2013/06/14 - 2013/06/15
524位(同エリア6975件中)
鯨の味噌汁さん
- 鯨の味噌汁さんTOP
- 旅行記142冊
- クチコミ106件
- Q&A回答2件
- 306,203アクセス
- フォロワー93人
土曜朝、ソレントからナポリまで戻り、国鉄で最終目的地のローマへ向かう。
ナポリ-ローマ間は200キロ。
高速鉄道だと1時間、当日購入で43ユーロ。急行だと1時間50分、24.5ユーロ。
急ぐ旅ではない。よって急行でちんたらとローマにたどりつく。
ホテルに荷物を置き、とりあえずはコロッセウムを目指すことにする。
配偶者は3年前のツアーにおいて、やはりローマを訪れている。
トレビの泉、スペイン広場、真実の口などなど、駆け足で回った。
でもって、一番行きたかったコロッセウムは「車窓観光」だったんだそうな。
「はい、右に見えますのが〜」
でおしまい。「車窓観光」って、要は「通り過ぎるだけ」なんだって。
で、そのあと日本資本のデパートで「2時間自由時間です」。
遺跡大好きの彼女にとっては、怒涛の残尿感だったらしい。
おっぱいパブに入ったのに、ハッスル・タイム前に45分セット終了、とゆう感じであろうか。
「であれば、このたびは、コロッセウムをヒィヒィいわしたろうではないか」
というわけで、コロッセウムとお隣のブチ壊れた遺跡(フォロロマーノとゆうらしい)に、彼女を3時間、解放した。
すると、とことこ歩きまわり、マメに写真など撮っていたので、それなりにマンキツしていたようである。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
-
明けて、最終日。
この日は午後8:50のヒコーキで出発が決まっているだけで、特に予定はない。ないといったらない。
当初はローマは帰国当日に入るつもりだったので、下調べもしておらん。
「現地8日なのに、なんたるいい加減さ」
と鯨の味噌汁の読者(推定11人)は驚くであろう。何しろワシも驚いているくらいだ。
が、驚いていても時間はとっとと過ぎていくので、とりあえず地図を眺め、ホテルに荷物を預け、快晴の町へ出撃する。 -
ローマの道は結構ナナメに走っており、いったん迷うと帰りのヒコーキに乗り遅れかねない。
何しろド安いチケットであるから、乗り遅れたらわれわれは身の破滅である。
本日に限っては、方向音痴は許されないのである。
通りの名前と地図をチェックしながら、慎重に路地をゆく。
ちなみに、NHKの「世界ふれあい街歩き」で、地図上で線を書き込んでいく演出がある。
アレは、大きな町で、実際にやってみるとヒジョーに役に立つ。
ワシの頭はスポンジ製で、特にアルファベットの地名は、認識した3秒後に記憶から抜け落ちる仕組みになっている。
よってどこまで歩いたのか、どこの通りを通過したのか、地図の上でマークしながら歩くわけだ。
これだと、おっきな町で迷子になりにくい。(⇒あくまで「なりにくい」であって、鉄板で迷子にならないわけではない)
…ここまで書いてきて気が付いたが、実はワシは方向音痴なのではなく、単に頭が悪いだけではないか、という気がしてきた。確かにそんな気がしてきた。
が、何しろ旅も最終日であるから、その点は後世の研究者に判断をゆだね、先を急ぐことにしたい。 -
ヴェネツィア広場にたどりつくと、前方から「地球の歩き方」を持った中年女性が、ひとりで歩いてきた。
地図をひっくり返し、首をひねり、きょろきょろしている。
前後左右タテヨコナナメ、どこから見ても迷子である。
「日本人の方ですかー」
むこうから話しかけられる。 -
「…私は今、どこにいるんでしょうか」
おお。それはワシらがよく使う鉄板フレーズです。
まさか聞かれる立場になろうとは。
喜んで教えてあげる。
ツアーに参加して、本日フリータイム。
が、寝坊してしまい、オプショナルツアーに置いて行かれたのだという。
「ホテルのベッドに、目覚ましがついてないんですよー」
テストに遅刻した高校生みたいな言い訳してる。
「バチカン美術館に行きたいんです」
なるほど。
ふたりとも特にアテはないので、
「ではでは、いっしょに行きましょう」
と、川沿いの木陰の道を、3人で歩き出した。 -
息子さんがロンドンにいて、ツアーを手配してくれた。孫がかわいい。あすはヴェネチアへ行く。
多分ワシらより5歳くらい年上のその女性は、問わず語りにいろんなことをしゃべった。
きっと心細かったんだろう。
バチカンのクーポラが見えてきたところで、
「あれを目指していけば、大丈夫ですから」
名前も聞かないまま、右と左に分かれた。
お互い写真を一枚ずつ撮り合ったから、彼女の旅行アルバムには鯨の味噌汁夫婦が意味もなく登場しているかもしれない。 -
午後、日が傾いてきた。名残惜しいが、そろそろホテルに戻らなくてはいけない時間だ。
テヴェレ川の橋を渡り、方角を何度か確かめながら、ホテルへ向かう。
橋の上で、アコーディオンを弾いている青年がいた。
TシャツGパンに長髪。ボロボロの麦わら帽子をかぶっている。
ちらりと見える横顔は、東南アジアの顔つきだった。
いったん通り過ぎ、足を止め、振り返る。
いい音だ。
それに、聞いたことのある曲だ。
あっと思う。
これ、「風の谷のナウシカ」のテーマソングじゃんか。
そのまま、しばらく聞き入る。
イタリアの観光地では、ロマの少女が、ときどきアコーディオンを弾いているけれど。
ぜんぜん音が違う。プロじゃないのか。
サイフの中を見る。小銭はない。
配偶者に振り返っていう。
「1ユーロ」
彼女はけげんな顔のまま、ワシに1ユーロを差し出す。
チャリンといれると、青年はニッコリ笑った。
それから、ハツキリとした日本語でゆった。
「ありがとうございます!」
前歯が欠けてる。
「日本人ですか」
「はい、日本人です」
「いい音だね。頑張って」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
彼はアコーディオンを弾きながら、日本式のお辞儀をワシにした。
アコーディオンだけ抱えて、ヨーロッパを放浪しているのかもしれない。
30年前、ワシもそんなふうな旅をしたいとおもっていたな。
「ナウシカ」を聞きながら、ふたりは足早に、ホテルへの道を帰っていった。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
フィレンツェからソレントまで
この旅行記へのコメント (12)
-
- willyさん 2019/11/22 09:39:54
- 沁みました
- お言葉に甘えてまたおしゃべりしにきました。
たくさんの皆さんにもそうのようですが、ワタシのココロにもアコーディオンの音色が沁みました。
毎年なぜかツアコン状態で引き連れるようになった友から次はイタリアをリクエストされていて、ちょっと渋っていたのですが、私自身イタリアは38年前(おお!われながらびっくり)に初めての海外で母とツアーで訪れたのみ。ここはがんばってhideshiさんに会いに行こうかと思えてしまいました。
ちなみに30年前(今だと36年前?)放浪されたとのことですが、ワタクシも36年前の3月、ほんの1か月弱ですが北部ヨーロッパをさまよっておりました。ホテル替わりに寝台車、トーマスクックと首っ引きでした。今は寝台も少なくなってるようで寂しいですね。
willy
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2019/11/22 11:40:49
- 1983
- willyさん、
懐かしい。
ワシが行ったのは1983年の2月から3月にかけてです。
ソウル乗継の大韓航空、チューリッヒ発着、14万円のチケットでした。これにユーレイルユースパスが7万円。あわせて21万円。総予算50万円は2年間バイトして貯めました。
物価の高い北欧は避けて、スイスからドイツ、オーストリア、イタリア、スペイン、最後はフランス。夜行列車で宿代を浮かすの。流石に駅では寝なかったけど。
あの頃バイト代って時給500円。ドルが240円くらいだったから、東京で1時間バイトすると2ドルにしかならなかった。
今は時給1200円とかが当たり前で、ドルは108円。1時間で10ドル稼げる。学生さんはその気になれば2ヶ月もバイトすればヨーロッパに行ける。
いい時代だと思うけど、今の若者はバックパッカーってあんまりやんないね。海外で見かける東アジアのバッグパッカーは韓国台湾香港あたりが多い気がします。。。
- willyさん からの返信 2019/11/22 12:09:16
- RE: 1983
- 鯨さん(急になれなれしい)
いや〜〜〜やはり!まさに同時期でんがな(っていきなりタメ語だし)
よく考えたら2月だったです。そして同世代どんぴしゃりですね。
そうそう。バイトしてもなかなか貯まらなくて。下宿でしたが生活費節約し、住み込み短期バイトを毎月重ねて、学校もいかず各種バイトにいそしみました。
私は往復チケットと着のロンドン1泊、帰り発前日パリ1泊がセットで14万という学生向けフリーツアーでした。ユーレイルパスそんなにしましたっけ。でも活用させてもらいましたねえ。
ロンドンからオランダにわたってデンマークの友達の家をたずねて数泊(これが金持ちで、毎晩キャビアだったりして)それからドイツに向かって当時の東ドイツバッハゆかりの地を訪ねようとしたのですが、知識情報準備各種不足で、チェックポイントチャーリーで泣く泣く敗退しました。まだそびえたつ壁をみてちっぽけな己の無知と大きな「世界」を感じました。東ベルリンを抜けるときに生まれて初めて銃をもった兵隊をの検閲を受けてビビったのもなつかしい。ドイツ各地の後はオーストリアからスイスをぬけてフランスまでで、イタリアはいかなかったですがだいぶかぶってますねぇ。もしやその頃もかの地のどこかでもすれちがっていたかも(笑)。実際ザルツブルグのユースでは学友とばったり会ったりしました。
ちなみに「イタリア38年前のみと」書いてあとから気づきました。一昨年ヴェネツィアにいったので、正確には「ローマ・フィレンツェは38年前のみ」でした。
willy
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2019/11/22 19:26:30
- かぶってますねー
- 時期も行ったとこも重なってますねー。
ワシはミュンヘン→ザルツブルク→ウイーン→ヴェネツィア、のルートでした。
ミュンヘンではお約束のビアホール。
ザルツブルクは丘の上のお城までトボトボ歩いて行ったなぁ。
ウィーンのホリイゲでワインをしこたま飲んでトラベラーズチェックなくした(笑)
でもってイタリアで「東京のアパートの隣に住んでる別の大学の学生の、クラスの同級生のおじさんに当たる人」が現地で陶芸家になってるってことで、トラベラーズチェック再発行のお願いをしに訪ねて行きました。助けてもらいました。どう考えても赤の他人なのに、厚かましい話ですー…
-
- tabinakanotaekoさん 2014/09/16 06:46:32
- ご無沙汰でした
- クジラさん、
クジラさんとよく似て、つれあい旅の多いtabinakanotaekoです。
久しぶりに鯨さんのページに遭遇。またまた読みふけりました。
そしてまた以前と同じように
いいね!を押したら、既に投票済み が出ました。
デジャブもこんなに繰り返せば、デ--ジャブ-ジャブです。
風の谷のナウシカのアコーデオン奏者から
連絡があったお話、ドラマになりそうなくらいですね。
故郷の言葉 で・・・という文面で
胸キュンになりました。
ご無沙汰しましたがお元気ですか。
私たちは元気です。
tabinakanotaeko
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2014/09/16 18:20:30
- RE: ご無沙汰でした
- tabinakanotaekoさん、
どーもどーも。こちらこそご無沙汰しておりまーす。
> 風の谷のナウシカのアコーデオン奏者から
> 連絡があったお話、ドラマになりそうなくらいですね。
びっくりしますよねー。意外なとこからコメント、しかもご本人からですものね。
世の中、長生きしてるといろんな出会いがあるもんです。
1ユーロが繋ぐ縁ですねぇ・・・
> ご無沙汰しましたがお元気ですか。
> 私たちは元気です。
はい。元気なんです、ワシも。
昨年11月に初孫が出てきまして、バタバタしてました。
生業もなにかとせわしくて、今年の夏はどこへも行けてません。
とほほでございます。
このままではアカン、とゆうわけで、12月のクリスマス・ブレイクにスペインの「どこか」に行こうと計画してます。
例によってギリギりまで予定が決まりそうもないんですが、とりあえず「行く」と決めないとどこにもホントに行けないんで、日程だけはあけます。
はーーー、旅に出たい・・・・
-
- hideshiさん 2014/05/23 16:04:51
- その節はほんとうにありがとうございました。
- http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%82%99%E8%8B%B1%E5%BF%97
流れゆく年月とともに、
よりいっそう、生まれ故郷、故郷の人たちへの感慨を思い巡らすことが多くなりました。
めったにないことなのです、
故郷の人から、自分の慣れ親しんで育った言葉で声援いただけること。
それは、理屈抜きに、とても、とても、うれしいものです。
次回、もしまたローマにお越しになる機会がございましたら、
よろしければ、お声を、おかけください。
ひでし
hideshikibi@alice.it
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2014/05/26 06:55:01
- RE: その節はほんとうにありがとうございました。
- ひでしさん
こんにちは、鯨の味噌汁でございます。わー、びっくり。あの時のストリートミュージシャンの方ですね。ようまた、このブログにたどり着かれましたね。「迷子の奥さん」がひょっとしてアクセスしてくるかもとは思ってましたが、マサカマサカ、アコーディオン奏者からコメントいただけるとは!
wikiの記事も拝見、ああやっぱりプロの方だったんですね。音が違うわけです。変なこと書かなくてヨカッタヨカッタ。
ワシの旅日記がホラ話だらけなので、登場人物からのコメントは「この日記がホラばかりではない」証明にもなりますね〜。(自分でゆうなよ)
ともかくびっくりでした。遠い日本から応援のエールを送ります!
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%82%99%E8%8B%B1%E5%BF%97
>
> 流れゆく年月とともに、
> よりいっそう、生まれ故郷、故郷の人たちへの感慨を思い巡らすことが多くなりました。
>
> めったにないことなのです、
> 故郷の人から、自分の慣れ親しんで育った言葉で声援いただけること。
>
> それは、理屈抜きに、とても、とても、うれしいものです。
>
> 次回、もしまたローマにお越しになる機会がございましたら、
> よろしければ、お声を、おかけください。
>
> ひでし
> hideshikibi@alice.it
-
- keiさん 2013/07/04 22:17:38
- 価値ある1ユーロ
- 鯨さんはやさしいですね♪
奥様は幸せです。
普段の様々な忙しさを旅でねぎらってあげていると
いうか、自分の主張や意向はとりあえず置いておいて、
奥様が満足できる、喜んでもらえる所に率先して行って
あげるなんて、ふたりの間に確立した愛を感じます。
えっ、尻がこそばゆいですか?
迷子になったマダムはローマの街よりバチカン美術館よりも
不安の中、助けてもらった一風変わった親切な日本人夫婦が
彼女のローマの思い出に焼き付けられたことでしょう。
そしてかの地で頑張っている若者には、エールを送りたくなる
やさしい鯨さんは素敵です。
不器用なやさしさですが、わかる人にはわかります。
えっ、また尻がこそばくなりましたか?
かいてさしあげましょうか?
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2013/07/07 07:08:22
- RE: 価値ある1ユーロ
- keiさん、
> 奥様は幸せです。
ワシも幸せなのでそこはお互いさまとゆうことで。(⇒なんだななんだ)
> 迷子になったマダムはローマの街よりバチカン美術館よりも
> 不安の中、助けてもらった一風変わった親切な日本人夫婦が
> 彼女のローマの思い出に焼き付けられたことでしょう。
このおばはん、面白かったっす。
「なんでしたら、ランチもいっしょに食べましょう!」
なんでもおごってくれそうな勢いでした。かわいい方でした。
> えっ、また尻がこそばくなりましたか?
> かいてさしあげましょうか?
床屋さんで洗髪の時に「かゆいところはありませんか」と聞かれて、生涯に一度は「・・・こかん」と答えてみたいものです。
もちろん、美しいヒトヅマ風の床屋さんのときに。
おっさんの床屋さんにはゆっても楽しくないので。
- keiさん からの返信 2013/07/07 10:35:24
- ごぞんじ
> 生涯に一度は「・・・こかん」と答えてみたいものです。
そこはやはり「珍古」でしょ♪
鯨さんは「知的な痴的な・・・」ですね。mufufu
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2013/07/08 22:58:17
- RE: ごぞんじ
- > そこはやはり「珍古」でしょ♪
うら若き女性にそれをゆったら、いわゆるひとつの「迷惑防止条例」によりおまわりさんに引き渡されてしまいます。おとっつぁんの床屋さんにはOKでしょうが。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ローマ(イタリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ フィレンツェからソレントまで
12
6