2011/10/09 - 2011/10/09
866位(同エリア2306件中)
まつじゅんさん
- まつじゅんさんTOP
- 旅行記681冊
- クチコミ1121件
- Q&A回答61件
- 895,997アクセス
- フォロワー160人
鹿児島旅行も最終日。
バスと路面電車を併用して、テクテク街歩きとなりました。
今日も桜島は煙霧の中ですが、この旅は天気に恵まれ、気持ちの良い秋の空気の中、充実した旅行になりました。
私にとって、普段あまり縁のない文学ですが、「向田邦子」さんの特別展が開催されているのを知り、是非にとの奥様の希望で、かごしま近代文学館にも参りました。
旅先で、たまたま、このようなイベントや祭り等に出会うというのも、旅の醍醐味と思います。
「カゴシマシティビュ-」1日乗車券を購入し、市内〜城山を車窓見学し、仙巌園(磯庭園)から、ベイエリア、鹿児島水族館、西郷隆盛銅像、かごしま近代文学館を廻り、天文館では「元祖しろくま」を食し、老舗の百貨店を見学し、18時過ぎの「さくら」に乗車しました。
岡山経由で帰着したのは、日付が変わっていましたが、3日間の充実した旅でした。
今回これまで!。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
最終日は、東横イン天文館?から、徒歩でスタ-トです。
簡単ですが朝食も用意されており、安く宿泊できるのは嬉しい限りです。
最近、このようなホテルの出現で、私達の旅行の回数が増えている気がします。
夕方まで荷物も預かってもらえ、今日の街歩きには便利な場所です。 -
「カゴシマシティビュ-」の乗車場所、「ザビエル公園前」まで徒歩5分程度です。
公園はイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが、天文18年(1549)日本にキリスト教を伝来させました。
最初の布教地は鹿児島です。ただ、迫害でザビエルは10ケ月で平戸に移りましたが・・・。
この記念碑は、明治44年(1911年)建設の鹿児島県内で最初の石造りの教会が昭和20年の戦災で焼け、焼け残った旧教会の石壁を利用して、記念碑としたものです。 -
記念碑の向かい側にはザビエル教会があります。
初代は、昭和24年にロ-マ法王の寄付金をもとに建てられたゴジック建築の教会でしたが、ザビエル上陸450年を記念して、平成12年(2000)に建て替えられて、今は近代的な教会になっています。
ちょうど日曜礼拝が行われており、大聖堂の中を見学させて貰えました。 -
「カゴシマシティビュ-」という市内循環観光バスに乗車、仙巌園(磯庭園)に向かいます。
途中、主樽観光名所にはバス亭が設けられ、30分に1台のバスを旨く乗り継げば、グルッと市内を回ることが出来ます。
西郷隆盛の銅像やゆかりの洞窟を横目に、城山経由で仙巌園(磯庭園)到着です。
途中、運転手さんの軽妙な語りと、絶妙の運転で、到着した時には、ほぼ市内を巡った感覚がしましたが、ここからスタ-トです。
「カゴシマシティビュ-」の乗車券で入場券の割引もあります。
桜島は霞の中でしたが、島津光久造営の大名庭園をゆっくり廻ります。 -
園内はN○Kのドラマ、篤姫のロケ地でもあり、そこいらに案内と撮影の様子が記されています。
残念ながら、我ら夫婦は一度も視聴していないので、ピンときませんが、周囲の団体客からは、良かったねという会話が聞こえてきます。
視聴率も高かったようですね。 -
90分位掛けて、園内を巡り、薩摩切子を観賞、大量の銘柄焼酎等を販売している土産物ショップに入場です。焼酎は昨日買いましたが、本当に店毎に違った銘柄が見つけられます。
試飲もありましたが、私達は小夏ジュ-スを。。 -
庭園を出て、隣接した尚古集成館に向かいます。
ちょうど鶴嶺(つるがね)神社前では、結婚式に向かうのでしょうか、花嫁・花婿さんをお見かけしました。
良い天気で良かったですね。お幸せにと遠くから(心の)声を掛けました。 -
尚古集成館は、薩摩藩主島津斉彬が、西欧諸国のアジア進出に対応し、軍事のみならず産業の育成を進め、富国強兵を真っ先に実践するための中心として建設した工場群「集成館」を、島津家の歴史・文化と集成館事業を語り継ぐ博物館としたものです。
偉大な人だったんですよね。
薩摩には、大きな視点で見る事の出来る人が育つ土壌があるのでしょうか。
混迷の度合いが日々進む、今の世にも出てきて欲しいですね。 -
再度、「カゴシマシティビュ-」に乗車し、ベイエリアに向かいます。
昨日、桜島に向かった港の周辺は、新しい街が形成されています。
私、水族館が大好きで、是非にと奥様にお願いし、立ち寄りました。
割引もありましたが、ちょうど来場者1,000万人突破記念、1,000円になっていました。
平成21年(2011)9月18日に、開館15年目で1,000万人を突破したようです。 -
水族館を見ていると落ち着きますね・・・。
お決まりのようなイルカショウ-もありました。
見事なダイビングです。 -
子供達が小さいとき、年末に忘年会をかねて奥様と子供の4人で伊勢、志摩、鳥羽に1泊旅行するのが10数年続きました。
今考えると、何故かいつも鳥羽水族館に行っていましたね。子供達がせがんだという事では無いので、私はその頃から水族館が大好きだったんですね。
子供(特に息子)はペンギン好きなのも、ここからでしょうか。 -
水族館を出て、トコトコとベイエリアははずせません。
ドルフィンボ-トという錦江湾に面して建てられた2階建ての商業施設です。
長さは100m位でしょうか、飲食店や土産物屋が多数入っています。
1、2階ともウットデッキが張り巡らされた、おしゃれな建物ですが、イマイチ賑わいを感じられませんでした。 -
お昼はドルフィンボ-ト内にあった、焼鳥のお店でランチ。
ウインナ-串が1品ですから・・・。期待はずれですね。
食べ終わって2階に上がり、そこに奥様が食べたかった「鶏飯」のお店を発見しただけに、余計にそう感じます。 -
ベイエリアを後に、トコトコ城山方面に向かいます。
途中、鹿児島市庁やパイロットショップ等に寄り道です。
このあたりは、鹿児島市の政治や経済の中心地で、多くの官庁や会社が集まっています。
その一角に、商業都市大阪の土台を築いた五代友厚の銅像が建っています。 -
中央公民館の広場に、西郷隆盛像と対面して建っている、小松帯刀像です。
この人は西郷隆盛の上司と言うことですが、何故か西郷像と目を合わさない方向を見ているのが気になりますが・・・。 -
昭和12年(1937)に建立された銅像で、台座とあわせて高さ8m。
東京上野の西郷さんの銅像は、着物を着て犬を連れていますが、こちらは軍服姿でりりしく天を仰いでいます。
明治31年に東京上野の西郷さんの銅像を見て、西郷さんの奥さんが「うちの人はこげなじゃなか」と言ったそうです。
と言うことは東京上野の銅像よりこちらの方が本物に近いのかもしれません。 -
ただ、観光ボランティアの方の話では、やはり西郷さんには「犬」が・・・、と言うことで、中央公民館の広場に、犬がいました。
-
西郷像のちょうど裏側当たりに、「向田邦子」特別展開催中の、かごしま近代文学館があります。
かごしまメルヘン館という、子供向けの施設と併設されていて、入場券売場でどちらか聞かれます。
一昔前なら、メルヘン館で子供達が遊ぶのを見るのでしょうが、今は夫婦2人。落ち着いて文学館に入ります。
鹿児島ゆかりの文人ということで、向田邦子さんだけでなく、海音寺潮五郎さん、林芙美子さん等の人となりや作品紹介がされています。 -
再度「カゴシマシティビュ-」で城山に登ろうかと思っていましたが、ちょっとの差で乗り遅れ、次のバスまで30分待つのもイナなので、朝日通までトコトコ。
鹿児島市電に乗車です。 -
行先は「天文館」。
市電で2駅、直ぐに到着です。
鹿児島随一の繁華街を散策です。
昨夜とは、また違った雰囲気ですね。 -
目的地はココ、むじゃき。
鹿児島といえば白熊と言う位有名な氷菓の店です。
以下、Wikipediaより。
白熊という名前の由来については諸説ある。
・昭和7・8年頃、鹿児島市の西田本通りにあった綿屋が夏の副業としてかき氷を販売しており、新メニュ-として作られた、練乳をかけたかき氷の名前を考える際、練乳の缶に貼られていたラベルに描かれた白熊(ホッキョクグマ)の絵より借用して使った、という説。(この説はセイカ食品、鹿児島県が採用)
・昭和22年(1947)、鹿児島市の喫茶店、むじゃきの久保武がミルクのシロップをかけたかき氷を考案し、そのかき氷を豪贅に見えるようにみつ豆の材料だった、三色寒天、サイコロ状に切落とした羊羹、豆、缶詰のフル-ツを色鮮やか盛り付けて出したところたちまち評判となった。
上から見た姿が白熊に似ている(トッピングの干しぶどうがまるで白熊の目のように見えたため)ことから命名した、と言う説。(この説は主にむじゃきが主張)
色々あるようですが、由来について特に大きな問題とされていないこともあり、今となっては真相は定かではないようです。
「白熊」というネ-ミングを打ち出した戦前のものは、当時を知る人の証言によれば、何も飾りがなく今でいう練乳かけのかき氷だったようで、現在のような白熊は、戦後にむじゃきが創作したものが元になっていると考えても差し支えないと思われる。 -
1階の中華料理店で食べましたが、満席状態。
皆さん白熊ばかり食べています。
マァちょうど4時過ぎの夕食前の時間ですからね。
サイズはレギュラ-とベビ-。レギュラ-は2人で1個OKとのこと。
ベビ-を2種類にするか、奥様と検討。隣の人が食べているのがベビ-らしい、とても1人で食べれないと言うことで、ソフトクリ-ム白熊のレギュラ-を注文です。
かき氷の上に練乳をかけて果物を盛り付け、その上に餡を載せ、氷もたっぷりの練乳と一体となるため、溶けていなくてもシャ-ベット状かそれに近い状態になっている。
ウ・マ・イ
巷で販売されている、市販の白熊とは比較にならない美味しさ。
これなら1人でも食べれるかもしれません。(と思いましたが、最後になって無理だと解りました。食べても食べても氷が出てきました。) -
市電で移動中気になっていた建物。
老舗のデパ-ト、山形屋ということです。
創業は宝暦元年(1751)というから、ホント老舗ですね。
近代的なデパ-ト建築となったのは大正時代初期と古く、地方百貨店の先駆け的存在であり、神戸以西におけるデパ-ト第1号と言うことです。
売場面積は約33,000?、年間売上高は約500億円、地方百貨店としてはトップクラスでしょうね。
昔懐かしい大食堂があり、催場では大京都展が開かれていました。
子供の頃、盆と正月に連れて行ってもらった、大阪アベノ橋の近鉄百貨店の香りを感じました。
昭和の香りですね。 -
百貨店を出て、再度市電で天文館に移動。ホテルで預かってもらっていた荷物を受け取り、市電で鹿児島中央駅に移動です。
楽しかった旅も残りわずかとなりました。
駅前には、桜島を背景にしてそびえ立つ「若き薩摩の群像」の銅像があります。この銅像は、幕末に鎖国の国禁を破ってイギリスに渡り、その後日本の近代化に大きな役割を果した、当時13歳から34歳の19名の薩摩藩英国留学生を顕彰するモニュメントです。
鹿児島って、西郷隆盛に代表される、何か純日本的なイメ-ジがありましたが、今回一番世界に目を向けていた藩なのだと思いました。
駅前には -
鹿児島中央駅って昔の西鹿児島駅だったんですね。
今は観覧車がシンボルの「アミュプラザ鹿児島」と一体となり、近代的な駅舎となっていました。
西大山駅はJR最南端の駅でしたが、ここも日本最南端の新幹線停車駅、複数の鉄道路線が接続する日本最南端の駅、JRグループとして日本最南端の自動改札機設置駅、という最南端シリ-ズです。 -
いよいよ出発が近づいてきました。
駅構内にも焼酎の店が・・・。
新幹線で薩摩揚げを肴に焼酎ということでしょうか。
私は、岡山からの運転があるので、我慢です。 -
駅には博多行きの8両「さくら」が停車中です。
向こうのホ-ムには、次発の「さくら」も入線しており、2台並んでいました。 -
博多駅では駅弁は売り切れ、構内のファミマで弁当購入です。
「さくら」車内で前にいた老夫婦が、薩摩揚げと焼酎を美味しそうに食べていて、食欲が刺激されてしまいました。 -
博多駅で新大阪行きの「ひかりレ-ルスタ-」に乗り換え、岡山に向かいます。
今やこだまにも使用されている、古いタイプの車両ですが、私は大好きなデザインです。
岡山駅から私の宿舎に戻り、車で倉吉に向け帰ります。
帰着したのは日が変わっていましたが、無事帰宅。
楽しい旅も終演です。
今回これまで!
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
29