2012/09/24 - 2012/09/24
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ドクターキムルさん
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鎌倉市山ノ内にある建長寺塔頭玉雲庵(ぎょくうんあん)は最近建てられたものである。建長寺とNPO法人「日本語の美しさを伝える会」が主催して「建長寺 親と子の朗読会」(毎週土曜日:10時〜11時)の会場となっている。
玉雲庵は、鎌倉学園グランド、川村瑞賢墓の参道、回春院へ向かう道、半僧坊参道が分岐する五差路脇にある。かつては畑地であり、向かいに6年前まで茶屋の店を出していた家に貸し出されていたのだが、数年前に建長寺から返却要求が来て寺側に戻され、塔頭の建物が建った。大覚池から流れ出る川の岸には明治38年(1905年)に植えた樹齢100年を越えるつつじの古木がある。おそらくは、明治23年(1890年)に半僧坊が勧請され、半僧坊道としての整備の一環として植えられたのだろう。この頃はまだ、左折して川村瑞賢墓の参道から山に上り尾根道を上がっていたと思われる。
向かいの角の家のお婆さんは大正5年(1916年)生まれで、96歳であるという。90歳まで店をやっていたという。角に店だった建物が残っている。昔はこうした店が10数軒(13、14軒)も出ていたという。明治維新の神仏分離で建長寺も境内を切り売りして民家が建ったが、こうした民家はどの家でも店を出していたのだろう。
お婆さんは現在の藤沢市村岡の農家の生まれであるが、兄の友達に学校の先生がおり、勧められて女学校に進学したのだという。当時は女学校に行く農家の娘など考えられない時代であり、それでもクラス(学校か?)で3人が女学校に進学したという。女学校では横文字(英語)も習ったそうだ。私の高校3年の同級生にも博士になった人が4人いるが、同じようなものか。
半僧坊を参拝して、井戸の水を飲ませていただいた縁でお嫁に来ることになったという。鎌倉学園グランドあたりには鎌倉五名水の「不老水」があったとされるから水脈はあるのだろう。それでも井戸を掘っても水が出ず、横井戸を掘って水を溜めてようやく水が得られたのだという。水道が引かれる前のことだ。
お嫁に来た頃は半僧坊道は尾根道と今の参道の2つがあったが、どちらを通っても同じ時間で着いたという。また、関東大震災(大正12年(1923年))のことも良く覚えており、建物は悉く倒壊したと文献にはあるが、実際には建てたばかりの家などは倒壊を免れたという。寺社で聞く昔話と符合している。
お婆さんは足が不自由ではあるが、耳も達者で、記憶もはっきりとしていた。96歳の人と話したのは初めてのことであった。生きた話が聞けた。
(表紙写真は玉雲庵)
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