2013/07/20 - 2013/07/20
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横浜市神奈川区東神奈川2に鎮座する笠のぎ稲荷神社(「のぎ」は禾偏に皇)は天慶年間(938年〜947年)に稲荷山の中腹に創祀された。元寇に当たっては北条時宗より神宝を奉納されたという古社である。元禄2年(1689年)山麓に遷座した。霊験ますますあらたかとなり、社前を通行する者の笠が自然に脱げ落ちるということから笠脱稲荷大明神と呼ばれたと伝えられる。明治2年(1869年)に当地へ遷座し、明治17年(1884年)村社に列格した。
「新編武蔵風土記稿」によれば、笠脱稲荷社は9尺四方の社殿であったと記されている。すなわち、「新編武蔵風土記稿」が編まれた文化・文政期(1804年〜1829年)には神明宮の社殿と同じ大きさの社殿が建っていたことになる。現在では神明宮は3尺四方と小さくなり、一方、笠のぎ稲荷神社は鉄筋コンクリート造にするほどの大きな社殿になっている。
(表紙写真は笠のぎ稲荷神社社殿)
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良泉寺角にある「笠のぎ稲荷神社」(「のぎ」は禾偏に皇)の標石。
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京浜急行のガードの向こうに笠のぎ稲荷神社。
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京浜急行のガードの向こうに笠のぎ稲荷神社。
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笠のぎ稲荷神社。
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良泉寺角にある「笠のぎ稲荷神社」(「のぎ」は禾偏に皇)の社号標石。
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神奈川宿歴史の道「笠のぎ稲荷神社」。「のぎ」は禾偏に皇。
「笠のぎ稲荷神社
笠のぎ稲荷神社は、社伝によると天慶年間(九三八〜九四七)に稲荷山の中腹に創祀され、元寇に当たっては北條時宗より神宝を奉納されている。元禄二年(一六八九)山麓に移られて、霊験ますますあらたかとなり、社前を通行する者の笠が自然に脱げ落ちるということから笠脱稲荷大明神と称された。後に笠のぎ稲荷神社と改称され、明治二年に現在地に遷座された。
また、この神社に土団子を供えれば病が治るとの特殊信仰もある。お礼に粢(ひとぎ)団子を供えるという。」 -
笠のぎ稲荷神社の鳥居。
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「日露戦役記念碑」。砲弾が載っている。
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御神木。
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笠のぎ稲荷神社掲示板。
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笠のぎ稲荷神社掲示板。
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手水鉢と「洗心」碑。
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「子宝安産大楠」。
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「子宝安産大楠」。
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境内摂社。
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稲荷社。
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板碑。
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板碑。
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「板碑」。
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「横浜市有形文化財(考古資料) 板碑」プレート。
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境内摂社。
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神輿庫。
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神輿倉の神輿。
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「夫婦和合大銀杏」。
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「夫婦和合大銀杏」は「横浜市名木古木指定イチョウ」にもなっている。
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笠のぎ稲荷神社の鳥居。
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絵馬掛、おみくじ結び。
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神楽殿。
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社務所。
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社務所。
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狛狐。
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狛狐。
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笠のぎ稲荷神社社殿。
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笠のぎ稲荷神社社殿に掛かる「笠のぎ稲荷神社(「のぎ」は禾偏に皇)の扁額。
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笠のぎ稲荷神社社殿内部。
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