2013/11/09 - 2013/11/09
1292位(同エリア2034件中)
滝山氏照さん
かつては浄泉寺と同一敷地であった北隣にある御霊神社(ごりょうじんじや、東京都八王子市館町)の御祭神は鎌倉権五郎景政(かまくら・げんごろう・かげまさ、1046~1087)という貴族武士の館跡でありました。神社の碑文によれば前九年の役、康平5年(1062)に源頼義と義家親子に従い16歳で出陣、奥州の安倍貞任を討伐し、義家の命令によりこの地に館を構えることになります。
応徳3年(1086)後三年の役で義家に従い出羽の清原家衛を討伐の途中、この館に立ち寄り、くつわむしの鳴き声に聞き入っている瞬間、流れ矢が右目に当たったという。権五郎はひるまず寺田山で敵を討ち散らすも倒れて寛治元年(1087)42歳で亡くなります。
創建は天正時代であり、従来は御霊前谷戸に祀られ「御霊大明神」といわれた社を、八王子城主北条氏照の家臣近藤出羽守助実(こんどう・でわのかみ・すけざね)により当地に移されます。
2022年10月25日追記
境内に建てられた記念碑には次の如く記載されています。
『 新築記念碑
鎮座地 東京都八王子市館町1,271番地1
祭 神 鎌倉源五郎景政
祭神の景政は、醍醐天皇の子孫で貴族武士である。
前九年の役、康平5年(1,062)に陸奥守であった源頼義とその子義家に従い16歳で出陣し、奥州の安倍貞任を征伐。その後、義家の命令により景政はこの付近に館(やかた)を構える。
後三年の役、応徳3年(1、086)に再び義家に従い出羽の清原家衡を討伐の途中、景政はこの館に立ち寄るが、晩秋のひととき、くつわ虫の鳴き声に聞き入る一瞬に流れ矢が右目に当たる。剛勇の景政はそれにひるまず敵を寺田山に切り散らして倒れる。その時寛治元年(1,087)享年42歳の時と伝えられる。
由緒
創建は天正時代である。もと御霊谷戸に祀られ、御霊大明神といわれた社を、八王子城主北条氏照の家臣近藤出羽守助により移される。
慶安2年(1,649)に神像を彩色、元禄8年(1,695)8月23日社殿を再建、昭和42年(1、967)に社殿を新築する。
祭りは、景政が奥州凱旋の時が、11月15日の寒い頃だったので、村人は焚火を盛んに焚いて歓迎したと言う。この館の祭典は、昔は霜月15日に
おこなわれ、焚火を焚く神事があったと伝えられている。今は無く8月に夏祭りが行われている。
社殿・社務所等の新築及び境内整備
御霊神社境内地の一部、1847.62平方米が湯殿川改修工事のため、平成11年(1、999)7月23日、東京都に買収され、これを基金に、社殿82.24平方米、社務所125.87平方米と手水舎、御神木舎及び鳥居を新築、境内全域にわたり整備改修を行った。
玉垣は、当神社を崇敬する氏子の方々の寄付により建設された。
平成13年12月吉日 』
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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御霊神社・鳥居
全体が東西に長く確保されている境内となっており、正面右側はそのまま湯殿川に落ちる位置に在ります。 -
御霊神社・参道
湯殿川に接する右側は杉の樹木が林立しており、その中央部に敷かれた石板を拝殿に向けて進みます。 -
御霊神社・神楽殿
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御霊神社・御神木舎
樹齢相当経過している切り株です。 -
御霊神社・御神木
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御霊神社新築記念碑・説明石碑
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御霊神社・拝殿
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取水舎
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龍像
取水舎に配置された龍像が印象的です。 -
御霊神社・社務所
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イチオシ
御霊神社・拝殿
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御霊神社・扁額
「御霊神社」の扁額が掲示されています。 -
御霊神社・神輿殿
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力石
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狛犬(左側)
見事な狛犬です。 -
狛犬(右側)
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御霊神社・境内
拝殿から境内を捉えます。 -
石碑
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御霊神社・境内
境内から長い参道を捉えます。 -
住宅地
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明神橋
帰路は明神橋を渡り北野街道に戻ります。 -
浄泉寺・御霊神社周辺
北側の高台から浄泉寺に向かう道路を捉えます。道路手前を右に入ると御霊神社参道となります。かつて神仏分離令の前は浄泉寺と御霊神社は同一敷地でありました。
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