2012/05/23 - 2012/05/23
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ソフィさん
2012年5月23日(水)
火薬塔から旧市街広場まで、プラハの玄関的な存在である「王の道」。
この道は、東から西に向かっている。
共和国広場から火薬塔の正面に向かって立てば、朝日が背後から差し、汚れて黒ずんでいる筈の石造りの塔が、生まれ変わったようにオレンジ色に輝きながら、生き生きと迎えてくれる。
表面に繊細に刻まれた模様は、ライトアップ時に、さらに美しく浮き上がるのだろう。
屋根には幾つもの尖塔が、塔全体の姿にダイナミックなアクセントを与えている。
プラハは「百塔の街」とも呼ばれているそうだが、火薬塔の上に聳える尖塔たちも、プラハの景観を支える重要な一員と見る。
その先頭のてっぺんに、金の玉がキラキラ輝いているのが、これまた美しい。
より高いもの、より純粋なものへの憧れが、真っ青な空を背景に輝くこの金の玉たちに集約されているように感じる。
この玉は、「華頂」と呼ばれるという。
「カチョウ」とは、何と美しい言葉の響きではないだろうか。
この火薬塔が現在のゴチック風に造られたのは、15世紀のようだ。
しかし新市街が形成されたのは14世紀だから、それ以前の旧市街時代、プラハの入口として建っていたのは、別の建造物だった。
現在のどっしりした構えの塔は、新市街と旧市街の境界を飾ったものなのだ。
「火薬塔」の名は、17世紀に火薬の貯蔵に使われたことに由来する。
15世紀に造られたこの塔が、カレル橋の橋詰に立つ塔と似ているのは、やや以前に建てられたカレル橋橋詰塔をモデルにしたからのようだ。
結果的には、王の道を飾るこの二つの塔は、プラハの風貌を形成しており、よく似ていることが街の景観に落着きを与えているように感じられる。
しかしこの二つの塔には、もうひとつ忘れてならない先輩がある。
旧市内広場に立つ、ティーン教会に並び立つ、二つのゴシック塔である。
この塔は14世紀半ばに建てられ、荘重さと華麗さを兼ね備えた威容は、プラハの華だ。
火薬塔から旧市街広場までの写真は、「プラハ9泊」の【06】〜【08】をご覧ください。
このブログに添付している写真は、旧市街広場から火薬塔に向かって逆方向に移動しながらの写真です。
この記事に関する写真は、
「ソフィさんの旅行ブログ」http://4travel.jp/traveler/katase/をご覧ください。
姉妹ブログに「片瀬貴文さんの旅行ブログ」http://4travel.jp/traveler/takafumi/があります。
記事の文章は、検索のし易い「片瀬貴文の記録」http://blog.alc.co.jp/d/2001114もお勧めです。
(2012年7月22日 片瀬貴文)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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