2012/08/10 - 2012/08/12
1274位(同エリア4771件中)
ひらしまさん
前半はエーゲ海地方を回ったトルコ旅の後半はイスタンブル。
この魅力的な街を3日間歩き回る計画は、妻の骨折の影響で縮小を余儀なくされたのですが、部屋からボスフォラス海峡の絶景をたっぷり楽しみ、海外旅行初の病院を体験することになったのも旅の思い出となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 飛行機
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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現地5日目の続き。
イズミルからイスタンブルはトルコ航空で1時間。
こんな短い飛行でも昼食が出てごちそうさま。 -
ホテルは新市街タクシム広場の近くなので、空港からバス1本でいける。
バスが旧市街にはいり、アタチュルク通りを行くと、4世紀に建設されたヴァレンス水道橋の下をくぐる。
これをつくらせたヴァレンスは、ローマ帝国がゴート族に大敗を喫し衰亡の始まりとなった時の皇帝で、自身がその戦いで戦死している。 -
金角湾にかかるアタチュルク橋までは大渋滞。
橋から大きなモスクが見えると、イスタンブルに来たぞという興奮が高まる。
地図を見ると、あれはきっとシュレイマニエ・ジャミイ。 -
イスタンブルのホテルは「イスタンブル・イン・レジデンス」。
タクシム広場でバスを降り、地図を片手に慎重にホテルを探したのだけれど、見つからない。少し戻ったところで、カフェの名ばかりが大きくホテル名は目立たない入り口を発見。
炎天下、のどカラカラになってたどり着いた我々に、受付氏がカフェから取り寄せてくれたジュースがおいしかった。
しかし、部屋に通されて見ると、ちょっとイメージと違う。ほかの部屋に替えてもいいと言われ、見せてもらったがとくに気に入る部屋もなく、結局元の部屋にした。
帰国してから確認すると、予約サイトに載せてある写真が間違っていた。
こういうのはちょっとな。
179ユーロ/泊もするのに、部屋の内装や調度品はベルガマやセルチュクのホテルとは比べるべくもなく安っぽい。
キッチン付きではあるが、キッチンに照明はなく、包丁すら備えられていないので、アパートメントホテルとしては失格である。 -
でも、それらの不満もまっいいかと思わせてくれたのが、バルコニーからの絶景だった。
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目の前にボスフォラス海峡が濃い青色に広がり、乙女の塔が間近に見える。
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新市街、そして対岸のアジア側の街も一望できる。
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輸送船、観光船、大きな船、小さな船。
様々な船がゆきかう海峡は、いくら見ていても飽きることがない。
この日は観光はやめて部屋でゆっくりすることにした。 -
夕方、広場に出て両替店で両替。ここがいちばん率がよかった。
ドネルケバプとお菓子を買って宿に戻る。 -
持参のカップ麺やかゆ、それにセルチュクで買ったぶどうも加えて、バルコニーで夕食。
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暮れゆくボスフォラス海峡も絶景だった。
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現地6日目。
朝7時のボスフォラス海峡。 -
眼下の街もまた違った表情を見せてくれる。
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カモメが近くまで飛んでくる。
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2階のカフェが開いたようなので朝食に下りる。
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このカフェからも海峡を眺めることができる。
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カモメその2。
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10時過ぎ、旧市街に向け出発。
旧市街に行くトラムの始発駅カバタシまでは、タクシム広場からケーブルカーもあるが、下りなので歩いてみることにする。
こういう知らない狭い道を歩くのはなぜか楽しい。
坂道を下り海峡沿いの道に出たが、駅がどっちだかわからないので通りがかりの女性にカバタシ駅は?と聞くと、どこへ行きたいのかと聞き返された。
けげんに思いながらスルタナーメットと答えると、その女性はすぐ目の前にあった駅を指し示してくれた。
行ってみるとそこはカバタシ駅ではなく、一つスルタナーメット寄りのフンドゥクル駅だった。
そう、道はケーブルカーと違って岸に対して斜めに走っているので、カバタシ駅に向かっているつもりが隣のフンドゥクル駅の前に来ていたのだ。
だからあの女性は、カバタシ駅への道を聞く間抜けな外国人に、目的地はどこかを確認して最適な駅を教えてくれたのだ。
感謝。 -
景色が見えるトラムは観光客にはうれしい。
10分ほどでスルタナーメット駅に着いた。 -
今日は東ローマ帝国の遺跡を訪ねようというテーマで、まず競技場跡へ。
戦車競技に数万の市民が熱狂したこの競技場は、6世紀には皇帝ユスティニアヌスを追いつめたニカの乱の舞台となり、3千人の群衆が殺戮されたという。
しかし、いま見る競技場跡は思っていたより幅が狭く、そして屋台なんかも出ていて平和な空間だった。 -
中央にある美しいオベリスクは、4世紀にエジプトのカルナックから運ばせたもの。
でも、当時はエジプトもローマ帝国領だったわけだから、略奪とまでは言えない。
一方、ヴェネツィアのサンマルコ寺院正面を飾っていた4頭の馬の像は、この競技場にあったのを13世紀の第4回十字軍が奪っていったものだそうで、まさに略奪だね。
では、今のトルコ共和国がイタリアに4頭馬像の返還要求をする権利があるかというと、トルコ自体が15世紀にコンスタンティノープルを侵略して手中に収めた国家だから、ちょっと無理かな。
でも、文化財はその土地のものだと考えれば、イスタンブルにあるべきだとなる。
どう考えたらいいんだろう。 -
今日は東ローマ帝国の残映を追う日という計画だったので、競技場跡の次は地下貯水池に行くはずだったのに、ふらふらとすぐ隣のオスマントルコ時代のスルタンアフメット・ジャミイに入ってしまったのは、暑さのせいだったのか、それとも美しい建築に引きよせられてしまったのか。
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入場の列に並び、服装チェックを経て靴を持ってはいる。
優美なドーム。 -
観光客も多いが、お祈りしている信者も多い。
写真を頼まれた若い日本人に、フラッシュは祈りの妨げになるよと話したけれど、わかってくれたかなあ。 -
アヤソフィア側に出て振り返って見たスルタンアフメット・ジャミイ。
無宗教の僕にも神の祝福のような感じを与える美しさだった。 -
また東ローマ時代に戻って、アヤソフィアの長い列に並んで入る。
ローマ帝国にあって国教とされたキリスト教の総主教座として、4世紀に建てられ、6世紀ニカの乱で焼け落ち再建されたアヤソフィアは、ビザンティン建築の最高傑作といわれるそうだ。 -
その後千年にわたり世界最大のキリスト教聖堂であり、高さ56メートルのド−ムも美しい。
8〜9世紀の偶像崇拝禁止時代、11世紀のキリスト教会東西分裂を経て、15世紀にはついに東ローマも滅亡する。 -
しかし、新たな支配者オスマントルコは、アヤソフィアをイスラムのジャミイにつくり変えたものの、徹底的な破壊はしなかったのでキリスト教美術も漆喰の下に生き残ったという。
20世紀のトルコ共和国成立ののち無宗教の博物館となり、キリスト教、イスラム教の人々、そして無宗教の僕にも、人類全体の遺産として美しさを伝えてくれる。
内陣奥によみがえったキリスト母子像の、右にはアッラー、左にはムハンマドの名をアラビア文字で記した大きな円盤が平和共存している。 -
これらのラクダの皮を張った円盤は、キリスト教のフレスコ画などを覆い隠すために架けられたそうだが、そのダイナミックな文字の美しさは今やアヤソフィアになくてはならないものに思えた。
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疲れたことだし昼食にしようと通りに出たら、青年に日本語で話しかけられた。
埼玉に住んでいたこともあるという彼はじゅうたん屋の客引き。
じゅうたんを買う気はないしこれから食事に行くところだと言うと、近くの安くておいしい店を紹介すると誘う。
どんなものかと警戒しながらもついていくと、Selim Usta というキョフテの店だ。
繁盛している様子なので入ってみることにして、彼と別れた。
1階は満席で2階に上がるが、そこも満席で3階と言われ、疲れて上がれないと身体で訴えたら2階に席をつくってくれた。 -
スープとキョフテ、サラダを2人でシェアして21リラ。
レンズ豆のスープが絶品で、トルコ料理は期待はずれと感じていた僕たちも満足。
たまたま隣席に日本人若者2人組が来てしばしおしゃべり。
彼らは昨夜この店に来たけれど長い列ができていてあきらめ、ラマダンでムスリムが絶食する昼ならすいているだろうと出直してきたのだそうだ。
地元の人に人気の店なのだ。 -
店を出ると、やっぱりじゅうたん屋の彼が待っていた。
よい店を紹介してくれたことに礼を言うとともに、じゅうたんを買う気はないことを彼の目を見てもう一度伝えると、彼は地下貯水池の入り口に案内してくれて別れた。
3世紀につくられ6世紀に再建されたというイェレバタン地下貯水池の中はわずかな照明があるだけで、僕の腕では写真は難しかった。 -
古代オリエント博物館へ。
イシュタル門の色鮮やかなタイル画が目を惹きつける。
紀元前6世紀の新バビロニアの都を飾っていたのだそうだ。 -
ベルリンのペルガモン博物館にはイシュタル門の大規模な復元されたものがあった。
http://4travel.jp/traveler/hirashima/album/10434846/
そして、本家イラクのバビロンでも復元がおこなわれていたそうだが、今はどうなっているのだろう。いずれにせよ、それを見るのは僕にはかなわないことのようだ。 -
続いて考古学博物館へ。
石棺の展示を中心に見る。
エジプト風の石棺。 -
リキア風の家形石棺のレリーフ。
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あまりの美しさは天使のよう。
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帰国してから調べると「有翼のスフィンクス」とよばれるらしい。
エジプトのスフィンクスとはずいぶん違う。 -
そして一番有名な「アレクサンドロスの石棺」。
これはライオン狩りの面。一番左端に写っているのがアレクサンドロス大王らしい。 -
もう一面のペルシャ軍との戦闘場面。
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力強い躍動が伝わってくる。
「アレクサンドロスの石棺」といってもアレクサンドロスのものではなく、現レバノンにあるシドンという小国の王のものという。
紀元前4世紀に一小国でこれだけの表現をみせるこの地域の文化の力がすごい。 -
解説図を見ると鮮やかな彩色が施されているのにまた驚いた。
そう言えばNHKスペシャルだったかで、アテネのパルテノンも元は色彩豊かであって、白亜の大理石建築というギリシア文明のイメージは、実は後世のものに過ぎないと知って驚いたことがある。
先日見たエフェソス遺跡の建築群も、本当はどんな色をまとっていたのだろうか。 -
この日の観光を終え、新市街の宿イスタンブル・イン・レジデンスに戻った。
バルコニーに出て、夕方のボスフォラス海峡を眺めながらお茶を飲み、疲れを癒す。 -
船の往来はとぎれることがない。
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決して新しいとは言えない新市街の建物群もなにか味わいがある。
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隣の建物の屋根に来たかもめをパチリ。
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突然、巨大な客船が海峡に現れた。
対岸まで届きそう。 -
夕食は宿の前にある惣菜屋で調達。
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こんなふうに詰めてくれる。
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夕暮れのバルコニーで夕食。
食後、小康状態にあった妻の手首がまた痛み出した。
朝フロントに氷を頼んだときはボーイが外から買ってきてくれたので、今度は自分で行こうと氷を買える店を教えてと言うと、カフェのキッチンから氷を分けてくれた。
昨日部屋に案内してくれたときはチップを表情で請求してたボーイが、今朝氷を買ってきてくれたときはチップを受け取ろうとしなかった。 -
現地最終日。
パムッカレの遺跡プールで強打した妻の手首の痛みはいよいよ強くなり、この日の新市街にオスマントルコの栄光を訪ねる予定はすべて中止。
昨日うっかりスルタンアフメット・ジャミイに入ってしまったのが、代表的なジャミイを見られて結果としてはよかったことになった。
病院についてホテルに相談するとドイツ病院を薦めてくれた。
徒歩5分。ホテル選びの時にそこまで考えたわけじゃないけれど、近くてよかった。
日曜なので休日救急外来に行き、受付で話していると通りかかった医者が声をかけてくれ、すぐ診てもらえた。
病院は明るくてきれい。 -
2階の検査室になぜか車いすで運ばれ、X線写真を撮ったが2枚だけ。日本だったらもっと撮っているよなと思いながら見ていた。
その後、薬指の結婚指輪が抜けず、指輪は28年目にして切断されてしまった…。 -
骨折はしてないという診断で鎮痛剤の処方箋と、こんな立派な腕釣り帯(と勝手に呼ばせてもらいます)を渡されて、649リラ。約3万円。やっぱり高級病院だ。
クレジットカード付帯の保険から直接払ってもらうこともできたようだけれど、時間がかかりそうなので、立て替え払いにして、診断書を出してもらった。
薬は、日本と同じで院前薬局がいくつかあるのだけれど、日曜だから開いているのは少し離れた1か所だけで、でも付近の人が積極的に教えてくれるので無事買うことができた。
こちらは10リラ。保険がきかないのに。トルコの薬は安い。
ちなみに帰国後すぐ整形外科に行くとやはり手首の骨折だった。ドイツ病院は休日診療で専門外だったからしかたないでしょう。
クレジットカード付帯の保険からはイスタンブルでの医療費、さらに帰国後の医療費の全額を出してもらい、お世話になりました。 -
帰国便は夜中の12時過ぎなので、宿のチェックアウトは夜まで延長してもらい、部屋で静かにしていることにしたが、妻のたっての希望でメフテル軍楽隊の演奏会だけは行くことにした。
軍事博物館の入り口ではセキュリティチェックがあり、ここは軍の施設なのだとちょっと緊張する。
兵器や肖像画などが並ぶ広い館内の一番奥にコンサートホールがあった。
3時の開演に合わせ人が集まってくる。日本人客もちらほらといる。 -
最初の10分間はプロモーションビデオで、勇猛なオスマントルコ軍を鼓舞したメフテルの歴史が写される。
続いて生の軍楽隊が登場し、前半の演奏が20分間。後半も同じビデオのあと、20分間の演奏だった。
テレビドラマ「阿修羅のごとく」で強烈な印象が残っている曲「祖父も父も」を始め、甲高い音の笛に太鼓、シンバルが中心で、曲によっては歌も加わる。
行進するときの腕の振りなど、いかに大きく見せ相手を威嚇するかが大切なようで、それは音楽も同じ。
戦場で彼方からこのメフテルが風に乗って聞こえてきたら、相手軍の兵士は恐怖に逃げ出したくなっただろうな。
後半は国民歌のような感じの曲が多く、一緒に口ずさむ人も多かった。 -
タクシム広場に戻って土産の菓子を買い、向かいの惣菜店で夕食をとり、早めに空港へ向かう。
この旅行では思わぬ骨折事故があり、妻は大変だったが、しかしそのために人の情けに触れることも多かった。
結婚指輪は切断されるし、ズボンのベルトはイスタンブル空港の身体検査場に忘れてくるし、旅行鞄は2つとも破損してるし、なにかと損害の多い旅ではあり、そして思い出に残る旅となりそうだ。
深夜の太鼓、華麗な遺跡、ボスフォラス海峡を見て過ごした午後、優しい人々。
8年後のオリンピック、ぜひイスタンブルにやってもらいたいと思っている。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- sanaboさん 2019/01/05 00:17:31
- 今年もよろしくお願い致します。
- ひらしまさん、
明けましておめでとうございます。
新年早々、ご訪問下さいましてありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願い致します^^
少し前のイスタンブールの旅行記を拝見しましたら
奥様が手首の骨折をなさり大変だったのですね。
結婚指輪まで切断されて…@@;
イスタンブールは若かりし頃、フィルムカメラの時代に行きましたが
今度はデジカメ持参で行きたくて仕方ないのです。
特にスルタンアフメット・ジャミイのお写真を拝見し
益々そのような思いが募りました。
ところで旅行記の最期に「8年後のオリンピック、ぜひイスタンブルに
やってもらいたいと思っている。」と書かれていましたが
奇しくも東京になってしまいましたね(笑)
今年もお健やかで良い一年でありますよう
心よりお祈り申し上げます。
奥様にもよろしくお伝えくださいませ。
sanabo
- ひらしまさん からの返信 2019/01/05 15:15:00
- 明けましておめでとうございます
sanaboさん、ご訪問ありがとうございます。
おかげでイスタンブル旅行記、なつかしく読み返しました。
トラブルはつきものの我が家の旅ですが、あの時は格別でしたから。
そんなわけであまり歩けてないイスタンブルを再訪したいとは思っていて、ギリシャの乗り継ぎなど絶好のチャンスだったのですが、あの治安状態では無理でした。
好きだった国がそのようになってしまって本当に残念です。
ところで、オリンピックに立候補していたのはイスタンブル、東京、それにマドリードでしたよね。
今考えてみると、どこも夏は酷暑の都市ばかりですね。
sanaboさんはオリンピック観戦されますか。
アスリートたちの最高の瞬間を目撃したいとは思うけど、熱中症で死にたくはないし…。
ビジネスの都合よりスポーツそのものを大事に、簡素にしていってほしいものです。
それでは2019年もどうぞお健やかに、お二人で素敵な旅を続けてください。
(あっ、もちろん一人旅も)
ひらしま
-
- mistralさん 2015/12/30 09:23:59
- 思い出深いトルコ。
- ひらしまさん
mistralと申します。
先日はヴィザンティン帝国終焉、、、の旅行記
に投票いただきまして、ありがとうございました。
多分トルコに行かれている?と思いましたら、
やはり!
発見しました。
奥様が骨折され、大変な思いもされ
それでもトルコ、よい国だった、とのコメント。
一部ですが拝見しまして、mistralも全く
同感しております。
今年の旅でしたが、懐かしくて再び
訪問したく思っております。
別の旅行記、又拝見させていただきます。
mistral
- ひらしまさん からの返信 2015/12/30 17:22:29
- RE: 思い出深いトルコ。
- mistralさん、ご訪問ありがとうございます。
マホメッド二世が入場した門を見つけ出したmistralさんの執念には脱帽しました。
かなりの歴史好きでいらっしゃいますね。
トルコは、歴史の層の厚さは世界屈指ですし、風光明媚で人情も厚いし、ぼくももう一度訪れたい国です。
ところで、タクシーはどこの国でも悩みの種ですが、しかし、料金支払い拒否とはすごい!!!
ぼくなんか値切るのが精一杯ですから。
mistralさんのこだわりと度胸の旅行記、面白そうですので時々訪問させてください。
ひらしま
- mistralさん からの返信 2015/12/31 23:14:36
- RE: RE: 思い出深いトルコ。
- ひらしまさん
mistralです。
続けてのコメントですが(笑)
> マホメッド二世が入場した門を見つけ出したmistralさんの執念には脱帽しました。
> かなりの歴史好きでいらっしゃいますね。
> トルコは、歴史の層の厚さは世界屈指ですし、風光明媚で人情も厚いし、ぼくももう一度訪れたい国です。
塩野さんの本で、トルコの歴史に興味を持ちました。
ついでにマルタにも行ってきました。
以前訪問した折には、時間もなくて断念!
今回は、何としても、と執念を感じられたかもしれません。
> ところで、タクシーはどこの国でも悩みの種ですが、しかし、料金支払い拒否とはすごい!!!
> ぼくなんか値切るのが精一杯ですから。
ハイ
夫からも、おばさんの二人連れを怒らせたら怖いな!と
言われました。
友人は旅の途中で足を痛めていて、船から下りてくる折には
足を引きずっていました。
そんな二人なので、ふっかけてもノーとは言えないと踏んだようです。
メーターを倒していない事を指摘し、降りるから停めるように言ったら
わざと石畳の坂道を上がって行ったところで下ろしたんです。
そんな態度に、二人ともキレてしまいました。
> mistralさんのこだわりと度胸の旅行記、面白そうですので時々訪問させてください。
いつも度胸いっぱいの訳ではないのでが、
嬉しいような、微妙な感じ?ですが
今後ともよろしくお願いします。
今年もおしつまってまいりました。
来年もよろしくお願い致します。
mistral
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