2011/09/27 - 2011/09/27
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ソフィさん
2011年9月27日(火)
サンマルコには、昨日に続いてやって来た。
そこに、私の一番求めたい何かがあるからだろう。
はるばる日本から50年間に四度もやって来て、身体いっぱいに感じたい魅力あるいは魔力が・・・。
それは、人間として天に訴えたい人生賛歌の、思いっきりの表現への、同調ではないだろうか。
昨日はサンタルチア駅からサンマルコ行きのヴァポレットに乗り、先ずはサンマルコで下船せずに引き返した。
大運河の両岸を、よく見るためだった。
同時に、島が陸と結ばれる以前の、ヴェネチア訪問旅行の一環を、味わっても見たかった。
グルッとヴェネチア島を廻り、ジウデッカ運河からサンマルコを東に通り過ぎて、サン・ザッカリアに降り、サンマルコ広場に入る。
ジウデッカ運河からサンマルコに入るこのルートは、ヴェネチアが橋で結ばれる以前は、イタリア半島からヴェネチア島に入るときの通路で、ヴェネチア入りの表街道だった。
そのときの船乗り場は、今私が泊まっているパドヴァである。
当時サンマルコ広場は、アドリア海から入っても、イタリア半島から入っても、ヴェネチアの表玄関だったのだ。
サン・ジョルジョ・マッジョーレを、サンマルコ入江越しに右に見ながら、河岸を歩くと、ドゥカーレ宮殿の大きなマスが近づき、サンマルコ小広場に達する。
小広場には、街の玄関を示すように、二本の立派な石柱が立っている。
この石柱は、イスラエルの北部アッコンから、持ち帰ったものと聞く。
石柱の上に飾られている像も、それぞれどこかから持ち帰ったものだろう。
ただしライオンの羽根は、ヴェネッチアに持ってきてから付けられたもののようだ。
そう言えば、サンマルコ大聖堂の正面に飾られている、元気いっぱいの馬像も、イスタンブールからの持ち帰りだ。
ナポレオンがヴェネチアを攻略したとき、いったんフランスに持って行かれたが、後日戻されたと聞く。
日本人の感覚からすれば、盗賊行為のように感じられても、これらは要するに戦勝記念であり、自らの力の証しなのだろう。
小広場から見る、サンマルコ大聖堂の南面には、玄関の正面を飾るにふさわしい輝きを感じる。
写真を、「ソフィさんの旅行ブログ」http://4travel.jp/traveler/katase/に公開しております。
どうぞお訪ね下さい。
(12月28日 片瀬貴文記)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヴァポレット
サンマルコ降船場前の
公衆有料トイレ -
サンマルコ降船場付近の
静かな公園 -
サンマルコ
降船場より
対岸のサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会を望む -
イチオシ
サンマルコ小広場より
対岸を望む -
サンマルコ小広場に立つ
石柱 -
サンマルコ小広場
石柱上の
羽根のあるライオン像 -
サンマルコ小広場より
鐘楼を望む -
南から眺めた
サンマルコ大聖堂 -
サンマルコ広場に面する
時計塔 -
南から眺めた
サンマルコ大聖堂 -
南から見る
サンマルコ大聖堂
クーポラ -
サンマルコ大聖堂
-
サンマルコ大聖堂
-
ドゥカーレ宮殿
-
サンマルコ広場
旧政庁
柱列 -
サンマルコ広場に見る
大理石模様 -
有翼のライオン像
-
サンマルコ広場
-
正面から見た
サンマルコ広場
時計塔 -
サンマルコ広場
時計塔上部 -
サンマルコ大聖堂
正面を飾る
モザイクの一部 -
サンマルコ大聖堂
正面を飾る
モザイクの一部 -
サンマルコ広場を歩く人々
-
サンマルコ大聖堂
正面上部 -
サンマルコ広場にて
-
サンマルコ広場
左は新政庁 -
サンマルコ広場より見る
サンマルコ大聖堂
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