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原の辻(はるのつじ)遺跡は、長崎県壱岐市芦辺町深江栄触・深江鶴亀触、および同市石田町石田西触にかけて存在する遺跡。2000年(平成12年)には国の特別史跡に指定された。<br />壱岐島東部・幡鉾川下流にある、弥生時代前期から古墳時代初期にかけての大規模環濠集落を中心とする遺跡である。<br /><br />原の辻の中心部分に当たる。 環濠集落の規模は東西約350メートル、南北約750メートルである。この東側に、魏志倭人伝に出てくる卑狗と卑奴母離などの役人の家や役所があったと想像される。壕の外の北、東、東南には墓地が見つかっている。また、遺跡全体の総面積は100ヘクタールにも及ぶ広大なものである。これらの発掘調査結果から1995年(平成7年)に一支国の国都であると特定された。<br />出土物に大陸系の品が多く、中国鏡、戦国式銅剣、貸泉などの中国の銭貨、トンボ玉、鋳造製品、無文土器、三韓系土器、楽浪系の土器など。後期にはこれらの量が増加した。<br />また、弥生時代中期の竪穴住居址から炭化した米、麦が出土している。島の河川流域の低地に水田が広がり、水稲農耕が行われていた。対馬に比較して水稲農耕が広く行われていた。島には貝塚もあり、シカ、イノシシ、ウマをはじめ獣骨や魚骨が出土している。 石器では石斧・片刃石斧・石包丁に一部鉄器を交えるが、後期になうと石器はほとんど姿を消し、手斧・鎌・刀子など鉄器が豊富になる。なかには鉄器の原材料と想定できる板状のものがあり、これからさまざまな鉄器を造り出した。壱岐島の鉄器は舶載品であると考えられている。<br /><br />遺跡は1997年(平成9年)に国の史跡に指定された。2000年(平成12年)11月24日には特別史跡となった。史跡公園が計画されているが、遺跡全体の公有化が進んでおらず現在既に発掘された場所は一旦埋め戻されたが、原の辻一支国王都復元公園として再整備されている。出土品は壱岐市芦辺町深江鶴亀触にある「壱岐・原の辻展示館」に収蔵されていたが同館は2009年(平成21年)8月31日で閉館され、遺跡の北方に新しく建設された壱岐市立一支国博物館(2010年3月14日開館)に改めて収蔵されている。<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br /><br />原の辻遺跡については・・<br />http://www.iki-haku.jp/harunotsuji/harunotsuji-1.html<br /><br />一支国博物館については・・<br />http://www.iki-haku.jp/<br /><br />一支国(いきこく、一支國)とは、中国の史書に記述される倭国中の島国である。魏志倭人伝では「一大國」とされ他の史書では「一支國」とされることから、魏志倭人伝は誤記ではないかとされているが、誤記ではないとする説もいまだ根強い。1993年、長崎県教育委員会は壱岐島の原の辻遺跡が一支国の跡であると発表し、話題となった。<br /><br />魏志倭人伝において邪馬壹國(邪馬臺國)が支配下に置いていたとされる「一大國」という名の島国である。対海國(対馬国)から南に一千里(当時の度量衡で400Km)の所、ということになるが、仮に対海國を現在の対馬島とすれば、これは鹿児島県の南方海上になるため、実際にどこであるかには論争がある。<br /><br />魏志倭人伝には次のように記述される。<br />また南に瀚海(かんかい)と呼ばれる一つの海を渡り、千余里を行くと一大國に至る。また長官を卑狗(ひく)といい、副官を卑奴母離(ひなもり)という。広さは約三百里四方ばかり。竹や木のしげみが多い。三千ばかりの家がある。田畑が少しあり、農耕だけでは食料には足らず、また、南や北に海を渡って穀物を買い入れている。<br />又南渡一海千餘里 名曰瀚海 至一大國 官亦曰卑狗 副曰卑奴母離 方可三百里 多竹木叢林 有三千許家 差有田地 耕田猶不足食 亦南北市糴<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br /><br />壱岐島は、九州北方の玄界灘にある南北17km・東西14kmの島である。九州と対馬の中間に位置する。長崎県壱岐市の1市体制で、長崎県では島内に壱岐振興局を置いている。また、全域が壱岐対馬国定公園に指定されている。<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br /><br />壱岐については・・<br />http://www.ikikankou.com/<br />http://www.city.iki.nagasaki.jp/<br /><br />9月12日(3日目)<br />郷ノ浦--岳の辻展望台【壱岐の最高峰である山の上の展望台】(25) ---原の辻遺跡【国の特別史跡】-一支国博物館【壱岐の歴史・文化・風土を学ぶ展示館】】- ---焼酎工場(40)- -安国寺--壱岐・印通寺港--<フェリーで>--唐津東港-<br />-福岡空港--羽田空港【21:25着】 <br />

壱岐14 原の辻遺跡復元公園 特別史跡 ☆一支国の国都よみがえり

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2012/09/12 - 2012/09/12

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マキタン2

マキタン2さん

原の辻(はるのつじ)遺跡は、長崎県壱岐市芦辺町深江栄触・深江鶴亀触、および同市石田町石田西触にかけて存在する遺跡。2000年(平成12年)には国の特別史跡に指定された。
壱岐島東部・幡鉾川下流にある、弥生時代前期から古墳時代初期にかけての大規模環濠集落を中心とする遺跡である。

原の辻の中心部分に当たる。 環濠集落の規模は東西約350メートル、南北約750メートルである。この東側に、魏志倭人伝に出てくる卑狗と卑奴母離などの役人の家や役所があったと想像される。壕の外の北、東、東南には墓地が見つかっている。また、遺跡全体の総面積は100ヘクタールにも及ぶ広大なものである。これらの発掘調査結果から1995年(平成7年)に一支国の国都であると特定された。
出土物に大陸系の品が多く、中国鏡、戦国式銅剣、貸泉などの中国の銭貨、トンボ玉、鋳造製品、無文土器、三韓系土器、楽浪系の土器など。後期にはこれらの量が増加した。
また、弥生時代中期の竪穴住居址から炭化した米、麦が出土している。島の河川流域の低地に水田が広がり、水稲農耕が行われていた。対馬に比較して水稲農耕が広く行われていた。島には貝塚もあり、シカ、イノシシ、ウマをはじめ獣骨や魚骨が出土している。 石器では石斧・片刃石斧・石包丁に一部鉄器を交えるが、後期になうと石器はほとんど姿を消し、手斧・鎌・刀子など鉄器が豊富になる。なかには鉄器の原材料と想定できる板状のものがあり、これからさまざまな鉄器を造り出した。壱岐島の鉄器は舶載品であると考えられている。

遺跡は1997年(平成9年)に国の史跡に指定された。2000年(平成12年)11月24日には特別史跡となった。史跡公園が計画されているが、遺跡全体の公有化が進んでおらず現在既に発掘された場所は一旦埋め戻されたが、原の辻一支国王都復元公園として再整備されている。出土品は壱岐市芦辺町深江鶴亀触にある「壱岐・原の辻展示館」に収蔵されていたが同館は2009年(平成21年)8月31日で閉館され、遺跡の北方に新しく建設された壱岐市立一支国博物館(2010年3月14日開館)に改めて収蔵されている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

原の辻遺跡については・・
http://www.iki-haku.jp/harunotsuji/harunotsuji-1.html

一支国博物館については・・
http://www.iki-haku.jp/

一支国(いきこく、一支國)とは、中国の史書に記述される倭国中の島国である。魏志倭人伝では「一大國」とされ他の史書では「一支國」とされることから、魏志倭人伝は誤記ではないかとされているが、誤記ではないとする説もいまだ根強い。1993年、長崎県教育委員会は壱岐島の原の辻遺跡が一支国の跡であると発表し、話題となった。

魏志倭人伝において邪馬壹國(邪馬臺國)が支配下に置いていたとされる「一大國」という名の島国である。対海國(対馬国)から南に一千里(当時の度量衡で400Km)の所、ということになるが、仮に対海國を現在の対馬島とすれば、これは鹿児島県の南方海上になるため、実際にどこであるかには論争がある。

魏志倭人伝には次のように記述される。
また南に瀚海(かんかい)と呼ばれる一つの海を渡り、千余里を行くと一大國に至る。また長官を卑狗(ひく)といい、副官を卑奴母離(ひなもり)という。広さは約三百里四方ばかり。竹や木のしげみが多い。三千ばかりの家がある。田畑が少しあり、農耕だけでは食料には足らず、また、南や北に海を渡って穀物を買い入れている。
又南渡一海千餘里 名曰瀚海 至一大國 官亦曰卑狗 副曰卑奴母離 方可三百里 多竹木叢林 有三千許家 差有田地 耕田猶不足食 亦南北市糴
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

壱岐島は、九州北方の玄界灘にある南北17km・東西14kmの島である。九州と対馬の中間に位置する。長崎県壱岐市の1市体制で、長崎県では島内に壱岐振興局を置いている。また、全域が壱岐対馬国定公園に指定されている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

壱岐については・・
http://www.ikikankou.com/
http://www.city.iki.nagasaki.jp/

9月12日(3日目)
郷ノ浦--岳の辻展望台【壱岐の最高峰である山の上の展望台】(25) ---原の辻遺跡【国の特別史跡】-一支国博物館【壱岐の歴史・文化・風土を学ぶ展示館】】- ---焼酎工場(40)- -安国寺--壱岐・印通寺港--<フェリーで>--唐津東港-
-福岡空港--羽田空港【21:25着】

同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム

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