2012/10/31 - 2012/10/31
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ドクターキムルさん
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根津神社境内の乙女稲荷神社と駒込稲荷神社の間にあるのが庚申塚と力石・賽の大神碑である。
庚申塚は供養塔が1箇所に集められ、背中合わせで建てられている。まるで、寺で見る三界萬霊塔の塚のようである。
また、庚申塚に集められた丸い石は力石である。左の力石には「五拾貫目余」、右の力石には「三十五メ目」と彫られている。一貫3.75kgとすると、50貫は187.5kg、35貫は131.25kgになる。しかし、元々はどこにあったものかは不明である。傍らに看板を設置していながら、こうした力石の由来や重さを記載していない文京区教育委員会も教育委員会だ。力石の由来が分かるうちに、「力石」の看板も設置すべきだろう。
塞大神碑は、元々は本郷追分(東大農学部前の中山道・日光御成街道分岐路)に祀られていた道祖神である。この追分は、日本橋から一里で、江戸時代に一里塚のあったところである。 文政7年(1824年)の火災で欠損し、その跡地に明治6年(1873年)、この賽の大神碑が建てられた。その後、明治43年(1920年)に道路拡張のため、根津神社に移された。
これまで目にした庚申塚は、庚申塔が並んで建てられ、庚申塚となっているものばかりであったが、このように、背中合わせに建てられ、1つの塔のようになっているのは初めてである。また、力石があるのに無視されているもの珍しいことだ。
(表紙写真は根津神社の庚申塚)
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「庚申塔(六基根津神社境内)」看板。6基の庚申塔の碑文などが記載されている。
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庚申塚と力石。
塚に集められた丸い石は力石である。左の力石には「五拾貫目余」、右の力石には「三十五メ目」と彫られている。一貫3.75kgとすると、50貫は187.5kg、35貫は131.25kgになる。
傍らに看板を設置していながら、こうした力石の由来や重さを記載していない文京区教育委員会も教育委員会だ。力石の由来が分かるうちに、「力石」の看板も設置すべきだ。 -
庚申塔(寛文8年(1668年)銘)。3面6賢の青面金剛像が彫られている。
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庚申供養塔。月吉日とあるが年月部分が欠けてしまっている。観音像が彫られている。
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庚申塔(元禄5年(1692年)銘)。青面金剛像が彫られている。
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庚申塔(延宝8年(1680年)銘)。青面金剛像が彫られている。
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庚申供養塔(寛永9年(1632年)銘)。
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庚申塔(宝永6年(1709年)銘)。6賢の青面金剛像が彫られている。
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力石。「五拾貫目余」と彫られており、およそ190kg程度の重さであろう。
右側の力石には「三十五メ目」と彫られており、およそ131kg程度の重さであろう。
このように重さを彫ってある力石はそれほど多くはない。ただの丸い石である場合が多い。 -
基台には3猿。
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丸瓦の家紋。
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賽の大神碑。
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「賽の大神碑 根津神社」看板。
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