2011/10/04 - 2011/10/04
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ドクターキムルさん
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東京都港区芝公園4にある増上寺の経蔵が公開になるので出かけた。増上寺経蔵は、家康存命中の慶長10年(1605年)に創建された。天和元年(1681年)に改造移築し、さらに寛政12年(1800年)、黒門(旧方丈門)脇の現在地に移された。
しかし、三縁山増上寺廣度院縁起には享和 2年(1802年)に家斉公が改造し、家康公寄付の3大蔵経を納めたとある。配布資料(「増上寺 経蔵 都指定 有形文化財(建造物)」)には、「増上寺経蔵は慶長十八年(一六十三)木造で建立され、享和二年(一八○ニ)、収蔵の「大蔵経」保守のため、現在の土蔵造りに大改造されたものである。」と記載されている。こちらが事実に近いのでは。
内部に木造の輪蔵を安置し、重要文化財の宗版、元版及び高麗版の一切経の写経(レプリカ)を格納している。後でおばさんが2人で入って来て、3人で輪蔵を1階転させた。おばさんは六角に見えるという。その場で見てみたが八角だ。輪蔵は八角に決まっていると天皇陵や高御座(たかみくら)を例に出して説明したのだが、どうしたことであろうか、今写真を見ると輪蔵は六角ではないか。大変失礼しました。思い込みとは恐ろしいものです。
経蔵内部の欅の丸柱も良質な物を使用している。経蔵が重要文化財に指定されていないことと輪蔵が八角でないことがとても不思議に思える公開であった。
(表紙写真は増上寺経蔵の輪蔵)
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「東京文化財ウォーク」の幟。
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経蔵。
頂いた「増上寺 経蔵 都指定 有形文化財(建造物)」のA4の配布資料には、「増上寺経蔵は慶長十八年(一六十三)木造で建立され、享和二年(一八○ニ)、収蔵の「大蔵経」保守のため、現在の土蔵造りに大改造されたものである。」と記載されている。「三縁山増上寺廣度院縁起」に記載されていることが裏付けられるものだ。 -
経蔵。
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経蔵の扉。
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傅翕大士(ふきゅうだいし)と二笑童子像。天和元年(1681年)作。傅大士をその輪蔵の守護神としてその像を安置することが行われた。
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傅翕大士(ふきゅうだいし)と二笑童子像。傅翕大士(497年から569年)と向かって左に長男の普建(ふけん)、右に次男の普成(ふじょう)のニ笑童子。
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経蔵の四隅に四天王像。
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経蔵の四隅に四天王像。
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経蔵の四隅に四天王像。後の一つを撮り忘れたようだ。
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輪蔵。買い求めた増上寺カラーパンフレット「浄土宗大本山増上寺」(500円)にも、「経蔵は内部中央に八角形の輪蔵を配する」とあり、輪蔵は八角形であるとしている。公式図録であるから困ったものだ。
東京都指定文化財情報データベース (http://www.taims.metro.tokyo.jp/kyoiku/bunkazai.nsf/5a6c601a6e646a21492576a90026f365/cd0d21cd00582842492578a40008066f?OpenDocument)では、「構造/形式」には「内部に木造六角形輪蔵がある。」と記載され、「解説」には「経蔵内部には、中央に軸を立て八面の経巻棚を設け、これに経巻を納め、自由に回転できる八角形の木造輪蔵を安置しています。」と記載されている。したがって、東京都指定文化財目録では「六角形輪蔵」なのだが、解説で「八角形輪蔵」とされる。この程度の校正・チェックが出来ない都職員も都職員だ。
「増上寺 経蔵 都指定 有形文化財(建造物)」のA4の配布資料にも、「輪蔵」(◆八角の書架が中心にある軸で回転できるもの)と記載している。では六角の書架が中心にある軸で回転できるものは輪蔵としては正式ではないのか。それがどうして増上寺にあるのであろうか?
増上寺に電話して確認したが、「八角形である」としてWebなどにも記載していると言い張る。また、確認はしないとも言う。ここまでくると増上寺の職員かお坊さんも手が付けられなくなり、都職員以下になってしまう。しかし、Webでは「増上寺経蔵の六角形の輪蔵」と記載している良く訓練されていると思われる人たちのブログが多く見られる。また、「八角」とあるが「六角」であると記載しているWebもある。
何と、浄土宗新聞昭和45年(1970年)11月10日の「増上寺経蔵復元工事が完成」の記事には「木造六角の輪蔵」と記載されているではないか。
来年(2012年)1月15日と4月1日〜4月15日頃にも経蔵の公開があるそうであるから六角形の輪蔵であることを確認しに行ってみよう。
(2012年1月15日の公開で八角輪蔵であることを確認しました。) -
輪蔵。六角だ。
六角輪蔵は六道輪廻信仰を表わしているのかも知れない。六道とは、「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」「人間道」「天人道」をいう。
Web検索で、「六角輪蔵」と入力すると「八角輪蔵」で検索される。これでは検索にならない。しかし、六角輪蔵が設置されている経蔵は多数見受けられた。
(2012年1月15日の公開で八角輪蔵であることを確認しました。) -
輪蔵。
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輪蔵。
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輪蔵。六角だ。
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輪蔵。
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「増上寺「経蔵」について
経蔵とは、印度その他の言語から中国語(漢文)に翻訳された聖典を中心とする仏教の叢書である大蔵経(だいぞうきょう)を収蔵する蔵(くら)のことである。
増上寺の経蔵は慶長十八年(一六十三)に建立され、その後享和二年(一八○ニ)現在の堂に大改築された。木造八間四面、一重白壁造り、屋根四方に鉄板造りの裳階(もこし)を配し、大屋根は宝形造り瓦葺きである。
経蔵の中央に大輪蔵がある。八角の書架が中心にある軸で回転するようになっているので輪蔵という。
この輪蔵には中国南宋版大蔵経が、左右の書架のうち向かって右の棚には元版大蔵経、左の棚には高麗版大蔵経がそれぞれ函に収めて収蔵されていた。現在はすべて経蔵の後にある収蔵庫で保存、管理している。
輪蔵の中央には中国南北朝時代の傅翕(ふきゅう 四九七〜五六九)大士の木像、大士に向かって左に長男の普建、右に次男の普成の像を安置している。傅翕大士は、明るい社会の請来には、大蔵経に親しむにありとして、当時、文字を知やぬ人、また修学する環境にない人々にも、広く縁を結ばせるために輪蔵を考案したと伝えられる。
三大蔵経とは、南宋版大蔵経・元版大蔵経、及び韓国の高麗版大蔵経であり、ともに木版印刷であるが、いずれも若干他の版木を含んでいる。すべて国の重要文化財に指定されている。
経蔵は、一般には一種類の大蔵経を収蔵しているが、増上寺の経蔵は三種類の大蔵経を収蔵した他に前例のないものであり、東京都の文化財に指定されている。
大本山増上寺」。
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