2012/02/18 - 2012/02/18
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ドクターキムルさん
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横浜市栄区公田町に鎮座する皇女(おうじょ)御前神社は照玉姫を祭神とする神社である。照玉姫は葛原親王の皇妃で、親王に従って東国に下ったが天長元年(824年)に当地で亡くなった。里人が懇ろに葬り塚を造営し、皇の御前塚又は、女ロウ塚(ロウは肉づきに葛(当て字))と呼んで、永く姫の遺徳を慕っていた。また、当時姫の侍女であった相模の局、大和の局の2人が姫の死後尼となり塚守となっていたが、相次いで両名とも死去したため、里人は、これを姫の塚の傍に葬り両塚明神として崇めたと伝えられるが、現在両塚の所在は明らかではない。
文禄元年(1592年)僧侶信永が当地を訪れ、姫の遺徳を知り、社を建立してその霊を勧譜した。
明治42年(1909年)政府の1村1社の方針により、桂村公田村地内の小社4社が神明社に合祀されたが、大正2年(1912年)原家の屋敷続きにある山林の一角を借用して仮社殿を造営して分祠した。
昭和5年(1930年)氏子12名が資金を出して現社地を買い戻し、昭和12年(1937年)社を現在地に遷した。
このあたりは通称桂台と呼ばれ、縄文時代晩期(紀元前300年頃)の遺跡から土器が発掘されて、桂台式土器と名付けられたが、現在は規準土器からは外されている。また、公田町遺跡から「人面把手(じんめんとって)」土器(神奈川県立歴史博物館蔵)が発掘されている。
このように、照玉姫を埋葬したとされる上ロウ塚周辺からは縄文・弥生・古墳時代の土器や土師器が多数出土し、その前に王之御前神社を建てたという伝説が残っている。ただし、六地蔵が安置されている上ロウ塚には墓地が広がり、かつての尼寺の跡だと土地の古老が話してくれた。今では山林は北村家の持山となっているそうだ。
メジロと戯れ、上ロウ塚の石段を駆け上ったが、そこには神社はない。石段あたりを小さな犬を散歩させているすらりとした素敵なお嬢さんがいたので聞いてみた。向こうだと畑の当りを指指す。確かにそこには大きくはない社殿が見える。この娘さんは大学生だろうか。マスクをしていて顔の全部は見えなかったが、目元は輝いていた。照玉姫は美人であったかどうかは定かではないが、きっとこの娘はマスクを取ったらさぞや美人だろう。
(表紙写真は皇女御前神社の社殿(覆殿))
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皇女御前神社の案内板。
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階段を上がる途中に防空壕跡。埋めてある。
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階段途中にもう一つ防空壕跡。埋めてある。
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階段途中にメジロ。
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階段途中にメジロ。
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石段。この上が上ロウ塚だ(。ロウは肉づきに葛(当て字))。
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石段。
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「石段 地蔵小屋 改修記念碑」(昭和50年(1975年)銘)。
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地蔵小屋には六地蔵。
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六地蔵。
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「栄区公田町出土の大型人面把手」説明板。皇女御前神社の鳥居前にある。
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「皇女神社の由来について
位置 横浜市栄区 公田町1530番地 社地面積84坪
祭神 照玉姫
縁起 照玉姫は葛原親王の皇妃で、往昔親王に従って東国に下ったが天長元年9月28日(西紀824年)当地で死せられた。里人達は嘆き悲しみ、懇ろに葬り塚を造営した。此の塚を皇の御前塚又は、女ロウ塚と呼んで、永く姫の遺徳を慕っていた。
文禄元年2月信永と云う僧侶が当地を訪れた際、姫の遺徳を知り、社を建立してその霊を勧譜したもので、又当時姫の侍女であった相模の局、大和の局の2人が姫の死後尼となり塚守となっていたが、あいついで両名とも死去した。里人は、これを姫の塚の傍に葬り両塚明神として崇めたと伝えられるが、現在両塚の所在はあきらかではない。(以上皇国地誌による)
これは、今をさかのぼること400年前の事である。以来、私達の祖先は毎年10月1日を例祭日と定めささやか乍らお祭りを奉納していたが、明治42年7月に至り桂村公田村地内の小社4社が神明社に合配され、皇女神社の地も神明社の所有となったが、当地の人々は尚姫への遺徳偲びがたく、大正2年原家(当時吉五郎)の屋敷続きの山林の一角を借用仮社殿を造営して神明社より神体を分祠し、毎月1日、15日には必ず参拝し、又家々の喜びも悲しみも総てを神前に報国したものである。昭和5年7月に至り氏子12名が相寄り資金を放出して、金80円也で神明社現社地を買い戻し、昭和12年9月お社を現在地に遷したもので其の間氏子は勿論、近隣からも信仰厚く、日清日露戦争近くは太平洋戦争の際は、多くの人々が願掛の為参拝した。
平成4年10月 氏子中」
(ロウは肉づきに葛(当て字)、文禄元年は1592年、明治42年は1909年、大正2年は1912年、昭和5年は1930年、昭和12年は1937年)。
皇女御前神社ではないのか? -
鳥居。
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社殿(覆殿)。
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社殿(覆殿)。
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本殿。
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石燈籠?
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庚申塚。
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庚申塔(大正(1912年〜1926年)銘)。
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2つ並ぶ石祠。
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2つ並ぶ五輪塔。
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馬頭観世音(大正8年(1919年)銘)。
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社殿裏。整地されている。
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