2007/08/01 - 2007/08/09
9391位(同エリア17046件中)
ねいちゃさん
8月7日午後です。ヴェルサイユ宮殿観光を終えて
再びオペラ大通りのマイバス社へ。ここでOPツアーは解散。
今はフリーがどんだけあるかが、ツアー選びの要にもなっているのですが
この時は初体験なんで、不安がいっぱい。
ちゃんとメトロに乗れるのだろうか、
スリに襲われたりしないだろうか、
ちゃんと欲しいものが買えるのだろうか、
ちゃんとご飯が食べられるんだろうか・・・こんなものですよ、最初はネ。
とりあえず、午後の行程は、折角のパリなのでデパートでお買い物。
その後、ルーブル辺りを散策して、唯一決めていた「コンシェルジェリー」へ。
オペラ界隈に再びもどって「寿司」でも喰おうという、まぁざっくりとした計画。
異国の地に放り出された外国語不如意の私たち・・・。
わくわく感と不安感が、ないまぜとなって、
・・・さてさて、どうなることやら・・・。
では、最終章のはじまりですっ!
< 旅 程 >
☆8月1日(関空→パリ→ニース)
☆8月2日(ニース→モナコ→エクス=アン=プロヴァンス)
☆8月3日(エクス=アン=プロヴァンス→アルル→アヴィニヨン→リヨン)
☆8月4日(リヨン→ロワール古城→トゥール)
☆8月5日(トゥール→サンマロ)
☆8月6日(サンマロ→パリ)
★8月7日(パリ→ヴェルサイユ→パリ)
★8月8日(パリ→関空)
★8月9日(関空→自宅)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 2.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 日本旅行
-
ヴェルサイユから戻る途中、再び「自由の女神」像を。
朝はよく見えなかったけど、、、ふーん、こんな風だったんだぁ。
エッフェル塔の全景をバックに写真をおさめるのは、川の上からでないと無理そうですが・・・ここからでも綺麗にとれそうですね。 -
なんでこんなトンネルを?失敗写真じゃないんですよ。
ここはね、かのダイアナ妃が亡くなった自動車事故の現場のトンネルなのです。
パパラッチに追いかけられて、時速160?以上という高速でパリ中心部の一般道路を走行。トンネル直前で合流路から進入してきたパパラッチの白いフィアット=ウーノをよけようとして接触し、トンネル内の道路側壁に激突。事故後意識はありましたが、その後脳損傷で死亡されました。享年36歳。
3年後の事故調査結果は「運転手の飲酒運転と無謀運転が事故の原因」としていますが、「陰謀説」もあり、何とも不可解な事故でした。
しかし、今はただ心よりご冥福をお祈りいたしましょう。 -
12:20フリータイムの始まりです。
まずはお買い物でもしましょう。パリに来たのならちょっとブランド物なんぞものぞいてみたい。えぇ、私っ基本ミーハーなんですよ。
で、オペラ座方面に歩いてきて・・・あーありました!
ギャラリー・ラファイエット[Galeries Lafayette]。
パリの有名な百貨店・・・って、今時百貨店なんて言うのかなぁー、歳ですねぇぇー。 -
ここはTax Freeでしかも日本語も通じると聞いてきました。
日本語の案内所もあって免税の紙をくれるそうな・・・。
おぉ、これですなー、有名なアーケードってやつは。
上ばかり眺めて完全なお上りさん状態。
連れ合いはというと、そそくさとルイヴィトンのお店へ、ベルトをしっかりゲット!かなりのご満悦です。じゃあ私もなんか買おうかなー。
入ったお店はPRADAと書いてある。ふむふむ、黒財布なんか、おしゃれだなぁー。えっと248ユーロね、ちょっと待ってね???あぁ4万円か・・・。
って、えぇ4万もするの?これ?買っちゃったら、入れるお金なくなっちゃうよぉ。
しかし連れ合いは「日本で買えば6万はするよー」と煽るので、お得なんだか、よくわからないまま、自分への誕生日プレゼントと称してご購入。
この財布、今もちゃんと現役で使ってますっ。かなりのお気に入り〜。
職場の若い子から、「あ、プラダ持ってられるんですねー、○○さんオッシャレー」なんて言われて、「あぁパリで買ったんだけどね」とさりげなくアピール。ねっ言ったでしょ、ミーハーだって。(笑) -
散財するとなんかテンション上がりますね、金ぴかのジャンヌ=ダルクさんも、今日は数倍金ぴか具合が宜しいようで・・・。
もっとも昨日は曇天でしたけど、写真に天気は大事です。
性能のいいカメラだと、悪天候でもそれなりにノイズのない写真が撮れるんでしょうけど、安もんカメラではやはり天気に左右されます、こればっかは仕方ないですが。 -
もう少し離れて撮るべきでしたねー。
門の楕円の中に、ピラミッドとルーブルを、一直線におさめて撮らないといけません・・・。
これでも雰囲気はでているんだけども、ねぇ。
ちなみに、このアーチからエトワール凱旋門のアーチまで、一直線になっており、「パリの歴史軸」と呼ばれる約9kmの直線的な空間が広がっています。 -
イチオシ
カルーゼル凱旋門[Arc de Triomphe du Carrousel]
この凱旋門もナポレオンの戦勝記念碑で、エトワール凱旋門の半分の大きさです。高さ19m・幅23m・奥行7.3mもあって、中央アーチの高さは6.4mです。
両面にコリント式円柱が8本あり、その上に帝国の兵士像、上部にはクアドリガが置かれており、今あるのはヴェネツィアのサン=マルコ寺院にある馬を真似たものですが、建設当時は実際にサン=マルコ寺院から奪った馬が立ってました。
ウィーン会議後返却したそうですけど、この馬もコンスタンティノープルからヴェネツィア・パリと数奇な運命をたどっているんですね〜。 -
カルーゼル広場、ルーブル美術館をパノラマ写真で・・・。
4トラさんでは、パノラマが載せられないのがちょっと惜しいですね。
で、他の方がやっておられたのを参考に・・・無理矢理パノラマです。
かなり見にくいですけど、顔をよこにして・・・そうそう・・・そういう感じで・・・。
画面をスクロールしながら、全景を感じ取ってくださいませ。
雰囲気が伝わったでしょうか?
今日はルーブル休館日なんで、観光客もまばらですねー。
外観写真とるだけなら、わざと休館日を狙うってのもいいかも。
この写真の後は、カルーゼル凱旋門があり、チュイルリー公園が広がっていますが、かつてはルイ16世らが幽閉されたチュイルリー宮がありました。二月革命の際に略奪を受け、パリ=コミューン時に放火されて、その後取り壊されたそうです。
パリのこの辺りは、いたる所に歴史が落ちていて、油断できませんっ。
わくわくすぎますっ! -
イチオシ
綺麗じゃないですか〜。
オベリスクから凱旋門まで、「パリの歴史軸」まっすぐに見渡せます。
絶好の撮影ポイントでしょ。
池の噴水の水しぶきが、シャワーみたいになってイイ感じ〜。
このあたりでちょっとカフェに入って休憩。なんか普通に注文できるしー。
パリの街にもだいぶ慣れてきました。フリーでも全然大丈夫じゃん。 -
オベリスクに近づいてきましたよぉ。
ここも晴れと曇天とは大違いっすねー。
やや右横に凱旋門まで入れちゃいましたっ。
うつくしー、いいなぁパリ。。。 -
ちょっと角度を変えれば、今度はエッフェル塔とオベリスク・・・決まってますか?
どこを切り取っても絵になるパリ、このあたりは「コンコルド広場」ということは・・・ルイ16世とマリー=アントワネットがギロチンで殺害された「革命広場」か。
おっと、浮かれている場合ではありませんでした。
歴史語りをしなければ・・・(別にしなくてもいいんですけど、つい・・・) -
ここで亡くなったルイ16世の最後の言葉を書いておきましょう。
「人民よ、私は無実のうちに死ぬ」さらに「私は私の死を作り出した者を許す。私の血が二度とフランスに落ちることのないように神に祈りたい」。
後世暗愚の代表と目されるかの王は、実はフランス財政再建に努力した王でもあるのですが、彼の政治感覚のズレと革命の時代の波に飲み込まれたと悲劇の王だとも言えます。平和な時代であれば、よき君主たりえたと思わずにいられませんね。 -
イチオシ
マリー=アントワネットも刑場で、処刑人の足を踏んでしまった時に「ごめんなさいね、わざとではありませんのよ。でも靴が汚れなくてよかった」と気遣いの言葉を述べておられます。
若干14歳で異国に嫁ぎ、頼るべき王は性的不能で錠前作りにいそしんでかまってくれない。周りにいる人間は追従ばかりで、これでまともな大人になる方がむしろムリかもしれません。賭け事や仮面舞踏会で憂さ晴らしするのは、この年齢の女性なら当然だったでしょうし、今時の若い子の方がうんとえげつなかったりしますよねー。 -
ただ妬みや嫉みのうずまく宮廷で、彼女がありのままで奔放すぎたことが、全ての悪を一身に受ける結果となったんでしょうね。ある意味、彼女も革命の犠牲者だと思えてなりません。
写真には彼女が最後の2ヶ月を過ごしたコンシェルジェリが見えています。
彼女の遺言と目される手紙には「犯罪者にとって死刑は恥ずべきものだが、無実の罪で断頭台に送られるなら恥ずべきものではない」と顕然と言い放ち、ここにも王妃としての矜恃が見られます。 -
語りに入るとなかなか止まらないので、困ったもんですが・・・。
いつの間にか(?)メトロにのって、シテ島まできたようですな。
メトロなんてなんか簡単に乗れてちょっと拍子抜け。まぁ公共交通機関だから難しいハズはないのですけど、初体験というのは何事も・・・(*^_^*)。 -
セーヌ河岸はいつもカフェなどが立ち並び、気持ちのいい散歩道になっているようです。
こんな所でのんびりするだけでも、パリを味わうことになりますよねー。 -
シテ島の下流先端部をはさんで二つの部分からなるボン=ヌフ(新橋)が架けられています。その橋のほぼ中央に建てられたアンリ4世騎馬像。
言わずと知れたブルボン朝の創始者、かなりの名君でいらっしゃいました。なんでここにおられるかというと、この橋を建てたからなんですね。
この王の統治は、反対派貴族を武力弾圧せず、常に懐柔することに努められたし、国民の生活状態を配慮する姿勢も高評価を受けてます。
今もフランスでは人気の高い王様で、「大アンリ」とか「良王アンリ」と呼ばれておられます。 -
コンシェルジェリ[Conciergerie]
シャルル5世が、シテ王宮からサン=ポール宮に移る時、ここに王室司令部が置かれ門衛を任命します。この門衛がコンシェルジュで、いつしか門衛の住居を示すコンシェルジェリが、この建物そのものの呼称となったようです。
1793年国民公会により設置された、革命法廷はここに置かれ、2年間に2700名が死刑判決を受けて、牢獄と化してコンシェルジェリで刑を待つ人々が収容されました。
その中におられたのが、マリー=アントワネット。8月2日タンプル塔からここに移された彼女に待っていたのは、結果の見えている革命裁判。当時の革命裁判所は王妃の血を最初の生贄として求めていたのです。10月15日死刑判決を受け、翌16日12時15分、コンコルド広場で刑が執行されました・・・。 -
コンシェルジェリ構造図−パンフレットより掲載
1.衛兵の間−長さ64m・幅27.5m・高さ8.5mの大広間
2.厨房−ジャン善良王執政初期に建造
3.警備の間−1310年頃フィリップ4世美貌王により建造
4.パリ通り−死刑執行人の仇名ムッシュー=ド=パリが由来、貧乏囚人パイユーの収容場所
5.囚人の廊下
6.留置受付−囚人の記録をとる場所
7.コンシェルジュ−牢獄の安全と食料調達を管理
8.準備の間−処罰地へ行く前に持物全てを没収される所
9.ジロンド党員の礼拝堂−1793年10月29日ジロンド派21名が死刑前夜を過ごした所
10.マリー=アントワネットの礼拝堂−彼女が実際にいた当時の独房
11.女囚の中庭−男性囚人と言葉を交わすことができた所
12.マリー=アントワネットの独房−当時の独房を再現したもの -
衛兵の間
1302年から13年の間に建造。王宮当時には約2000名の食堂として使用されました。
1793年4月2日から95年5月31日まで革命法廷がもたれた場所でもあります。 -
何が何でも有罪としたい革命法廷では、マリー=アントワネットへの容疑に、息子ルイとの近親相姦も盛り込まれていました。
これはルイから強制的に尋問を行った上での証言でしたが、この穢れた企みに対して、彼女は裁判の傍聴席にいた全ての女性に「あなた方の中で、母親として自分の子供にそういう気持ちを一瞬でも持たれたことがありますか?母親の皆様なら私の無実はわかっていただけると思います。」と主張して、大きな共感を呼んだといいます。
罪を逃れられないことをわかった上で、あくまで王妃としての尊厳を汚さないこの冷静な態度には驚愕に値します。
今日流布されているアントワネットに関する多くの黒い噂のほとんどはデマ、事実ではありません。
写真は衛兵の間に入ってすぐ右手の螺旋階段 -
この画像は何なんでしょうか?
写真のようにも見えますけれど、38歳のマリー=アントワネットの絵としてはかなり老け込んでおられます。強度のストレスで全て白髪になったという話も聞きましたが・・・。
目の下に隈ができておられますから、牢獄生活でやつれたお姿を再現しているんでしょうか。お抱えの女性画家ヴィジェ=ルブランが「透き通るような白い肌」と称した、ヴェルサイユにあった絵の美しい王妃。あの艶やかなお顔と余りにも違いすぎる・・・お顔・・・。
ヴェルサイユを出た時に、王妃マリー=アントワネットはこの世から消えてしまったんでしょうね。 -
獄中での王妃
マネキンで再現されていますが、お顔はベールで見えにくくしてあり、観光客に背を向けて配置されております、気のせいか人形なのに、王妃としての気品をその背中に感じます。
十字架を前に、先に亡くなったルイ16世や離ればなれになった子供たちのために、心より祈っておられるお姿だと勝手に推察させてもらいました。
一刻も早く、家族の元へ自分も旅立ちたい・・・生への執着というものが何も感じられない・・・冷たい空間でした。 -
王妃の独房はこのように常時2名の衛兵が見張っていました。遮るものは小さな衝立一枚きり。独房の中には簡易トイレもありましたから、女性としてはかなりつらい処遇を受けていたのでしょう。
実際には何度か脱獄を試みたらしく、生への執着?は捨てておられない王妃でしたが、この独房にはやはり居たくないハズです。生への執着というより、女性としての尊厳なんだと思いますね。 -
人形たちは、全く掃除というものがされておりませんでした。
洋服なんて埃だらけで・・・雰囲気は出ているとはいえねー、金とる以上それなりのメンテナンスはしてほしいっす。
ネットでもここの評判はあんまりよくなくて、金はらって行くところじゃない、みたいに言われております。
ただねー、美しいものとか綺麗なものとか、アトラクション的なものを期待するなら、確かに不向きですが、歴史を感じられる感性がある方なら、来た方がいいと思いますよ。 -
連れ合いは「ヴェルサイユも革命広場も見たんだから、世界一のバカ女の最期まで見届ける」と仰っておられました。
歴史についてはそれほど詳しくないお方ですが、まさにコレでいいわけです。
マリー=アントワネットの足跡を追いかけて歩いてみて、何かを感じる・・・歴史というのはこういうことだと思いますね。
文章にするとうまくいえませんけれども・・・。 -
イチオシ
ノートルダム大聖堂[Cathedrale Notre-Dame de Paris]
ノートルダム大聖堂は、「大聖堂」を名乗るようにパリの大司教座が置かれた所です。パリの地図上の起点は、この大聖堂前から計測されるので、まさにパリの中心ということになります。ちなみにノートルダムとは、フランス語で「我らが貴婦人」を意味し、聖母マリア様を示しております。 -
1163年司教のモーリス=ド=シュリーにより建築が始まり、1225年に完成。ファサードを構成する二つの塔は1250年に完成、独特の建造美を醸し出すフライング=バットレス(飛梁)は12世紀に、最終的な竣工は1345年とのこと。
現在見られる装飾その他は、19世紀ウジェーヌ=エマニュエル=ヴィオレ=ル=デュクによって大幅に改装されたものです。 -
ヨーロッパ教会建築において、建造物のファサードは西面となります。だから朝に行くと、ほとんど逆光なんですよね。
朝は後陣を撮って、午後からファサードを撮る。入場も午後からの方が、西面のバラ窓から光が入ります。綺麗な写真を撮りたいなら、コレは覚えていた方がいいかも・・・。
もっともノートルダムの軸線は少し北に振れているので、真西をむいているわけではありません。余計に影におもむきが出て面白い絵になります。
なーんてねー、えらそうに言ってますが、入ってないんですよ。
すごい行列が出来てたので、あきらめた・・・でも、よくよく考えると入場に並んでいるのではなく、上に登るために並んでいた行列だったかもしれません。あ”ーなんて、バカなんでしょ。とっても後悔してますっ。
ここも次回リベンジ、ついでに上まで登ってやる。
待ってろよ、キマイラ・・・意味不明?! -
西のバラ窓の下には、王のギャルリー。
この28体の彫刻像は、旧約聖書に登場する王様のみなさん。
フランス革命の時には「王」ということで破壊され、後に復元されました。28体中21体の王の頭部は1977年に地中から発掘されて、今は中世美術館に収蔵されているそうです。 -
こちらは南のバラ窓。こっちの方がでっかいですね。
バラ窓と呼ばれるのは、バラが聖母マリアを象徴する花だとか、なんとか言われております。でもマリアの名を持たない教会の窓は何なんだよ、ということにもなりますし、牽強付会かもしれませんね。
ゴシック建築では、大概翼廊にバラ窓が設けられることが多く、ここも南北西と3つの窓があるんですねー。入ってませんが・・・まだ言ってますっ。 -
ノートルダム大聖堂の後陣
このフライング=バットレスの景観が、まさにノートルダムですよね。
建築物が高さを得るためには、重力を壁で受け止める必要があるわけで、高い壁になると崩壊します。
そこで産み出された工法がコレ。身廊ヴォールトのスラストを高い位置で受け止めることにより、身廊の天井をより高く設定することが可能になりました。これにより薄い壁に大きな窓が実現し、今日見られるステンドグラスなどの装飾が生まれて、壮大な礼拝空間ができあがっていったのですね。
ただの飾りではなく、ちゃんと意味のある構造だからこその景観。 -
ずーっと見とれてしまう景色です。
次回パリに来たならば、セーヌ川クルーズもやりたいし、エッフェルや凱旋門も登る、アンバリッドもいくし、オランジェリーにもオルセーにも必ず行く。ルーブルだって丸一日見回る。いいデジカメ買って、夜景もふんだんにとりまくって・・・あーぁ、こんなこと言ってても空しいだけだわ。期する気持ちは心の中で・・・。 -
イチオシ
この後オペラ界隈に戻って、お寿司屋さんに行きます。
最初はこじゃれたお店を予約しようとしたけれど、ほらさバカンスなもんで、開いてないんですよね。どうせならと、ガイド本でチョイスした次第。
開店までしばし時間があるので、それまでオペラ座前のスタバでご休憩。
ここのスタバは注文した品の紙コップに、名前を書いて、できたら呼んでくれるんだけど、ローマ字でも私の名字は読めない店員でした。
ごっつ普通の名字なんだけどな〜、面白い。 -
お寿司屋さんで、ほんと久しぶりの「銀シャリ」と「日本酒」。
気が狂うほど美味しかったですね〜。ネタの新鮮さとかよくわかりませんが、醤油味や味噌味に飢えていればなんでも旨い。
何よりも「日本酒」がねー最高っス。
ただ「上がり」のお茶が2ユーロしたのは、びっくりでした!!
日本じゃ「ただ」でしょー、普通・・・やっぱり外国なんだわー。 -
夜の8時45分、アレジアホテルに帰着。
まだ夜遊びできる時間帯ではありますが、初フリーとしては上々、遅めのメトロは危険が危ないです。(笑)。
結構日本酒も入ってますからねー。フランスでは「とってもいい子」の私たち〜。
今日も何かと歩き通しで、かなり疲れが溜まっておりました。お風呂入って、帰国準備をしてすぐ就寝。 -
8月8日 帰国日 最終日は何の観光もなく、ただ機上の人となるだけです。
09:45にホテルを出発、一路シャルル=ド=ドゴール空港へ。
今日は朝から本格的な雨・・・曇天の一日はありましたが、概ね天候に恵まれた旅行でした。
これも日頃の精進のおかげ?だと勝手に思っておきましょう。 -
初の免税手続きをクリアしてから、空港内では残ったユーロを散財しますっ!
ヨーロッパへは、そうそう来られませんからね。
ウィスキーに、マグカップ・化粧品・ビールなどバラバラとお買い上げ〜。
残高2ユーロ60サンチーム。完璧じゃないっすか。 -
空港で待っている時に「事件」が起こりました。
別便なんですが、バックパッカー風の中国人の若き女性が、離陸寸前の飛行機の搭乗口で喚いています。様子から判断すると、空港への到着が遅れたようで、CAさんに涙を流しながら土下座までして懇願していました。
しかし、飛行機はもう離陸寸前で、フランス人のCAさんは困った顔をしながらも、冷ややかに「ノン」と・・・。周りの人々も「仕方ないねー」って様子でした。最後の最後に「自己責任」という言葉を反芻、いい勉強をさせてもらえました。 -
13:20搭乗開始・・・滑走路が混み合ってて、なかなか離陸しませんね。
約50分遅れで、ようやく離陸と相成ります。
席が窓際ではなかったため、機外の写真はとれませんでした。 -
AirFrance AF292便。ちゃんと日本へ連れて帰ってねー。
機内ではワインとウィスキーをしこたま飲んで、殆ど爆睡状態でしたっ。
翌9日 08:50に関空に到着、MKさんのスカイゲイトシャトルで無事帰宅。
今回もなかなかハードでしたが、なんだかんだ、言ってても思い切り楽しめた旅でしたぁ。
インド攻略後は、再びフランスへ来たいなぁぁぁ。 -
「フランス窓便り」これで完結です。最後に、感謝の意味を加えて
当タイトルの由来となった田渕由美子さんの
コミックスの表紙を添えさせていただきまーす。
(今はもう廃版で旅行記のために実家からわざわざ持ってきましたっ!)
「フランス窓便り・・・[1](ニース・エクス=アン=プロヴァンス編)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10603757/
「フランス窓便り・・・[2](モナコ編)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10604179/
「フランス窓便り・・・[3](アルル・アヴィニヨン・リヨン編)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10604996/
「フランス窓便り・・・[4](ロワール古城編)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10607263/
「フランス窓便り・・・[5](モン=サン=ミシェル編Part?)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10609961/
「フランス窓便り・・・[6](モン=サン=ミシェル編Part?)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10612043/
「フランス窓便り・・・[7](パリ編Part?)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10613161/
「フランス窓便り・・・[8](ヴェルサイユ編)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10615010/
「フランス窓便り・・・[9](パリ編Part?)」
http://4travel.jp/traveler/komr0203/album/10617574/
長らくのご購読ありがとうございました。m(_ _)m
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ニッキーさん 2013/03/05 11:03:40
- 自分の旅行の参考に
- ねいちゃさん、こんにちは。
フランス窓便りの北フランスの部分はこれで全部拝見しました。
ねいちゃさんの丁寧な説明とユーモアたっぷりの実況中継で、4月末に予定している私たちのツアーも少し現実味を持って感じられるようになりました。
私たちの旅行もパリ最終日は夜の帰国便までフリータイムなんですが、間が悪くその日が5月1日。
フランスではクリスマスと並ぶ祝日だそうで、観光地もお店も多くが閉まってるんです。
数少ない開いてる所は激混みなんだそう。
痛いんですが、逆にのんびり街歩きをして5月1日のパリの雰囲気を見て来たいと思っています。
雨だったら悲惨ですが。^_^;
パリは見どころが凝縮しているとは言え、歩くとやっぱり広い。
ロンドンへ行った時も欲張って計画を立てて計画倒れがありました。
実際には「疲労」を考えないとだめですね。
「順光を考えると、午前中は東から、午後は西から見るのが良い」
なるほど、これもできれば参考にしたいです。
なーんて言って、ツアー中の少ないフリータイム、思い通りにならなくて思いっ切り逆光写真撮っちゃうんだろうなー(笑)。
参考にさせていただいて、これからちょっと計画を練ってみます。
ニッキー
- ねいちゃさん からの返信 2013/03/06 01:06:00
- RE: 参考になるかどうかわかりませんが。。。
- ニッキーさん、こんばんわ〜ぁ。
4月末、フランスですかー、いいですねぇー。
2007年以来リベンジを誓いながら、あちこち行きたい所があって
なかなか実現できません。
でも次は完全フリーでパリを中心に10日ほど居たいと思ってます。
とりあえず、今夏はペルーのマチュピチュ行くつもり。(^^)
スペイン語も皆目なんで、ツアーですが・・・。
> フランス窓便りの北フランスの部分はこれで全部拝見しました。
ご苦労様です。読むの大変だったでしょう。
でも、成都の所で熱く語られたニッキーさんなら
きっとわかって下さると思います。
好きなことは語らずにはいられない。(笑)
> 痛いんですが、逆にのんびり街歩きをして5月1日のパリの雰囲気を見て来たいと思っています。
そうそう、逆にこういう時だからこその計画の立て方もあると思います。
ローマでもフリーが日曜だったので、バチカン美術館がアウトだった。
だから前日のローマ到着後に「離団」して、土曜に回ったんですよ。
おかげでツアーにない、バチカン美術館も、
コロッセオ・フォロロマーノ入場も果たしてきました。
(詳細はイタリア街物語に載せてます、お暇な時にでも・・・)
ツアーでもこういうのできるから、色々考えてみてください。
夫婦二人でポンと異国に放り出されても、何とかなります。(笑)
> 「順光を考えると、午前中は東から、午後は西から見るのが良い」
> なるほど、これもできれば参考にしたいです。
4トラやるまでは意識しなかったことですが、それまでは
「ただ見たい」だったけど、「できたら綺麗な写真もとりたいなぁ」と
思うようにもなりました。デジイチも買ったからねー。
ヨーロッパの大教会建築はおしなべてそうなってます。
ミラノのドゥオーモを思い出してみてください。
ローマのサンピエトロ寺院でも、朝から入る光は祭壇を正面から照らすし
午後は天上から光が降り注ぐ、朝と午後では別写真が撮れますよー。
マチュピチュもね、朝と午後と2回行けるツアーを模索中。
雨天のこともあるし、念のためにと考えてます。
> 思い通りにならなくて思いっ切り逆光写真撮っちゃうんだろうなー(笑)。
あの楽山大仏さんみたく・・・ですか?(笑)
まぁそれもいいです。目で見ることが大事、うまくいけば・・・で。
そうそう、例の「蔵謎」Youtubeで見てきましたっ!
迫力ありますねー、とっても面白そう。。。
長くなりました。フランス旅行楽しんできて下さい。 ねいちゃ
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