2012/07/15 - 2012/07/15
5275位(同エリア6961件中)
ふろすとさん
たまたま入手した同志社大学のパンフレットに紹介されていた、新島襄・八重夫妻ゆかりの京都の史跡。同志社墓地を上るのはとても大変でしたが、ご夫妻のお墓参りも無事に済ませることができました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- タクシー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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南禅寺の塔頭・天授庵から今日の旅はスタート。
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桔梗でしょうか。とても涼しげです。
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このお寺には、幕末の思想家として有名な横井小楠と長男時雄の墓があります。その時雄が八重の姪(兄の娘)と結婚しています。でも横井小楠父子のお墓はどこにあるか、探せませんでした。
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お墓参りはできませんでしたが、庭園はとてもきれいでした。これは枯山水の東庭。
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書院南庭の池には睡蓮も咲いていました。
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天授庵方丈
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南禅寺からは哲学の道を歩きます。
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哲学の道で出会った猫たち。
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次の目的地は、哲学の道の南端、若王子(にゃくおうじ)神社です。若王子山の山麓にあります。
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この神社は、若王子山頂にある同志社墓地への登り口に位置しています。
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若王子神社本殿。タクシーの運転手さんでも場所が解らなかったと言うことは、案外知られていない神社なのでしょうか。
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イチオシ
大雨の後の山道を登り、やっと同志社墓地へ。新島襄の墓です。墓石の文字は、あの勝海舟の揮毫です。
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イチオシ
その隣にある新島八重の墓。こちらは明治の有名ジャーナリスト徳富蘇峰が揮毫しました。ちなみに徳富蘇峰は同志社在学中、八重と「鵺(ぬえ)のような女」と罵倒したことで有名です。
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新島夫婦の墓は、デザインもばらばらで余り統一感がないように感じました。「自立した女性」だからかな?
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新島襄、八重の兄山本覚馬と共に、初期の同志社に大きな功績を残したアメリカ人宣教師デイヴィスの墓。
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この同志社墓地には、他にも八重の兄山本覚馬など、八重の実家山本家の人々が眠っているはずなのですが、探せませんでした。それにしても、もう少し墓地への参道を整備して欲しかったです。大雨の後だったせいもありますが、歩きにくくて大変でした。
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イチオシ
お墓参りでくたくたになったので、次の目的地・黒谷の金戒光明寺へもタクシーを利用しました。これは京都守護職として赴任した会津藩主・松平容保が本陣を置いた寺院です。
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左の建物が庫裏(僧侶の居住する場所)です。
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小方丈
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禅道場。多数の会津藩士が駐屯した寺院だけあって、立派な建物が多いです。
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境内をさまよって、やっと見つけた会津墓地。ここも階段を上りました。今日の墓参りは疲れます。
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戊辰戦争で戦死した会津藩士の名を刻んだ墓碑。八重の弟山本三郎の名もありました。墓碑には会津若松城(鶴ヶ城)の写真が備えられていました。
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金戒光明寺・総門
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金戒光明寺は、新選組の近藤さん達も訪れた寺院です。来年の大河ドラマでも、新選組の隊士達は多分登場するでしょう。ロケで賑わうかも知れません。
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