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何度か訪れた事があるのですが、ほとんど記憶にないぐらい<br />久しぶりの奈良訪問です。<br /><br />すでに一年以上たっていますが、<br />平城京遷都1300年のイベントで大いに盛り上がっている<br />最中の訪問でした。<br /><br />ぶらり旅の備忘録代りに、写真を簡単にまとめてみました。

奈良訪問 2010

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2010/10/24 - 2010/10/26

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旅行記グループ 奈良訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

何度か訪れた事があるのですが、ほとんど記憶にないぐらい
久しぶりの奈良訪問です。

すでに一年以上たっていますが、
平城京遷都1300年のイベントで大いに盛り上がっている
最中の訪問でした。

ぶらり旅の備忘録代りに、写真を簡単にまとめてみました。

交通手段
新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
  • 近鉄西ノ京駅を降りて、右に進むと薬師寺。<br />左に進むと唐招提寺があります。<br />薬師寺は駅から、2,3分。<br />唐招提寺は、駅から10〜15分ぐらいでしょうか。<br /><br />まずは唐招提寺を訪れました。

    近鉄西ノ京駅を降りて、右に進むと薬師寺。
    左に進むと唐招提寺があります。
    薬師寺は駅から、2,3分。
    唐招提寺は、駅から10〜15分ぐらいでしょうか。

    まずは唐招提寺を訪れました。

  • 律宗の総本山 唐招提寺です。<br /><br />5度も渡海に失敗し、失明までしながら、<br />唐から渡ってきた鑑真和上により創建されたお寺です。<br /><br />日本史の教科書では、必ず出てきますね。

    律宗の総本山 唐招提寺です。

    5度も渡海に失敗し、失明までしながら、
    唐から渡ってきた鑑真和上により創建されたお寺です。

    日本史の教科書では、必ず出てきますね。

  • 宝蔵か経蔵か忘れましたが、<br />正倉院と同じ校倉造の建物です。

    宝蔵か経蔵か忘れましたが、
    正倉院と同じ校倉造の建物です。

  • 天武天皇によって創立された法相宗大本山の薬師寺です。<br /><br />奈良時代に朝廷の庇護を受けた奈良の主要な寺<br />南都七大寺の一つです。<br /><br />当初、藤原京に建立されましたが、平城京遷都に伴い<br />移転したそうです。

    天武天皇によって創立された法相宗大本山の薬師寺です。

    奈良時代に朝廷の庇護を受けた奈良の主要な寺
    南都七大寺の一つです。

    当初、藤原京に建立されましたが、平城京遷都に伴い
    移転したそうです。

  • 平城京遷都1300年祭の時期と言う事もあり、<br />かなりの人出でした。

    平城京遷都1300年祭の時期と言う事もあり、
    かなりの人出でした。

  • 1976年に再建された金堂です。<br /><br />本尊薬師三尊像が、安置されています。

    1976年に再建された金堂です。

    本尊薬師三尊像が、安置されています。

  • 現在、1世紀ぶりに解体修理中の東塔です。<br />完成は、2018年が予定されています。<br /><br />解体修理前に天上の装飾を覗くための、<br />長蛇の行列が出来ていました。

    現在、1世紀ぶりに解体修理中の東塔です。
    完成は、2018年が予定されています。

    解体修理前に天上の装飾を覗くための、
    長蛇の行列が出来ていました。

  • 1981年に再建された西塔です。<br /><br />東塔よりも高くなっていますが、<br />500年後に同じ高さになるように計算されて、<br />再建されたそうです。

    1981年に再建された西塔です。

    東塔よりも高くなっていますが、
    500年後に同じ高さになるように計算されて、
    再建されたそうです。

  • 玄奘三蔵院です。<br /><br />西遊記で有名な玄奘三蔵を祀っています。

    玄奘三蔵院です。

    西遊記で有名な玄奘三蔵を祀っています。

  • 平城京跡のパーキング横にイメージキャラの<br />せんとくんが飾られていました。<br /><br />色々な意見はあったようですが、大活躍でしたね。

    平城京跡のパーキング横にイメージキャラの
    せんとくんが飾られていました。

    色々な意見はあったようですが、大活躍でしたね。

  • 朱雀門では開門イベントの直前だったらしく、<br />門の裏側では、当時の衣装を着た方が<br />待機中でした。

    朱雀門では開門イベントの直前だったらしく、
    門の裏側では、当時の衣装を着た方が
    待機中でした。

  • 朱雀門の表側です。<br /><br />門が開いて、イベントが始まりました。

    朱雀門の表側です。

    門が開いて、イベントが始まりました。

  • 大勢の観光客の前に勢揃いです。

    大勢の観光客の前に勢揃いです。

  • 朱雀門を過ぎると、線路を挟んで遠くに<br />第一次大極殿が見えています。<br /><br />大極殿⇒東院庭園⇒朱雀門近くのバス停という行程を<br />取りましたが、結構な距離を歩きました。

    朱雀門を過ぎると、線路を挟んで遠くに
    第一次大極殿が見えています。

    大極殿⇒東院庭園⇒朱雀門近くのバス停という行程を
    取りましたが、結構な距離を歩きました。

  • 当時の平城京のミニチュアです。<br /><br />手前が朱雀門で、正面に第一次大極殿が建てられています。

    当時の平城京のミニチュアです。

    手前が朱雀門で、正面に第一次大極殿が建てられています。

  • 平城京歴史館前には、当時の遣唐使船が<br />再現されています。

    平城京歴史館前には、当時の遣唐使船が
    再現されています。

  • 第一次大極殿までやってきました。

    第一次大極殿までやってきました。

  • 大極殿内部の中央には、天皇が座る玉座である<br />高御座が再現されています。

    大極殿内部の中央には、天皇が座る玉座である
    高御座が再現されています。

  • 天井を支える側壁には、四神が描かれています。<br /><br />こちらは東の青竜です。<br /><br />西の白虎、北の玄武、門の名前にもなっている<br />南の朱雀も描かれていました。

    天井を支える側壁には、四神が描かれています。

    こちらは東の青竜です。

    西の白虎、北の玄武、門の名前にもなっている
    南の朱雀も描かれていました。

  • 東院庭園にやってきました。<br /><br />かつて皇太子の宮殿があった場所だそうです。

    東院庭園にやってきました。

    かつて皇太子の宮殿があった場所だそうです。

  • 春日大社から、東大寺に抜けるルートを取りました。<br />春日大社の参拝口では、小さな屋根の下で<br />鹿が休んでいました。

    春日大社から、東大寺に抜けるルートを取りました。
    春日大社の参拝口では、小さな屋根の下で
    鹿が休んでいました。

  • 春日社で祀られている神の一人、タケミカヅチが<br />白鹿に乗ってやってきたと伝えられているため、<br />鹿が神の使いとされています。<br /><br />参拝口には、白鹿の銅像が飾られていて、<br />手と口をすすぐように書かれています。

    春日社で祀られている神の一人、タケミカヅチが
    白鹿に乗ってやってきたと伝えられているため、
    鹿が神の使いとされています。

    参拝口には、白鹿の銅像が飾られていて、
    手と口をすすぐように書かれています。

  • 本殿に入るための中門・御廊です。

    本殿に入るための中門・御廊です。

  • 東大寺の二月堂です。<br /><br />旧暦2月の修二会で有名ですね。

    東大寺の二月堂です。

    旧暦2月の修二会で有名ですね。

  • 正倉院です。<br /><br />ちょうどこの時期に、奈良国立博物館で正倉院展が<br />開かれていました。<br />この年の展示物の目玉は、螺鈿紫檀五絃琵琶でした。

    正倉院です。

    ちょうどこの時期に、奈良国立博物館で正倉院展が
    開かれていました。
    この年の展示物の目玉は、螺鈿紫檀五絃琵琶でした。

  • 東大寺の大仏殿です。<br /><br />大仏殿前の国宝:金銅八角燈籠は、ちょうど東京で<br />開かれた奈良東大寺展に貸し出されている最中でした。

    東大寺の大仏殿です。

    大仏殿前の国宝:金銅八角燈籠は、ちょうど東京で
    開かれた奈良東大寺展に貸し出されている最中でした。

  • 聖武天皇が建立した初代、鎌倉時代に復興した二代目も<br />兵火で焼失し、現存する大仏は、江戸時代に復元された<br />ものとなります。

    聖武天皇が建立した初代、鎌倉時代に復興した二代目も
    兵火で焼失し、現存する大仏は、江戸時代に復元された
    ものとなります。

  • 重文の虚空蔵菩薩像です。<br /><br />大仏の左右には、江戸時代に作成された<br />虚空蔵菩薩像と如意輪観音菩薩像が座しています。<br />

    重文の虚空蔵菩薩像です。

    大仏の左右には、江戸時代に作成された
    虚空蔵菩薩像と如意輪観音菩薩像が座しています。

  • 多聞天像です。<br /><br />四天王のうち、多聞天と広目天が安置されています。<br />こちらも江戸時代に作成されたものとなります。

    多聞天像です。

    四天王のうち、多聞天と広目天が安置されています。
    こちらも江戸時代に作成されたものとなります。

  • 国宝の南大門です。<br /><br />鎌倉時代に復興された門が、現在まで残っています。<br />この門の左右には、阿吽で有名な金剛力士像が<br />建っています。

    国宝の南大門です。

    鎌倉時代に復興された門が、現在まで残っています。
    この門の左右には、阿吽で有名な金剛力士像が
    建っています。

  • 国宝の阿形像です。<br /><br />運慶・快慶により、作成された記録が残っているそうです。

    国宝の阿形像です。

    運慶・快慶により、作成された記録が残っているそうです。

  • 国宝の吽形像です。<br /><br />こちらは、運慶の息子湛慶が中心となって<br />作成された像です。

    国宝の吽形像です。

    こちらは、運慶の息子湛慶が中心となって
    作成された像です。

  • 法隆寺前の参道です。<br /><br />バスの時間が合わなかったので、駅から歩きましたが、<br />結構な距離がありました。<br />歩きなら、30分ぐらいみた方がいいかもしれません。

    法隆寺前の参道です。

    バスの時間が合わなかったので、駅から歩きましたが、
    結構な距離がありました。
    歩きなら、30分ぐらいみた方がいいかもしれません。

  • 国宝の南大門です。<br /><br />室町時代に再建されたものが残っています。<br /><br />法隆寺は、推古天皇と聖徳太子により、<br />607年に創建されたと伝わる寺となります。<br />世界最古の木造建築物であり、<br />日本初の世界遺産でもあります。

    国宝の南大門です。

    室町時代に再建されたものが残っています。

    法隆寺は、推古天皇と聖徳太子により、
    607年に創建されたと伝わる寺となります。
    世界最古の木造建築物であり、
    日本初の世界遺産でもあります。

  • 国宝の中門です。<br /><br />南大門を抜けると、正面にそびえています。<br />門内の左右には、日本最古の金剛力士像が、<br />安置されています。

    国宝の中門です。

    南大門を抜けると、正面にそびえています。
    門内の左右には、日本最古の金剛力士像が、
    安置されています。

  • こちらが日本最古の金剛力士像です。

    こちらが日本最古の金剛力士像です。

  • 後ろ側からの写真ですが、国宝の金堂と五重塔です。<br /><br />金堂内部には、日本史の教科書には写真付きで出てくる、<br />国宝の釈迦三尊像を始め、国宝や重文に指定されている<br />多くの貴重な仏像が安置されています。

    後ろ側からの写真ですが、国宝の金堂と五重塔です。

    金堂内部には、日本史の教科書には写真付きで出てくる、
    国宝の釈迦三尊像を始め、国宝や重文に指定されている
    多くの貴重な仏像が安置されています。

  • 金堂や五重の塔を囲んでいる回廊です。<br />ここも国宝に指定されています。<br /><br />一部を覗き、金堂とほぼ同時期に建設されています。

    金堂や五重の塔を囲んでいる回廊です。
    ここも国宝に指定されています。

    一部を覗き、金堂とほぼ同時期に建設されています。

  • 中門から南大門を眺めた風景です。<br />現在、中門は通過する事が出来ないので、<br />迂回して回廊部分から、回廊内部に入ります。

    中門から南大門を眺めた風景です。
    現在、中門は通過する事が出来ないので、
    迂回して回廊部分から、回廊内部に入ります。

  • 興福寺の南円堂です。<br /><br />江戸時代に再建された八角堂で、<br />重文に指定されています。<br /><br />興福寺は、藤原鎌足・不比等親子にゆかりが深く、<br />南都七大寺の一つに数えられています。<br />勢力が盛んな頃は、僧兵による独自の武力も持ち合わせ、<br />槍術で有名な宝蔵院流ゆかりの寺でもあります。

    興福寺の南円堂です。

    江戸時代に再建された八角堂で、
    重文に指定されています。

    興福寺は、藤原鎌足・不比等親子にゆかりが深く、
    南都七大寺の一つに数えられています。
    勢力が盛んな頃は、僧兵による独自の武力も持ち合わせ、
    槍術で有名な宝蔵院流ゆかりの寺でもあります。

  • 国宝の五重塔です。<br /><br />室町時代に再建された塔が、現在まで残っています。

    国宝の五重塔です。

    室町時代に再建された塔が、現在まで残っています。

  • 国宝の塔金堂です。<br /><br />こちらも五重塔同様、室町時代に再建されています。<br />堂内には国宝や重文の仏像が、多数安置されています。<br /><br />現在、中金堂の再建が進められている最中となります。

    国宝の塔金堂です。

    こちらも五重塔同様、室町時代に再建されています。
    堂内には国宝や重文の仏像が、多数安置されています。

    現在、中金堂の再建が進められている最中となります。

  • 国宝の北円堂です。<br /><br />こちらも南円堂同様、八角堂となります。<br /><br />鎌倉時代に再建されており、興福寺の中では、<br />最も古い建物となります。

    国宝の北円堂です。

    こちらも南円堂同様、八角堂となります。

    鎌倉時代に再建されており、興福寺の中では、
    最も古い建物となります。

  • 国宝の三重塔です。<br /><br />記録は残っていないそうですが、こちらも鎌倉時代に<br />再建されたと考えられているそうです。

    国宝の三重塔です。

    記録は残っていないそうですが、こちらも鎌倉時代に
    再建されたと考えられているそうです。

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