2012/08/12 - 2012/08/12
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ぺこにゃんさん
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自分的に恒例となっている夏登山。
「今年こそアルプスに!」という願いは今年も叶わず,近場で済ますこととなりました。
で,登ってきたのは京都の愛宕山。
京都市内中心部から見て,艮の方角(=鬼門)にあるのが比叡山(848m),乾の方向にあるのが愛宕山(924m)。
約19km隔てて,東西ほぼ一直線に並んでいます。
愛宕山は比叡山同様,古来信仰の対象とされてきました。
山頂には「火伏せ」の神を祀る愛宕神社があります。
全国に800社あるという愛宕神社の総本山です。
京都では,台所など火を使用するところに,この愛宕神社の「火廼要慎」の札が貼られているそうです。
今回の目的はこの札をゲットすることです。
ところで「火廼要慎」は何と読むのか?
それは旅行記の最後で明かします。
写真の枚数が多くなったので,旅行記を分けます。
まずは愛宕山登山編です。
-
スケールの大きな山岳写真を撮りたいというのが,最近の私の願望。
ただ関西からはアルプスなどには簡単に行けないのが現実。
指をくわえて4トラの登山旅行記を見ている日々です。
今年の夏はスケールは小さいですが,京都の愛宕山(924m)の山頂にある愛宕神社へと向かいました。
嵐山に降り立ち,渡月橋越しに愛宕山を望む…はずが,天気が悪くて姿は見えず。
午後から天気が回復するという予報を信じるしかない。 -
登山口のある清滝までバスで行っても良かったのですが,天気回復の時間稼ぎもあったので嵐山から歩いて行くことにしました。
渡月橋を渡り,大堰川に沿って歩いて行きます。 -
嵐山公園 亀山地区の展望台へ。
太陽は姿を現していないものの,一部には青空も見えています。 -
嵐山公園を北へと抜けると嵐山の定番,竹林の道。
日曜日の朝9時とはいえ,やはりお盆休み。
すでに観光客がいました。 -
少し北へと歩くと,トロッコ嵐山駅を見下ろせるところがあります。
ちょうどトロッコ電車が到着したところで,駅に停車している姿を拝めました。
7月中旬の豪雨による土砂崩れのため,長い間運休していたのですよね。
お盆休み直前で何とか運転再開となって良かったです。 -
さらに北上して,小倉池。
-
どんどん歩いて,愛宕街道。
趣のある家が並んでいます。 -
そして,鳥居本に到着。
右手の道を行けば清滝へ,左手の道を行けば六丁峠を越えて保津峡へと続いています。 -
この鳥居は愛宕神社の一ノ鳥居です。
愛宕山の山頂にある愛宕神社へはここがスタート地点です。
気を引き締め,一礼して鳥居をくぐります。 -
鳥居をくぐって,すぐ左手にあるのが平野屋。
藁葺き屋根が特徴的なお店です。 -
清滝へ行くには,清滝トンネルを通るか,試峠を越えるかの二通りあります。
私はいつも清滝トンネルを利用しているので,今回もトンネルの中を歩いて行きました。
歩いて通り抜けるには長いトンネルです。
暗闇の中を歩くので,車には注意が必要です。
背筋が凍るような話もありますので十分お気をつけて… -
トンネルを抜けると清滝のバス停があります。
この先は二手に分かれますが,どちらの道を選んでも構いません。 -
しばらく歩くと清滝川に架かる金鈴橋に到着。
綺麗な川です。 -
私は知らなかったのですが,このあたりは川遊びスポットとなっているようです。
いつか子供と一緒に来ようかな。 -
金鈴橋を渡った先に,愛宕神社の二ノ鳥居があります。
ここが愛宕山の登山口(表参道)となります。 -
「伊勢へ七度 熊野へ三度 愛宕さんへは月参り」
という歌があるように,古くから愛宕山は信仰の対象とされてきました。
「月参り」とはいえ,愛宕山は日帰りできるので,伊勢や熊野に比べるとはるかに楽ですけどね。 -
登山者向けの看板には,
「自分で登り,自分で下山する他,手段はなし」と書かれています。
愛宕神社までの約4kmは歩く以外方法はありません。
一方で,同じ信仰の山,比叡山へは車やケーブルカーで行くことができます。
さすが延暦寺というべきか。 -
看板にも書いてありますが,一の鳥居(平野屋前)から50丁(1丁=約109m)で山頂です。
1丁ごとにお地蔵さま,または丁石が置かれています。
ちなみに,二の鳥居は13丁目ですね。 -
お地蔵さまも目安になりますが,登山道には嵯峨消防分団の方々が作成された立て札もあります。
道中,立て札の数は40。
コメントに勇気付けられながら歩くことになります。 -
14丁目の丁石。
単独登山ですので,退屈しないようにすべてのお地蔵さまと丁石を撮影しながら登って行きます。
せっかくなので全て掲載しておきます。
面白くないですけど,誰かデータベースとして必要とするかもしれないので。 -
最初は舗装された道を歩いて行きます。
愛宕山登山の特徴は,一本調子の登りが続くこと。
しかもいきなり傾斜のきつい坂道です。 -
ふと脇をみると…階段?
他にも電信柱が立っていたりしており,人工物が目に付きました。
いまはありませんが,かつて愛宕山にはケーブルカーが走っており,ホテルや遊園地まであったそうです。
その名残なのかもしれません。 -
まだまだ余裕。
こんな写真も撮っていられます。 -
しばらく登ると,すぐにお助け水があります。
このあたりが15丁目かなぁ?
必ずしもお地蔵様or丁石があるとは限りません。
嵐山駅からずっと歩いてきたので,ここで顔や手を洗います。
冷たくて気持ち良かったですよ。
なお,山頂まで他に水を手に入れられる場所はありません。 -
途中に祠のようなものがあるあたりが16丁目のはず。
登山道は神社の参道でもあるので,石段となっている場所があります。
石段は自分の歩幅で歩けないので,ペースがつかみにくいです。 -
17丁目,火燧権現跡(ひうちごんげんあと)。
以下,説明文。
ここ十七丁目には、清滝社火燧権現、あるいは下権現社とも呼ばれていた二間一間の朱塗の社があり、山頂の愛宕神社と同様に火の神火産霊命をまつっていた。
『扶桑京華志』(1665年刊行)には、京洛に火事が起これば社が鳴動するところから名付けられたといい、火事と深く関わりのある社であった。
室町期、大覚寺の社務を執り行なう坊官の支配下にあった愛宕山は、戦国の争乱をへて神宮寺である白雲寺に実権が移ったが、この社だけは従来通り坊官から神事奉行を出し、祭礼や平日の神供燈明の世話をすることになっていた。
明治16年(1883)に愛宕神社が提出した『葛野郡神社調』によると、同十二年(1879)に、銅鳥居(あかがねのとりい)上の神門横へ「燧神社(ひうちじんじゃ)」として移したとあり、現在地には石碑のみが残る。 -
17丁目のお地蔵様。
-
どんどん行きましょう。
脇に見えるのは?丁目のお地蔵様。
彫りこまれている数字をちゃんと見ておけばよかったのですが,前掛けをされているので,それを捲ってまでというのはちょっとね… -
18丁目の丁石。
-
18丁目のお地蔵様は斜面の高いところに。
足元ばかり見ていたら見逃してしまいます。 -
18丁目の坂道は「壺割坂」と呼ばれています。
理由は写真のとおり。 -
壺割坂を見下ろすとこんな感じ。
結構,高度感あるでしょう。 -
19丁目のお地蔵様と丁石。
-
20丁目,一文字屋跡。
現在,清滝バス停前で営業している一文字屋がかつてあった場所。
確かに清滝バス停のところにお店があったけど,あそこのこと?
(清滝トンネルの次の写真参照) -
たぶん21丁目。
-
これは自信あり。
22丁目のお地蔵様。 -
森の中をあるいているので,直射日光が当たることはほとんどないです。
とはいえ,8月半ばは十分に暑い。 -
(上)23丁目のお地蔵様と丁石
(中)24丁目の丁石
(下)24丁目のお地蔵様
困ったことに,お地蔵様と丁石は必ずしも同じ場所にあるわけではないです。
酷い場合は,誰かが順番を入れ替えたり,盗んだりしていることもあります。 -
小屋が見えてきました。
どうやらここが休憩場所のようです。 -
一の鳥居から神社までの50町の参道沿いには,多くの茶屋がありました。
ここは丁度真ん中の25町目にあたり,「なかや」という茶屋兼宿屋があったところ。
「なかや」は現在渡猿橋の畔に移転しているとのこと。
(上)25丁目の休憩小屋
(中)茶屋跡の石碑
(下)25丁目のお地蔵様と丁石
ところで…
ここは25丁目でちょうど真ん中のはずなのですが,三合目の休憩所です。
「一の鳥居から」というのと,「登山道の入り口から」というのがゴチャゴチャになっています。
まあ,要するにまだまだあるということです。
ここでカメラのレンズが故障。
フォーカスが合わなくなり,レンズを振ると中で音がする…
以前からおかしかったからなぁ。
念のため予備を持ってきて正解。 -
三合目休憩所から出発。
ここからは予備レンズを用います。
使い勝手がイマイチ… -
木の下が大きくえぐれて,ドーム状になっています。
雨宿り出来そうなんてことを思ったりする。 -
(左)26丁目の丁石
(右)歩いて30秒の位置にあったので,おそらく26丁目のお地蔵様 -
28丁目の丁石通過。
(27丁目はどこ?) -
29丁目のお地蔵様。
-
このあたりで残り2.5km
-
-
30丁目,5合目休憩所到着。
3合目からは15分ぐらいでした。 -
30丁目の丁石とお地蔵様。
5合目休憩所を過ぎると,急に登山道は緩やかになります。 -
しばらく歩くと…何かあります。
酒樽? -
大杉大神を祀っている社でした。
それにしても酒樽をここまで運ぶなんて大変だったはず。 -
大杉大神前は南側の視界が開けています。
31丁目のお地蔵様の視線の先はというと… -
視界がクリアではないですが,保津峡ですね。
川下りをしている舟も見えました。 -
立て看板も半分の20/40まできました。
-
32丁目の丁石は今にも倒れてしまいそうな木の下にありました。
-
22/40の看板にはこんなコメントが。
壊すやつがいるんでしょうね。
情けない。 -
33丁目の丁石。
-
34丁目の丁石。
-
34丁目のお地蔵様。
-
35丁目の丁石。
-
鞍馬寺の木の根道を想像させるような道です。
根を踏まないように注意しながら歩きます。
といいながら,根に躓くのはお約束。 -
岩肌が露出しているところはスリップしないように気を付けてと。
-
(左)36丁目のお地蔵様
(右)37丁目のお地蔵様と丁石 -
38丁目のお地蔵様を過ぎると…
-
7合目休憩所に到着…
えっ!? 壊れてる!
7月中旬の集中豪雨(トロッコ電車が運休になったやつ)の時につぶれたようです。
自然の力って怖いね。 -
ここからの眺めもなかなか良いです。
といっても大したものは見えません。
強いて言うなら,広沢池周辺がよく見えるかな。
ちなみにここで残り1.5kmです。 -
休憩なしで進みます。
似たような山道の写真ばかりだったので,たまには見上げてみます。
面白くもないですけど。 -
39丁目のお地蔵様と丁石は見当たらずに,水尾分れに到着。
ここで水尾の里からの登山道と合流します。 -
進路を北へとり,いよいよ愛宕神社への最後のアプローチとなります。
-
40丁目のお地蔵様。
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43丁目の丁石?
順番がおかしい… -
41丁目,ハナ売り場に到着。
愛宕神社の神花である樒(しきみ)の売り場です。 -
41丁目の丁石。
ここから石段が続きます。 -
寄り添うように,42丁目のお地蔵様と丁石。
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43丁目のお地蔵様は何故か2体。
先ほどの43丁目の丁石はやはり場所がおかしい。 -
ひたすら登りが続きます。
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このあたりが44丁目。
ガンバリ坂と呼ばれているそうです。 -
体力は十分残っていたので,ガンバリ坂もスイスイと登って行きます。
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石段が終わって,45丁目のお地蔵様。
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倒木の木の下をくぐり…
-
おそらく46丁目のお地蔵様の前を通過。
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この立て札のあるところが47丁目だと思う…
-
門が見えてきました。
到着ですね。 -
48丁目のお地蔵様と黒門。
以下,説明文。
■黒門
京口惣門とも呼ばれた,白雲寺の京都側の惣門。
ここから寺の境内に入る。
愛宕山は江戸時代を通じて,神宮寺の白雲寺が実権を握る,神仏習合の山であった。
しかし,慶応四年の神仏分離令により,白雲寺は破却。
同門は,境内各所に残る白雲寺の名残の一つである。 -
イチオシ
黒門前から来た道を振り返ります。
-
では,黒門から愛宕神社の境内へと入ります。
-
門をくぐった,すぐ左手に48丁目の丁石。
-
少し進んで,ラスト40番目の立て札。
これで登山はひとまず終了。
続く…
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