2013/07/20 - 2013/07/20
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ドクターキムルさん
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神奈川宿で東神奈川公園の横に熊野神社と並んである金蔵院は真言宗智山派のお寺で神鏡山金蔵院東曼陀羅寺という。醍醐寺三宝院の始祖勝覚僧正が開基となり平安時代末期に創建したと伝えられている。権現山(現幸ヶ谷公園)山頂に熊野大権現を創建したと伝えられている寛治元年(1087年)の頃であろう。慶長4年(1599年)に徳川家康より寺領10石を拝領し、多くの末寺を擁する中本寺格の寺院であった。玉川八十八ヶ所霊場第3番札所である。
金蔵院は江戸時代までは熊野神社の別当寺であり、熊野神社は正徳2年(1712年)に権現山山頂から金蔵院境内に遷座したが、明治初年の神仏分離令により金蔵院から分かれている。
金蔵院の山門前や境内には何本かの枝垂れ桜が植えられており、蓮が花を着けている今よりも、春に訪れたいお寺である。特に境内の枝垂れ桜は見ごたえがありそうだ。ここ神奈川宿では本覚寺にも枝垂れ桜が植えられていたが、幸ヶ谷公園(権現山跡)の染井吉野が知られていようか。
(表紙写真は金蔵院本堂)
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金蔵院山門。
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金蔵院山門。昭和40年(1965年)に建立。
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金蔵院山門に掛かる「神鏡山」の扁額。
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金蔵院山門柱に掛かる「玉川八十八ヶ所霊場 第三番札所」の看板。
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「金蔵院」の寺号標石。
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神奈川宿歴史の道「金蔵院」。
「金蔵院
金蔵院は、京都醍醐三宝院の開祖勝覚僧正により平安末期に創られた古刹である。その後、徳川家康から十石の朱印地を許された。
「金川砂子」のこの図には江戸後期の様子が描かれている。参道は街道まで延び、金蔵院・熊野神社が境内に並び立っている。本堂前には徳川家康の「御手折梅」と称された梅の古木が描かれている。かつては毎年1月に当院の住職が、この梅の一枝をたずさえて登城するのがならわしであったという。」 -
金蔵院本堂。
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金蔵院会館。
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金蔵院会館。
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「金蔵院会館」ほ表札。
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金蔵院会館。
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金蔵院山裏口。
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神奈川宿歴史の道「金蔵院」のコピー。
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金蔵院会館向かいの庫裡。
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金蔵院会館向かいの庫裡の門と扉。
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庫裡を囲む塀。
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庫裡裏門。
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茶室「微笑庵」。
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山門側の庫裡。
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金蔵院山門。
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蓮の花。
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枝垂れ桜。山門前にも枝垂れ桜が植えられており、枝垂れ桜の多い寺だ。
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蓮と蓮の花。
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客殿前の蓮。
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金蔵院客殿玄関。
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金蔵院本堂の渡廊下の花頭窓。
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「宗祖弘法大師千百五十年葦供養塔」。葦は言偏が付く。
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修行大師像。
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修行大師像。
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摩尼車(マニぐるま)。
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五輪塔。
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お地蔵さま4体。
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水子供養塔。
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摩尼車(マニぐるま)。
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募地前に並ぶ像やお地蔵さま。
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大震火災横死者供養塔。
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「大震火災横死者供養塔」(大正13年(1924年)銘)。
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「大正十三年九月一日」銘。関東大震災の1年後に大震火災横死者供養塔を建立している。
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「大震火災横死者供養塔」(平成15年(2003年)銘)。
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大震火災横死者供養の碑文(平成15年(2003年)銘)。
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大震火災横死者供養の写真。石碑が欠けていないから戦前の頃であろう。
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不動堂。
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お不動さま。
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水屋。
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「衆生」碑。
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ペット動物の墓。
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金蔵院本堂。
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金蔵院本堂に上がる唐獅子の飾り瓦。
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金蔵院本堂に上がる唐獅子の飾り瓦。
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金蔵院本堂。
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金蔵院本堂。
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金蔵院本堂の石柱。
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金蔵院本堂の石柱。
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金蔵院本堂。
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金蔵院本堂。
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