2012/09/12 - 2012/09/12
69位(同エリア231件中)
まみさん
2012/09/12水 夜中の1時発のウズベキスタン航空でキルギスの首都ビシュケクへ&ビシュケク市内観光
(ビシュケク到着後、ホテルで朝3時間ほど睡眠をとる)
・モスコフスカヤ通りの中央モスク(外観のみ)
~ユースバ・アブドゥラフマノヴァ通り~
・ドゥボーヴィ(カシの木)公園
・アラ・トー広場
・国立歴史博物館(別料金で撮影可)
・パンフィロフ公園はちょっとだけ
~チュイ大通り~
・レストラン・ジャララバードのチャイハナ風の席で夕食
~エルギンディック大通り(公園通り)~
【ビシュケク泊:ホテル・アジア・マウンテンズ(Asia Mountains)】
楽しみなはずの海外旅行の数日前から、ドーンとトラベル・ブルーに陥った主な原因は、ウズベキスタンから無事にキルギスに移動できるだろうか、という心配がむくむく沸いてしまったせいでした。
去年2011年のウズベキスタン旅行で、ウズベキスタン航空の大幅遅延とタシケント空港の入国手続きの手際の悪さ、そして同日同エアライン乗り継ぎだったのに国際線の大幅遅延をカバーしてくれないシステムのせいでヒヴァ行きの国内線に乗り遅れた私としては、その心配は杞憂とは思えませんでした。
フライト・スケジュールに遅延がなければ十分大丈夫な旅程を組んでいましたが、それでも気が気でならなくなってしまいました。
ウズベキスタン観光をしていた間は忘れていられましたが、フライトの都合という、私にはどうにもならないことは、もう運任せも同然。
しかも、今回も、タシケントからヒヴァ最寄りのウルゲンチ行きのウズベキスタン航空も大幅遅延したのです。
ウズベキスタンからキルギスの首都ビシュケクへの移動こそが、今回の旅行での最大の峠とまで思い詰めてしまいました。
詳細は、もう一つのブログに書いた記事「中央アジア3カ国旅行~ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン~より帰国!───フライトの話」の後半にて。
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2012/09/post-db91.html
でも、幸いにしてタシケントに戻るフライトは定刻通りに飛び、新ターミナル3からターミナル1への移動も、ウズベキスタン出国手続きもスムーズにすみ、無事にビシュケク行きのフライトに乗って、予定通りにビシュケクに到着しました。
それはもう、あっけないくらいに。
ビシュケク空港では現地代理店経由で手配した迎えとも無事に合流できて、もう安心!
朝4時にはビシュケクのホテルにチェックイン。
キジルクム砂漠の砂塵で砂だらけになった体をシャワーですっきりさせ、洗濯をし、朝まで3時間ほど仮眠をとることもできました。
さんざん心配した反動か、ビシュケクに着いた後は、気持ちはすっきり軽やか。るんるんっ!
それに、今回の中央アジア3カ国旅行のうち、ウズベキスタンは都市は違えど去年旅行しましたが、キルギスは初めての国です。
なので、ビシュケク町歩きをした本日は、海外旅行の実質初日のようなハイテンションとなりました。
というわけで、またその気になったわけです、旧ソ連の、観光客にとってふつうはなんでもない、さして面白くない街角でも、見るものがなんでも面白く思えて、パチパチと写真を撮りながら歩きたくなったのは。
関連の旅行記
(去年のウズベキスタン旅行でタシケントで同じことをやったときの旅行記)
「2011年秋ウズベキスタン旅行第2日目(1)タシケント:よくありそうな、どうってことない街並みで」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10625057/
デジカメを手にしてからすっかり写真好きになった私。
写真を撮れば、テンションが上がります。
テンションが上がれば、写真がますます撮りたくなります。
そこへ旅行初日のテンションが加わったら何倍もの相乗効果!
実際、次のカザフスタンも初めて訪れた国ですが、もう旅程は終わりから数えた方が早くなっていたので、町歩きだけではさほどテンションは上がりませんでした。
今回の中央アジア旅行のうちキルギス部分は4日間ありましたが、残り3日は現地旅行代理店を通じて手配済みで、ガイドと一緒に行動しました。
1人歩きをしたのはこの日一日だけです。
ビシュケクで一番楽しみにしていたのは国立歴史博物館なので、ホテルから真っ直ぐに向かいました。
ところが、おそらく写真を撮りながら頻繁に立ち止まっていたせいでしょうね、鉄道駅に近いホテル・アジア・マウンテンズから国立歴史博物館があるアラ・トー広場まで、ホテルの人は徒歩で20分くらいで着くと言っていたのですが、私は2時間かけてしまいました(苦笑)。
国立歴史博物館では写真代を払って写真を撮りまくりながら1時間半ほど見学し、その後、ロビーでWi-Fiが使えたので、海外から初めてフォートラベル書き込みをしながら1時間は休憩。
その後、マナス王像のあるところまでチュイ大通りを歩こうと思ったのですが、途中で挫折してレストランに入り、公園通りとなっているエルギンディク大通りを通ってホテルに戻りました。
その気になればもっと広範囲に歩き回れたはずですが、まあ、これが私のペース、1人気ままに歩いた結果です。
帰国後、この日のことを振り返れば、国立歴史博物館から近いのでキルギス国立美術館も行っておけば良かったと思ってしまいます。
でも、体力・気力ともに果ててしまったので、あの場ではその気がなくなってしまったんでした。
なお、「地球の歩き方」によると、ビシュケクは「山の美しい町で、どこからでも南のほうに万年雪を頂くアラ・トーの山々が見える」とあったので、これも楽しみにしていました。
ところが、いざ私が町歩きをしてみると、全然見られませんでした。
ビシュケク市内で一番高いといわれる国立歴史博物館前に立ったときも、それらしきものは見られなくて───たちこめている雲との区別がつかなくて、がっかりしました。
「地球の歩き方」の記述に納得できたのは、ビシュケクとイシククル湖をあわせてキルギスで4日間過ごし、車でカザフスタンへ向かうため、ビシュケクを去る日のことでした。
中心地をちょっと離れたところからでしたが、美しい雪山がくっきりと見えました。
あれなら街中でもくっきり見られたでしょう。
今頃になって……と皮肉に思いましたが、いやいや、ビシュケクがお別れの記念に見せてくれたに違いない、と思い直しました。
<2012年中央アジア3カ国旅行:簡易旅程>
9/09日 成田発~アシアナ航空でソウル仁川経由~タシケント到着
9/10月 ウズベキスタン航空でウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ&ヒヴァ観光
9/11火 キジムクル沙漠のカラ回り★
9/12水 ウズベキスタン航空でキルギスの首都ビシュケクへ&ビシュケク市内観光
9/13木 途中でブラナの塔へ寄りながら、イシククル湖へ★
9/14金 野外岩絵博物館&チョン・アクスー渓谷トレッキング★
9/15土 イシククル湖からビシュケクへ戻る&ショッピング★
9/16日 ビシュケクからカザフスタンのアルマトイへ陸路国境越え★&アルマトイ市内観光
9/17月 チャリン・キャニオンへのエクスカーション★
9/18火 アルマトイ市内観光~夜23時10分アシアナ航空で出国
9/19水 ソウル仁川経由 朝11時10分成田着
★印は車とドライバーとガイドあるいは車とドライバーを旅行代理店経由でチャーターした日
「ビシュケクはキルギス共和国の首都。札幌とだいたい同じ北緯43度に位置し、天山山脈の支流キルギス・アラ・トーの北斜面、標高750~900mにある。山の美しい町で、どこからでも南のほうに万年雪を頂くアラ・トーの山々が見える。
アラ・トーから流れる川を利用して見事に樹木を茂らせ、町全体が公園のようだ。旧ソ連の都市計画の下に造られ、道路は南北と東西に入り、コンクリートの5階建ての建物が整然と並ぶ近代都市だ。町の人口は約85万人。キルギス人、カザフ人、ロシア人など多くの民族が暮らしている。キルギス人の顔は日本人によく似ていて、誰だっけ……と思い出したら、隣のおばさんの顔だったりする。
町としての歴史は新しいので、由緒ある歴史的遺跡はないが、4000~5000m級の山並みを見たり、山の懐に分け入って行こう。山脈から流れる沢沿いを少しさかのぼれば、牛や羊が群れ、氷河を望む別天地となる。出会うのは羊と羊飼い、話し相手は風だけだ。時間がゆったりと流れている。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011~2012年版)」より)
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
テラスがお洒落なゴーゴリ通りのアパート
夜中の1時にウズベキスタンのタシケントを飛び、1時間の時差があるのでキルギスのビシュケクには早朝3時に到着。
搭乗したらすぐに気を失うように寝てしまったので、タシケントからビシュケクに瞬間移動したような錯覚すらしました。
下りようとしないので近くの乗客に起こされました(苦笑)。
ビシュケク空港で送迎とすぐ合流できたけれど、ホテルまで意外と走り(でも30分くらいかな)、ホテルにチェックインしたのは、まだ夜明け前の4時。
スイートルームだったので夢中になってホテルの部屋の写真を撮った後、シャワーを浴びて洗濯をすませたら5時半!
8時半まで3時間仮眠し、朝食をしっかりいただいた後、11時に町に出ました。
ビシュケクで計2泊したホテル・アジア・マウンテンズの写真とレポートはこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜ハイライトその2:ホテルと朝食編<キルギスの首都ビシュケクのホテル・アジア・マウンテンズ>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10716345/
ちなみに、ゴーゴリ通りはソ連チックなアパート群が並ぶ住宅街で、ほとんど街灯がなく、帰りは夜8時を過ぎてしまったため真っ暗で、冷や冷やしました。 -
モスコフスカヤ通りの交差点にあった中央モスク
これは真っ暗になってしまった帰り道、交差点の曲がるところの目印となりました(苦笑)。
ライトアップはなかったのですが、うっすらとシルエットは確認できました。 -
モスコフスカヤ通りのマンション
これもソ連チックですが、デザインはよく見るとかわいいのです。 -
その1階は航空券販売所
あるいは旅行代理店かな。
こういうオフィスは、アラ・トー広場に向かう途中で何ヶ所も見かけました。 -
モスコフスカヤ通りの別のマンション
窓のデザインは、母校の小中学校に施された耐震構造対策によく似ています。
キルギスも隣のカザフスタンも、いや中央アジア自体、日本以上に地震の被害を多く受けてきたのに、独立後に出来た民間会社の高層ビルは耐震構造になっておらず、地震の被害規模はさらに拡大するおそれがあると住民は心配しているそうです。
どちらの国のガイドも口をそろえてそう言っていました。 -
商店「ドストール」
と読むのだと思います。
キリル文字は読めるけれど、意味はほとんど分かりません。
さくっと撮ったので、何屋さんかいちいち確認せず。
こういう商店が並ぶところもソ連チックです。 -
こんな可愛いハチミツ屋さんもあり
クマさんの置物と一緒に撮りました。
そうそう、ハチミツはミエドっていうんですよね。ロシア語じゃん。 -
メルシーというお店
プロドゥクトヌイ・マガジン。
なんとかの店。
ロシア語が読めても意味が分からないので、意味なし。
あとで調べたら、八百屋でした。1単語覚えました。
もっとも、中に入っていたら一目瞭然でしたでしょう。 -
モスコフスカヤ通りの歩道
足元は、鋪装されていてもぼこぼこなので、上ばかりに木をとられてつまずいたりしないようにしなければなりません(苦笑)。 -
妙に不揃いなテラスの窓がそのままでもデザインチック!?
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ユースバ・アブドゥラフマノヴァ通りのバス停
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乗り合いバスのマルシュルートカ
十字のクロスフィルターのおかげで、光の反射がキラリ。
面白くなってしまいました@ -
青い車体のマルシュルートカ
バスやマルシュルートカを乗りこなせれば、町歩きはもっと便利でしたでしょう。
路線図をネットで手に入れましたが、土地勘がないので、自分が行きたい最寄りの停留所も、そもそもホテル最寄りの停留所も分からず、数ある路線の中から使い勝手のよさそうなルートを絞り込むのもできずに断念。
ビシュケク観光はたった1日だけ、ホテルは中心地のアラ・トー広場まで徒歩圏内なので、さほど必死になれなかったのも確か。 -
トロリーバスも撮れた@
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1階が商店街となっているマンション
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満員のバス
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行き先をフロントガラスにかかげたマルシュルートカ
文字すら読めなかった去年2011年夏の旅行先のグルジアやアルメニアに比べれば、バスターミナル発着の都市間のマルシュルートカなら利用できたでしょうね。
でも、街中はルートが複雑なのでむずかしいですわ。 -
こちらのマンションも1階は商店街
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マルシュルートカとトロリーバスが並んだ瞬間
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トロリーバスは乗りやすそうだなぁ
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交差点のトロリーバス
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ユースバ・アブドゥラフマノヴァ通りとチュイ大通りの交差点
地上で道路はわたれないので、地下へ。 -
交差点の地下街は市場のようにぎっしり商店街
こういう地下光景は旧ソ連圏で見慣れていましたが、もっと日用品や食料品売り場の方が多かった気がします。
ビシュケクでは文房具屋や本屋がたくさん並んでいたので、ちょっとびっくり。
最近でいうと、グルジアのトビリシでは、花屋をよく見かけた気がします。
同じような光景でも何屋さんが多く並ぶかは、国によって、あるいは単にエリアによってかもしれませんが、少しずつ違うので面白いです。 -
ドゥボーヴィ公園
ビシュケク市内は花壇が多いです。
翌日合流したガイドのレナは、フラワーベッドと呼んでいました。
確か独立後に整備されたと言ってたかな。 -
何かの運動のシンボルの女性像と群像
レナの話では、オシュ暴動のときのシンボル的な存在となった少女の像だそうです。
ほんとはビシュケクと関係ないので、なぜ彼女の像があるか分からない、とレナ。 -
日本人っぽいアジア人顔の少女像
この像も、旧ソ連圏の首都によくある「グルジアの母」「アルメニアの母」「ブルガリアの母」のたぐいの像かと勘違いしていました、レナの話を聞くまでは。
ちなみに、このはす向かいには中央郵便局があったのですが、灰色の建物で逆光で背景真っ白なのでさすぐに絵にならないと思い、写真を撮るのをあきらめてしまいました。 -
チュイ大通りにて
民族大学かな。 -
旧ソ連圏では路上のキオスクは重宝
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映画館のチケット売り場
見ると窓口は10時から22時まで開いているようです。 -
その映画館の正面
入口のそばには、ビシュケクの夏の人気の飲み物シュロ売りの屋台があります。
シュロを飲んでみました。
そのときの写真とシュロの詳しい話はこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜ハイライトその6:朝食以外の食べ物とレストラン編<キルギス編〜遊牧民のテントでのランチもあり>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10720415/ -
アラ・トー広場のすぐ隣の広場
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花がいっぱいの広場
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キルギス国旗が掲げられたドーム屋根の建物
青と白の旗は何を現すのか不明。
キルギスの国旗はドームの上に掲げられた赤字に黄色いマーク(太陽とキルギス人の伝統的なテントのユルトの中心部分)です。 -
チュイ大通りを挟んで広がるアラ・トー広場
昼前はあんなに晴れていたのに曇ってきてしまいました。
このときはまだ曇り時々晴れでしたけど、空には雲がたちこめてしまいました。
そのせいで、町から雪を抱く天山山脈が見られなかったのだと思います。 -
アラ・トー広場を囲むチュイ大通りに面した建物
1階はブティックとか商店街でした。 -
ビシュケクで一番の高台にあるという国立歴史博物館前から眺めたアラ・トー広場
あの建物の後ろにうっすらと山影が見えているような気もしますが、雲の見間違いかな。
背を向けた立像は、キルギス民族の英雄ぶある伝説のマナス王の騎馬像です。 -
キルギス民族の英雄であるマナス王像
キルギスに伝わる叙事詩の主人公である英雄です。
「マナス」は東洋文庫に若松寛・訳の「マナス少年篇/青年篇/壮年篇」と3冊に分冊された日本語訳があります。
旅行前に図書館で見つけたので、ひとまず少年篇を借りて読み始めたのはいいですが、口伝の叙事詩だからプロローグがながーくて、いまひとつ入り込めず。
他にいろんな本を平行読みしたり、国内撮影散策して旅行記作ったり、今回の旅行の下調べで忙しくしている間にちょっとずつだけ読み進め、やっとマナスが生まれたところにたどり着いたところで、この旅行に出発してしまい、挫折(笑)。
このあと国立歴史博物館を見学しました。
そのときの写真はつづきの旅行記にて。 -
バラが植えられた自由のモニュメント
国立歴史博物館の見学を終え、ロビーでWiFiができたのでスマフォでフォートラベルにアクセスしてクチコミを書き込みがてら休憩をとったら、16時すぎ。
ランチ抜きとはいえ、夕食には少し早いので、もう一つのマナス王像を見に行こうとチュイ大通りを歩くことにしました。
そこに行くまでにおなかが空ききってしまったので、途中で引き返してレストランに向かってしまいましたけどネ。 -
アラ・トー広場に迫るチュイ大通り沿いの建物とフラワーベッド
ちなみに、国立歴史博物館見学後、そんなに長く休憩などとらなければ、近くの国立美術館にも十分行けたはずでした。
キルギス民族らしい題材の絵画も魅力ですが、彫刻やタペストリーといった民芸品の展示もあったはずなのです。
でも、このときは、歴史博物館に、私がぜひ見たいと思っていた民俗に関する展示もたくさんあり、それらをつぶさに写真に撮ることができたので、もう満腹気分でした。
国立美術館は撮影不可なので、ならいいや、という気分になってしまっていたのも確か。 -
なにやら記念碑の前で観光グループが集まって
ただ、アラ・トー広場のすぐ近くのパンフィロフ公園には寄っても良かったのに、なんで素通りしてしまったんだったかしら。
このときはぜひマナス王像が見に行きたくなってしまったのです。
「地球の歩き方」にはマナス王像の紹介があっても、ビシュケクのパンフィロフ公園の紹介がなかったせいですね。
カザフスタンのアルマトィのパンフィロフ公園は見に行くから、それでいいや、と思ってしまったのも確か。 -
街灯と大統領府
官邸の撮影は見とがめられる可能性が高いので、少し離れたところから大急ぎで撮影。 -
前庭にフラワーベッドと噴水がある大統領府
でも、私の他に観光客が堂々と撮影をしているし、公官邸を撮影したからといって、他の国であったように、そばにいた警備員がすっ飛んできたり(確か2008年に旅行したブルガリアのソフィアで。また、ビシュケクにはいませんでしたがタシケントには地下鉄の入口に必ず警備兵がいましたネ)、道行く一般人にまで「撮っちゃダメだよ」ととがめらたり(1997年のチュニジア旅行でのこと)しそうな雰囲気もなし。
柵の間から撮っちゃいました。 -
アングルを変えて撮ってみる
何枚も撮り直してもへいちゃらみたい。
と思ったけれど、翌日合流したガイドのレナいわく、本当は撮ってはいけないのだけど、あんまりうるさくないので、見とがめられない限りは大丈夫、とのことでした。 -
居眠りしているように見えたシュロ売りおばさん
いや、タンクにもたれかかっていただけでした。 -
チュイ大通りの建物
ドム・サユゾーフと書かれてあります。
あとで辞書で単語を引いた上で推測するに、共産党の建物だったのかも。
いまは、中を見たら、店やオフィスが入っていました。 -
チョイ大通り215番の白い建物
学生らしき人が出入りしていたので大学だろうと思いました。
後日、レナに尋ねたら、鉱物学大学だと教えてくれました。 -
トルコ資本の百貨店ベータ・ストア
この入口前に高校生くらいの学生がたくさんたむろしていて、歩道の欄干に座っておしゃべりしたり立ち食いしたりしていました。女の子の方が多かったかな。
日本人に似てるかなと思ったのですが、ファッションが日本人らしくないので、間違えることはないなと思いました。
いまどきの日本人の高校生のファッションのトレンドはさっぱり分かりませんけど、髪型はあきらかに違っていました。
そこにいたビシュケクの女の子たちは、前髪は眉毛の上で切りそろえ、ストレートのきれいな黒髪をうしろに伸ばしている子が多かったです。染めたりパーマかけたりしている子は見かけませんでした。
また、ぴったりのジーンズに、ちょっとおなかが出るすれすれの短いTシャツ姿だったり、ワンピースの子が多かったです。少なくとも今の日本ではあんまり見ないファッションだと思いました。
ここでおなかが空いて気力がダウンしてきたので、マナス王像のところまで行くのはあきらめ、「地球の歩き方」で目をつけたキルギス料理を出すレストラン「ジャララバード」に向かいました。
なのでここから来た道を戻りました。
ジャララバードでの夕食の写真とレポートはこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜ハイライトその6:朝食以外の食べ物とレストラン編<キルギス編〜遊牧民のテントでのランチもあり>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10720415/ -
チュイ大通りの可愛らしいピンクの建物
夕食を食べ過ぎてしまったので(苦笑)しばらく動けず、1時間以上かけてしまい、ホテルに戻り始めたのは18時半近く。
薄暗くなってきてしまいました。
暗くなるまでにホテルに戻れるか心配。
と言いつつ、まだ明るいうちは、ついつい撮影をしながら歩いた私。
この建物を撮影したとき、すれ違った現地の男の子が、何をそんな一眼レフで撮るものがあるんだろう、と不思議がったのでしょう、歩きながら建物を振り返り……歩道の石畳でつまずきそうになっていました(笑)。 -
チュイ大通りのピンクとブラウンの建物
中国南方航空のオフィスが入っている建物でした。 -
夕方の大統領府
-
CAT旅行代理店とATM
ATMはビシュケクのあちこちにありましたし、両替所もあちこちにありました。
ATMは心配だったので、おこづかい程度は持参の米ドルを両替所で換金しました。
現地代理店に支払う旅行代はまとまったお金が必要なので後日ATMを利用しましたが、レナにどこのATMが良いか教えてもらって、そこで下ろしました。
レナが探すポイントとしたのは、当たり前のことですが、銀行直轄のATMで銀行の営業時間であることと、それから米ドルで支払いたかったので、米ドルが下ろせるところ、でした。 -
花にあふれたアラ・トー広場〜オレンジ・バージョン
薄暗くなりかけた夕方の方が、大音響の音楽が鳴り響いていたり、人々が集まってきたりしていて、にぎやかでした。 -
アラ・トー広場の噴水とピンクのフラワーベッド
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花にあふれたアラ・トー広場〜ピンク・バージョン・その1
なんだかあの建物の後ろに雪山の天山山脈が見えそうな気がしてきたので、このあともう一度、道路を渡り、少し高台となった国立歴史博物館の前に行ってみましたが、雪山は見えませんでした。
それっぽい白い影が見えたような気がするのですが、あれは雲でしょう。 -
花にあふれたアラ・トー広場〜ピンク・バージョン・その2
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アラ・トー広場の噴水とオレンジのフラワーベッド
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チュイ大通りを走るイルミネーションの観光バス
こんなのが走っているとは知りませんでした。
発着場所はどこだったのでしょう。 -
公園通りであるエルギンディック(自由)大通り
カメラの自動露出でだいぶ明るく撮れましたが、実際はかなり薄暗くなっていました。
ビシュケクで夜歩きはすまい、するならタクシーを利用しようと思っていたのに、だいじょぶかな、私。 -
子連れ親子がたくさん遊びに来ていたエルギンディック(自由)大通り
緩衝帯が広く、そこが公園となっていた公園通りです。
旧ソ連の都市ではよく見かけます。 -
ちょっとした遊園地エリアもあったエルギンディック(自由)大通り
-
ベンチが並び、友人同士が語らう夕べ
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エルギンディック(自由)大通りにあった誰かの像
街灯があり、散歩する人々で賑わっていたのはエルギンディック大通りまででした。
モスコフスカヤ通りまで戻って来ると、ソ連圏の都市で時々見かけましたが、一応2車線もある通りなのに、街灯が歩道の片方にしかありませんでした。
かなり暗くなってしまって、これはやばいぞ、と思いました。
が、モスコフスカヤ通りはまだましでした。まだ少し人も歩いていました。
ここまで来たら、ホテルまであと少しなので、歩いちゃえ……と。
白タクがこわいので流しのタクシーは拾えやしませんから。
ゴーゴリ通りへ曲がる交差点は、中央モスクのシルエットが目印になりました。
ゴーゴリ通りはさらに暗かったです。
時々通る車が街灯代わり。
100円ショップで買った小さな携帯用のライトでは、足元がやっと照らせるだけ。
ほとんど人通りもなく、逆にそれが安心材料。
向こうから歩いて来た人は、その人も私を警戒したのか、互いに離れながらすれ違いました(苦笑)。
ホテルに着いたのは20時10分。
今回は無事でしたが、二度目もそうとは限らないので、次の機会があったら(今回の旅行期間中はありませんでしたが)、暗くなってから1人で歩くことはすまい、と改めて誓いました。
今回は旅行前にしたはずのその誓いをあっさり破ったわけですが(苦笑)。
翌日からのキルギスでの3日間は、現地ガイドのレナと一緒に行動しました。
ドライバーと車付きです。
イシククル湖でミニ・トレッキングなどをしてキルギスの自然を楽しみたかったのですが、キルギスの観光インフラを調べ、言葉の壁もあり、なんの事前手配もせずに楽しめる自信は全くなかったからです。
それに、事前に下調べをしたとはいっても、キルギスについては知らないことだらけなので、ぜひガイドの話も聞きたかったからです。
というわけで、翌日からはイシククル湖編です。
その前に、ビシュヶクの国立歴史博物館編へとつづく。
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