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金色山・大悲願寺(だいひがんじ、東京都あきる野市横沢)は建久2年(1191)源頼朝の命により源氏譜代の御家人の平山季重(ひらやま・すえしげ、1140~1212)が建立した真言宗豊山派の寺院と伝えられています。<br /><br />そもそも平山氏はいわゆる「武蔵七党」の西党の一族で武蔵国平山の地(現東京都日野市平山)を中心に周辺を開発し領地拡大をする一方、社寺への崇敬厚く各地の建立に関与しています。<br /><br />その後正平9年(1354)には初代鎌倉府公方の足利基氏(あしかが・もとうじ、1340~1367)並びに嫡男氏満(うじみつ、1359~1398)により寺領20石が与えられ明治維新まで受け継がれます。<br /><br /><br /><br />2023年6月4日追記<br /><br />大悲願寺の縁起について下記のように略述があります。<br /><br />「 大悲願寺は源頼朝が檀越となり、澄秀を開山として、平山季重が建久2年(1191)に創建したといいます。その後4世澄秀が延文5年(1360)に再興、関東管領足利基氏・氏満父子から寺領20石を寄進受け、徳川家康が関東入国した天正19年(1591)にも20石の御朱印状を受領、近隣に末寺32ケ寺を擁していました。」<br /><br />

武蔵あきる野 源頼朝命により西党出身の有力御家人平山季重創建で鎌倉公方足利基氏・氏満父子並びに徳川家康が寄進した古刹『大悲願寺』散歩

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2012/06/17 - 2012/06/17

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滝山氏照

滝山氏照さん

金色山・大悲願寺(だいひがんじ、東京都あきる野市横沢)は建久2年(1191)源頼朝の命により源氏譜代の御家人の平山季重(ひらやま・すえしげ、1140~1212)が建立した真言宗豊山派の寺院と伝えられています。

そもそも平山氏はいわゆる「武蔵七党」の西党の一族で武蔵国平山の地(現東京都日野市平山)を中心に周辺を開発し領地拡大をする一方、社寺への崇敬厚く各地の建立に関与しています。

その後正平9年(1354)には初代鎌倉府公方の足利基氏(あしかが・もとうじ、1340~1367)並びに嫡男氏満(うじみつ、1359~1398)により寺領20石が与えられ明治維新まで受け継がれます。



2023年6月4日追記

大悲願寺の縁起について下記のように略述があります。

「 大悲願寺は源頼朝が檀越となり、澄秀を開山として、平山季重が建久2年(1191)に創建したといいます。その後4世澄秀が延文5年(1360)に再興、関東管領足利基氏・氏満父子から寺領20石を寄進受け、徳川家康が関東入国した天正19年(1591)にも20石の御朱印状を受領、近隣に末寺32ケ寺を擁していました。」

交通手段
JRローカル 徒歩
  • 通用門<br /><br />通用門と左右に広がる城壁塀が印象的です。

    通用門

    通用門と左右に広がる城壁塀が印象的です。

  • 通用門<br /><br />門から境内を望みます。開花の季節には早すぎますが当寺評判の白萩の植物が見えます。

    通用門

    門から境内を望みます。開花の季節には早すぎますが当寺評判の白萩の植物が見えます。

  • 伊達政宗と白萩文書<br /><br />元和9年(1623)当寺を訪れた仙台藩主伊達政宗が庭の白萩が見事であったとして白萩を所望したいとする書簡があります。<br />当時政宗の末弟が住職海誉上人の弟子として当寺に在寺していたそうです。

    伊達政宗と白萩文書

    元和9年(1623)当寺を訪れた仙台藩主伊達政宗が庭の白萩が見事であったとして白萩を所望したいとする書簡があります。
    当時政宗の末弟が住職海誉上人の弟子として当寺に在寺していたそうです。

  • 本堂<br /><br />手前に白萩がありますが季節が早くまだ咲いていません。

    本堂

    手前に白萩がありますが季節が早くまだ咲いていません。

  • 本堂遠景

    本堂遠景

  • 本堂

    本堂

  • 扁額

    扁額

  • 本堂石碑

    本堂石碑

  • 中門(朱雀門)

    中門(朱雀門)

  • 中門(朱雀門)<br /><br />本堂から中門を望みます。<br />

    中門(朱雀門)

    本堂から中門を望みます。

  • 中門(朱雀門)<br /><br />

    中門(朱雀門)

  • 仁王門と白壁塀

    仁王門と白壁塀

  • 仁王門

    仁王門

  • 仁王門天井絵

    仁王門天井絵

  • 無畏閣(観音堂)遠景

    無畏閣(観音堂)遠景

  • 無畏閣(観音堂)<br /><br />寛政6年(1794)の建立、平成16年から18年にかけて修復工事が行われます。

    無畏閣(観音堂)

    寛政6年(1794)の建立、平成16年から18年にかけて修復工事が行われます。

  • 扁額

    扁額

  • 無畏閣(観音堂)上部の彫り物

    無畏閣(観音堂)上部の彫り物

  • 鐘楼

    鐘楼

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