2013/04/08 - 2013/04/08
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KawakamiKenさん
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吉水神社に行ってきました。
「後醍醐天皇」「豊臣秀吉」「源義経」にゆかりのある神社です。
「世界遺産」でもあります。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 2.0
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「金峯山寺」 から 「500m弱」 で 「吉水神社」 です。
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「紀伊山地の霊場と参詣道」 の一つとして 「世界遺産」 です。
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「メインの通り」 から少しそれた場所に位置してます。
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「門」 の手前に 「吉野の桜」 を一望できる 「一目千本」 があります。
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「境内」 は 「無料」 です。
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「境内」 の雰囲気です。
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「手水舎(ちょうずや・てみずや)」 です。
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後ろからすいません。
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「弁慶の力釘」 です。
「弁慶」 が 「力試し」 に 「釘」 を 「親指」 で 「石」 へ押し込んだと書かれてます。 -
「拝殿」 です。
「後醍醐天皇」 が 「祭神」 です。
忠臣であった 「楠木正成」 を祀っています。 -
「吉水神社」 の案内です。
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「南朝の皇居」 と書かれてます。
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ここからは 「拝観料」 がかかります。
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拝観料は、「400円」 です。
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入口付近。
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「書院(重要文化財)」 に入れます。
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題名 「群鶴」 。
「狩野山雪(江戸初期)」 の作品です。 -
「秘宝」
「特別展示」
と書かれてます。 -
「静御前」 の 「衣装」 のようです。
「1185年」 に 「源義経」 の一行が 「吉水神社(当時の吉水院)」 に隠れていたそうです。
※ 「衣装」 の隣に 「義経の鎧」 があったかも・・・ -
「後醍醐天皇」 の 「玉座」 です。
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ここが 「メイン」 の見どころ。
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「鎌倉幕府」 の滅亡後の日本は 「南北朝時代」 となり、
「平安京」 を拠点とした 「北朝(光明天皇)」 、
「吉野」 を拠点とした 「南朝(後醍醐天皇)」
とに分裂しました。 -
「金峯山寺」 の 「南朝妙法殿」 の 「行宮」 があったようです。
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ここに 「後醍醐天皇」 が座っていたのでしょうか。
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「南北朝時代」 は日本全国で 「南北」 に分かれて対立しました。
「南朝」 による 「京都占拠」 もあり力は 「拮抗」 していました。 -
「1392年」 に 「足利義満」 により 「南北統一」 されました。
「南朝4代」 で 「57年間」 続きました。 -
その後、「金峯山寺の僧坊」 である 「吉水院」 となったが、「明治維新」 の 「神仏分離(廃仏毀釈)」 により、神社となりました。
(ウィキペディア) -
奥に進むと多くの 「展示品」 がありました。
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「南北朝時代」 の 「展示品」 が展示されてます。
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「源義経」 所用の 「色々威腹巻」 。
「重要文化財」 です。 -
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「室町時代」 及び 「安土・桃山時代」 の 「能面」 です。
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「役行者(役小角)」 です。
「吉水神社(吉水院)」 を建立されたと伝えられる人物です。 -
「役行者(役小角)」 は、
「飛鳥時代から奈良時代」 の 「呪術者」 である。
と 「ウィキペディア」 で紹介されてました。
「藤原鎌足」 の病気を治癒したという伝説があるなど、「呪術」 に優れ、「神仏調和」 を唱えました(ウィキ)。 -
「豊臣秀吉」 に関する展示です。
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建物から 「庭園」 を1枚。
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「秀吉・花見の本陣」 と書かれてます。
「吉水神社(吉水院)」 に 「豊臣秀吉」 やその妻の 「ねね」 が宿泊したそうです(HP)。 -
「書院(重要文化財)」 の外観です。
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「書院(重要文化財)」 は 「日本住宅建築史上最古」 だそうです(HP)。
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「北闕門」 です。
「パワースポット」 のようですね。 -
「後醍醐天皇」 が 「京都」 に戻れるよう 「京都」 の方向を向いてい 「祈願」 した場所です。
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「庭園」 からは 「金峯山寺」 が見えます。
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