2012/11/24 - 2012/11/24
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ドクターキムルさん
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横浜市南区にある弘明寺(ぐみょうじ)は高野山真言宗のお寺で瑞應山蓮華院弘明寺という。弘明寺は横浜で一番古くに創建された古刹で、弘明寺観音で知られている。坂東三十三観音第十四番霊場、武相不動尊第十八番霊場である。
養老5年(721年)にインドの善無畏三蔵が渡来して創建し、天平9年(737年)には行基が寺の浄域に草庵を結び、一刀三礼の至誠を尽くして本尊の十一面観世音菩薩を彫ったと伝えられている。また、弘仁5年(814年)には弘法大師が回国の際に、一千座の護摩行を修行して庶民の除災招福を祈願したと言われている。だが、寛徳元年(1044年)に光彗上人により瓦葺きの本堂が建立されたが、この頃が実際の開山と思われる。
弘明寺観音には40年振りで参拝したのだが、昭和51年に萱葺から銅葺になっており、昔の面影は煤けて黒くなった本堂の天井と本堂内の暗さに残っていた。また、仁王門横に「保戸河や道」(文政元年(1818年)銘)道標が立っているが、たくさんの「ぐミやうじ道」の道標を見てきているので不思議な気がした。
何といっても、弘明寺商店街(弘明寺かんのん通り商店街)には30数年前の面影は全くなく、昔あった店の多くが別の店に変わってしまっていた。商店街入口にあった大学が中学校に代わってしまったことからも想像が付くだろう。観音橋にも脇に遊歩道か広い歩道が付いていた。京急弘明寺駅も変わってしまっていたが、地下鉄弘明寺駅は古くなっただけのようだ。それでも屋根が萱葺から銅葺きに変わっただけのお寺が一番変わっていないのかも知れない。
(表紙写真は弘明寺本堂)
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坂から弘明寺を見下ろす。
「求明寺」と称していたが、鎌倉時代に、「弘明寺」とした。観音経掲(手偏)分の中の「弘誓深如海」の「弘」の字をとり「求」を「弘」に改めた。 -
「観世音」標石。
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「保戸河や道」(文政元年(1818年)銘)道標。側面には「秩父 西国 板東 百番供養塔」と刻まれており、保土ヶ谷道百番供養塔道標とも言われる。
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仁王門。
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仁王門に掛かる「瑞應山」の扁額。
江戸幕府に使えた書家佐々木玄龍(享保7年(1722年)没)の書。 -
仁王像(金剛力士像)。
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仁王像(金剛力士像)。
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2其の観世音。
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おみくじかけ。
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馬頭観世音菩薩。
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‥‥観世音。
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六地蔵堂。
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六地蔵。
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六地蔵堂左端のお地蔵さま。
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六地蔵の1体。
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六地蔵の1体。
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六地蔵堂右の観音像。
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六地蔵堂右の石仏。
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観世音堂。
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観世音。竹を削って観世音を彫っている。竹は筍の形であるが節がない。
いつの時代のものかは不明である。厨子は古いが観世音は時代がさがろうか。マリア像にも似ているという。そうだとしたら江戸時代になろうか? -
石段。
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身代地蔵堂。
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身代地蔵尊。平成13年(2001年)に京浜急行設立100周年を記念して奉納された。
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「ご真言 オンカカカ ビサンマエイソワカ」。
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身代地蔵尊。
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身代地蔵尊の前でお経を上げる住職。住職は仁王門から入り、竹観世音、身代地蔵尊、厄除大師、大聖歓喜天(聖天)、ご本尊とお勤めに回られていた。住職の容貌はといえば目鏡を掛けた丸顔で禿頭だ。
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石碑。
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「普明‥‥‥」。
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「普明‥‥‥」。8角塔。猫が水を飲んでいる。
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仁王門を見下ろす。
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境内。
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手水舎。
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「弘明寺観音」。
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「横浜市指定有形文化財(工芸品) 木造 黒漆花瓶 二口」。
本堂(観音堂)の観音さまの前の隅に展示してあった。 -
「横浜市指定有形文化財 木造 黒漆花瓶 二口」標柱。
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本堂(観音堂)。明和3年(1766年)に再建。前回に参拝した時以来、萱葺屋根の本堂を見慣れていた。欅の丸柱で欄間彫刻、格天井である。住職の話では天井絵はないという。
内部の表面の3枚、側面の各2枚の欄間彫刻は黒くなっているが立派である。創建(再建)時には彩色されていたのかも知れない。 -
本堂(観音堂)。ご本尊の参拝は300円で厨子の前で参拝できる。NHK「ゆうどき‥」で横浜を代表する仏像として放映された。
堂内入口傍には大黒天などが安置され、一番奥の厨子には弘明寺観音(重要文化財)が安置されている。観音像は鉈彫りの木造十一面観音立像で行基仏ともいわれるが、平安期の作風である。頭から右頬に掛けてと右腹部にひびがある。
また、奥には海蛇がとぐろを巻く形で鉄製の宇賀神さまが2体祀られていた。大師堂に祀られている弁才天とは同じ神様とされる。 -
本堂(観音堂)。
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本堂(観音堂)。
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本堂(観音堂)。
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本堂(観音堂)に掛かる「瑞應」の扁額。
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内側には龍の木鼻。
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対向して龍の木鼻。
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3方に3つの木鼻。方に3つの木鼻がある向拝は初めて見た。木鼻は外に向かって付いているのは普通であり、とても珍しいものだ。
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天井の彫刻。
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天井の彫刻。
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3方に3つの木鼻。
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3方に3つの木鼻。
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天井の彫刻。
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海老虹梁(えびこうりょう)。
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弘明寺境内図にはお堂の名前が記載されていない。
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地蔵堂。
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お地蔵さま。
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鐘楼堂。
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梵鐘。
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「横浜市指定有形文化財(工芸)弘明寺梵鐘」看板。
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地蔵祠。
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お地蔵さま。
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大師堂。
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厄除大師。
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大師堂の弁才天。
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大師堂の閻魔大王。
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大師堂の仏像。
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おみくじかけ。
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「七ツ石の由来」。
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七つ石(七ツ石)。
善無畏三蔵法師が渡来の際、当山の霊域を感得して曼羅尼を書写し結界を立てた霊石。尾りょ石と刻してある。「尾呂(門構えが付く)石」や大黒天の袋に似ているので名付け」られた「福石」がある。 -
七つ石。
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供養塔(慶應4年(1868年)銘)。
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百度石など。
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百度石。
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馬頭観世音
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十一面観音(大正7年(1918年)銘)。
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石仏。
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線刻仏。
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石仏。インド風だ。
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奥の石段。
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宝篋印塔。
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「四代目 橘家圓蔵之碑」。
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「納礼六家 金川志ん馬之碑」。
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石碑。
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絵馬かけ。
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絵馬かけ。
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お堂の中の庚申塔。
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庚申塔(元文5年12月吉日(1741年初め)銘)。
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庚申塔(延宝8年(1680年)銘)。
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聖天堂。
弘仁9年(818年)弘法大師が全国回遊の際、当山に草庵を結び、大聖歓喜天(聖天)を彫り、一千座の護摩行を修行して庶民の除災招福を祈願したと言われるその大聖歓喜天(聖天)を祀っている。 -
聖天堂に掛かる「大聖歓喜天」の扁額。
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境内を見下ろす。
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境内。
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檀家会館。
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庫裡。
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こうやくん。
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茶屋。精進料理(5,500円(消費税別)、2名以上(夜は5名以上)の予約制)を出しているところか?
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楓関門。
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楓関門屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。後ろ足も着いていて珍しい形だ。
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楓関門屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。後ろ足も着いていて珍しい形だ。
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楓関門。
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楓関門。
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楓関門んお石段下には仙台しだれ桜。
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古くからアーケードのある弘明寺商店街(弘明寺かんのん通り商店街)。
コンビニが見える。 -
古くからアーケードのある弘明寺商店街(弘明寺かんのん通り商店街)。
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観音橋。弘明寺商店街のくじ引きが行われている。
近くにマンションが建っている。 -
観音橋。
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観音橋脇の遊歩道か歩道。なお、営業が始まると弘明寺商店街(弘明寺かんのん通り商店街)は歩行者天国となる。
実は、ここから100mくらいのところにあるアパートの2階を借りて、昭和49年(1974年)春頃から昭和51年(1976年)3月まで下宿していた。
その後、7、8年前に桜見の後で弘明寺商店街を歩いたことがある。すっかり変わっていたが、今とはそれほどの違いはない。良く行っていた馴染みのとんかつ屋ももうない。 -
観音橋から鎌倉街道までのアーケード。
マンションの1階がアーケードの商店になっているところもあった。 -
鎌倉街道の両側には地下鉄弘明寺駅、向こう側には横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校。
かつては工学部の本館前には「名教自然」碑(国登録有形文化財)が建っていた。
本館も背が低くなったような‥。
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