2013/06/29 - 2013/07/20
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横浜市神奈川区台町にある上台橋が東海道五十三次の宿場・神奈川宿の始まりなのかと思っていたら、旧東海道・神奈川宿の整備事業・神奈川宿歴史の道を設定する際に基点とされただけのようだ。上方見附があった訳でもないようだ。旧東海道を上台橋側から上って行くと、道路の山側には立派な石垣が積まれ、宿があったとしても道路の海側の片側だけであったのであろうか?
神奈川宿には上方見附も江戸見附もなかったのであろうか?神奈川宿の江戸からの入口にあたる長延寺跡には土居跡があったとされる。しかし、これほどの宿場なら江戸見附が置かれていないのが不思議な感じがする。
上台橋が架けられたのは昭和5年(1930年)だという。今の上台橋には「昭和31年3月・竣功」のプレートがある。「竣功」は使ったことがなかった。「竣工」だけで事足りていた。こうした横浜の中心地からそれ程遠くない場所にでも、昭和31年では車道の幅しかない橋を架けていたことが分かる。歩道部分はないのだ。橋のデザインに神奈川宿で統一して使われている波の波紋を入れるより前に歩道部分を追加する方が必要だったことだと
実感できる橋である。
(表紙写真は上台橋から見える天理ビル)
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上台橋の向こうに見える天理ビル。
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上台橋。
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南軽井沢方面の旧東海道から見える上台橋。
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上台橋袂の道標。
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上台橋袂の道標下の地図。
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上台橋袂に設けられたベンチ。
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「神奈川宿歴史の道」。
「神奈川宿歴史の道
東海道五十三次の日本橋からかぞえて三番目の宿場が神奈川宿である。この地名が県名や区名の由来であり、またここが近代都市横浜の母体でもあった。上図は、江戸後期に幕府の道中奉行が作った「東海道分間延絵図」である。図中央に滝ノ橋、この橋の右側に神奈川本陣、左側に青木本陣が描かれている。右端は江戸からの入口で長延寺が描かれ、左寄りの街道が折り曲がったあたりが台町である。この上台橋は左端に当たる。台町の崖下には神奈川湊が広がっている。
かつてこの上台橋あたりは、潮騒の聞こえる海辺の道であった。切り通しの道路ができるとともに、昭和五年ここに陸橋が架けられた。
この神奈川が一躍有名になったのは安政元年(一八五四)の神奈川条約締結の舞台となってからである。開港当時、この図にみられる多くの寺が諸外国の領事館などに充てられた。
神奈川宿歴史の道はほぼこの図の範囲を対象に、東は神奈川通東公園から西は上台橋に至るおよそ四キロの道のりとなっている。」 -
「神奈川宿歴史の道」。わざわざ折り曲げている品のなさ。
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「上台橋」のプレート。
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上台橋から見える天理ビル。
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上台橋から見える天理ビル。
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「昭和31年3月・竣功」のプレート。
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