2013/06/29 - 2013/06/29
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神奈川宿の台町の坂を下って青木橋に出る坂の途中に「神奈川宿歴史の道『神奈川の台と茶屋』」の看板があり、その前に文久3年(1863年)創業の田中屋がある。また、「歴史の街「神奈川宿」」の看板もあり、「神奈川宿」、「田中家」、「坂本龍馬の妻「おりょう」」のことが説明されている。田中家の前身は旅籠屋「さくらや」で、広重の「東海道五十三次」にも描かれた由緒ある旅籠屋で高杉晋作やハリスも訪れたとされる。
幕末に暗殺された坂本龍馬の未亡人おりょうは明治7年(1874年)になって、勝海舟の紹介でここ田中家で働いていたという。英語が話せ、月琴も弾けたおりょうは外国人の接待に重宝がられたとあるが、外国人とは英米人のことであろうか。
このあたりは景勝地が見渡せ、茶屋も多かったのであろう。ビルの下層階にある料亭などもそうした名残を感じさせてくれる。
(表紙写真は田中家)
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神奈川宿歴史の道「神奈川の台と茶屋」の看板。
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神奈川宿歴史の道「神奈川の台と茶屋」の看板。
「神奈川の台と茶屋
ここ台町あたりは、かつて神奈川の台と呼ばれ、神奈川湊を見おろす景勝の地であった。
弥次さん、喜多さんが活躍する「東海道中膝栗毛」にも、「援は片側に茶屋軒をならべ、いづれも座敷二階造、欄干つきの廊下桟などわたして、浪うちぎはの景色いたつてよし」とある。「おやすみなさいやァせ」茶屋女の声に引かれ、二人はぶらりと立ち寄り、鯵をさかなに一杯ひっかけている。
上図の「櫻屋」が現在の料亭田中家のあたりだといわれている。」
「援(ここ)」は手偏がない。 -
「歴史の街「神奈川宿」」の看板。「神奈川宿」、「田中家」、「坂本龍馬の妻「おりょう」」のことが説明されている。
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田中家。
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「文久三年 田中家」の看板。
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田中家。
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田中家玄関。
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田中家。
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「神奈川宿 袖ヶ浦」の看板。
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ビルの下層階にある料亭。
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ビルの下層階にある料亭。
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