2013/09/19 - 2013/09/19
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nao520さん
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9月19日 中秋節の休日、十数年ぶりに故宮に行きました。ここまでじっくり見たのは初めてです。前回は中国にたずさわる前ですから、興味と印象のレベルが全く違いました。
ここで行われた古の出来事を考え、中国の文物に対して珍しく感動しました。「あ~ここがxxの行われた場所か~」みたいな。
当日は中秋節の祝日。国慶節の長期休暇が控えているため混雑の度合いもひどくはありませんでした。
紫禁城それぞれの場所に歴史があるため、時間をかけてまわりました。ほぼ、5時間弱。早く回れば2時間でまわれます。それ以内で回るには走るしかないかも。
清朝の歴史を知っているとなおいっそう面白いでしょう。それも、末期の西太后、光緒帝、宣統帝溥儀の激動の時代は写真も多く残されていて現実感があります。また、彼らの居所の部分は内廷の一部ですが、実際の生活空間は驚くほど質素です。中央の壮麗な建造物とは全く違う落ち着いた趣がありつい時間をとられます。
- 旅行の満足度
- 5.0
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ホテル近くから地下鉄で移動。約40分ぐらいかかる。
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乗換は、東直門と建国門で一号線へ。
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天安門東駅の出口は雨で混雑
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雨に曇る天安門
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天安門は開放されていなかったためさっさと中へはいる。
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「華表」
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雨も降っているのでとりあえず天安門をくぐり中へ。天安門の内側へ入っても、紫禁城の内側ではありません。
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端門
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紫禁城の入り口である「午門」が遠くに見える。明代には官僚の処罰がこの広場で行われ命を落とすものもいたという。処罰とはいわゆる百叩きみたいなもの。
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巨大な午門
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午門側から天安門
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午門の手前にフェンスが設置されている。
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チェット売場。手前は激混みだけれど、奥の方は空いている。
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午門の額
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午門をくぐる
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午門をくぐって太和門が見える
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太和門前広場
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午門と太和門との間にある金水河。天の河を表す。五本の橋がかかっている。
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中央の皇帝専用橋は人が沢山。当時は間違ってでもここを渡ると大臣でも即刻死刑だったとうです。
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太和門
明の時代は皇帝がここで臣下の上奏を聴く場であった。 -
この銅の獅子が一対ある。
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背中も凝っている。
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何だろうか。
白で何か数字が書いてある。 -
この動物が何匹もいる。竜かな? いや、想像上の動物。
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太和門から午門を。
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太和門の西門を抜けて行く。残念ながら中の公開はしていなかった。
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太和門を抜けると向こうに太和殿が見える。ここからが外朝。
ここまで来るのに既に随分と時間がかかっている。向こうに見える太和殿も遠いな。 -
広場東にある別の通用門
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太和殿は紫禁城の中心となる建物で、中国最大の木造建築物。
重要な儀式、式典、祭典は全てここで行なわれた。
皇帝の即位婚礼もここで行なわれた。
映画のラストエンペラーの即位シーンはこの広場で撮ったものであろうか。印象的でそれを思い出すにはいられない。 -
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三段の台座の上に建てられている
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ブラジルの御一行
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横から眺める
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度量衡
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日時計。皇帝が時と単位の全てを司っていることを象徴している。
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つると亀は長寿の象徴で日本と同じ
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太和殿額
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消防用の金属の甕が至る所にある。
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今日は公開されておらず。残念。袁世凱が皇帝を宣言して座った玉座を見て見たかった。玉座上部には鏡玉があり天命のないものが座るとそれが落ちてきて命を落とすという言い伝えがあり、袁世凱はそれを恐れて玉座の位置を変えたという。今でもそのままだという。
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太和殿裏側
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皇帝が通る中央の道
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この門から皇帝が出入りしたと思うと感慨深い。
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中和殿。太和殿に行く前に皇帝が休息場所。この広さなので歩いてきたのなら休息は必要だとおもう。神輿だとは思うけれど。ただ、太和殿は年間数度しか使われなかったのでこの中和殿が使われることもそうはなかったはずだ。
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正方形をしているのは中和殿だけ。
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保和殿は中和殿のすぐ後方に位置している。
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ここが興味深いのは乾隆帝以降は、ここで科挙の最終試験である殿試が行なわれたこと。皇帝は殿の中にいて、この広場に赤い布をひかれ受験者は試験を行う。最終試験とはいっても既に科挙には合格しており、皇帝の面前で試験を行い順番を決めるというもの。
科挙の第一位は、状元と呼ばれ将来の出世は約束される。
第二位は榜眼、第三位は探花と呼ばれ、この三人は皇帝への直接の言葉を賜ることができる。
さらに、太和殿の皇帝しか通ることのできない中央を一度だけ通ることができた。とてつもない名誉であるわけだ。もっともその勉学の苦労たるや相当なものだったと思う。極めて厳重な管理の元で行われる公平な試験なので賄賂も効かない。試験中に気が狂ってしまう者もいたそうだ。
現代でも状元という言葉は学業の成績優秀者を表す言葉としてよく使われている。
現在の中国の学歴偏重の凄まじさをよく見るが、科挙の文化が影響しているのではないかと思わせるという意味でも感慨深く足をとどめた場所であった。 -
北面にある有名な「大石彫」。これ、一枚の石というのがすごい。
皇帝はここを登った。勿論神輿で。 -
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東側にあった甕
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日本では変身舞妓。
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保和殿裏側
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休憩所。ここから外側へは出れない
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隆宗門の額は休憩所の内側にある。明を滅ぼした、李自成が清軍に攻められ逃げる際に放った矢じり後が「宗」の字の左にある。小さくてよく見えない。
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ここで休憩。約2時間。
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外朝はここまで。
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