2008/12/18 - 2008/12/28
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naoさん
2008年12月18日から28日まで、オーストリアとドイツへ行ってきました。
この旅の目的は、両国各地のクリストキンドレスマルクト(クリスマスマーケット)を訪れることです。
日程 1日目(12/18) ウィーン泊
2日目(12/19) ウィーン泊
3日目(12/20) ウィーン泊
4日目(12/21) ザルツブルク泊
5日目(12/22) ザルツブルク泊
6日目(12/23) ミュンヘン泊
7日目(12/24) ニュルンベルク泊
8日目(12/25) ローテンブルク泊
9日目(12/26) フランクフルト泊
10日目(12/27) フランクフルト泊
11日目(12/28) 帰国
往復のフライトはルフトハンザ航空を利用しました。
往路 関西国際空港⇒フランクフルト空港(経由)⇒ウィーン国際空港
復路 フランクフルト空港 ⇒ 関西国際空港
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
鉄道経路図
ウィーンからフランクフルトまでの移動はオーストリア国鉄とドイツ国鉄を利用しました。 -
オーストリアは、13世紀後半から始まるハプスブルク家の時代に、ブルゴーニュ公国、ハンガリー王国、ボヘミア王国、スペインとの政略結婚を通じ、それぞれの国家君主の継承権を相続し、16世紀前半にはヨーロッパ屈指の名門王家として、広大な領土を有する帝国を築きあげます。
約640年間にわたったハプスブルク家の時代も、1918年の第一次世界大戦の敗北による帝政の崩壊を経て現在に至っています。
今回、オーストリアでは首都ウィーンとザルツブルクを訪れました。
首都ウィーンは、シュテファン大聖堂やウィーン大学の建設など、ハプスブルク家の時代に大きな発展を遂げますが、その当時旧市街を囲んでいた市壁の撤去や堀の埋め立てなどにより、リングと呼ばれる環状道路を整備するとともに、路面電車の導入や大規模な建造物を配置するなど、近代化を目指した大改造により、現在のウィーンの街が形成されました。
また、ハプスブルク家の時代には華やかな貴族文化が花開いたことから、18世紀後半にはクラシック音楽大国としてゆるぎない地位が確立され、名門オーケストラや国立歌劇場を擁するウィーンは今も「音楽の都」と呼ばれています。
シュテファン大聖堂や旧市街をふくむ歴史地区は、「ウィーン歴史地区」の名称で2001年にユネスコの世界遺産に登録されています。
ウィーンでは、シェーンブルン宮殿、ウィーン市庁舎、アムホーフ、アルトウィーナーなど、主なクリストキンドレスマルクトをめぐり、本場ヨーロッパのクリストキンドレスマルクトデビューを果たしました。
ウィーンには王室御用達を誇る洋菓子店がたくさんあり、美味しいケーキには事欠きませんが、ウィーンの代名詞と言われるザッハトルテは、ほとんどのお店のショウケースに並んでいます。
チョコレート好きの私にとってはこの上ないことで、あちこちのお店でザッハトルテに舌鼓をうちました。
ザルツブルクは、地名のザルツ(塩)とブルク(砦)からわかるように、この地を治める司教が、バイエルン公から与えられた塩泉および塩釜の利益を財源として発展させた街として知られています。
ザルツブルク旧市街やその他の歴史的建築物は、「ザルツブルク市街の歴史地区」として、ユネスコの世界遺産に登録されています。
ザルツブルクの街のどこからでも望むことができる高台には、司教の要塞として11世紀後半に建てられたホーエンザルツブルク城がありますが、これまで敵に占領された事がなく、中世ヨーロッパの城として完璧な姿を残すたぐい稀な例と言われています。
建設以来、歴代司教の手で繰り返された拡張工事により現在のような姿になっていますが、城からはザルツァッハ川の両岸に広がる市街地が一望のもとに眺めることができ、多くの観光客を集めています。
ザルツブルクでは、レジデンツ広場のクリストキンドレスマルクトを訪れた後、ホーエンザルツブルク城に登って城内見学ツアーへの参加や、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台になったミラベル宮殿などを見て廻りました。
これら以外で印象に残っているのが、ゲトライデガッセに連なる店舗の看板群です。
ヨーロッパでは、店舗に掲げる看板は何を商っているのか一目でわかるようなデザインになっているのですが、密集地帯の様相を呈しているゲトライデガッセの看板群は、この通りの魅力を引き立てるのに一役買っていました。 -
ドイツは、ミュンヘン、ニュルンベルク、ローテンブルク、フランクフルトを訪れました。
ドイツ南部、バイエルン州の州都ミュンヘンは、ベルリン、ハンブルクに次いでドイツでは3番目に大きな都市で、市北部には世界有数の自動車メーカーBMWの本社があり、自動車王国ドイツの一翼を担っています。
市の中心部にあるマリエン広場の周辺には、ドイツ最大の仕掛け時計「グロッケンシュビール」で知られる新市庁舎や旧市庁舎があり、それらを取り囲むように、ねぎ坊主が特徴的な聖母教会、ミュンヘンで最も古い聖ペーター教会などが建っています。
また、マリエン広場の北側を東西に通るマクシミリアン通りには、レジデンツやミュンヘン州立劇場があります。
ミュンヘンでは、マリエン広場のクリストキンドレスマルクトを中心に、旧市街の街歩きを楽しみます。
ニュルンベルクはバイエルン州第2の都市で、第二次世界大戦に関わったナチス独裁政権下の戦争犯罪人に対する「ニュルンベルク裁判」が開かれたことで知られています。
城壁に囲まれた旧市街は、第二次世界大戦でその大部分を失いますが、かつての姿を再現するという方針のもと、中世の面影を彷彿とさせる美しい街並が復元されています。
「ニュルンベルク裁判」という「負」のイメージが強いニュルンベルクですが、ハウプトマルクト広場で開かれるクリストキンドレスマルクトは世界一と称えられ、世界中から多くの観光客が集まります。
ニュルンベルクでは、このハウプトマルクト広場のクリストキンドレスマルクトをメインに、ヘンカーシュテーク、マックス橋、ワイン蔵、デューラーハウス、カイザーブルク城、ハイリヒ・ガイスト・シュピタールなど、中世の面影が見られる街並みをめぐります。
また、「メンラインラウフェン」と名付けられた仕掛け時計のあるフラウエン教会では、毎日、午後12時の鐘とともに動く仕掛け時計の人形を見ることができます。
ローテンブルクは、正式名称を「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー」という、タウバー川沿いにあるバイエルン州の都市で、城壁に囲まれた旧市街は、ドイツロマンティック街道の中でも最も中世の面影が残る美しい街として知られています。
この旧市街も第二次世界大戦で40%あまり破壊されましたが、幸いにも貴重な建物のほとんどが被害を免れたことから、一部戦後に復元されたとはいえ、概ね中世そのままの街並みを見ることができます。
私自身、今回の旅で最も印象に残ったのはローテンブルクの街並みで、中世以来の市壁(城壁)、市壁に設けられた塔や門、プレーンラインと名付けられ街かど、ゲルラッハ鍛冶屋など、石造りとドイツ特有の木組みの建物がもたらす素晴らしい街並みに引き込まれるように、疲れも知らず歩き廻りました。
また、「マイスタートルンク」と名付けられた仕掛け時計のある市参事宴会場では、毎日午前11時から午後3時までの毎時、仕掛け時計の人形が動くのを見ることができます。
フランクフルトは、正式名称を「フランクフルト・アム・マイン」という、ヘッセン州最大の都市で、ドイツ国内でも5番目の都市になります。
この街は、第二次世界大戦後の復興に伴い、高層ビル群が林立する近代的な街に変貌してしまい、旧市街の面影は、レーマーベルク周辺でしか見ることができなくなっています。
レーマーベルクは旧市街の核となる広場で、ドイツならではの木組みの旧市庁舎(レーマー)が連なっており、周辺には、皇帝の戴冠式が行われた聖バルトロメウス大聖堂(カイザードーム)や、ドイツの自由と民主主義の象徴とされてきたパウルス教会が残っています。
また、都市名にもなっているマイン川の岸辺は散策にもってこいの場所で、川に架かる多くの橋や教会などの建物が、街のもう一方の顔ともいえる景観を形成しています。
レーマーベルクを訪れた帰りは、マイン川沿いを散策し、橋や停泊する船など水辺の景観を楽しみました。
ここで、旅のドジ話を一つ
ローテンブルクの出発が早朝だったため、自動券売機で切符を買うことになったんですが、これがわからない。
英語表記を頼りにトライしたのですが、同じ手順の繰り返しで一向にらちがあかない。
そうこうしているうちに、地元のご婦人が列車に乗るために駅に来られ、この方の手助けを得てやっと買うことができました。
今からでも遅くない、語学の勉強を始めよう!
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