2014/05/25 - 2014/05/26
3936位(同エリア17043件中)
エムさん
ロンドン線の特典Fクラスのチケットをプレゼントされ、ロンドン・パリを旅行しました。
今回は姉と二人旅なので、ロンドンのプランは姉が、パリは私が担当しました。
5月25日 PM:アンヴァリッド、ロダン美術館、奇跡のメダイユ教会、凱旋門
(午前に引き続き、美術館三昧)
5月26日 シテ島(コンシェルジュリー、サントシャぺル、ノートルダム大聖堂)
- 旅行の満足度
- 4.5
-
午前中にルーブル美術館、オルセー美術館を見学後、チュイルリー公園でサンドイッチでも食べようと売店に立寄ってみたけれど、美味しそうに見えなくて、結局ホテルで寛ぎながら昼食を済ませました。
14:00 午後の観光、先ずはアンヴァリッド
どこからでも黄金のドーム教会が目立つアンヴァリッドを、一度は訪ねたいと思っていました。
13号線ヴァレンヌ駅下車、足が痛いのでドーム教会のみ見学します。
ドーム教会は、ヴァレンヌ駅の方が近いです。 -
アンヴァリッドの正式名はオテル・デ・ザンヴァリッド
ナポレオンの墓所というイメージが強いけれど、17世紀、あのルイ14世が負傷兵士を収容する目的で造られた施設です。
ミュージアムパスを提示して、黄金の扉から入ります。 -
シャルル・ド・ラ・フォッスの天井画
ドームの天井画は、ルイ14世の先祖である聖王ルイ(ルイ9世)が膝まずき、差し出す剣をキリストが受取る場面が描かれています。
画像をズームにすると剣のよういな白いモノが見えるけど、肉眼ではとても見えません。
※シャルル・ド・ラ・フォッスはヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂、ディアナの間、アポロンの間、大トリアノンの装飾を手がけたバロック様式の芸術家 -
正面の祭壇
黒大理石で造られた天蓋が、一際目立って立派です。 -
ナポレオン1世の棺
1815年、セントヘレナ島に幽閉され、1821年に死去、1840年ルイ・フィリップ国王の意向で遺体がアンヴァリッドに運ばれ、国葬が営まれた。
1861年、地下に穴を掘って大規模改修が行われ、巨大な棺に安置された。
高さ107mのドーム天井の真下に棺が置かれ、6重に覆われているという。
棺の周りは兄のジョゼフ、弟のジェローム、息子のナポレオン2世の廟があります。
これだけ巨大な石棺を見ると、フランスの英雄として扱われたのだと実感しました。世界中からお参りに来る人が後を絶たず、その人気が伺えます。
サン・ドニ大聖堂を皇帝の墓所に希望したナポレオンでしたが、遺言通りパリ市民に囲まれてセーヌ川のほとりに眠っています。
ルイ14世が創設したアンヴァリッドに、フランス革命により皇帝となったナポレオンが埋葬され、フランスの歴史を感じます。 -
皇帝の衣装を身にまとったナポレオンの立像の下に、21歳の若さで亡くなった息子ナポレオン2世のお墓があります。
ナポレオン2世はナポレオンと二度目の妻ハプスブルク家のマリー・ルイーズ皇后の長男として生まれ、すぐにローマ王とされた。幼い時に父と別れて以来、一度も会うことがなかった父の傍に葬られています。
これを実現したのがナポレオンを崇拝するナチス・ドイツのヒトラーだった。 -
ヴォーバン将軍(1633〜 1707) ルイ14世時代、ルイ14世に仕えた将軍
フォッシュ将軍(1851〜1929) 第一次世界大戦時のフランス将軍
内部見学を終えて、ロダン美術館へ行きます。 -
14:40 ロダン美術館は、アンヴァリッドと道路を挟んで隣にあり、歩いて行けます。
ヴァレンヌ駅から近く、個人的にはロダン美術館のついでにアンヴァリッドを見学するという感覚でした。
彫刻に興味がなくても庭園を散策するだけでも楽しい美術館で、オランジュリー美術館と並んでお奨めです。
ミュージアムパスで並ばずに入れます。 -
ロダン代表作「地獄の門」
ダンテ「神曲」に登場する地獄への入口の門を表わし、最上部は「3つの影」、その下に「考える人」がいます。
「考える人」は地獄に堕ちていく人を見ていると知って、妙に納得できました。
オルセー美術館には石膏で造られた「地獄の門」の原型があります。
鋳型を取って鋳造するブロンズは複製が可能で世界に7点あり、上野の国立西洋美術館にもあります。もう一度、味わいながら見たいので行ってみたいと思います。 -
3つの影
地獄の門の上部にある彫刻を拡大した作品で、同一人物「アダム」の角度を変えて、3体組み合わせた作品 -
大きな足の彫刻が、あちら、こちらに・・・
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カレーの市民
フランス北部の港町カレー市は、1347年の英仏百年戦争の時、イギリス軍に1年以上も包囲され、6人の市民が人質となって、カレー市民を救ったのです。
この6人を称えるために、カレー市から注文を受けますが、ロダンは英雄ではなく死に直面し、苦悩に満ちた表情の作品に仕上げました。
首に縄を巻き、城門の鍵を持って歩いて来るよう要求された場面を、そのまま表現しています。右側の人物が鍵を持っています。 -
フランスの小説家「バルザック像」
ガウン姿の苦悩するバルザック像は酷評され、発注者の文芸家協会は受取りを拒否。ロダン没後、19年目に再評価され、パリ市民の募金により鋳造されました。 -
ロダン美術館は、庭園の中に置かれた彫刻を鑑賞するのが目的で、彫刻より庭園を見たいから!
こんな本音を言うと、ロダンがガッカリするかも知れないけど・・・
美しい庭園の中で見る彫刻は格別です。
ブローニュの森のバガテル薔薇園に行く予定で、行き方を調べましたが、「無理に行かなくても良いかも。」という気になりました。 -
地獄の門から気に入った彫刻を作品にした「考える人」
ロダンといえば「考える人」が浮かぶほど有名ですが、地獄の門の一部だったとは知りませんでした。
まして、地獄に堕ちて行く人を見つめて考えるとは、想像すらできませんでした。 -
ロダンが10年間住んでいた「ビロン館」には入りません。
時間の関係で、今回は庭園のみ・・・ -
こんな大きなガーディガンの彫刻に驚いたり、庭園の散策だけでも十分楽しい。
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美しい庭園を楽しめて大満足な私達。こんな時は足が痛くないので不思議。
これから奇跡のメダイユ教会に急ぎます。 -
1830年、修道女カタリナ・ラブレが「人々のために心を込めてメダルを作りなさい」と、マリア様からお告げを受け、作ったメダルを人々に配ったところ、コレラが収束したという言い伝えがあり、奇跡が起こる、幸運が訪れると評判になった教会です。
「大きな苦難が身に降りかかった時や、頑張っているのに道が開けない時など、
メダルにお祈りしてみなさい。マリア様が希望の光を与えてくださるでしょう。」
家族や友人のお土産に、売店でメダルを一杯買い込みました。 -
18:30
メダイユ教会からホテルに戻って休憩、軽く食事をして凱旋門へやってきました。
凱旋門では献花式の最中で30分閉鎖とのこと。
30分待っているより、グラン・パレに行ってみようということなり、地下鉄でシャンゼリゼ・クレマンソーへ行きます。
足が丈夫な人は歩けるでしょうが、モビリス一日券をがあるので、フル活用します。 -
1900年パリ万博のメイン会場として建設されたグラン・パレとプチ・パレ
これから結婚式でしょうか?花嫁さんを見かけました。 -
パリで最も美しいアレクサンドル3世橋
フランス大統領とロシア皇帝アレクサンドル3世の間で締結した同盟の印として、1900年のパリ万国博覧会にあわせて、ニコライ2世により贈られた鉄橋。 -
アレクサンドル3世橋はアンヴァリッドとグラン・パレを結ぶ鉄橋
アール・ヌーヴォーの街灯が並び、黄金の女神像やペガサスが豪華な印象です。
プチ散策を終えて、凱旋門に戻ることにします。
地下鉄で、隣に座った英語圏の御婦人方の会話が聞えて、
「ハンディキャップ用のエレベーターに乗るかどうか?」と相談をしていました。
考えることは同じで、私達も「足が痛いと言えば乗れるわよ!」と・・・ -
で、実際はエレベーターではなく歩きました。途中、はぁ、はぁ言いながら・・・
去年は、ここから美しく咲いたジャカランダの並木が見えたというので、頑張ったのに、今年は5月に薔薇が咲くほど暖かいので、見渡す限り緑の並木でした。
時間的に夕景も夜景も、おまけにジャカランダもなく、一気に疲れが出て感動も半減でした。 -
20:20 今度は、こんなラセン階段を、ひたすら下りなければなりません。
足がガクガクで目がまわりそうです。殆ど人がいなくて、マイペースで降りられたのが救いでした。 -
凱旋門の真下にある第一次世界大戦で戦死した無名戦士の墓
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20:50 パリ市庁舎
天気予報によると、明日は雨なので、思いつきでパリ市庁舎に来ました。
ホテルのあるチュイルリーで降りず、4つ目のHotel de Ville(オテル・ドゥ・ヴィル)駅を出ると目の前にあります。
ついでなので、橋を渡れば近いノートルダム大聖堂へ行きます。 -
21:04 ノートルダム大聖堂
パリ発祥の地であるシテ島に建つ大聖堂
1163年の着工から182年の歳月をかけて1345年に完成した初期のゴシック建築。
去年は850周年記念の特設スタンドが設置され、全体像が撮れませんでした。
ここは外観だけ写して、明日見学の予定です。 -
正面入口は、左から「聖母マリア」「最後の審判」「聖アンナ」の3つの門がある。
聖母マリアの門は、天使に見守られた顔のないサン・ドニの像があります。
サン・ドニは、3世紀パリ初代の司教で、ローマ帝国のキリスト教迫害を受け、モンマルトルの丘で斬首されます。すぐには絶命せず、自分の首を持ってパリ郊外まで歩き、そこで息絶えたという伝説の司教です。
聖ドニが倒れた場所がサン・ドニという地名になり、サン・ドニ大聖堂が建立され、フランス王家の墓所になっています。
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=33967902 -
フランス国王、カール大帝の騎馬像と、大聖堂広場にあるパリのゼロマイル地点
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21:13 ノートルダム大聖堂
まだ明るいけれど、後ろ側は殆ど人がいません。 -
ノートルダム大聖堂 西側ファサード
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シャンジュ橋とコンシェルジュリー
フィリップ4世などカペー朝の宮殿であったコンシェルジュリーは、1370年から牢獄として使われた。、
フランス革命時、多くの王族や貴族が収容され、あのマリー・アントワネットも処刑されるまでの数か月を過ごしています。 -
10:03 シャンジュ橋より望むエッフェル塔のライトアップ
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イチオシ
チュイルリー駅の一つ手前の駅で下車。
疲れついでに、大・小ピラミッドが重なる位置でライトアップが撮りたくて・・・ -
5月は日の入りが遅いので、ライトアップの写真を撮るために、この付近のホテルを選びました。
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イチオシ
カルーゼルの門が映り込んで美しい。
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22:40 ジャンヌ・ダルクの像
この時間でも危険な雰囲気はありません。
ルーブルに行く時は必ず通るので、すっかりお馴染みになったジャンヌです。 -
5月26日 7:50
中庭に面したホテルのレストランで朝食(22Eur)
美味しく頂きました。 -
サント・シャぺルの入口は長い行列なので、先にコンシェルジュリーに入ります。
この立派な門を見ると、王宮だったことが頷けます。
サント・シャぺルは裁判所内の中庭にあります。 -
9:50
去年はコンシェルジュリーの入口が分からなかったので、事前に調べました。
上の写真の裁判所の門を出てすぐ左側(向って右)にありますが、見過ごしやすいほど地味です。
サント・シャぺルの入口も地味ですが、こちらは人が並んでいるので、まだ分かりやすいです。
写真は1302年に建設された憲兵の間
宮殿だった頃は王の召使の食堂として使われ、牢獄時代は男性の囚人たちを収容していた。 -
牢獄もお金次第・・・お金を払えばベッドや机のある部屋に入れ、待遇も変わったという。
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復元されたマリー・アントワネットの独房
囚人番号280番として投獄され、二人の憲兵が衝立越しに監視した。 -
マリー・アントワネット記念礼拝堂
ルイ18世の命により、王政復古後、アントワネットの牢屋跡に整備された。 -
1793年1月、ルイ16世が処刑され、次男ルイ・シャルル(ルイ17世)と引き離された頃から喪服を脱がなかったという。
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断頭台の刃が頭髪の妨げにならないように短く切られた。
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当時のコンシェルジュリーの出入り口
ここで2ヶ月半を過ごしたマリー・アントワネットは後ろ手に縛られ、コンシェルジュリーを出ました。
当時のままのサントシャぺルと裁判所を見ると、やはり史実なのだと・・・
心が暗くなります。 -
上:アントワネットが荷馬車に乗せられ、シャンジュ橋を渡り処刑場に向かう絵。
ハプスブルク家のプリンセスとして生まれ、最後は荷馬車で処刑場に送られるとは、気の毒に思えてなりません。
下:革命広場(現コンコルド広場)の処刑場
ルイ16世の処刑から9ヶ月後にマリー・アントワネットの刑が執行され、遺体は膝の間に頭を置かれた状態で、2週間もマドレーヌ墓地に放置された。
想像しただけでも空恐ろしい。
非業の死を遂げたマリー・アントワネットを偲びつつ、重い気分でコンシェルジュリーを出ました。 -
サント・シャぺル
去年9月に来た時は左側のステンドが修復中でした。
ステンドの美しい教会ですが、9年前より赤みが強く感じます。 -
バラ窓は15世紀に取り付けられたパリ最古のステンドグラス。
今年はこのバラ窓が修復中で、写真は去年写したものです。 -
パリ最古の時計
1350年、コンシェルジュリーの時計塔が増築され、外壁にかけられた。
1585年、アンリ3世の時代に取り替えられ、父アンリ2世と妻カトリーヌ・ド・メディシスの頭文字「H・C」が刻まれています。
11:04 驚いたことに、時計の針は写真を撮った時間を指しています。
今も現役なんですね。 -
11:40 ノートルダム大聖堂
昨夜は殆ど人がいなかった大聖堂広場ですが、今日は長蛇の列ができており、30分並びました。
昨日外観の写真を撮っておいて良かったです。
全長127.50m、高さ32.50m、
フランスの歴史的行事が行われた世界遺産の建造物です。 -
北のバラ窓と南のバラ窓
南のバラ窓は中央にはキリストが描かれ、十二使途に囲まれています。 -
このステンドは一ヶ所開いています。
窓が開けられるとは、初めて見ました。 -
-
祭壇にはピエタ像があり、その両側にはルイ13世とルイ14世の像あります。
1804年、ここでナポレオンの戴冠式が執り行われました。
ダヴィッドの「ナポレオン1世の戴冠式」にピエタ像が少しだけ描かれています。
http://4travel.jp/traveler/emuemu/pict/31010399/src.html -
祈りを捧げるジャンヌ・ダルクの像
イギリスとの百年戦争で勝利を収めるも、宗教裁判で魔女と宣告され、19歳で火刑になった。
25年後、ローマ教皇の命により復権裁判が行われ、ジャンヌの無実が宣言され、フランスの守護聖人となった。
復権裁判が行われたのが、このノートルダム大聖堂でした。 -
シテ島からバスでラファイエットにやって来ました。
最近、この界隈は治安が悪いので、気が進まなかったのですが、姉がオペラ座を見学したいというので。
先ずは、混雑するフードコートで昼食を済ませました。 -
オペラ座はリハーサル中で見学できませんでした。
アンケートを求める怪しい人物を振り切ったと思ったら、オペラ座の裏で二人組の女の子(多分ジプシー)に通せんぼをされてしまいました。
逃げようとすると、男のような大きな手で腕を掴まれて・・・、
「どいてよぉ!」あらん限りの声で叫び、同時にバスの運転手さんが、もの凄い音のクラクションを鳴らして追い払ってくれたのです。
二人の向う脛を蹴ってやれば良かったと、後になって思ったのですが・・・
まぁ、普段やり慣れないことが、とっさにできるわけがありません。
掴まれた腕はしっかりアザになっていました。被害はアザだけですが、見るたびに腹立たしく、護身術を本気で習おうと思った災難でした。
去年は警察官のパトロールが見られ、持参した防犯ブザーの出番が一度も無かったので、今回はそこまで警戒しなくても、と油断した結果でした。
ラファイエット通りを歩く現地の人達は、すれ違う時など反射的にバッグを手で押さえていました。犯罪が常習化しているということなのでしょう。
最近のオペラ座付近はガラが悪いので、くれぐれも用心なさいますように! -
16:10 オペラ付近の喧騒から逃れてホテルに戻りました。
しばらく休んで、三度目のルーブル美術館へと出かけました。
心残りが無いように閉館まで粘りました。
http://4travel.jp/travelogue/10907084 -
明日はロンドンへ戻る日なので、パレ・ロワイヤルまでお散歩です。
お洒落な水飲み場が薔薇のアクセントになって素敵です。 -
20:30
こんな時間なので、殆ど人がいなくて静かです。 -
遠くの薔薇園まで行かなくても、咲き誇った薔薇が絵に描いたように美しい。
パリは4泊の滞在でしたが、プランの8〜9割は達成できました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- norio2boさん 2015/02/13 09:14:30
- 旅行記拝見しました
- 旅行記拝見しました
4T初心者です
丁寧に作られて画面
参考にさせて頂きます
旅行には
計画の楽しみ
リアルの旅行の楽しみ
レポートの楽しみ
があるのを発見しました
凱旋門はエレベーターで登りました
http://i.4travel.jp/travelogue/show/10968918
ロダン美術館のレポートです
お暇な時にご覧下さい
http://i.4travel.jp/travelogue/show/10964926
- エムさん からの返信 2015/02/13 10:32:51
- RE: 旅行記拝見しました
- norio2boさん、初めまして!
ご訪問とコメントを頂き、ありがとうございました。
> 凱旋門はエレベーターで登りました
凱旋門は上りだけでもエレベーターに乗りたかったですね。
筋肉痛覚悟で、息切れしながら辛かったです。
> ロダン美術館のレポートです
薔薇の美しい庭園だけの鑑賞でしたが、次回は美術館にも入りたいと思っています。
norio2boさんの旅行記にお邪魔しました。
とても丁寧に説明され、次回訪問の参考にさせていただきます。
ありがとうございました。
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