2010/12/13 - 2010/12/20
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tadashiさん
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2010年12月中旬、クリスマス直前の時期の中央ヨーロッパ5カ国に行きました。私たちのフライトの翌日は欧州の数年ぶりの突然の大雪ということで、ヨーロッパの多くの空港が閉鎖となり、成田を発てない或いは南欧州に迂回せざるを得ない状況が発生しました。一日違いで、運よく私たちは出発・到着できました。
雪のドイツ(ベルリン、マイセン、ドレスデン)、チェコ(プラハ)、オーストリア(ウイーン)、スロバキア(ブラスチラバ)、ハンガリー(ブタベスト)を各地のクリスマス・マーケットを見て歩きました。移動には不都合・厄介な雪もクリスマス・マーケットとはお似合いでした。
表紙の絵はベルリンの第二次世界大戦中のユダヤ人の虐殺の鎮魂のための大きさの異なった方形のコンクリート群1000ケ以上で構成された公園(ホロコースト記念公園?)の雪景色です。
一つ一つ大きさを変えたのは、犠牲者一人一人がかけがえのない人格を持った人間であったとの思いをデザイナー者が伝えたかったからだという。
街灯のポールにポツンと置いてある、ドイツ人の好きな自転車が印象的でした。
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2010年12月13日
京成スカイライナーにて日暮里駅より成田空港に向けて出発。前回までは、居住の最寄駅からの高速バスを利用していたが、時に交通渋滞により成田への到着がぎりぎりになることがあったので、今回からは、より時間の読める電車にしました。 -
2010年12月13日
これから、搭乗するルフトハンザ715便ミュンヘン行きです。待合ロビーにてルフトハンザのマイルカード募集の熱心なセールスにほだされ、加入する。簡易スリッパ、目隠しマスク、ネックレストのセットの景品をいただく。ほぼ定時に機は離陸した。乗客に一団のスポーツ・ユニフォームを着込んだ大柄な碧眼の人々がいた。どうも、ドイツのバレーボールの選手団らしかった。いつも、飛行機の中で、驚くのは西洋人乗客の薄着姿である。彼らも、着席するや、半そでの格好になる。寒さには大分強いのか、はたまた暑さに弱いのか・・・
機内食は昼食がビーフシチュー、夕食がペンナであった。トイレ回数を極力少なくするべく、飲み物は最小限にとどめた。 -
2010年12月13日
約12時間強のフライトの後、ミュンヘンのフランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港に到着。滑走路の脇にはかなりの量の雪がある。少し心配になる。入国手続きを行い、別ターミナルへ移動し国内便にてベルリンに向かう。
現地時間の20時半頃、ベルリンのテーゲル空港に到着する。
ドイツ語と英語の歓迎メッセージが迎えてくれる。 -
2010年12月13日
空港の近くの「テーゲル・ホテル」が今夜の宿。
玄関の同ホテルの看板です。
現地時間22時頃。
もはや、いつものとおり、頭は朦朧としています。日本時間で朝の6時ですから・・・ -
2010年12月14日
朝6時半頃。朝食をササット済ませ、ホテルのロビーにおります。外は大粒の雪が降っています。小さな通りをはさんで、向かい側は小学校でした。もう学校には照明がついています。三々五々、親たちが子供たちを登校のため車で送り届けていました。ドイツでは就業開始時刻が早い(その分終了時刻も早い)とは聴いていましたが、それにしても早い時間です。自分の小学生の頃を思い出してみると、こんな暗闇での登校は遠足、就学旅行のときだけでした。 -
2010年12月14日
小学校の食堂のような建物です。この写真を撮ったとき、2,3人の小学生がたまたまおりました。なにやら写真をとることに対して抗議のような叫び声がしました。親がでてきて、悶着となっても面倒なので、早々に引き揚げました。果たして、あれは「抗議の声」だったのかしらん・・・
顔などはまったく判別できないのですが・・・ -
2010年12月14日
ベルリンの通勤者風景。まだ8時前ですが、路線バスから続々と下車し、勤務先へと急ぎ足です。日本のサラリーマンもなべて勤勉ですが、ドイツの彼らもまた勤勉に見えます。 -
2010年12月14日
ベルリンの「壁通」(Mauerstrass)です。この近くに「チャリーポイント」という壁が出来てからの「捕虜交換」等の東西ベルリンの唯一の出入り口が存在していたとのこと。壁を模した塀に当時の写真が何箇所も掲げられており、往時がしのばれる。ベルリンの壁が破られてから、まだ20年ちょっと。当時の衝撃的なテレビの映像をリアルタイムで見ていたことを思い出します。 -
2010年12月14日
本格的なベルリンの壁が建設される以前のレンガ作りの壁。銃眼が不気味である。この場所への立ち入りは「許可」を受ける必要がある。入口の門が開いていたので、現地ガイドの勧めにより、立ち入り、写真を撮ったりしていた。かなたの事務所らしきところより、男が現れ、時間外であるので、退去するようにいわれた。 -
2010年12月14日
外からのベルリンの象徴「ブランデンブルグ門」。雪が降ったり止んだりしていました。 -
2010年12月14日
中に入り、「ブランデルブルク門」を正面から眺めた姿。朝早いことと、雪模様のためか、観光客は、まばらであった。この門の映像は、ドイツに滞在している間は、テレビの天気予報、ニュースでは常にバックグラウンドあるいは番組の頭で映されており、ベルリンの象徴のみならずドイツの象徴であるのだと感じた。 -
2010年12月14日
ブランデンブルク門を背中ににして、前方右側にある高級ホテル「Hotel Adlon」。このホテルは、今は亡きポップ・キングの「マイケル・ジャクソン」が逗留した際に、報道陣の眼前で、自分の子供を抱き上げ、窓の外に差し出し、その報道写真で有名。虐待ではないかなどと、世間が騒いだことを思い出した。マイケルに言わせれば、報道陣へのサービス演出だったというが、果たして真実は・・・ -
2010年12月14日
バス車窓からの「ベルリン大聖堂」。また大粒の雪が舞ってきました。足場も悪く、開いているクリスマス・マーケットを探して時間がおしていたためもあり、下車観光はパスとなりました。 -
2010年12月14日
バス車窓からの多目的アリーナ「O2 world」が広々した雪原の中に忽然と現れました。サッカー試合などに利用されるのでしょう。 -
2010年12月14日
一部、保存されているベルリンの壁が「アーティスト」たちに解放され、さまざまなペンキ絵が描かれています。決して、ヨーロッパによくある落書きではありません。「富士山、芸者」のような絵もありました。外国人アーティスト或いは日本人アーティストの手によるものかは小生には定かではありません。 -
2010年12月14日
博物館島にある「ベルガモン博物館」の玄関アプローチからの姿。古代ギリシャのペルガモン(現在のトルコ国南部)で発掘された「ゼウスの大祭壇」など巨大な遺跡群が展示されている。 -
2010年12月14日
ベルガモン博物館の巨大な遺跡。このような大きなものを、よく運びこんだものだと感心する。これは古代古代バビロニア(現代のイラク内)のものだという、当時のイラクやトルコ政府等がよく国外への搬出を許可したものだと不思議であった。そのようなことは無視してなされたのであろうか?或いは国家としての呈をなして居なかったのか・・・ ヨーロッパの博物館には現在の途上国から出土され持ち出されたものが多く収蔵されているが、当時力まかせに収奪したのではないだろうか・・・と複雑な気分になることが多い。最も、そのまま現地に残しておいたら、多くは無節操に散逸、滅失したであろうとの説明を聞くこともあるが・・・ その恐れが持ってきてしまうことを正当化できるのでしょうか? -
2010年12月14日
「ゼウスの大祭壇」。ドイツの高校生(あるいは中学生かもしれない?)の一団が課外授業か修学旅行できていて、祭壇の階段で座り込んで、先生の説明に耳を傾けていた。
ベルガモン博物館にここで一言苦言あり。博物館から貸与された「日本語での案内ガイド機器」を耳にあてながら広大な館内を見て回ったが、いかんせん個々の場所にある事物への説明内容は問題ないのであるが、説明ポイントから次のポイントへの移動案内が無いので、直ぐに説明内容と自分が居るポイントが狂ってしまうのである。つまり、どのように移動するかが前もって、本人が正確に理解していないといけないのであった。これは、本当に何とかしてもらいたい。 -
2010年12月14日
今回の旅の私にとってのメインはクリスマス・マーケットです。何箇所かオープン状況を確認し、ここ「マリエン教会前のクリスマス・マーケット」を訪れた。当初はアレクサンダー広場のそれを訪問する予定であったが、そこがいつまでまってもオープンしないため、こちらに来たのであった。 -
2010年12月14日
おなじみの「キリスト生誕の様子」を模したものが有りました。馬小屋、幼子キリスト、聖母マリア、養父ヨゼフ、東方から星に導かれ祝意と捧物を持参してきた3人の賢人などの像達です。スペイン語圏では「ベレン」と呼んでいます。 -
2010年12月14日
ドイツのクリスマス・マーケットにはつきもののクリスマス・タワー。これは、直接にはクリスマスには関係なく、キリスト教普及以前のゲルマンの風習の名残だと聞いた覚えがありますが、小生には、さだかでは有りません。夜になり、闇に包まれるころには、優しい光でライトアップされます。 -
2010年12月14日
クリスマス・マーケットには、多くのお店が出店しています。クリスマスでの装飾品、特にさまざまな色、形のキャンドルのお店、子供たちのための玩具類、それも素朴な木作りのものが多いです。マフラー・手袋・セータなどの冬用衣服、アーモンドを主体としたさまざまなお菓子類、焼きソーセージなどの食べ物のお店、そして体を温める「グリュー・ワイン」の店。子供の頃の田舎での秋の収穫後のお祭りをおもいだします。 -
2010年12月14日
メリーゴラウンドもあります。子供にとっては、とても魅力的なんですね。 -
2010年12月14日
アーモンドやその他の木の実をベースにした甘いお菓子の量り売りのお店です。ちょっと美人の主人が居ました。写真を撮ってよいかと訪ねたら、「ナイン」と断られてしまいました。しかたなく、商品だけ撮りました。 -
2010年12月14日
「グリューワイン」の店。クリスマス・マーケット用のワイン・グラスが山と積まれています。グラス代金込みで支払って、飲みます。グラスはその歳ごとにデザインを違えた絵がついています。そのまま、グラスを持ち去るか、店に返せば、グラス分お金をもどしてくれます。グラスは1ユーロ位だったような記憶がします。夕方以降になると大賑わいになるのでしょう。
今回はどの都市でも昼間のマーケットだったので、夜の幻想的な雰囲気を経験できなかったので、次回は是非、夜に再訪したいものです。 -
2010年12月14日
小さな小屋群のまわりに子供を乗せる汽車の線路がありました。まだ、営業開始していません。小屋の中には、何かの童話(グリムかも?)の主人公のような少年少女の人形がセットされていました。 -
2010年12月14日
クリスマス・マーケットの出入り口にある営業案内板。
11月22日から12月26日
月曜から木曜は11時から21時
金、土は11時から22時
日曜日は11時から21時
イブの日はお休み
クリスマス当日とその翌日は11時から21時 -
2010年12月14日
クリスマス・マーケットを楽しんだ後はちょっと遅めの昼食。
ドイツ名物焼きソーセッジを白ビールで美味しくいただきました。
入口のカウンターにキリスト生誕の像とサンタクロースが飾られておりました。 -
2010年12月14日
おなかも膨れ、ビールも程よくまわり、時差ぼけも加わり、うとうととしながら、一路バスは焼き物の町、マイセンに向かいます。
途中、大平原が開け、風力発電の塔が見渡す限りに雪交じりの風を受け羽根を回していました。バスはブラームスを流しており、一段と眠りをさそうのでした。
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