なお、持ち帰りと店で食べるのとどっちもできまして、一人3個以上の注文となっています
-
改めてですが、ここは、横浜中華街、長崎新地中華街とともに日本三大チャイナタウンの一つ。
-
イチオシ
東西約200m、南北110mの範囲に100あまりの店舗が軒を連ねるのだそうですが、確かに中心にある中央の南京町広場の周囲は中華料理店だらけ。ぐるりを囲んでいて、このコンパクトな感じはほかではないかもしれません。
-
結局、上海飯店に入ることにしました。
上海料理は優しい味なので、日本人にとっては馴染みやすい。そういう印象があって、このお店にしたのですが、正直言ってがっかりです。南京町の他のお店の呼び込みの人が、よそは冷凍食品を出すんですが、うちは違いますと言っていましたが、このお店がまさに冷凍食品を出す店なのではないかと思います。そこらにある中華料理屋さんよりレベルが低いと思いました。がっかりでした。
最後が変なことになってしまいましたが、これから有馬温泉に移動します。 -
金の湯、銀の湯とはしごをして、ゆっくり。かなりの汗をかいて、爽快です。
では、落ち着いたところで、お茶にしましょうか。
パンド坊という看板なので、これは違うと思ってまごまごしていたのですが、カフェド坊も同じお店。パンド坊の奥がそのまま喫茶店で、カフェド坊になっています。風呂上がりに、しばしここで休憩。丹波産の黒豆を使ったケーキをいただきましたが、体にやさしい自然食がコンセプトのお店ですね。店内は広いし、奥まったところなので、ごちゃごちゃした人ごみからも離れて落ち着けます。 -
もう、長居をせず、帰ることにします。
で、ここはきんせん堂。金泉焼というのを試食させてもらいました。香ばしい焼きのお餅はもっちり滑らかだし、漉し餡の甘さもいけてます。これは看板商品になっているんでしょうね。 -
ただ、いただいたのは、最中。これは自分で餡子を袋から出して、皮にはさんで食べる高級タイプ。帰りのバスの中でこれもおいしくいただきました。
-
有馬温泉観光総合案内所は、大きなビルに入って、立派な構えの案内所です。見所の案内はしてくれるのですが、宿のパンフレットとかがたくさんあって、どっちかと言えば、宿の案内が主体になっているのかなあという印象です。
-
有馬温泉市街の入り口の太閤橋のほとりがバス停です。
この橋は、有馬川にかかる橋で、有馬温泉を復興した豊臣秀吉にちなんで名づけられたもの。少し上流にはねねの橋があって、対のような位置関係になっています。なお、赤い格子の橋は、夜はライトアップされます。 -
そして、橋の下が有馬川親水公園。太閤橋とねねの橋の間に整備された公園です。しかし、最近、鉄砲水みたいに川に流されて亡くなる事故が起きているので、正直言えば、ちょっと、心配になるような地形ではあります。
-
袂石は、バス停の後ろ。注連縄で飾られた石で、高さ5m、周囲約19m重さ約130トン。湯泉神社の祭神である熊野久須美命が着物の袂からとりだし投げた石といわれるもの。投げた相手は、葦毛の馬に乗り、重藤の弓に白羽の矢で、久須美命を射ようとした松永城主。有馬では、この時から、葦毛の馬や重藤の弓、白羽の矢は持ち込んではならないとされているようです。
さて、バスが来て、三宮まで帰ります。 -
三宮に到着するともう日が暮れていました。
-
でも、ちょっと辺りを散策。
これはビアザ神戸。三宮高架商店街のことです。三宮駅から元町の方向に、細い路地の両側に小さなお店がぎっしり並んだ商店街がまっすぐに続きます。アメ横のセンタービルを長く伸ばしたような感じ。火事になったときとかちゃんと逃げれるのかなあとか心配してしまうような狭さが、かえって面白く感じてしまう商店街です。 -
元町の大丸に対して、三宮にあるのは、こちらのそごう神戸店。1995年の阪神淡路大震災の際にも大きな被害を受け半壊していますが、翌年には復興されています。
-
しかし、2002年のそごうの経営破たんの遠因になったともされていて、複雑な思いもしてきます。
さて、これで神戸もおしまい。四日間の旅も終了です。これから東京までは新幹線。お疲れ様でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
49