2011/09/20 - 2011/09/20
595位(同エリア747件中)
まみさん
2011/09/20火 サマルカンド観光1日目
・コシュハウズ・モスク見学
・レギスタン広場(有料)約2時間
ウルグベク・メドレセ:ミナレットからの眺望&冬のモスク見学
ティラカリ・メドレセ:黄金のミフラブと昔の写真など
シェルドル・メドレセ
・チャイハナ風レストランのラビ・ゴールでランチ
・アイニー博物館(ブハラ生まれのタジク人文学者の家)見学(有料)
・アミール・ティムール廟見学(有料)
・ルハバッド廟(有料)&中庭の工房2ヶ所見学
〜新市街のウニヴェルスィチェッティ大通り〜ナヴォイ通り〜
・郷土史博物館(有料)
〜バスでレギスタン広場に戻る〜
・レストラン・レギスタンで、天蓋テント風の座敷席で夕食
〜レギスタン広場の夕景を長めながらホテルに戻る〜
【サマルカンド泊:ホテル・アジア】
グリ・アミール廟(アミール・ティムール廟)に着いて見学を開始したのは午後の2時。
ちょうど太陽が建物の後ろに来ている時間帯で、写真を撮ろうとすると逆光気味でした。
日射しが強いため、影になった建物をきれいに撮るためには露出をうんとプラスにしなくてはならないので、せっかくの青空がほとんど白くなるのが残念でした。
ティムールたちの石棺がある部屋が1番豪華でハイライトでした。
美しい内装を、写真を撮りながらゆっくり楽しんだ後、隅にある柱の基盤に他の見学者や現地の男性たちが座って休んでいたので、私も少し休むことにしました。
石造りの建物の中は涼しくて気持ちが良かったのです。
しばらくすると、中にいた現地の男性1人が、朗々と祈りを唱え始めました。
そして他の現地の男性たちが、それに聞き入るように目を閉じ、両手の手のひらを上に向けて天に訴えるように、小さな声で祈りを唱え始めました。
そこまでは別によかったのですが……。
見ると、座っていた周りの外国人観光客らしき人たちまで、みんな同じように両手のひらを上に向けて、じっと目をつぶっているではないですか。えっ? えっ?
たとえは悪いですが、ドッキリカメラのターゲットにされた気分でした。
1人だけマネしない私はどうにも異質で居心地が悪かったので、よく分からないまま私も、同じように両手のひらを上に上げて、でも、目をつぶらず目玉だけキョロキョロさせて様子をうかがいながら、祈りが終わるのをじっと待ちました。
どっきりカメラのターゲットにされた人のとまどいが分かるなぁと思いながら(苦笑)、同時に、郷には入れば郷に従うべきだと思い。
どうやらそれで正解だったようです。
というのも、翌日のサマルカンド観光2日目、ビビハニム廟とシャーヒズィンダ廟群でも同じように祈りの場面に遭遇しましたが、そのときは、イスラム教徒でもない外国人の私に対しても、同じように両手のひらを上に向けて祈りに耳を傾けるように、しっかりジェスチャーで促されましたから。
<2011年秋ウズベキスタン旅行:旅程一覧>
9/16金 成田発 ウズベキスタン航空でタシケントへ&国際線の遅延で国内線に乗り遅れる
9/17土 ヒヴァの代わりのタシケント観光
9/18日 朝7時台の国内線でブハラへ&ブハラ観光1日目
9/19月 午前ブハラ観光&午後サマルカンドヘ事前手配の車で移動(途中シャフリサーブス寄り道)
9/20火 サマルカンド観光1日目
9/21水 サマルカンド観光2日目
9/22木 特急シャーク号に途中乗車してタシケントへ&タシケント出国
9/23金 朝8時台に成田着
(その後、昼に妹ら一家と上野で待ち合わせて、甥っ子姪っ子らと上野動物園で遊ぶ)
※2011年秋ウズベキスタン旅行の詳細な旅程はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行プロローグ(旅程一覧)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10606873
あるいはもう一つのブログ「まみ’s Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/)の記事より
「2011年ウズベキスタン旅行の詳細旅程(写真付)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/2011-41d7.html
<立案・準備編>
「今年も2度目の海外旅行を計画中」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/08/post-087f.html
「もうすぐウズベキスタン旅行!」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/post-4f78.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
見えて来たグリ・アミール廟
10時から12時にかけてレギスタン広場を見学したあと、1時間たっぷりランチをとり、途中でアイニー博物館に入ったりしたものの、そのあとはまたまた旧ソ連らしき近代的な街並みが続いて、テンションが落ちてしまいました。
ブハラの旧市街がどこもかしこも古都らしきムードをたたえていたのをなつかしみながら。
でも、グリ・アミール廟が見えて来たら、一気に気分が高揚してきました。
かなり巨大だった上、その前の参道のような大通りはきれいに舗装されていて、このときは車も人もほとんど通っていませんでしたから、近づくまでとても長く感じられました。 -
グリ・アミール廟に向かい合うように建つルハバッド廟
こちらは順光向きなので、背景の空がきれいに青く撮れました。
「(前略)レギスタン通りからグーリ・アミール廟へ向かう入口には、1380年に建てられたルハバート廟がある。これはサマルカンドでもっとも古い建物のひとつで、14世紀の聖者シャイフ・ブルハン・サガルジを祀るためにティムールが建てたものといわれている。方形の建物の上に、八角形、その上に円形(ドーム)がある造りだ。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
ルハバッド廟のドーム屋根
グリ・アミール廟の見学が終わったら、次はあちらです!
でも、まずはグリ・アミール廟へ。 -
近づいても近づいてもまるで蜃気楼のようになかなか到着しなかった、グリ・アミール廟
それだけ巨大だったということでしょう。
午後の太陽はこの建築群の後ろに位置していたため、写真では逆光で空が真っ白に撮れてしまうのが残念でした。
「ティムール一族が眠るアミール・ティムール(グリ・アミール)廟
グリ・アミールとは、タジク語で“支配者の墓”という意味。ティムールをはじめ、彼の息子たちが眠る霊廟である。青の都と呼ばれるサマルカンドでも、ひときわその青さがひきたっている壮大な建造物ではないだうろか。
もともとこの場所には、彼の孫ムハンマド・スルタンが建てたメドレセとハナカがあった(中庭に基礎のみ残っている)。しかし1403年のトルコ遠征で彼は戦死してしまい、ティムールは彼を偲んで隣に廟を建設した。廟は1404年に完成するが、1年後、中国遠征の途上で休止したティムール自身もここに葬られることになった。彼はかねてから生地シャフリサーブスに葬られることを希望し、廟も造っていた。また死ぬ間際には「名を刻んだ石だけを墓標とするように」と遺言したが、権力者の哀しさか希望は両方とも実らなかった。
廟内部は1996年に修復が終了し、建設当時の美しさを取り戻している。内部を覆う文様には金3kgが使用されたという。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
グリ・アミール廟の壮麗なゲートと
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遺構と
「グーリ・アミール(グル・エミル)廟
タジク語でアミールの墓という意味。アミールは本来、司令官を意味するアラブ語だが、15世紀のこの地域では遊牧貴族の族長、太守の意味で使われた。当時は君主としてハーンの称号を名乗れるのはチンギス・カンの男系子孫に限られていたため、ティムール朝の君主は名目上は格下のアミールを使っていた。ホテル・サマルカンドから南東方向へ300m、旧市街の外れにあるこの廟にはティムール、シャー・ルフ、ウルグベクという最盛期のティムール朝を統治した3代の君主が眠っている。
もともとこの廟は、ティムールが戦死した孫のムハンマド・スルタンのために1404年に造ったもの。最初にこの場所に葬られたのはティムールが尊崇したサイイド(預言者ムハンマドの子孫)・バラカだが、ティムール自身も1405年、遠征中にオトゥラル(オトラル)で没した後、ここに葬られた。ティムールはシャフリ・サブズに小さな自分用の墓を作っていたが、突然の死が真冬だったため、雪に覆われたシャフリ・サブズに葬ることができず、ここに収められたという。(後略)」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
「アミール・ティムール廟14〜15世紀」
やっと到着しました。
入場券売り場はこれより背後の小さな建物にありました。
入場料は9,000スム、撮影代も9,000スム。
(2011年9月現在、1,000ウズベキスタン・スム(UZS)=43.90円(約50円で換算)) -
ゲートの前で記念撮影中@
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ゲートをくぐりましょう!
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その前に、見上げるアングルでも撮影
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鍾乳洞風のデザインをじっくり眺める
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ゲートの向こうに
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墓室のある、いわば霊廟本体の建物
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ゲートを振り返って
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霊廟本体の建物の入口部分
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霊廟本体の鍾乳洞風のデザイン
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鍾乳洞風のデザインの美しいタイルをじっくり眺める・その1
白基調でさわやかな感じです。 -
鍾乳洞風のデザインの美しいタイルをじっくり眺める・その2
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そしていよいよ中へ
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その前に、ミナレットを仰ぎ見る
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入口のすぐ上のくぼみの彩釉タイルのデザイン
もったいをつけるわけではないのですが、外観がとてもすばらしくて、なかなか中に入れず(笑)。 -
中の様子に入ると
白漆喰の壁がそっけない印象を与える、廊下のようになっていました。
このあたりはオリジナルが残っていないのも知れません。
現地の人らしき人々にくっつって、奥の右手に進みました。 -
奥の右手にあった墓室への入口
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壮麗なドーム天井の墓室
ティラカリ(金箔されている)です@ -
ティラカリな墓室と石棺のような墓石
ガイドブックの説明から、これらは石棺ではなく、埋葬された位置を示す墓石と分かったわけですが、どう見ても石棺っぽいので、不思議なかんじがしました。 -
金キラ豪華な壁
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石棺の配置図
1:ティムール
2:レギスタン広場のウルグベク・メドレセなどなにかとゆかりのある孫のウルグベク
3:この廟の建立のかっかけとなったティムールの孫のムハンマド・スルタン
4:ティムールが尊崇したサイイド(預言者ムハンマドの子孫)・バラカ
5:サイード・ウマル
6:ティムールの息子で2代目君主のシャールフ
7:ティムールの息子のミランシャー
8:アヴドゥラ・ミルズ
9:アヴドゥラマン・ミルズ -
真ん中にティムールの緑の石棺
「(前略)ティムールの墓石は黒緑色の軟玉で造られ、中央に置かれている。その北側にティムールの教師ミルサイード・ベリケと孫のひとり、東側にムハンマド・スルタン、南側にウルグベク、西側に近いほうから息子のシャールフ、孫のひとり、息子のミランシャーの墓石が並んでいる。これらはみな墓の位置を記した墓石で、亡骸はこの地下3mのところにある墓室に同じ順序で葬られている。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
壁を見上げる
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金字のアラビア文字が浮彫りされた壁
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金キラな壁と窓
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子供用かと思った小さな墓石あり
石棺であればこれだけ小さければ子供用と思われますが、あくまで墓石ならば、別に子供の墓とは限りません。
手前の墓石に刻まれた模様はすばらしいです。
「(前略)ドームの内側は金箔で覆われており、様々な文様で彩られ美しい。ドームの中央には、シンプルな墓石が並んでいる。手前がムハンマド・スルタン、後ろに並んだ3つの棺のうち、真ん中の黒い墓石がティムールのもの。これはもともとひとつの石からできていたが、1740年にサマルカンドを攻めたイランのナーディル・シャー(マシュハドを首都としアフシャール朝を建国)が、この墓石をイランに持ち帰る時、あやまって2つに割ってしまったという。伝説によればその後ナーディル・シャーには不運が続き、彼の息子も死にかけた。そこでこの墓石をサマルカンドへ戻したところ、たちまち回復したという。その左にある白い大理石の墓石はウルグベク、右がサイイド・バラカ、ティムールの棺の真後ろが息子のシャー・ルフ(ウルグベクの父)のものだ。ティムールの他の2人の息子ジャハーンギールとウマル・シェイフの墓はシャフリ・サブズにある。墓石は地下にあり、モスクの裏手からそこに通じる扉がある。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
金キラ豪華な天井
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シャンデリアに焦点を合わせると
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壁に描かれたティムール帝国の版図
西はトルコのイスタンブール、東南方面はインドのデリー、東北方面はサマルカンド周辺まで。 -
霊廟の外に出て
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次に、向かいあって立つルハバッド廟へ
といっても、グリ・アミール廟とルハバッド廟の間はかなり距離がありました。 -
ルハバッド廟の可愛らしいミナレット
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ルハバッド廟
「霊の住みかという名のルハバッド廟
アミール・ティムール(グリ・アミール)廟の北側に建つ14世紀後半の廟。ルハバッドとは“霊の住みか”という意味で、神秘主義者シェイヒ・ブルハヌッディン・サガルジを祀ったもの。預言者ムハンマドの遺髪を納めた箱が一緒に葬られたという言い伝えがあり、信仰を集めた。
茶色い、レンガがむき出しになったシンプルな建物だが、それなりに味わいがある。周りにメドレセとハナカが再建され、現在は伝統工芸の工房とみやげ物屋になっている。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
入口はこちら
入場料は5,000スムでした。
写真代は特になし。 -
ルハバッド廟の内部の様子
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奥から眺めたルハバッド廟の内部の様子
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小さいけれど豪華な墓石もあり
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アラビア文字がぎっしり
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ステキな模様の墓石
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小さいのは子供のもの?
それとも欠けてしまった墓石かな。 -
ルハバッド廟周辺の元・ハナカを利用した工房の一つミニチュア・アート工房へ
工房兼ショップでした。 -
ミニチュア・アート
あいにく作業中のところは見学できませんでしたが、絵の具とか道具は見られました。
この絵は、ウズベキスタンの一休さんみたいなナスレッディン・ホジャにまつわる民話の挿絵かな、と思ったのですが、兄ちゃんはアラビアン・ナイトと言っていました。
それにしては男性しか描かれていないのですが? -
ジュエリー工房兼ショップを覗く
扱っていたのは、私が思っていたような高級ジュエリーではなく(苦笑)、準貴石をあまり人工的にカットしない代わりに細かくたくさん使った、エスニック的な香りのあるアクセサリーでした。
新市街にある、かつてユダヤ系の豪商の館だった郷土博物館編へとづつく。
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