2005/11/13 - 2005/11/19
2171位(同エリア4686件中)
kenichi291さん
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そろそろ秋。紅葉を求めての旅、今年は何処にしようかとお考えの貴方に京都の秋をご紹介します。1週間でこれ位楽しめます。京都は路線バスがとても便利。1日乗車券利用で交通費は安上がりになります。ただ拝観料が馬鹿に成りません。是非京都にお出掛け下さい。写真は天竜寺曹源池庭園のもみじ。水害に負けないで頑張って下さい、嵐山の皆さん。
リタイア初心者当時の日程表。
11月13日 京都駅〜清水寺〜高台寺〜石塀小路〜八坂神社〜祇園〜建仁寺
11月14日 保津川下り(トロッコ電車と船くだり)〜化野念仏寺〜祇王寺〜二尊院〜落柿舎〜常寂光寺〜野宮神社〜嵯峨野の竹林〜天龍寺
11月15日 仁和寺〜龍安寺〜金閣寺〜金平糖の「緑寿庵清水」〜一澤帆布〜三条大橋〜青蓮院(ライトアップ)
11月16日 真如堂〜銀閣寺〜哲学の道〜永観堂〜南禅寺〜錦市場(八百屋の二階)
11月17日 下鴨神社〜貴船神社〜鞍馬寺〜知恩院〜円山公園〜先斗町
11月18日 東福寺〜西本願寺
11月19日 二条城〜町屋散策〜京都駅
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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200511月13日、京都に到着しました。早速駅に荷物を預けて出発。でもコインロッカーが大半使用禁止?ブッシュ大統領が入洛の為とか。入洛とはさすが千年の都、江戸からの旅人はここでは"おのぼりさん"。最初の訪問地は清水寺。清水の舞台から眺める紅葉。
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本堂(国宝)「寛永10年(1633)に再建された、正面36メートル強、側面約30メートル、棟高18メートルの大堂です。堂内は巨大な丸柱の列によって外陣(礼堂)と内陣、内々陣の三つに分かれ、通常、外陣とさらに外側にめぐらされた廊下を進んで拝観します。建物は、優美な曲線を見せる寄棟造り、檜皮葺の屋根や軒下の蔀戸(しとみど)など、平安時代の宮殿や貴族の邸宅の面影を今に伝えています。」お寺の説明
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清水の舞台全景。
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三重塔(重要文化財) 「絢爛豪華な建築美を見せているのが三重塔です。平安時代初期847年に創建され、寛永9年(1632)に再建。現在の塔は古様式に則って昭和62年(1987)に解体修理したもので、総丹塗りとともに、桃山様式を示す極彩色文様を復元しました。内部には大日如来像を祀り、四方の壁に真言八祖像、天井・柱などには密教仏画や飛天・龍らが極彩色で描かれています。三重塔としては日本最大級の高さ約31メートルの塔は、清水寺、京都東山のシンボルとして、古くから国内外に広く宣伝されてきました。」お寺の説明
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次に高台寺に。
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高台寺から八坂の塔を望む。
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遺芳庵 方丈・書院の背後にある田舎屋風の茶室で、近世初期の商人で趣味人であった灰屋紹益が夫人の吉野太夫をしのんで建てたものという。一畳台目の小規模な茶席で、炉は逆勝手向切りとする。吉野窓と称する、壁一杯に開けられた丸窓が特色である[1]。京都市上京区にあった紹益の旧邸跡から明治41年(1908年)に移築したもの。建築様式の点から、紹益と吉野太夫が生きた近世初期まではさかのぼらず、後世の人が2人を偲んで建てたものと推定されている。
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方丈前庭、門は勅使門、オブジェはライトアップの為、今年はフランスの作家の作品。勅使門は方丈の南正面に位置する。大正元年(1912年)に方丈とともに再建された。
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方丈 庫裏の右手に建つ。大正元年(1912年)の再建。創建当初の方丈は文禄の役後に伏見城の建物を移築したものであった。
写真は方丈から庭園を見る、左の建物は開山堂、右上に見える建物は霊屋(ねねの墓)。庭園(史跡・名勝)は小堀遠州作とされ、しだれ桜と萩の名所。石組みの見事さは桃山時代を代表する庭園として知られる。 -
方丈から庭園を見る、左の建物は開山堂、右上に見える建物は霊屋(ねねの墓)。
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観月台(重要文化財) 書院と開山堂を結ぶ屋根つき廊の途中にある小規模な建築である。ここから北政所は亡き秀吉をしのびながら月を眺めたという。
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臥龍廊(がりょうろう) 開山堂と霊屋(おたまや)を結ぶ屋根付きの階段、龍の背に似ているところからこの名が付けられた。
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石塀小路 建物と建物の間にも石塀小路の入口が。
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下河原阿月(あずき)さんで和菓子を楽しむ。
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祇園、八坂神社。全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社の総本社。通称、祇園さんと呼ばれる。7月の祇園祭(祇園会)で知られる。
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一力亭。仮名手本忠臣蔵七段目「祇園一力茶屋の段」で知られるお茶屋さん。
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一力亭。
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お茶屋さん。表札は芸妓さんの名前が架かっています。
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建仁寺 建仁寺垣で知られる垣根の造り。
「京都五山の第3位に列せられている。俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松の襖絵などの文化財を豊富に伝える。山内の塔頭としては、桃山時代の池泉回遊式庭園で有名であり、貴重な古籍や、漢籍・朝鮮本などの文化財も多数所蔵していることで知られる両足院などが見られる。また、豊臣秀吉を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺である。」wikipediaより。 -
買物をして店から出て来た本物の舞妓さん。昼間見かけるのは殆んど偽者3万円ほどで舞妓体験が出来ます、昼間歩いているのは全部この人たち。
京都南座のにしんそば「松葉」さんでこの店が最初に作ったというにしんそばをいただく。錦市場を散策、閉店時間で時間切れ宿に向かう。
今日の行程は 東京〜京都駅〜清水寺〜高台寺〜石塀小路〜八坂神社〜祇園〜建仁寺〜錦市場 -
宿にチェックイン、お休みなさい。
11月14日保津川下りに早朝から出掛ける。 -
宿から徒歩でトロッコ嵐山駅に向かう。トロッコ電車で亀岡に。
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トロッコ電車からの眺め。
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紅葉が車窓を流れて行く。もみじが目の前なので流れて過ぎて行く。亀山駅からバスで船着場に向かう。
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船は15人乗り、その日の川の流れで40分から2時間かけて渡月橋付近まで3人の船頭さんが操り下ります。舵を取る船頭さん(水戸黄門に船頭の役があると呼ばれるらしい)。今日は流れが緩やかで、2時間たっぷり楽しめるらしい。
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後の船が急流にさしかかる。水量が少なくてもスリリングな急流が所々にあり、楽しめる。
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ラフティングを楽しんでいるグループもあります。
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昔は、保津川下りを終えた船をロープで曳きながら戻ったらしい。その綱の跡が岩に残っている。
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2時間ミステリーで死体があがるお馴染みの場所はこの辺りらしいです。
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船の売店がやって来ます。
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渡月橋近くが終点。2時間最高に楽しめる川下りでした。
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吉兆本店。
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渡月橋から眺める嵐山。
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化野念仏寺 浄土宗で本尊は阿弥陀如来。空海が創設したという。当時は大覚寺所轄の真言宗。当初は五智如来寺と号したが、後に法然が念仏道場を開いたことから念仏寺と改称された。集めて供養したのが始まり。その後、法然によって念仏道場に改められた。境内には約8000体の石仏、石塔が建ち並ぶ。
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2時間ミステリーの定番、撮影地ですね。
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祇王寺
法然の弟子、念仏房良鎮の創立。中世以降荒廃していたが平家物語の遺跡として明治に復興された。現在は真言宗大覚寺派の尼寺。白拍子の祇王が平清盛からの愛を失い、「嵯峨野奥なる山里に、柴の庵を引き結び念仏してこそゐたりけり」と詠み、妹と母親とともにここに庵を結んだ。苔がきれいなお寺。 -
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二尊院
釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を一つの堂に祀っていることから二尊院と呼ばれる。総門は伏見城の医薬門を移築したもの。石庭の寂光園は浄土をあらわしたものだという。境内には角倉了以、三条実美などの墓がある。 -
「二尊院は、嵯峨野にある天台宗の寺院。山号は小倉山。正式には小倉山二尊教院華台寺という。二尊院の名は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像に由来する。総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は紅葉の名所として知られる。また奥には百人一首ゆかりの藤原定家が営んだ時雨亭跡と伝わる場所がある。」ウィキペディアより。
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寺を出て昼食は、「竹乃家」さんで鯛豆腐と懐石をいただく。
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昼食後、落柿舎に。江戸時代の俳人向井去来の住んだ草庵の跡。芭蕉もここを訪れ「嵯峨日記」を残した所。
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常寂光寺
1596(文禄5)年に日禎上人(にっていしょうにん)が隠棲して開いた寺。 本堂は伏見城の客殿を移築したもの。参道の両側には紅葉が植えてあり、秋になると美しい紅葉のトンネルになる、京都屈指の紅葉の名所。 -
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多宝塔(重要文化財) 元和6年(1620年)建立、高さ12m、檜皮葺。
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落柿舎前の畑、京野菜の直売もしています。
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野宮神社
黒木鳥居と小柴垣が平安の風情を現在に伝える、源氏物語、謡曲野宮でも有名な神社、嵯峨野巡りの起点として知られ、えんむすびの神様、子宝安産の神様です。 -
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天龍寺 臨済宗天竜寺派総本山。一時は京都五山一位。以前は150以上の塔頭が建ち並んだが応仁の乱で衰退した。嵐山と亀山を借景にし、曹源池(そうげんち)や白砂、石組みを配した池泉回遊式庭園が有名。この庭園は開山の夢想国師の作庭という「池泉取入れ型が京都の庭園の原型とすると、第1の刺激が「末法思想」であり、第2の刺激は「禅」であった。末法思想は刺激と読んでいいが、禅はカルチャーショックに近いものだった。少なくとも庭に関してはそう言える。末法思想による浄土庭園は「原型」プラス仏教でありやはり池泉回遊式が多かった。それが禅庭になるとまったく異なってきて、水の変わりに白砂を敷き、大岩を配する枯山水となる。このころ開山され、作庭された禅寺の庭は多くが枯山水であったが、個人宅の庭では池泉式に、「浄土思想を加えたものと、禅庭とが混ぜ合わされた。禅寺の代表的なものとしては、竜安寺の石庭天竜寺庭園があり、混合型には金閣寺、銀閣寺が上げられる。」京都の庭園より
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大方丈前庭。庭園は特別名勝及び史跡。指定範囲は、前庭と方丈裏庭。前庭は、勅使門から放生池を経て法堂に至る境内中心部を指す。
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方丈裏庭は曹源池(そうげんち)を中心とした池泉回遊式庭園で、夢窓疎石の作庭。
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曹源池から嵐山を望む、所謂借景の典型的な庭園。
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今日の行程は 保津川下り(トロッコ電車と船くだり)〜化野念仏寺〜祇王寺〜二尊院〜落柿舎〜常寂光寺〜野宮神社〜嵯峨野の竹林〜天龍寺
化野念仏寺〜天龍寺まで徒歩で歩きました。かなりハード。 -
11月15日
仁和寺 仁和4年(888年)にその造営を完成、「仁和」の年号をもって寺号と定められ、大内山仁和寺(おおうちやまにんなじ)と呼ばれるようになりました。応仁元年(1467)に始まった「応仁の乱」によって仁和寺は一山ことごとく焼失。約100年後の寛永11年(1634年)徳川幕府3代将軍家光の時代になって今日の仁和寺として再興されました。 -
五重塔(重要文化財)1644年建立。
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鐘楼(重要文化財)1644年建立。
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経蔵(重要文化財)1641-1645年建立の禅宗様建築。
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平唐門。中門(重要文化財)1641-1645年建立。
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金堂(国宝) 慶長18年(1613年)に建立された旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624年-1644年)に移建改築したもので、近世の寝殿造遺構として重要。宮殿から仏堂への用途変更に伴い、屋根を檜皮葺きから瓦葺きに変えるなどの改造が行われているが、宮殿建築の雰囲気をよく残している。
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震殿から南庭を見る、左が勅使門右が二王門。震殿右に右近の橘、左に左近の桜、天子は南面すと言いますから座敷から向かっての右、左ですね。
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震殿の後側の庭園。
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震殿の内部の襖絵。
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二王門(重要文化財) 。
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龍安寺 室町時代、応仁の乱に焼亡した細川勝元の山荘を、明応八年に、その一子政元が義天禅師と協力再興した。その時作庭したと思われる。方丈の前庭を初めて庭園に開発し、枯山水を確立した創意、七五三配石技術の妙、大徳寺大仙院と対照的に石庭の最高峰と称えられる庭園。京都を代表する石庭として広く知られ、白砂の上に配置される大小15の石はどの位置からもすべてを一度に見ることが出来ないと言います。
「龍安寺は、京都府京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院。石庭で知られる。山号を大雲山と称する。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承である。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。」ウィキペディアより。 -
方丈の前庭(史跡・特別名勝) 石庭で知られる庭園。あまりに有名なのでこれだけで。
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苔も見事。
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苔も見事。
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鏡容池、西源院はこの畔にあり湯豆腐が食べられる。
お昼にいただきました。 -
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金閣寺 ブッシュ大統領見学の前日に金閣寺を拝観。
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代表的な池泉回遊式庭園、鎌倉時代の創建当初の原形がよく保存されている一流の名園と言います金箔の建物にばかり目が行ってしまいがちですが、庭園は素晴らしい。
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紀宮さま・黒田さん結婚式の日です。引き出物の金平糖を「緑寿庵清水」で並んで買う。その足で一澤帆布に立ち寄りお買物。鴨川べりのリバーバンクさんでコーヒーを飲む。
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三条大橋で遠くに大文字を見る。橋のたもとで弥次さん喜多さんに会う。
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青蓮院 ライトアップの名所と言うことで見に来ましたが、まだちょっと時間が早かった。ライトアップまで時間があったのでレストランMIYAKOで食事。所謂食堂でした。青蓮院は、三千院、妙法院と共に、天台宗の三門跡寺院とされる。
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月夜です。
今日の行程は 仁和寺〜龍安寺〜金閣寺〜金平糖の「緑寿庵清水」〜一澤帆布〜三条大橋〜青蓮院(ライトアップ) -
11月16日 真如堂 坂がきついけれども、知る人ぞ知る紅葉の名所。今日から早速、昨日購入した一澤帆布のバッグにしました。真正極楽寺は、京都市左京区にある天台宗の寺院で通称が真如堂。
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本堂(重要文化財) 享保2年(1717年)の建立。
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紅葉の鮮やかさが日増しに募って来たような気がします。
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銀閣寺 入口の銀閣寺垣。天下第一の名園と称するだけの事あり、さすが銀閣、池泉回遊式庭園と別に砂盛の傑作。
「足利義政が文明14年より数年にわたり造営,善阿弥など当代一流人の作庭、東求堂内同仁斎は、室町書院の代表である。その前庭は当初の作庭が保存されているが、元和元年、宮城豊盛が大半を改修した。銀沙灘、向月台の砂盛は新鮮な美の極致である。」日本庭園の美より -
慈照寺(じしょうじ)銀閣は、左京区にある、臨済宗相国寺派の寺院。相国寺の境外(けいがい)塔頭である。室町時代後期に栄えた東山文化を代表する建築と庭園を有する。
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慈照寺銀閣(国宝)。
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東求堂前から、向月台、銀沙灘の向こうに銀閣(観音殿)を望む。
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錦鏡池 特別史跡・特別名勝。錦鏡池(きんきょうち)を中心とする池泉回遊式庭園。「苔寺」の通称で知られる西芳寺庭園(夢窓疎石作庭)を模して造られたとされるが、江戸時代に改修されており、創建当時の面影はかなり失われているといわれる。「銀沙灘」(ぎんしゃだん)、「向月台」と称される2つの砂盛りも、今のような形になったのは江戸時代後期とされている。なお、東方山麓の枯山水庭園は1931年(昭和6年)に発掘されたもので、室町時代の面影を残すとされている。
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境内の苔を展示しています。これは大事な良い苔。
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お茶の井。
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錦鏡池。
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哲学の道 途中茶店「二三麿」さんでみたらし団子と自家製わらび餅をいただく。陽気で変ったお母さんのやっているお店で店主の創作お守り”こけへんおまもり”300円を購入ご利益のほどは不明。たいていの商品がオリジナルと思われますがかなり怪しいものだらけ。直ぐ後からやって来た外人さん17名の団体でお店はてんてこ舞い、帰るに帰れず長居する。
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永観堂 紅葉の永観堂と言われる屈指の名所、でも素晴らしいのは紅葉だけではありません。みかえり阿弥陀を拝観、三鈷の松、悲田梅、建築物など見所多数。「禅林寺は、左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院。一般には通称の永観堂の名で知られる。山号を聖衆来迎山(しょうじゅらいごうさん)、院号を無量寿院と称する。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は、空海の高弟の真紹僧都である。当寺は紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれる。」
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木造阿弥陀如来立像(みかえり阿弥陀)(重要文化財) 「みかえり阿弥陀」の通称で知られる。
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三鈷の松。
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南禅寺は、左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺(たいへいこうこくなんぜんぜんじ)である。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は亀山法皇、開山(初代住職)は無関普門(大明国師)。日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。
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三門は歌舞伎「楼門五三桐」の石川五右衛門の伝説で有名です。石川五右衛門が「絶景かな絶景かな……」という名科白を廻す「南禅寺山門」がこれ。
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水路閣。
琵琶湖疏水は、琵琶湖から京都市内に向けて引かれた水路である。滋賀県大津市で取水され、南禅寺横を通り京都市東山区蹴上迄の区間である。疏水の工事は1881年に始まり、1890年に竣工した。疏水の目的は大阪湾と琵琶湖間の通船や水車動力による紡績業,潅漑用水,防火用水などであった。ところが水力発電の有利性が注目されるようになり、1889年に蹴上に発電所が建設され,91年には送電を開始した。また水力発電の増強と水道用水確保のため,1908年に第2疎水の工事が、始まり、1812年に完成している。同時期に蹴上浄水場が建設され、現在は上水道の水源として利用されている。赤煉瓦のアーチを思わせる水道橋は、南禅寺の古めかしさになじんで、今では一種の美を湛えている。また2時間ミステリーの撮影地としてお馴染みの場所です。 -
方丈庭園(小堀遠州作、禅院式枯山水の名庭。小堀遠州の作庭ではないと言う説もありますが)大名庭園の形を確立したのが、小堀遠州。江戸時代初期には、この遠州初め個性的な作庭家が輩出したと言います。彼らの庭は池泉あり、浄土あり、禅あり、茶ありだがどれにも縛られず自由な発想の日本庭園を造ったそうです。南禅寺塔頭金地院庭園は小堀遠州の代表作と言われますが今回は時間切れで回れず。次回見たいな。
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方丈庭園「虎の子渡しの庭」。
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方丈庭園「如心庭」。
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国宝。大方丈と小方丈からなる。大方丈は慶長度の御所建て替えに際し、天正年間建設の旧御所の建物を下賜されたもの。「旧御所清涼殿を移築した」とする資料が多いが、清涼殿ではなく女院御所の対面御殿を移築したものである。接続して建つ小方丈は寛永年間の建築とされる。大方丈には狩野派の絵師による障壁画があり、柳の間・麝香の間・御昼の間・花鳥の間(西の間)・鶴の間・鳴滝の間の各間にある襖や壁貼付など計120面が重要文化財に指定されている。これらは旧御所の障壁画を引き継いだものであるが、建物の移築に際して襖の配置構成が大幅に変更されており、本来ひと続きの画面であった襖が別々の部屋に配置されているものも多い。小方丈の障壁画は狩野探幽の作と伝えられるが、作風上からは数名の絵師による作と推測されている。名勝に指定されている方丈前の枯山水庭園は小堀遠州作といわれ、「虎の子渡しの庭」の通称がある。
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錦市場の八百屋の二階(店の名前です)で京野菜のおばんざいをいただく。
今日の行程 真如堂〜銀閣寺〜哲学の道〜永観堂〜南禅寺〜錦市場(八百屋の二階)
今日はお買物に時間をかけたので楽なコースとなりました。 -
11月17日 下鴨神社 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、左京区にある神社。通称は下鴨神社。糺(ただす)の森が参道みたいです。
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橋殿(重要文化財)
叡山鉄道に乗る前に出町ふたばさんの名代豆餅をいただく。 -
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貴船神社にお参りしてから、貴船神社下の旅館に。夏はこの川で川床料理が楽しめると言います。
貴船喜楽で川魚料理をいただく。 -
次いで、鞍馬寺に向かう。
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鞍馬寺は 左京区鞍馬本町にある寺。1949年まで天台宗に属したが以降独立して鞍馬弘教総本山となっている。山号は鞍馬山。開基(創立者)は鑑真の高弟鑑禎(がんてい)とされている。本尊は寺では「尊天」と称している。「尊天」とは毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三身一体の本尊であるという。
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遠くに比叡山延暦寺を臨む。
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叡山鉄道で紅葉のトンネルを行く。
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知恩院 知恩院は、東山区にある浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山(かちょうざん)。正式な寺号は華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基は法然である。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは、江戸時代以降である。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれている。
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三門(国宝)本堂へ向かう急勾配の石段の途中に西面して建つ。元和7年(1621年)の建立(平成の大修理で同年の墨書が発見されている)。五間三戸の二重門である。(「五間三戸」は正面柱間が5つで、うち中央3間が通路になっているもの。「二重門」は2階建てで、1階・2階の両方に軒の張りだしがあるものをいう。)高さ24メートルの堂々たる門で、東大寺南大門より大きく、現存する日本の寺院の三門(山門)のなかで最大の二階二重門である。組物(軒の出を支える構造材)を密に並べるなど、細部の様式は禅宗様であり、禅寺の三門に似た形式とする。門の上層内部は釈迦如来像と十六羅漢像を安置し、天井には龍図を描くなど、やはり禅寺風になっている。日本三大門のひとつに数える説がある。
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本堂(国宝)
三門をくぐり、急な石段を上った先の台地に南面して建つ。寛永16年(1639年)徳川3代将軍徳川家光によって建立。宗祖法然の像を安置することから、御影堂(みえいどう)とも呼ばれる。又、知恩院で最大の堂宇である事から、大殿(だいでん)とも呼ばれる。入母屋造本瓦葺き、間口44.8メートル、奥行34.5メートルの壮大な建築で、江戸幕府造営の仏堂としての偉容を示している。建築様式は外観は保守的な和様を基調としつつ、内部には禅宗様(唐様)の要素を取り入れている。柱間は正面11間、奥行9間で、手前3間分を畳敷きの外陣とし、その奥の正面5間・奥行5間を内陣とする。内陣の奥には四天柱(4本の柱)を立てて内々陣とし、宮殿(くうでん)形厨子を置き、宗祖法然の木像を安置する。徳川幕府の造営になる、近世の本格的かつ大規模な仏教建築の代表例であり、日本文化に多大な影響を与えてきた浄土宗の本山寺院の建築としての文化史的意義も高いことから、2002年、三門とともに国宝に指定されている。屋根の上、中央に屋根瓦が少し積まれているが、これは完璧な物はないことの暗喩だとされる。2007年から屋根の修復作業が行われている。法然上人像は毎年12月25日に御身拭式が行われているが、平成23年(2011年)12月25日には御影堂大修理に伴い、御身拭式の後、遷座式が執り行われ、修理の間、法然上人御堂(集會堂)に安置されている。 -
阿弥陀堂。
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阿弥陀堂 御影堂の西側に建つ阿弥陀堂は、明治年間に建てられた唯一の建造物です。その昔、阿弥陀堂は知恩院第二世勢観房源智上人によって勢至堂の前に建立されましたが、宝永7年(1710)に現在の位置に移築。明治にはいって荒廃が進み、いったん取り壊され、明治43年(1910)に再建され、現在にいたります。本尊は阿弥陀如来座像で高さ2.7メートルある大きなものです。堂正面には「大谷寺」という勅額が掲げられています。これは、後奈良天皇の宸筆であり、知恩院の寺号をあらわしています。西から東へ面して座す阿弥陀如来を礼拝する人は、遥かなる西方極楽浄土へ心を通わせてきました。現在では、得度式や各種道場に用いられる、安らかな雰囲気を漂わせたお堂です。
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左甚五郎の残したと言われる忘れ傘。
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午後4時となり内部拝観の時間を過ぎてしまい、拝観出来ず。翌18日にも再度挑戦しましたが、またも時間切れ。いつかお参りに参ります。
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円山公園 小川治兵衛作の庭園。
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先斗町。
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路地の切れ目から鴨川の向こうに京都南座が見える。
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おはしょりをして歩いている芸妓さん。
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祇園にある、お好み焼きの元祖といわれている壱銭洋食で壱銭洋食をいただく。祇園のど真ん中まさに怪しいお店でした。夜は祇園の「おかる」さんでうどんを楽しむ。歌舞伎で名高いおかるさんの住居だった所だそうですでも今はおかるビルになってました。出前の岡持ちがクラシック。宿に帰る前、今回参考にした京都ガイド「京都うらみちあんない」お薦めの、宿の近くの嵯峨嘉さんで和菓子を買い部屋で食べる。
今日の行程 下鴨神社〜貴船神社〜鞍馬寺〜知恩院〜円山公園〜先斗町 -
11月18日 東福寺。
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通天橋。
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通天橋から見る紅葉。
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「臨済宗慧日山東福寺は、同派の大本山である。創建は延応元年(1239)で関白九条道家によって着工が進められた。
道家は時の関白九条兼実の孫、後京極摂政良経の子であり、本寺は九条家の邸宅一切を寄進して造営され、洪基を奈東大寺、盛業を興福寺につぐものとして東福寺と命名された。本庭は非常に荒廃していたため、年昭和14年に永代供養(御奉仕)という形で作庭された。方丈建築を中心として、南庭、北庭、西庭、東庭の四つの部分からなり、南庭には蓬莱、方丈、瀛州、壺梁の石組と、五山の築山を構成し、北庭には勅使門内にあった敷石の廃物利用による市松の庭、西庭にはこれも廃物を利用した井田式の庭、東庭も東司にあった柱石の一部を使った廃物利用で、北斗七星の庭としている。このように蓬莱、方丈、瀛州、壺梁、五山、市松、井田、北斗七星の八つの庭園構成により八相の庭と命名された。この作品は戦前に設計されたにもかかわらず、非常に意欲的な作品であり、未だに現代の庭園以外の創作家達にも多大な影響を与えている。」日本庭園の美より。 -
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設計は重森三玲、現代庭園の最高峰の一つ。
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方丈庭園井田市松。
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方丈前庭(南庭)。
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西庭、廃物を利用した井田式の庭。
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北庭、勅使門内にあった敷石廃物利用による市松の庭。
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東庭、東司にあった柱石を廃物利用した北斗七星。
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「東福寺塔頭竜吟庵は、南禅寺の開山である無関普門大明国師の塔所でもある。ここの方丈建築も国宝であり、建築が素晴らしいものの、庭らしいものがなかったために、昭和39年作庭寄付金を重森三玲が奔走してかき集め、作庭に至ったのである。戦前から昭和30年代というものは、どこの寺も財政的に苦しく、このような形で作庭されたところが多いのである。本庭のテーマは本庵の竜吟からとり、竜が大海中から黒煙に乗って昇天するというものを抽象的に表現したもので、中央部に竜頭の石と角二本の石を組み、胴の各石は海中に円形を描いてわだかまり、その間に黒白の砂紋による海波と雲紋とを織り交ぜた構成で表現されている。今までにはない非常にモダンなデザインであり、完成後すでに30年以上たっているが、デ
ザイン意匠は色褪せることなく、更なる輝きを持って、すでに現代の古典となり、重森三玲の目指した永遠のモダンの領域にはいっている。」日本庭園の美より -
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西本願寺 お昼に京都伊勢丹のパスタのお店でランチ998円の価格が面白い、味は良いよ。
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今日の行程 東福寺〜西本願寺
今日は宿で創作懐石をいただきました。 -
11月19日
二条城 東大手門 二条城建物内部の襖絵は狩野探幽を始めとする狩野派のもの。国宝級がずらりで当然撮影不可、素晴らしい。 -
唐門。
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二の丸御殿。
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二の丸庭園、小堀遠州がかかわったと言われる名庭園。
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本丸櫓門。
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内濠。
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本丸庭園。
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本丸御殿。
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天守閣跡から見る。
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天守閣跡から見る本丸御殿。
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天守閣跡から見る本丸御殿。
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本丸御殿の門。
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清流園、池泉回遊式庭園と芝生主体の西洋庭園の国賓・公賓の接遇場所として1965(昭和40年)に造られた現代日本庭園。
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本家尾張家さんでお蕎麦をいただく。この造り、店前にはお迎えの高級車・ハイヤーがずらり、写真の車はキャデラックでもお蕎麦は600円位から楽しめます。
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町屋を散策。
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京都駅 大きなクリスマスツリーに飾られた京都駅。今回の旅の終着点です。
今日の行程 二条城〜町屋散策〜京都駅〜東京 -
イノダコーヒー本店さんでコーヒーをいただき、いよいよ帰途に京都のお店の偉いところは、2人連れでも 4人掛け以上の席に積極的に案内してくれるしかも、混んで来ても相席にはしない。
京都はどんな名店でもほとんど価格はリーズナブル和菓子の名店でも一個 150円〜200円。 コーヒーだって豪華な造りのイノダコーヒーさんが一番高いけれど 420円、他の店は 400円以下でしたの入口にメニュー(価格表)など無いお店が大半でも気軽に入れます和菓子屋さんにいたっては、のれんが下がっているだけでお菓子のサンプルすら店前にありません。東京も見習え、千年の都の重みに完敗情けない。
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